開幕




「あなたの言葉は武器です。武器は守り、傷つけ、そして殺します。
それは誰も言葉でも同じですが、あなたはラクス・クラインです。
その名の元に発せられた言葉は強い。強すぎる武器です。
例えばプラントに再び核が撃たれた時の事です。暴動が起こる直前にそれを抑えることができました。
それはラクス・クラインの言葉があったからです。
それが本物であろうと偽者であろうと、ラクス・クラインと信じるものの言葉です。威力は大きい。
だから市民は怒りを抑えた。ラクス・クラインが落ち着けと言ったからです。
もしもラクス・クラインが一言でも決して許せないと言えば結果は逆でした。
分かりますか?ラクス。ラクス・クラインの言葉はあなたが思う以上に大きいのです」


暗い暗い部屋の中、アスランは少女を抱きしめたままうずくまっていた。
視線は虚ろで、足元をころころと転がる物体に目を向けることもしない。

静かだった。
ころころという音以外、何もしない。

好きだったわけでは、ない。
関心があったわけでも、ない。
ただ、似ていた。
己でないもののために己を殺して。
守りたいものがあって、守れる力が欲しくて。そして必要とされたかった。
守りたいのは本当。けれど誰かに必要とされたかった。そうでないと不安に押し潰されそうだった。
自分と違うところは、少女は役を演じきろうとしたところだ。
それを抜かせば、少女はまるで鏡の中の自分の姿だった。

だからだろうか。
守りたかった。助けたかった。死なせたくなどなかった。


・・・・・のに。


アスランは顔を上げ、窓の外を見る。
先程までいた月が反射する淡い光がアスランを照らす。
白磁の肌に新緑のような目。そして夜空を思わせる髪が、彫刻のように精巧な容貌を持つアスランによく似合っていた。
その新緑から静かに涙が流れている。けれどその顔にはなんの表情も浮かんではいない。

アスランの腕の中の少女は目を閉じ、動かない。
少し濃い桃色の髪が床に広がり、ころころと転がっていた物体がそこに落ち着く。

「Good night,Meer.」

アスランは物体の姿を初めて認識したようにじっと見下ろす。
それは赤い球体で、パタパタと耳らしきものを動かす。そして閉じて完全な球体に戻るとまた転がる。

「Meer,Meer.Good night.」

ミーアミーア、と少女の名を繰り返すその声が、声を上げて泣かないアスランの泣き声の代わりのように部屋に響いた。



ミーティングルームにキラ達はいた。
キラとカガリ、そしてミリアリアはうつむき、膝にそろえた両手は拳を握り一言も発しないラクス気遣わしげに見ていた。

オーブにてラクスが声明を出した。もう一人のラクスとその裏にいるだろうデュランダル議長へ。そして全世界へ向けて。
平和への訴えは全ての人へ。そして言外にこんなことはやめろと前者へ。
ラクスの偽者については当然のことながらいい気分はしないし、彼女のコンサートを見ても今までの自分を土足で踏みにじられたような気がした。
プラント市民には何故気づかない、気づいてくれないと、そういらつきもした。
けれど今すぐ謝罪をしてラクス・クラインをやめてくれればそれでいいと思ったのだ。
それなのに・・・。

「ラクスのせいじゃないよ」

「・・・キラ」
顔を上げたラクスに、キラが微笑んでその肩に手を置いた。
「ラクスはあんなこと望んでなかった。ちゃんと知ってる」
ラクスは何も悪くないよ、とキラが言う。
「その通りだ。確かにあの子は可哀想だと思う。だがラクスが何かしたわけじゃない」
カガリが頷く。そして辛そうに目を床に落とす。
「それが分からないはずないのに・・・っ、何でアスランはあんなことを言うんだ!!」
その言葉に全員が目を伏せる。
「まるでラクスが殺したみたいな言い方・・・!!」
どんっと拳で机を叩く。

ラクスの言葉は強すぎる武器だとアスランは言った。
人を殺すこともできると、腕に物言わぬ少女の骸を抱えて言ったのだ。
それは暗に少女を殺したのはラクスなのだと。
ラクスがあんな声明を出したから少女は死んだのだと言っているようにしか聞こえなかった。

