囚われの姫君は本当に無害なのか
〜偽りを空へ、真実を地へ〜






「ここにいたのか」
その声にテレビを見ていた子供が振り向く。
テレビに映っているのはラクス・クラインが歌う姿。酷く久しぶりに聞く歌だ。
「初期の頃の歌だな」
横に座ると、子供はテレビに視線を戻した。
「しらない歌」
「だろうな。確かデビューして間もない頃のだ」
「そんなに前からファンだったんだ、お兄ちゃん」
子供が兄の部屋から持ち出したディスクは、全てがラクス・クラインのものだ。
それを見ながら子供は何を思うのだろう、と子供を見れば、何の感情もない。それが苦しいと、子供の頭を撫でる。
子供がきょとんとして男を見上げる。そして苦笑する。
「平気。だってお兄ちゃんは歌姫が好きだったんでしょ?覚えてるもん。お兄ちゃんの部屋に行ったら流れてるんだよ。
僕が入ったら慌てて消すんだ。そしてお前は何も聞こえなかった!とか言うんだよ」
呆れたようにため息をつく子供に、男は笑う。
「お前には格好良いクールな男でいたかったんだろう。いつも見てて苦しいと思ってたんだが」
「十分かっこいいのに」
子供が呟けば、男は嬉しそうにそうかと頷く。
そしてしばらく沈黙が横たわり、部屋にはラクス・クラインの歌声だけが響く。

この頃のラクス・クラインは、まだプラントにとって一アイドルでしかなかった。
最高評議会議長の娘。そういうバックが目立っていた。
けれどラクスの歌はプラント中に浸透し、プラントの癒しと呼ばれるようになった。
そうして元々あまりよくなかったコーディネーターとナチュラルの関係が悪化し始め、ラクスが平和を謳うようになった。
その言葉は争いを厭い、平和を願う人々の共感を誘い、ラクスは平和の歌姫となった。

「連絡きたって父さんが言ってた」
「ああ。今頃彼はラクス・クラインの側にいるはずだ」
「そっかあ。じゃあもうすぐ叶うんだね。僕達の願いも、ラクス・クライン達の願いも」
そうだなと男は言って、だがと眉を寄せる。
「本当はお前には関わらせたくなかったよ」
「うん。だから父さんもこれ以上僕には何もさせてくれないんだ。でもいい。ちょっとでもいいんだ。
何かしたかった。父さんが許してくれなかったら、絶対勝手に何かしようとしたから」
子供は自分の膝に顔を埋めると、話できてよかったと呟く。
ラクス・クラインとも話してみたかったけれど、それは酷く困難だから。けれど、できたらいいな、と子供は思う。
男が子供の頭を抱き寄せる。そして髪を優しく撫でる。
「お兄ちゃんのこと、覚えてるかな」
「ラクス・クラインか?どうだろうな。クライン派はそこら中にいたからな」
「でもさ、エターナルに乗ってたし。ちょっとは覚えててくれたらいいな」
そうして子供はラクス・クラインの歌声を子守唄に目を閉じる。

瞼に映るのは兄の姿。
いってくるなと笑って頭を撫でて、エターナルに乗っていった兄の姿だ。
激化する戦争の中、悩んで、迷って、けれど兄は帰ってこなかった。
子供は泣いた。父は嘆いた。そして男は悔やんだ。
そうして三人の思いが集って始まったのは『解き放つ』ことだ。
『ラクス様のために』と唱えていた兄のために。そう言いながらも三人共が分かっていた。自分のためだと。
けれど決めたのだ。そうして動いてしまったのだ。後は結果を待つだけだ。
結果が出た時、自分達がどう思うのか、そしてどうするのかも分からずに。

「あのね、僕すきって、お兄ちゃんに言ったことなかったんだ」
不意に子供が言った。
「すきだけど、言えなくて。いつでも言えるって思ってて」
眠そうな声で言う子供は、それを後悔している。それが分かって、男はあいつはちゃんと知ってたぞと告げる。


