囚われの姫君は本当に無害なのか
〜偽りを空へ、真実を地へ〜






これを最後とお約束します、と男は言った。
それに頷いたのは男が考えているような理由ではなかったけれど、それを正す必要もなかったがために笑んだ。
ラクス様のお心が軽くなられればよいのだが。そんな空言すら吐いてみせて。

男が帰った後、繋げた回線はどこなのだろうか。だが確かに男が望む通りに動いてみせた。
けれど浮かべた笑みは、決して穏やかなものではなかった。




* * *


「お久しぶりですわ、アスラン」
「ラ、クス?」

アスランが目を見開き、ギルバートは叫びそうになったミーアの口を手の平で塞いだ。
そして画面の中のラクスから見えないようにリビングの扉付近まで下る。その間ミーアは硬直したまま、ギルバートの腕の中にいた。
その様子を気配で感じながらアスランは振り向かない。
ラクスがお一人ですか、と尋ねれば、はいと頷く。それにどこか安堵したふうのラクスは、そうですかと頷いた。
「どういうことですか?この回線は監視を通さない限り使えません。この家のセキュリティも俺達が全力を持って作り上げたものです。
監視からセキュリティを切らない限り破られることはないと自負しています」
いくらキラがいるとはいえ、この回線が他から繋げられるとは思えない。
この家に住む三人はいまだ囚人だ。来訪者と同じく通信すら上層部からの許可がなければ繋げることはできないし、
こちらから繋ごうとしてもできない。監視役に繋がるだけだ。

以前も似たようなことがあった。
キラがこの家を訪ねてきた時のことだ。あの時も監視は何も言わなかったうえ、そのような事実は確認できなかったと言った。
やはり監視役の動きは可笑しい。そうでなければ評議会が許したということだが、それはない。

アスランは評議会にとっては警戒すべき人物だ。
プラント国民はアスランを英雄だと呼び、讃えている。今もプラントを守るために戦っているのだと信じている。
けれどアスランがプラントに敵対した事実は確かで。それが例えプラントを思ってのことであったとしても、
いや、プラントを思ってのことであるから余計に評議会は三度あってたまるものかと警戒を強めている。

アスラン・ザラが動く時。プラントに剣を向ける時。それ即ちプラントが道を誤った時。

ラクス・クラインほどではないが、アスラン・ザラの名にもそういった意味が織り込まれている。
何せ二度もラクス・クラインと共に戦い、英雄の名を頂いたのだから。
だからこそ評議会はアスランとラクスが会うことを許しはしない。
会うことによってアスランが彼らへの情に動かされたら、という疑念を持っているからだ。
アカデミー首席、精鋭と名高いクルーゼ隊のエース。その経歴を侮ってはいけない。
彼が本気になれば現状打破の方法を考え、監視を潜り抜け、ラクス・クラインを伴って姿を眩ますことができるのではないか。
それをできるだけの頭脳がある。力がある。そして手を貸すだろうかつての同僚達がいる。
そうして監視から抜け出したアスランとラクスが、再びプラントに敵対する形で姿を現わせば、国民は何を思うだろう。
評議会はそう思っているのだ。だから評議会の許可が下りるはずがない。

アスランの厳しい声をラクスは微笑みで受け止めると、お願いしたのですと何でもない様に言った。
「あなたとお話したいのだと」
「評議会にですか?」
「いいえ。彼らは一向に聞き入れてはくださいません。それはキラから聞いていらっしゃるのでしょう?」
ラクスの目が細められたのに、先日キラと話したことを言っているのかと頷く。
では誰に。クライン派であることは確かだろうし、そのクライン派が誰に働きかけたのか、と思うが、それをラクスが言うはずもない。
だからアスランはその事について聞くことを諦める。
「その時に言いませんでしたか?評議会の許可がない以上、あなた方と接触を持つつもりはありません」
「ええ。ですからこういった手段を取ったのです」
「は?」
アスランは眉を寄せる。
ラクスは真剣な顔で、アスラン、と呼ぶ。

