囚われの姫君は本当に無害なのか
〜偽りを空へ、真実を地へ〜






カツンと足音。
ラクスが振り向く。そして目を丸くして、口元に手をやる。
揺れる目。震える体。洩れ出る息も震えて。
足音が近づく。そしてふわっと微笑みを乗せて呼んだ。




「ラクス」




「キ、ラ・・・!!」


そうして夢にまで見た恋人の胸へと飛び込んだ。














執務室でギルバートとアスランは顔をしかめていた。
手元には一枚の書類。ラクス・クラインに護衛をつけるといもの。
元々ラクスには護衛という名の監視が何人かついている。
しかしそれでは彼女の気が休まらず、いつか精神が参ってしまうとクライン派が散々に訴えていた。
それが受け入れられたのだが、問題はそれではなかった。問題はその護衛に選ばれた人間だった。

「私達のミスだ。まさかオーブの特使としてプラントを訪れた者をラクス・クラインの側に置くとは思わなかった」

オーブの特使、キラ・ヤマト。
彼がラクス・クラインの護衛として選ばれたというのだ。

「確かにキラくんがラクス・クラインの側に上げられる可能性を考えてはいた。だが、彼がオーブの特使だと知って排除した考えだった」

他国の使者として現われたということは、注目されるということだ。
二つの大戦で英雄と呼ばれたオーブ。ラクス・クラインが友と呼ぶオーブ。そのオーブの特使であれば尚更だ。
それを愚かにも未だ自国の歌姫と慕われるラクス・クラインの側に置くとは。

「プラントは荒れる。当然のことだ。皆が知っている。キラくんがオーブの特使だと。
なのにラクス・クラインの側に護衛だと現われればどうなる?
あれはオーブの特使ではなかったか。オーブの人間が、プラントの人間ではない者が、
何故ラクス・クラインの護衛をしている?何故、どうしてそれを許している?そう思わないかな」

ぐっとアスランが拳を握った。
キラに周りがそういった判断を下すだろうという考えは思い浮かばないだろうことは分かっている。
軍服を纏っても、身近に政治と大きな関わりがある者がいようとも、キラはそういったことに疎い。
周りがキラに一個人として接する以上、キラはその相手を一個人としてしかみない。
それが悪いわけではない。それに救いと癒しを与えられるのも確かなのだから。
だが、理解はしておかなければいけないのだ。
キラの恋人のラクスは、プラントの平和と癒しを司る歌姫だ。
キラの姉は、オーブを治める代表だ。
そうである以上、今回の件に対して慎重にならねばならなかった。

「・・・何を考えて、ラクス・クラインにキラくんをつけたのかな。彼は」
ギルバートが手に持っていた書類を机に落とす。アスランの視線がそれを追う。
その文面はギルバートに聞かされたとおり、ラクス・クラインの護衛が決まったというもの。
キラの名前ともう一人、キラを強く推薦した人物の名。
「確か、狂信的なラクスの信者だったと記憶しているのですが」
「そう、クラインのではなくラクス・クラインのね。だから納得はできるのだよ。『ラクス様のために』そう謳う彼が、
ラクス・クラインの恋人を側にと願うのは。けれどそのリスクは高い。それに気づかないはずもないものを」
ギルバートが肘を机に突き、手を組む。そして視線を部屋の隅へとやる。
「一体何を考え、何をしようとしているのかな」
「ラクスのため、ではないのですか?」
キラを側にやるリスク。それを押しての行為によって得るもの。上手くいけばラクスはプラントから解放される。
プラントのことよりラクスのこと。ラクスさえ笑っていてくれればいい。
そう願う彼らならば、と言うアスランにギルバートは視線を移し、そうなのだけれどね、と笑う。

「だが、ラクス・クラインはどうなのだろうね?アスラン」

「え?」
「彼のとった方法は、果たして彼女を救うものなのだろうか。彼女を傷つけるものではないかな。
全てが終わった後、彼女は喜ぶのだろうか。笑っていられるのだろうか。それに彼は考えが及ばなかったのだろうか。
それとも彼女に彼女の望む自由を与えるためならば、涙を呑もうと?」
もしくは、と呟き、視線を机に落とし何かを考える風のギルバートに、アスランが黙ったまま首を傾ける。
けれどギルバートは軽く頭を振ると、アスランに小さく笑って見せる。
「ただの憶測だよ。それに彼がそうする理由などないからね」
「ですが、今回切り捨てた懸念が実現されました」
切り捨てるには早いのでは、とのアスランに、ギルバートはしばし黙ると、そうだねと頷いた。
そしてもう少しこちらにおいで、と手招きするギルバートに近づき、机越しに背を曲げる。
「いいかい?これはあくまで私の憶測にすぎない。何の根拠もないことだよ」
はい、とアスランが返事するのを待って、ギルバートはその憶測を話し始めた。


