開幕




部屋に閉じこもっていたアスランが、メイリンにすまないが部屋の留守番を頼んで出て行った。
ベッドにはミーアが横たえられ、床では赤いハロがミーアの名を呼びながら転がっていた。
ミーアはもう動かない。それは分かっている。けれど心配で、と言うアスランに快く頷いた。
ここはラクスを慕うもの達が多く乗っている艦だ。
たとえミーアがラクスを庇って死んだのだとしても、今はその悲しみに皆が捕らわれているのだとしても、
冷静になった頃にミーアに悪感情を覚えないとも限らない。
実際、ミーアがプラントでラクス・クラインを名乗っていた頃は、誰もが嫌悪していたというのだから。
だからアスランが不安を覚えたとしても間違ってはいない。

「私は、どうなのかな」

床に座ってハロを眺めていたメイリンは、ミーアに視線を移す。
ラクスにそっくりの少女。それが整形であることはもう知っている。
そうまでしてどうしてミーアがラクスになったのか。それも知っている。

「だって、私達にはラクス様が必要だったんだもの」

プラントはラクス・クラインを支えとしている。だからミーアがしたことをメイリンは責めようとは思わない。
それはミーアの叫びを聞いたからか。ミーアがラクスを庇ったからか。そうでなければ自分は責めたろうか。
分からないけれど、今の自分はミーアに悪感情を持ってはいない。ミーアの顔をじっと見て、それが確かだと確認する。

「アスランさんは、それが分かってたから私に頼んでいったのかな」

それともメイリンを信じてくれているのだろうか。だとしたら嬉しい。
アスランにとってのミーアがどんな存在なのか、聞いてはいない。
けれどアスランの涙がメイリンに教えてくれた。だから。

「ラクス様の言葉は武器、かあ」

ぽてっとベッドに片頬を預ける。
アスランがラクスに言った言葉に初めは驚いた。ミーアのことを大切に思っていたからだと思った。
今はそれだけではないということも分かっている。

「確かにそうだよね。私達はラクス様の言葉で一喜一憂するんだもん」

ラクスの言葉一つで傷つき、ラクスの言葉一つで喜ぶ。それがプラントの民だ。
だからラクスがオーブで出した声明。あれによって混乱していた民が冷静になった頃、何を思うだろうか。
オーブいるラクス・クラインが本物だとそう確信したとしたら、何をするだろうか。
プラントの民だからこそ分かる。きっとミーアは批難されるだけではすまないだろう、と。

体がぶるっと震え、両手で自分の体を抱きしめる。
それは確かにミーアが負うべきものだ。ラクス・クラインと偽ったミーアが負うべきものだ。
けれどミーアの叫びを聞いたからこそ思う。そんなのってない、と。

「ラクス様は悪くない、けど。でも」

プラントの癒し、プラントの平和の象徴、ラクス・クライン。
それが突然姿を消して、プラントの民がどれほど不安に苛まれたか。
再び現われたラクス・クラインに、どれほど癒されたか。
そう考えると、ミーアがラクス・クラインになったことはミーアの責任でも、そうさせたのはラクスではないのか。
そう思うのだ。

「ラクス様の言葉は武器。強い強い武器」

それは一国を揺るがすほどの、武器。
アスランの言葉でメイリンは気づいた。それと同じ様にラクスも気づくのだろうか。
それとも知っていたのだろうか。知っていて、それでも出した声明なのだとしたら何て強い人なのだろう。
ラクスの言葉一つで救えるものがある。けれどラクスの言葉一つで奪われるものもある。
それを全て承知の上で、それでも進んでいるというのなら、何て強い人。

そう思って目を閉じた、のに。


ばたばたと走り去る音を聞いた。
もしやと思って慌てて部屋に帰るとメイリンが泣き出しそうな顔でアスランさん、と笑った。
髪がぼさぼさで、軍服も乱れている。部屋には争った後。
それに愕然として、そしてメイリンの顔が腫れていることに気づいた。

「まだちょっと信じられないんですけど、私も軍人なんだなあって。ちゃんと守れたんです。それが嬉しいんです」

微笑んだメイリンに、アスランが顔を歪める。
メイリンに近づいて膝をついて、そっと腫れている頬に触れる。

「・・っ、ごめん」
これを危惧していたからメイリンに頼んだ。けれど、メイリンに危害が加えられるかもしれないと、
どうしてそこまで考えつかなかったのか。それを悔やむ。
けれどメイリンは首を振る。
「アスランさんが私を信じて任せてくれたこと、嬉しかったんです。それにちゃんと追い払ったんですよ?」
銃は持ってなくて、でもナイフがあったからそれで応戦して。
白兵戦なんてアカデミーでしかやったことなかったんですけど、もう必死でよく覚えてないんです。
でもちゃんと守れました。だから、ごめんなさいは嫌です、と言うメイリンをぎゅっと抱きしめる。

