囚われの姫君は本当に無害なのか
〜偽りを空へ、真実を地へ〜






「あら、アスラン?お仕事は?」
たんたんたん、と軽いリズムに乗って階段を降りたミーアは、いるはずのない姿を見て目を丸くした。
ソファに座ってコーヒーを飲んでいたアスランは、振り返っておはようと笑った。
それにおはようと返しながら、ミーアはアスランの背中から抱きつく。
「う〜、いい匂い」
「何だ?それ」
くすくすとアスランが笑う。それにあら?と思う。
ミーアがアスランに愛の告白をしてからのアスランは、ミーアが抱きつくたびに顔を真っ赤にさせてうろたえた。
それが徐々に治まってきたなと思っていたら、とうとう動じなくなった。告白する前のアスランだ。
可愛かったのにな、と思いながら、思う存分アスランに擦り寄る。

「アスラン、最近忙しいんでしょ?ギルについてかなくていいの?」
「ん〜、今日は休むようにって言われたんだ」
「どうして?あ、もちろんミーアはうれしいわ」
アスランが家にいるのいやなんて言ってないからと付け加えたミーアに、アスランはまた笑う。
「ちょっと問題が浮上したんだ。それについてギルだけが評議会に呼び出されて、俺は自宅待機を命じられた」
「え?え?どうゆうこと?」
身を乗り出したミーアに、危ないから前に回れとアスラン。
それに従ってよいしょっと足を上げてソファの背に乗り上げると、アスランがぎょっとした。
「ちょっ、ミーア!?何して・・!!」
「え?だって横から回るよりこの方が早いじゃない」
「だからって!!ああ!こら!」
ミーアはアスランの制止も聞かずそのままソファに腰を下ろすと、乱れたスカートを直す。
それにアスランはため息をつきつつ片手で目を覆う。
「ミーア、女の子なんだから・・・」
「はいはい。で、何があったの?ミーアが聞いても大丈夫なこと?」
「・・・・・ああ」
アスランは諦めたようにもう一度ため息をついて頷く。


「国民の間でラクスに不信の声が上がった」


ミーアがすうっと真剣な顔になった。
「ラクスはプラントにおいて重要な位置を占めている。それを手放すことなどプラントにはできない。
それはミーアにも分かるだろう?」
こくん、とミーアが頷く。
だからミーアはラクス・クラインになったのだ。プラントにラクス・クラインが不可欠だと知っていたから。
ラクス・クラインがいないプラントは不安で、どうしたってあの癒しの存在を求めてしまうから。
自分ではその代わりにはなれないと分かっていた。けれどラクス・クラインが戻ってくるまでなら、
その不在を誤魔化すことはできるのではないかと。
自分こそがラクス・クラインに、と途中で思ってしまったことは否定しないが。

「でもラクス様はそれに気づいてないんでしょう?」
「ああ。だがラクス・クラインの重要性は知っている。だから二度も戦場に出てきたんだ」

自分が呼びかければプラントの国民はそれを聞くのだと知っていたから。
考えろとラクス・クラインが言えば、プラントの国民は考えるのだとラクスは知っていた。
それこそが己の役割だと。盲目に指導者を信じる国民に、その道は本当に正しいのかと問いかけるのが役割だと。
ラクスはそう己を評している。

けれど実際には違う。ラクスはラクス・クラインだというだけで、その言葉に強制力が働くのだ。
プラントの国民は皆、ラクス・クラインの言うことは正しいのだと、まるで脅迫のように思い込んでいる。
だからラクス・クラインが考えろと言えば、この道は間違いなのだと思うのだ。

それを確かなものにしたのは先の戦争が終わりを向かえた時だ。
二度に渡る大戦。異を唱えたラクス・クライン。停戦に持ち込んだラクス・クライン。終戦をもたらしたラクス・クライン。
ラクス・クラインあってこその平和。そう思うのは当然ではないだろうか。
ラクス・クラインがいなければ、今もまだ戦争だったのでは。そう思っても仕方ないのではないだろうか。

プラントの国民が今まで以上にラクス・クラインを絶対と思うのも、ラクス・クラインに縋りつくのも。
全てはラクスが為したことなのだと言っても過言ではないというのに、ラクス本人は気づかない。
ラクスが言うような導き手ではないのだ。プラントの国民にとっては絶対を示す存在なのだ。
ラクスの導く先こそが絶対なのだ。

