終幕




目の前が赤で染まる。
一瞬のうめく声。
見開かれた目。
足元に広がる赤の海


何故何故何故どうして!!!


分からない。
問いたくても声が出ないから問えない。
悲鳴すら枯れた。
出るのはひきつったような声とは呼べない音。
そんな状態で壁に縋りつくように背を預け、床に座り込んで、ただ見ている。
見たくはないのに。目を逸らしたいのに。なのに目はその光景をずっとずっと見ている。

見知った顔が倒れていく。親しんだ人達が赤に染まっていく。それは一瞬の間に行なわれたのだ。
彼らは軍人だ。軍人でない人も乗ってはいたけれど、ほとんどが軍人で。ほとんどが先の戦争を生き残った。
なのに、抵抗する間も与えずナイフを奮った。抵抗をものともせず、銃弾を撃ちこんだ。
そんな相手が今目の前にいる。

震える体。
揺れる目。
それらは血の海にただ一人立つ人と目が合った瞬間、ぴたりと止まる。
息すら止まって、ただその人と見つめ合う。

その人が纏う白の軍服が赤のまだらに染まっている。破れている箇所もあるし顔に傷だってついている。
けれど立っている。しっかりと自分の足で立っている。艦内のクルーを全て殺して。なのに立っている。

軍人だと知っている。それも酷く優秀な軍人だと。
MSの操縦技術。そして過去、軍で与えられた色、配属された隊を鑑みればその優秀さは推して知るべし、だ。
ただ知らなかった。彼が生身そのままで戦う姿を。そして彼が敵となる恐ろしさを。

じっとこちらを見る緑の目には何の感情も浮かんでいない。
苦悩も、戸惑いも、憎しみも、何も。
だから何を考えているのか、どうしてこんな惨劇を作り出したのか、何も分からない。推測すらできない。

ああ、ああ、ああ。どうしてどうしてどうして。
どうしてこんなことになったのだろう。
どうしてこんなことをするのだろう。
何をしたいというの。何をしようというの。何のためにこんなことをしたの。




一体どうしてしまったのですか、アスラン。




緑の目がまばたきを一つして、そして足を踏み出した。
びくっと震える体。もうこれ以上下れない。そして立ち上がることもできないから、彼の前から逃げることもできない。
逃げる。逃げる逃げる逃げる?どうして逃げるの?相手はアスランなのに。
アスラン。そう、アスラン。アスランが皆を殺した。それをこの目でしっかりと見た。だから逃げるのだ。殺されないために。
そうしてどうするのだ?もう誰もいないのに。
誰も誰も誰も。ラクス様と信じ慕ってくれた人も、仲間と呼んでくれた人も、友と呼んでくれた人も。

そして、恋人と呼んでくれた人も。

ああ、キラ。そうキラも殺されてしまった。
キラは最後まで信じられないという顔だった。それは皆そうだったけれど、キラは特別に。
キラはアスランの幼馴染で親友で。
アスランが大切に大切に慈しんでいることを知っている。
キラとの幼い日の思い出を、まるで聖域のように大切に持っていることを知っている。
キラと戦わなければいけなかったその時を、とてもとても苦しんでいたことも知っている。
なのにアスランはキラを殺した。
キラキラキラと名を呼んで、けれどキラは恋人の声に答えるでもなく、最後までアスランと。どうしてとキラは泣いた。
そのキラを腕に抱いていたはずなのに。強く強く抱いていたはずなのに、今は腕の中には誰もいない。
どこだろう。どこからこの腕は何も抱いていないのだろう。
ああ、キラキラキラ。

アスランが近づいてくる。ゆっくりと、一歩一歩踏みしめるように、けれど飛んでいるかのように静かに。
手にはナイフ。血が滴り落ちるそれ。
銃はとうに捨てられた。そして向かう相手から奪った銃も、もういくつも床に捨てられている。
だからナイフだけが今のアスランの持ち物だ。
アスランはすぐ目の前で立ち止まり、やはり感情のない目で見下ろしてくる。
ずっとアスランを追っていたから、目はずっと合わさったままで。
そしてキラのことで頭が占められようとしていたのが、またアスランのことでいっぱいになる。
いいや、違う。キラのことで占めようとしていたのだ。現実逃避。まさにそれ。
それを為す前にアスランが辿りついてしまったから、もうできない。

アスラン。元婚約者。いつか結婚して子供を生して、そうして共に人生を歩んでいくのだと思っていた相手。
それが当然だと思っていた頃も、互いではない相手を選んだ後も、こんな対峙を考えたことはなかった。
銃を向けられたことは確かに一度あった。あの時は確かに対峙したけれど、確信があった。
アスランは撃たないと。アスランならばきっと問うた言葉を考えて、そうして分かってくれると。
あの時と今は違う。何もかもが違う。

何故と聞きたい。
どうしてと聞きたい。
けれど変わらず声は出ない。そればかりかもう音すら洩れない。息だけ。
けれどアスランには分かったらしく、うっすらと笑った。




ぞくっとした。




「もう失いたくないんです」

場に似合わぬ静かな静かな声は語る。
大切なものはことごとく奪われる。今までも、そしてこれからも。だから、と。

「これ以上失う前に終わりにしたいんです。ただそれだけです」

あなたを最後として。




奪っていくあなた達。大切なあなた達。
もちろんあなた達ばかりが奪っていくわけではないけれど。けれどあなた達に奪われたものの何と多いことだろう。
ならば奪っていくあなた達を殺して最後にしたい。奪われる大切なものはこれで最後としたい。
矛盾?ええ、そうかもしれません。いいえ、そうなんでしょう。
ですがラクス。俺にはまだ残ってるんです、大切なもの。
イザーク、ディアッカ、メイリン、シン、レイ、ルナマリア。
ミネルバの皆も大切ですし、エザリア様やアマルフィ夫妻。他にもまだいるんです、大切な人達が。
プラントだって大切です。正直に言えばオーブよりも地球よりも大切なんです、プラントが。
もちろんオーブも地球も好きです。大切です。でもプラントの方がもっともっと大切なんです。
ですから、それを奪われる前にあなた達を殺してしまおうとそう思ったんです。
可笑しいですか?そうですね。そうかもしれませんね。でもラクス。もう俺はそれしか思いつかないんです。
それで本当に大切なものを守れるのかなんて知りません。でももう限界なんです。
ああ、ラクス。大丈夫、安心して下さい。
あなたも大切なものですから。もちろんキラもカガリもAAの皆も。だから大丈夫です。




薄く笑ったままアスランは語りを終える。
こんなにも饒舌な彼は初めてだと、もう何も考えたくない心に反して頭が考える。
ただただアスランと見つめ合うだけのラクスに、アスランがナイフを持ち上げて、
今度は見慣れた優しい優しい微笑みを浮かべて言った。


「さようなら、ラクス」














痛 ミ モ 感 ジ ナ イ ヨ ウ ニ 殺 シ テ ア ゲ ル カ ラ 。














開幕

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