「・・・ありがとう、メイリン」

「はい」
メイリンが背に腕を回して、そしてぎゅっと服を握った。
体が震えている。それを感じて強く抱きしめる。

「メイリン、ありがとう。君に頼んで、よかった」
「・・は、い。頑張ったんです。こわかったけど、信頼に、応えたかったし、ミーアさん嫌いじゃない、し。
あの人達は絶対絶対ミーアさん傷つけるって、だから」
「ああ」
「エターナルの人達、で。ラクス様が、ミーアさんのせいで傷ついたって。世界のために声明出したのに、
なのに責められたって」

ラクスがエターナルへ一度戻った時に、一緒にいたキラがよかったと呟いたのを聞いたのだと。
何がと尋ねれば、落ち込んでたからと。ラクスがミーアを殺したんだと言われて落ち込んでたけど、もう本当に大丈夫みたいだと。
どういうことだと詳しく聞いて、そして一緒に聞いていた仲間と連れたってやってきたのだと。

メイリンの説明に、アスランは眉をしかめる。
キラは知らない。エターナルのクルーがラクスを慕っていることは知っているだろう。
だが、神を崇めるかのような絶対性を持っていることを理解してはいない。
信者にとって己の神は絶対だ。それと同じことで、エターナルのクルーにとってラクスとは絶対。否定するもの、傷つけるものは悪なのだ。
そんな相手にそんな風に説明すれば、起こす行動は決まっている。

引き金はアスランの言葉。
言葉は武器。ラクスに限らずそれは武器となりうる。ラクス以上の威力を発揮しないだけで、それに変わりはない。
分かっていて言った。自分の言葉が彼らを刺激するだろうと、分かっていて言った。
けれど、それがメイリンを傷つけた。最悪の事態を想定してものを言うべきだといった自分が想定していなかった。

「ごめん、俺がラクスにあんなこと言ったからだ」
「違います!」
メイリンが体を離してアスランを睨みつけるように見上げた。
「アスランさんは間違ったこと言ってません!だって、ラクス様ご存じなかったんでしょう?
誰かが言わなきゃいけなかったことなんじゃないんですか!?」
私、ラクス様はご存知だと思ってて、それでも進むラクス様は強いんだなって思ってて。
でも、あの人達の話聞いてたら、ラクス様、そうじゃないんだって。
そう言って、メイリンは悔しそうに目を伏せた。
「考えてくださいって言うのに、考えたことがラクス様の思ってることと違うことだったら、それは考えた人の責任だって。
ラクス様には何にも責任はないんだって。なら、ラクス様はご自分の意志を間違って受け止められないように
ちゃんと言うべきなんです。それもしないで、何で自分は悪くないなんて言うんですか!!」
「メイリン・・・」
「それに考えた人の責任だって向こうが言うなら、これだってそういうことになるじゃないですか。
ミーアさんを狙ってきたのも、私が怪我したのもアスランさんに責任があるんじゃなくて、エターナルの人達の責任だってことです。
大体アスランさんがラクス様に言った言葉でラクス様が傷ついたって言っても、何でアスランさんがそんなことを言ったかって言ったら、
ラクス様が自覚してなかったからです。自分の言葉が誰かを犠牲にするかもしれないって、知らなかったからです」

絶対絶対アスランさんが悪いなんてことないんです、とメイリンが言う。真剣な真剣な目で。
幼馴染のキラ。元婚約者のラクス。恋人だったカガリ。そして同じ元ザフトのバルトフェルド。
そんな彼らより共にいた時間は少ない。なのにメイリンはアスランを信じていてくれる。
怪我をするようなことを頼んだのに。危険なことを頼んだのに。なのにアスランは悪くないのだと言ってくれる。

ああ、どうしよう。

アスランはメイリンを再び抱きしめる。
泣きたいのはメイリンだというのに、アスランは涙が溢れてくるのを感じる。
誰も信じてくれなかった。ラクスを傷つけたいんじゃない。ラクスを害なそうとしているわけではない。
なのに誰もがアスランを責めるのだ。アスランを警戒するのだ。

「アスラン、さん?」

声を殺して泣いているのに気づいたのか、戸惑ったようなメイリンの声。
けれどしっかりとアスランの背を抱いて、髪をなでてくれた。

守ろう。
ミーアを守ることはできなかったけれど、メイリンは守ってみせる。
そのためには、と考える。
そのためにはここは危険だ。メイリンをまた傷つけるかもしれない。
キラ達にその意志はないけれど、それでもこうしてまたメイリンが傷つくだろう。
ならどうしたらいい?

傷つける者を排除すればいい。

また声が囁いた。

そうすればもう傷つけられない。だから。

声と同時に頭に浮かぶもの。
ミゲル。ニコル。ハイネ。ミーア。
共通するものは何だ?と声が囁く。

それがいる限り、また繰り返す。メイリンも奪われるかもしれない。
それにこのまま進めばまだ奪われるものがあるだろう?

また頭に浮かぶもの。
イザーク、ディアッカ。そしてシン、レイ、ルナマリア。
他にも次々に浮かぶ顔は皆プラントの人ばかり。
けれどああ、と思う。
確かに。確かにこのまま進めば彼らは失われるのだ。この艦によって。
キラ達にその気がなくても、それでもきっと。




排除するべきは何だ?




コトリ、と胸が音を立てた。



終幕     舞台裏

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