「なのにどうして?」
ラクスに不信の声。ミーアは分からないと眉を寄せる。
「ラクスは絶対。だが、それはプラントの歌姫だからだ。プラントのためにという冠あってこその絶対だ」
「でもラクス様がどういうつもりでも、皆そんなこと知らないわ」
「それを知ったとしたら?」
え、とミーアが目を見開く。
アスランが静かな視線でミーアを見る。
「噂が流れた」
うわさ、とミーアが唇を動かす。

「ラクス・クラインの恋人はオーブの特使。オーブの特使は今、ラクス・クラインの護衛をしている。
ラクス・クラインをオーブへ連れ帰るために」

「ええ!?ちょっと待って!それって極秘事項じゃなかったの!?何で外に洩れたの!?」
ミーアがソファに両手を置いて身を乗り出し、アスランに顔を近づける。
アスランは落ち着け、とミーアの両肩に手を置いて体を元の位置に戻させる。
「どうして洩れたのかは分からない。今更調べても仕方がないが、一応調べてはいる。
だが最悪なことにこの噂にはまだ続きがあるんだ」
「なに?」
ぎゅっとミーアがソファの上で拳をつくる。

「ラクス・クラインはオーブの歌姫。プラントではなくオーブで歌うことを望み、オーブのために歌うことを望む。
故に、プラントで歌うことを拒み、歌を請うプラントを疎んでいる」

ミーアの目が大きく大きく開かれる。
「なにそれ!大変じゃない!!」
ああ、とアスランが頷く。本当に大変なことだ。

プラントの歌姫。プラントの癒し。プラントの平和の象徴。それがラクス・クラインだ。
ラクス・クラインはプラントのために存在するからこそ、国民は彼女をそう呼ぶのだ。
なのに、そんな噂が流れればどうなるか。
ミーアはサアッと顔を青褪めさせる。

「で、も。でもでもでも!何でそんなことになったの?普通なら信じたりしないでしょ?」
盲目的に信じるラクス・クラインのそんな噂。普段なら一笑されて終わりだ。憤りが上がって終わりだ。
なのに不信が上がるほど噂になっている。
「・・・多分、だが、ラクスは以前ほどの無条件の信頼を得ていなかったんじゃないか?」
「え?」
「ラクスは一度姿を消している。それが思いの外、尾を引いていたとしたら?
またラクスが姿を消すかもしれないと、そう思われていたとしたら?」

そんなことはないと信じる傍ら、もしかしたらと不安に思う。
そこを突いたのが今回の噂だというのなら、国民は思ったのではないだろうか。
ああ、やはりそうなのだろうか。ラクス・クラインはまた消えるつもりだったのだろうか、と。
ラクスの恋人、それがその不安に拍車をかけたのだろう。

「いつまでも帰ってこないラクスを迎えにきた恋人。その恋人を傍らに置くラクス。
恋人はオーブの特使だという。特使だということはオーブ代表の名の元にプラントにきている。
ラクスはオーブ代表を友と呼ぶ。ならばラクスと特使はオーブ代表も承知の関係」
「・・・・・オーブは、恋人がラクス様を連れ戻すことに同意している?」
「何故?友人の幸せを望むから?ならばオーブでなくプラントでもいいだろう?何故オーブに連れ戻そうとするのだろう」
静かなアスランの声に、ミーアがごくんと唾を呑み込む。
「アスラン・・・」
「戦時中、ラクスはどこにいただろうか?誰といただろうか?オーブ代表と並び、オーブ軍と並び。
そうして彼女は平和を叫んだ」


「「ああ、もしかして彼女は、オーブの歌姫たらんことを選んだのだろうか」」


しん、と部屋に静寂が訪れる。
ミーアが泣き出しそうな顔でアスランを見ている。アスランは小さく笑って、ミーアの頬を撫でる。

「プラント、大丈夫?暴動とか、起こったりしない?」
「ミーア」
「だって!ラクス様なんだもの!噂はラクス様のことなんだもの!」

プラントのために存在するはずの歌姫が、すでにプラントではなく他国の歌姫となっていた。
それを裏切りと感じる国民は多いだろう。
ラクス・クラインはプラント国民の代弁者だった。意思そのものだった。救いが形を成したものだった。
それが自分達の前に姿を現わさずにいた間、他国のために笑っていたのだとしたら。
自分達の耳に歌を届けずにいた間、他国のために歌っていたのだとしたら。
それが真実かどうかは関係ない。そうかもしれないという疑いだけでプラントが荒れるには十分なのだ。