「僕、ちゃんとだいすきって言って・・・って言いたかったんだ」


眠りに落ちる寸前に囁いた子供を、男がぎゅっと抱きしめた。




* * *




キラがラクスの護衛になった。もう決まってしまった以上、それに対して何かができるわけではない。
けれど確実に混乱は訪れる。そのためにできることを、と探すのはそれを許したプラント上層部の仕事だ。
制限をかけられているギルバートは、そこから下された命を果たすことしかできない。それはアスランも同様で。
だから今日もまた定時に仕事を終え、家へと帰ってきた。
三人揃っての夕食を終え、ギルバートは部屋に戻り、アスランとミーアは二人並んでテレビを見ていた。
はずだった。

「ミーア、降りなさい」
「や」

あのな、とアスランは戸惑う。
アスランの膝の上には、何故かミーア。
どうしてこんなことに、とアスランは思う。
おかしいだろう、明らかにおかしい。けれどミーアが抱きついてくるのは今に始まったことではないし。
だがしかし、恋人でもない男に抱きつくのは今のうちにやめさせたほうが今後のためにも絶対いい。
今は三人しかいない世界で暮らしているけれど、いつかはばらばらになるだろう。
そうしたらミーアも外の世界に出て、ラクスとしてではなくミーアとして好きな男をみつける。
なのに、こうしてアスランに抱きつくのが癖になっていたらよろしくない。
そう思ってミーアを見下ろしたアスランは、ミーアがじっとアスランの顔を見ているのに首を傾げる。
「何だ?」
「ん〜」
アスランの問いに答えず、ミーアはアスランをみつめてにっこりと笑う。


「だあいすきよ?アスラン」


「はあ!?」

声を上げて真っ赤になったアスランに、ミーアがあのね、と言う。

「ずっと考えてたんだけどね。あたし恋人になれなくてもいいわって思ってたの。
アスランがあたしの名前を呼んでてくれて、こうして側にいてくれるならいいわって。
でもいつかはいられなくなる日がくるでしょう?そう思ったらやっぱりって思って」

ミーアの言葉にアスランは、は?え?な?と理解できているのかいないのか分からない反応だ。
けれどミーアは気にせず、だからねと首を傾げる。

「ミーアはアスランが大好きよって言おうと思ったの。一緒にいられるうちに大好きよって言って、
それをアスランに知っててほしいの。もちろんあわよくば恋人にって思ってるわよ?だって大好きなんだもの。」
「ミーア」

アスランがどうしようという目でミーアを見る。
ミーアのことは嫌いじゃない。好きかと聞かれれば好きだと答える。だがそれが恋愛感情かと聞かれれば分からないと答える。
ミーアに対する気持ちはラクスへのものともカガリのものとも違う気がするのだ。
幸せになってほしいと思う。それが自分の手でなくても。ミーアが笑っていられる相手ならそれでいい。
それはラクスやカガリにも思ったことだ。同時に守りたい、大切にしたいとも思った。
けれどミーアにはまた違う想いも存在する。昔母に覚えたことのある感情、甘えたい。
そんな恥ずかしいことは誰にも言えないから黙っているが。
だからミーアのことを恋愛感情で好きなのかどうかが分からない。

「俺は、ミーア・・」
「いいの。無理して答えなくていいのよ、アスラン」
「え?」
ミーアは苦しそうなアスランの頭を撫でる。
「あたしが頑張るから。頑張ってアスランに好きって言ってもらうの。
だからアスランはあたしのこと好きだなあって思ってくれたら言ってね?約束」
そう言ってアスランの小指に自分の小指を絡めるのに、アスランはどう返事をすれば、とその様子を眺めるだけだ。
ミーアは笑ってアスランに抱きつく。

「後悔したくないなあって」
「え?」
「アスランが死んだって聞いた時ね、あたしこんなにアスラン好きだったんだって思ったの。
ラクス・クラインじゃなくて、ミーアが好きなんだって。そんな風に気づくのはもういやだから」
だからね、とミーアが囁くように言った。




「大好きよ」




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男はあれです。前にアスランに脅された(笑)と報告に来ていた人です。
そしてようやくアスミアが入りましたが、まだミーア→アスランです。
アスランって土壇場で気づきそうなイメージがあるんですが、何ででしょう?

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