* * *


ラクスの笑顔が増えた。そのことに男は安堵する。
ずっと厳しい顔をしていた。ずっと辛そうに目を閉じていた。
側にいたくても許されず、限られた時間に会うことしかできなかった。
気遣う自分に、ラクスは逆に気遣ってくれた。微笑んでくれた。だから余計に何かしたかった。
ラクスをこの状況から解放したくて、せめて心安い誰かを側に送りたくて。
だからひとまずの安堵。

「わたくしのために無理をされたのではありませんか?」
ラクスの言葉にいいえ、と首を振る。
「そのようなことはありません。ラクス様をこの状況からお救いできない代わりではありませんが、
少しでもお役に立てましたら嬉しく思います」
ラクスがそっと男の手を両手で包んで微笑んだ。
「ありがとうございます。キラを側に送ってくださったことも、そしてわたくしを気にかけてくださることも。
何もお返しができず、申し訳ありません」
「いいえ!そのお言葉だけで十分です。ラクス様」

ラクスがプラントに捕縛され監禁されたと知った時、男はプラントに仕える身でありながら憎悪した。
平和を謳い、願ったラクスが戦場に出ざるを得なかった。それほどまでに激化した戦争。
それを治めてくれたラクスになんという仕打ちを、と憤った。
ラクスを戦場に出したのは、戦争を続けたプラントの罪だ。平和を為しえなかったプラントの罪だ。
だというのに、プラントはラクスを拘束した。ラクスがいなければプラントはままならぬ、とそう言って。
国民は確かにその通りだろう。男の様にプラントに仕えるものとて同じ。しかしプラント上層部は違うと男は知っている。

危険だから。

ぐっと男の手に力が入ったのにラクスが気づき、宥めるように包んでいた手を撫でる。
男がラクス様、と泣き出しそうな声で呼べば、ラクスが大丈夫と囁く。

「彼らが何を思っているのか、キラからお聞きしました。キラがアスランに聞いたこと全て」

男の顔が歪む。
アスラン・ザラ。ラクスの婚約者であった男。そして戦犯であるパトリック・ザラの一人息子。
その彼が名を変え、ラクスに害なそうとしたギルバート・デュランダルの護衛についている。
そのアスランがキラに言った言葉の数々は男も聞いた。
何ということをと唖然とし、仮にもラクスの婚約者であった身ではないのかと憤った。

「何故なのでしょう。ラクス様の婚約者であったあの男が、何故あのようなことを・・・!!」
ラクスが暗殺部隊を差し向けられたことに対して、アスランは言ったという。
仕方がない、と。当然だ、と。
許せない、と思った。許してはいけないことだと思った。
「やはりあの男はザラです。あのパトリック・ザラの息子です!!」
「落ち着いてください。アスランもいつかは分かってくださいます。アスランだけではありません。
みなさんいつか分かってくださいますわ。ですから今少し、この立場に甘んじましょう」
もちろん言葉を紡ぐことはやめません、と微笑みながらもその目は鋭い光が宿っていた。
男はそれに心強いものを感じ、はいと頷いた。そして思い出したようにキラ様のことですが、と続ける。

「問題になるだろうと思われます」

「え?」
ラクスが首を傾げる。
「キラ様はオーブの特使でいらっしゃいました。つまりプラントの人間ではない、外部の方です。
そのことで問題が生じる可能性は高いのです」
「ですがそれでもわたくしの側に送ってくださいました。大丈夫だと判断されてのことなのでしょう?」
ラクスの言葉に男は頷く。
「アスラン・ザラがいます。公式には討伐隊勤務についているはずのアスラン・ザラがアレックス・ディノと名を変え、
あのギルバート・デュランダルについています。キラ様に何らかの手が伸びる前に、それを切り札として使えるだろうと」
裁かれ、辺境の討伐隊への左遷ともいえる人事を行われたアスランが本部勤務。
同じく罪人として裁かれたギルバートの右腕的な存在となっている。
そしてギルバートはラクスをプラントへと拘束した男だ。その男の片腕。
それを国民に知らせたくはないだろう。
こちらのリスクも高い。けれどあちらもまたこちら以上に高いリスクを背負っているのだ。
キラに関しての問題が生じた場合、こちらにその切り札があればプラントも敵対者にも傍観者にもなれまい。

「ラクス様がそのようなことを嫌っていらっしゃることは存じております。ですが、どうかお許し下さい」

ラクスは困ったように首を傾げ、けれど優しく男の名を呼んだ。
そんなことが起こらないこと。もしも起こってしまったとしても、男が駆け引き以上の目的を持ってその切り札を使わないこと。
それら全てを含めてラクスは告げた。




「信じております」




男は込み上げる嬉しさに頬を緩ませ頭を下げた。

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本当はキラもいたんですが、どこにもいません。
ところでアスミアがどこにも入れないんですが、どうしよう・・・。
本当ならとっくに入ってる予定でした(え)。

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