アスランが目を伏せ、そして次に目を開けた時は真剣な目がミーアを射抜いた。
ミーアは知らず肩を震わせる。

「ミーア。可笑しいと思ったことはないか?」
「え?」
「俺達はどうして三人一緒にこの邸で監視されているんだろうって」
「おかしいって・・・でも、その方が監視しやすいからって。違った?」
そう聞いた。アスランもギルバートも。だからアスランは違わないと首を振って、だがと続ける。
「ギルが議員として外に出されて、俺がその護衛として外に出た。本来なら牢の中で罪を償うべき俺達が」
ギルバートは国民とザフトからの嘆願で議員として政界に復帰。アスランは命を狙われたギルバートを守るために邸を出された。
監視され、自由が制限されているとはいえ、これは本当に罰足りえるのだろうか。罰というよりもむしろ。

「利用されているんだと、思った」

「利用?」
そりゃそうでしょ、とミーアが首を傾げる。
国民人気が高いうえ、政治手腕は折り紙つき。そんなギルバートと、ザフトの赤を拝領した実力確かなアスラン。
人手不足のうえ、終戦間もない不安定な状態のプラントだ。利用しない手はない。
けれどアスランはそうじゃなくて、と返す。
「俺達はラクスをプラントに取り戻し、その力を取り込むのだと聞いていた。納得もした。だが、この現状は可笑しい。
確かにラクスは取り戻した。クライン派は今では半数以上に減った。その中でも熱心なクライン派は更に少ない。
離れる気配を見せるもの、もう一押しあれば離れるだろうものが多数を占めている。残されたラクスの力は少ない」
「評議会が望んだ通りよね」
ああ、とアスランが頷いた。
「後はラクスに歌ってもらうだけだ。国民の不安はラクスがいるというそれだけで解消される。
なのに評議会はキラを護衛につけることを許した」
「アスランのことで脅されたんでしょ?」
「他に方法があったと思わないか?護衛じゃなくてもいい。話し相手として側に置くこともできたんじゃないのか?」
ミーアがきょとんとする。そしてん〜、とうつむいて、指を唇にあてる。
「話し相手・・・ってことは、護衛と違って付いて回らなくてもいいんじゃないかってことよね?
護衛は側から離れちゃだめだけど、話し相手ならラクス様のお部屋で待ってればいいんだもの。
ってことはあ・・・」
あ、とミーアが顔を上げると、唇にあてていた指をアスランの前に立てる。

「何だってわざわざ人目につくような立場与えたのかってこと!?」

こくん、とアスランが頷いた。
そうだ。ラクスの側にキラをと望むのならば護衛でなくてもいいのだ。
アスランのことで脅しをかけてきた相手とて、ラクスの側にキラを置くことができればそれで文句は言わなかったろう。
なのに評議会はわざわざ護衛として側に置くことを許した。

「え、な、んで?だって、キラさん護衛にしたからあれよね?何でオーブの特使がってなっちゃったのよね?」
「俺も情けないが気づかなかった。評議会は何か目的があるんだ。俺達に言ったのとは他に」
「え?」
アスランの顔が歪む。泣き出しそうだ、とミーアは思って、えいっと抱きつく。
アスランが目を大きく見開いてミーアを見下ろしたのに、ぎゅっと力を入れると微笑みが返ってきた。
そして珍しいことに、ぎゅっと抱き返してきた。
「え、え?アスラン?」
「・・・ごめん」
「え?」

「ごめん、ミーア。評議会はきっと君のことも利用しようとしてる」

「え?」
固まってアスランを見上げるミーアに、アスランは苦しそうな顔だ。
「俺とギルを外に出したのも、おそらくその目的のためだ。俺達をまとめてこの邸に住まわせたのも、きっと」
「ど、いうこと?」
意味が分からないわ、とミーアが言えば、はっきりとしたことはまだ分からないとアスランが言う。
「ギルに聞いてみたんだが、小さく笑って一言だけおっしゃった」
「なんて?」




「これから起こるだろう混乱は、私達三人が治めるのだよ、と」




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坂道ごろごろと下り始めました。おそらくもうすぐで終われるかと!

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