「ここでならば他に洩れることはありません。本当のことをおっしゃってください」

「本当の?」
ええ、とラクスが頷くのに、なるほどと思う。
ラクスはアスランが監視の目を気にして本心を言っていないのでは、と思ったのか。それにしては目が鋭いが。
「本当も何も、キラに言ったことが全てです。他に何があるとおっしゃるのです?」
ラクスがアスランを見る。探るようにじっと。
それを受けても視線を揺るがすこともしないアスランに、ラクスが軽く眉を寄せた。
「ではあなたは評議会がわたくしを危険とおっしゃることに同意されていらっしゃるのですね?」
「それもキラに説明しましたが、聞いていらっしゃいませんか?」
「聞きました。ですがあなたはとてもお優しい方です。わたくしの知るあなたが言ったとは信じられなかったのです」
それはキラも同じこと、と厳しい表情で言い放ったラクスにアスランはそうですかと涼しい顔だ。
逆にギルバートの腕の中で声と動きを封じられているミーアが、掴んでいたギルバートの腕に指を食い込ませた。
痛いなと思ったが黙ってそのままでいるギルバートは、恐らく後で痣になるなとのんびりと思う。
そんなギルバートにアスランは目を伏せた振りで視線を送る。

ラクスはここでなら本心を口に出しても大丈夫だと言った。それは監視役が黙認しているのだと告げている。
そしてそれが評議会に洩れることはないのだと。
監視役の中にクライン派がいないことは確かだ。けれどこうしてラクスが監視役の黙認の元、通信を繋いできている。
把握していないクライン派がいるのか。それとも、とギルバートと二人、話をした夜のことを思い出す。
その時の話から推測して、やはりそうなのかと内心眉をしかめる。
そんなアスランに気づかずラクスは強い目で、強い言葉を放つ。

「評議会の懸念は理解いたしました。ですがそれは杞憂だと申し上げます。
わたくしはわたくしの意思が全てだとは思っておりません。わたくしの意思が絶対だとは思っておりません。
わたくしの意思に添わないからといって、プラントに武器を向けようなどとは思っておりません」

アスランが目を上げる。

「アスラン。わたくしはただ平和を願っております。平和を祈っております。
確かにわたくしは武器を持ちました。プラントにその剣先を向けさえしました。ですがそれは必要であったからです。
他の方法を取るにはあまりに時間は残されておらず、手段も残されてはおりませんでした。それはあなたもご存知のはずです」

ラクスはアスラン、と強い口調で元婚約者の名を呼んだ。

「わたくしもキラも、あなたを友と信じております。同志と信じております。
あなたが本当にプラントを大切に思っていらっしゃることは存じております。わたくしにとっても大切な故郷です。
あなたと同じく愛すべき大切な故郷だと思っております。ですから、アスラン」

アスランの表情がさあっとなくなった。感情を読み取らせない無表情。そして微塵も動かない。瞬きすらしない。
ギルバートはこのままラクスの言葉を聞かせるのは良くないと声をかけようとする。
今この部屋に入ってきたふうを装うことは簡単だ。そう思ったが、その前にミーアがギルバートの手の平から逃れた。




「わたくしを、わたくしとキラをあなたも信じてください」




「アスラン!!」

ラクスが言い終えると同時にミーアが叫んだ。
びくっと画面の中のラクスが視線を流し、アスランが肩を震わせた。
振り向いたアスランは、ミーアが泣きそうな顔で見ているのにようやく瞬きをした。
そして視線を上げてギルバートを見る。ギルバートがもういいよ、と言わんばかりに首を横に振り、ミーアを解放する。
同時にミーアが走り出し、アスランに抱きつく。
ぎゅうっと強く強くアスランを抱きしめて、そうして一度目を閉じると、小さく息を吸った。
そして今気づいたと言わんばかりの顔で画面に顔を向ける。