再び部屋に沈黙が降りる。
そんな中、ミリアリアがうつむいたまま呟いた。

「やっぱり、私だめ」

え?と全員の視線がミリアリアに集中する。
キラが首をかしげ、ミリアリア?と呼ぶと、顔を上げたミリアリアがキラに申し訳なさそうに目を向ける。

「やっぱり私、アスランさんを許せないの」

トールを殺されて、その殺した相手と直に会うことになった。
同じ艦に乗って、一緒に戦って。
アスランを殺してもトールは帰ってこない。それに悪い人じゃない。分かっていた。
キラがよく笑うようになったから、これでよかったんだと言いきかせた。
でももし一言でいい。謝ってくれたなら、もうちょっと楽になれるかもしれないと思った。
けれどアスランはただの一度も謝らなかった。
トールを殺したくせに。私からトールを奪ったくせに。そんな心と戦った。
なのに、アスランはまたザフトに戻ってMSに乗った。戦場に出た。

また戦うの。
また殺すの。

そう思ったけれど、キラ達と連絡を取りたいというから連絡を取った。
そしてアスランは言ったのだ。
キラ達がどんなに心配しているのかも知らないで、オーブへ戻れと言った。戻ったらカガリがどうなるか分かっているくせに。
あげくにキラ達のせいで戦場が混乱したと言った。

戦いを止めたかっただけだ。犠牲を出したくなかっただけだ。
キラ達とずっと一緒にいて、どうして分からないの、と思った。
アスランはキラを責めて、ずっと苦しんでたキラにお前も人を殺しただろうなんて酷いことまで言って。
そしてキラ達に背を向けてザフトへと帰って行った。

「ずっと許さなきゃって思ってた。トールもきっと喜ばないし、許さなきゃって。
でも何も変わってないじゃない、あの人。また誰かの大切な人奪ってるだけじゃない!」

許せない。
アスランはまた、ミリアリアにとってのトールを作ったのだ。

「ラクスさんのことだって婚約者だったのに、何であんな酷いこと言えるの?
本当ならあの人があの偽者の子、止めるべきじゃないの?」

なのにラクスを責めたのだ。
偽者に傷ついたのはラクスだ。命を狙われたのはラクスだ。
婚約者だったというのなら、アスランこそがラクスを守るべきだったのだ。
そのために偽者の子にやめるよう説得して。無理ならプラントに言えばよかった。
彼女はラクスじゃない、と。ラクスはオーブにいる。それを言えばよかったのだ。
それもしないで、彼女がラクスを名乗ることを許していた。放っておいた。

「ごめん、キラ。私あの人のこと許せないの。絶対絶対許せないの」

キラは辛そうに、けれど微笑んで首を振った。
気にしないで、と優しく言った。

「仕方ないよ。ミリィはトールのことがあるから。僕だってトールのことは大切だし、ラクスのことも大切だよ。
でもアスランも大切なんだ。だからミリィと同じようには思えないんだ。それに僕も同じことしてきたから。
でもだからってミリィに戦争だったんだから仕方ないなんて言わないし、アスランを許してあげてなんて言えない。ごめんね、ミリィ」
「キラが謝ることなんてない!キラがあの人大切に思ってるのも分かってる。でもキラはあの人と違う。
それも分かってるから、謝らないで」
そう言うミリアリアにキラが小さく笑った。そしてラクス、とラクスを見下ろして呼んだ。
「ねえ、ラクス。僕はミリィを凄いなって思ってる。ミリィだって辛いんだ。苦しいんだ。
でも前に進んでる。アスランのこと許さなきゃって思ってても、許せないって思っても。
自分の意志で決めてるんだ。ラクスだってそうでしょ?後悔してるの?声明出したこと」
ふるふるとラクスが首を振った。
そしてキラを見上げる目が、しっかりとした光を取り戻していることに気づいて、周りの空気が和らいだ。
「いいえ、後悔はしておりません。わたくしが声明を出し、世界に今ある姿に疑問を投げかけたことで
少しでも良い方向に向かってくれれば、と願ったこと、後悔などしていません」
「うん」
「アスランがおっしゃったこともある意味真実なのでしょう。
わたくしの言葉を考え、そして起こされる行動がわたくしの意としないこともあるのでしょう」
「でもそれはラクスのせいじゃない。彼らが自分で考えたことだ。ラクスの思いはそうじゃないって僕らは知ってる」
その言葉に、はいとラクスは頷いて。
「わたくしはこのまま進みます。貫いて見せます。
亡くなられたミーアさんのためにも、わたくしはわたくしにできることをやり遂げます、キラ」
「うん。皆で一緒に頑張ろう?」
はい、とラクスがようやく笑った。
それに皆が安堵して、部屋は笑顔で包まれた。