「ラクス、様?」
「ええ・・・。お久しぶりですわ、ミーアさん」
ミーアが微笑む。はい、と頷いて。
「でもどうしてラクス様が?上からは何の連絡ももらってませんけど」
ラクスはそれは、と一度目を伏せ、微笑む。
「アスランと一度お話をとお願いしたのです。プラントに戻ってから、一度もお会いしておりませんでしたから」
「そうですか」
ミーアが納得したように頷く。
アスランの体から力が抜けているのを感じながら、ミーアは話を続ける。
「ラクス様の歌、いつも楽しみに聞かせていただいています。これからも応援していますね」
「ありがとうございます」
どこかぎこちなく微笑むラクスに、ミーアもにっこりと笑う。
その頃にはアスランの表情も柔らかくなり、離れたところで見ていたギルバートは息をつく。

ラクスがどういう思いであれ、評議会はラクスの行動から危険と判断している。
それは何故か。ラクスは大きすぎる『力』を所有している。そして兵器を生産していた。
平和のために。世界のために。プラントのため世界のために。
そう言ってその『力』を奮う。世界に向けて、そしてプラントに向けて。
平和を言葉で訴えるその前に、彼女は『力』を行使する。
評議会が警戒するのは当然だと、理解するのは難しいことではない。
けれどラクスの言葉は、理解したものの言葉ではない。
どうしてアスランの言葉を考えてくれない。どうして自分の思いを最優先に考えるのだ。
周りの考えを理解してこそ、自分の思いが通る可能性が高くなる。今のラクスはそういう状況にいるのだというのに。

「ラクス」
ミーアとラクスの会話する中、アスランが声をかけると、ミーアのアスランの背を抱く手が強くなる。
ラクスは何でしょう、とアスランを見る。
「あなたは俺を友だという。同志だという。だから信じてくれという。そうして俺に何を望んでいらっしゃるのですか?」
アスランを心配そうに見上げるミーアの髪を撫でながらそう言えば、ラクスは首を横に振る。
「そうではありません、アスラン。わたくしはあなたに何かをせよと申しているわけではありません。
ただ信じていただきたいのです。わたくし達は決して評議会が懸念するようなことはいたしません」
「だからあなたを自由にする手助けをしろと?」
「アスラン!!」
ラクスが憤った目を向ける。
「どうしてそのようなことをおっしゃるのですか!」
「俺があなた達の現状を容認していることが気に入らないのでしょう?一緒に憤り、現状打破のために力を尽くすべきだとお考えなのでしょう?
それともそれすら考えるまでもなく当然とお思いですか?ラクス」
「何ということを・・・!アスラン!」
ラクスが悲愴な表情をアスランに向ける。
この場に無関係のものがいれば、アスランがラクスを無下に傷つけたと批難するだろう。
けれどアスランにはそうとしか思えなかった。そうでなければどうしてこんな方法を取ってまで連絡を寄越すのか。
ギルバートとミーアがいないと知って、安堵したりするのか。

いつもそうだ。ラクスもキラも、自分達の都合のいいときだけアスランを頼みにする。
自分達は隠し事をするくせに。自分達は切り捨てることもしてみせるくせに。
なのに都合よく必要なのだと。信じているのだと。そう甘い言葉を吐いてみせるのだ。
それにふらっと引かれる自分はもういない。利用されてもいい。必要としてくれるのならば。そう思う自分もいない。
大切だった。今でももしかしたらそうなのかもしれない。けれど選ばない。

「残念ですが、ラクス。俺は罪を償っている最中です。評議会に逆らう気はありません」
ラクスがアスランを睨みつける。
そうではないと告げながら、完全に敵とみなした目を向ける。
「あなたはもうわたくし達が知っているアスラン・ザラではないと、そういうことですか」
その言葉に、アスランは笑った。




「あなたの言われるアスラン・ザラとは、一体どんな人物なんでしょうね?」




ラクスの怒気が増した。

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これでキラに続いてラクスもアスランとさよならです。
そしてギルの腕は大変なことになってると思います(笑)。

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