何も伝わらない。何一つ伝わってはいなかった。
ラクスの言葉は強いのだと。だから世界へ呼びかけるのならば、最悪の事態も想定してほしいのだと。
ミーアのように、ラクスの言葉一つで危険に晒されることもあるのだと。それを知って欲しかった。
確かにミーアがラクス・クラインを演じることは危険と隣り合わせだった。
それにミーアが気づいていたのかいなかったのか、それを知る術はもうないけれど。
それでもラクスの言葉が引き金になったことは確かなのだ。
そういうこともあるのだと、それに気づいて欲しかった。

どう言えばよかったのだろう。分からない。もっと上手く言えればよかったのだろうか。
伝わらない。伝わらないまま彼らは貫くことを決めた。

ふらふらと通路を歩く。
顔を片手で覆い、聞いてしまった会話を思い出す。

キラのこと、ラクスのこと。
ああ、そうだ。もう一人、ミリアリア。
謝って欲しかった?恋人を殺したことを謝って欲しかったと言ったのか?彼女は。
許さなきゃって思ってた?また恋人のように人を殺すのか?許せない?
許してもらう必要はない。許してもらおうなんて思っていない。
だって戦争だった。軍人なんだ。殺すのが仕事で、守るのが仕事で。
それは誰かの大切な人を殺すことだと分かっていた。そして恨まれることも承知の上だった。
自分の大切なものを、大切な人を守るために。殺されないために。そうして殺すのだと分かっていた。

「謝る?俺が、彼女に?」

呟く。
ミリアリアの恋人はMAに乗っていたのだという。キラと戦っているアスランに向かっていって、殺されたのだと。
覚えていない。
MAを落としたのはミリアリアの恋人が初めてではないし、人を殺していることは認識していても、
いつどこで誰を殺したのかまでは認識していない。
だから謝らないわけではない。
命を懸けて戦場に出た。守るために戦う。陣営は違えどそれは彼も同じだろう。だから軍に入ってMAに乗ったのではないのか。
死ぬかもしれない。そんな思いだって当然あったはずだ。
MSやMAに乗って戦場に出れば尚更感じる恐怖を知っている。だからこそそれを感じてなお戦場を駆けた彼に謝るなど侮辱でしかない。
そう思うからだ。

殺してごめん。そう言えばミリアリアは満足したのかもしれない。けれど彼女の恋人はどうだろうか。
アスランはその恋人ではないから確かだとは言えないが、もしも自分だったならばと思えばふざけるなと怒るだろう。
敵に殺したことを謝られる。それは守りたくて戦って、そうして力及ばず散った自分に対する皮肉か。生きているからこその偽善か傲慢か。
謝るくらいならば軍人になどなるな。戦場に出てくるな。殺すな。大切なものを奪っていくな。
守りたかった。俺だって守りたかったんだ。でも守れなかった。辛い苦しい悔しい。
そう、思うだろう。

それはアスランだけではないだろう。イザークだってディアッカだって同じだと自信を持って言える。
そしてそれはミリアリア達にしても同じことだと思っていた。
軍人ではないと知っていた。けれど彼らは自分で戦うことを選んだから。そうして戦場を生き延びてきたから。
けれどそうではなかったのだと知った。

そして。

「彼女は自分は被害者でしかないのか」

恋人を殺された。確かに被害者だ。
だが彼女は自分で決めたのではなかったのか。軍艦に乗り続けることを。戦うことを。
そうである以上、彼女も誰かの大切な人を殺している加害者なのだ。

許さなきゃ。

くっと笑う。
くっくっく、と笑いが込み上げてくる。

ああ、可笑しい。何なのだろう、彼女は。何て傲慢。何て何て愚かな。
その心意気は立派だろう。憎い憎い相手を許そうと思うその心は真似しようと思っても真似できないほど立派だ。
それを愚かだと笑うわけではない。それは賞賛に値すると思う。ただそれに可哀想な自分に酔ってはいないだろうか。




コトリ、とどこからか音がした。。眉をひそめて耳を澄ますが、その音は二度はやってこなかった。だから気にしないことにした。


開幕2

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