囚われの姫君は本当に無害なのか
〜偽りを空へ、真実を地へ〜






その日開かれたパーティでは、大企業の重役が揃っていた。
メインのイベントが終わった後は、各々が世間話に興じながら互いの探りあいをしている。
どの話題が己の利益不利益に繋がる糸口かしれない。どの言葉が互いの失点へと繋がるかしれない。
微笑み合いながら和やかな空気を装って、けれど気を抜くことない会話。
そこで誰かがそういえば、と出した話題が、思いがけず会場中に広まった。

「ラクス・クラインの新しい護衛ですが、オーブからの特使をしていたそうですよ」

それにまさかと笑った相手に、話題の主は弟の友人が評議会の事務局で働いているのですが、そこでは有名な話だとかと返す。
そこに他の輪で会話に興じていた男が、私も聞いたことがあると会話に入ってきた。
それにつられるように次から次へと人が集まり、会場の中での数あった話題がラクス・クライン一つになる。

「どうしてオーブの特使が」
「そういえばラクス様はオーブの代表と並んでいらした」
「ああ、AAと行動を共にしていると」
「AAはオーブから出航したんだったか」

オーブ、オーブ、オーブ。
出てくる話はラクス・クラインがオーブと関わる話ばかり。

元々ラクス・クラインにはプラントの者が護衛についている。
だというのに新しい護衛をつけるのは何故か。しかもそれがオーブの特使。
何故オーブなのだろう。

オーブ代表はラクス・クラインと並び、世界へ向けて言葉を流した。
オーブ軍所属だというAAは、エターナルと共に戦った。

そういえば、ディオキアの基地でラクス・クラインが乗る予定であったシャトルが盗まれたことがあった。
あの時ラクス・クラインだと思っていた少女は偽者だった。ならば本物が乗っていったことになる。
では本物は地球にいたのか。
その時シャトルを守ったのはフリーダム。フリーダムはAAと行動を共にしていた。
ではラクス・クラインは元々AAに乗っていたのではないか。そしてそのAAはオーブから出航した。
そのことから導かれる答えは、姿を見せなかった二年間、ラクス・クラインはオーブにいたのではないかということ。

そこにいたって、ようやくラクス・クラインとオーブの関わりが思っていた以上に深いことに気づく。
プラントを救った歌姫。けれど、実は元々小さな不信が会場中の誰の胸にもあった。

可笑しいと思ったことがあった。 ヤキン・ドゥーエの戦いが停戦条約という形で終わってからのことだ。
どこかで大きな金が動いている。そう感じたことがあった。
自分達の不利益にならないように注意して金の流れを見ていたが、それはいつも不意に途切れる。
何だろうと思っていた。プラントへの影響は見えないし、自分達の会社への影響も見えない。
一体なんだ。そう思っていたところに現われたエターナル。もしやと思い、まさかと否定した。
それを口に出す。

「ねえ、エターナルは新しいMSを連れていなかったかしら」
「まさかMSを開発していたと?」
「エターナルを維持していたのは何だ?」
「彼女一人の財力で二年もの間、維持し続けられるのか?」
「あの可笑しな金の動き、もしかして」
「いや、だがオーブから援助を受けていたとは考えられないのか?」
「オーブはAAを隠し持っていただろう?それを維持するだけでも大変だろう」
「では?」

では、では、では。

ラクス・クラインという名は強力な目くらましとなってプラントを覆っている。
けれど今、それが取り払われつつある。オーブの特使がラクス・クラインの護衛。この一言で。
その中、再び放たれた思いも寄らない一言が会場中を沸かした。




「オーブ特使がラクス・クラインの恋人だと聞いた覚えがある」




沈黙。静寂。そして爆発。

まさか、アスラン・ザラは、対の遺伝子、オーブ、特使が恋人といった様々な言葉が飛び交う。
どういうことだと。恋人を取り戻すためにオーブの特使がプラントにきたのか。
ラクス・クラインは恋人といたいがために、オーブの特使を護衛にしているのか。
プラントの歌姫。プラントの平和の象徴。プラントの癒しの歌姫。そしてアスラン・ザラと揃ってプラントの未来。
そう呼ばれる彼女の像が崩れていく中、一人が呟いた。

「オーブの歌姫、ということか」

彼女がプラントに武器を向けたのは、プラントを守るためだと思っていた。
だがよく考えてみろ。彼女は世界がロゴスを敵としたその時、沈黙を守っていた。
プラントがレクイエムに撃たれた時、彼女は姿を現わしたがその声は何を語った?
デュランダル前議長が発表したディステニー・プラン。それにオーブ代表と並んで異を唱えた。
レクイエムに撃たれ散っていった人々への言葉はあっただろうか?憤りの声は?嘆きの声は?

ならば彼女が行動を共にしているというAAはどうだろう?
オーブ代表を結婚式から攫って、オーブがザフトと戦っている最中に現われて。
後はオーブはいなかったけれど連合とザフトの戦いに。
そしてロゴスを撃つために集まった中にはいなかったが、ザフトのオーブ侵攻時には邪魔をしてきた。
そしてそして?

「メサイアを、落とした」
「・・・オーブを守るために?プラントではなく、オーブを守るために?」
「そのためならば、プラントを落としたかもしれぬと?」
「もはや彼女はプラントを守る歌姫でも、プラントを癒す歌姫でもないと?」
「場合によっては我らを傷つけると?」





オーブのために?




男が一人、隠した口元に笑みを刻んだ。


* * *


「あら、ラクス様ね」
女性がラクス・クラインの歌を歌っている子供に微笑む。
子供はうん、と頷いて笑った。
「この歌、すきなんだ」
「おばさんも好きよ。素敵な歌だものね」
ねー!と子供が嬉しそうに首を傾けた。
「でもね、最近のラクス様の歌はいやなんだ」
「あら、どうして?」
だって、と子供がうつむいた。

「やさしくない」

え?と女性が眉をしかめた。
子供はおばさんはそう思わない?と顔を上げる。その顔は暗い。

「あのね、何かちがうって思うんだ。前みたいにほっとしない」
「そんなことないわ。ラクス様はいつも私達を思って歌ってくださってるでしょう?」
「本当に?」
そうよ、と頷こうとして、女性は言葉を詰まらせた。
どうしてと戸惑うが、女性にも心当たりがあった。

ラクス・クラインは昔と変わらず優しい微笑みと優しい言葉で姿を現わす。
けれど確かに思うのだ。以前のように無条件に安堵できないと。
それがどうしてなのか分からない。ラクス・クラインだ。そんなはずはない。
そう思って、ただ歌に耳を傾けようとしている。その歌から安心を得ようとしている。

「ラクス様、またいなくなっちゃわないかなって思ってるのかも」
「また?」
「だって、二年もいなかったでしょ?戦争が始まってから歌ってくれてたの、ラクス様じゃなかったんでしょ?」
「・・・え、え」
「ラクス様の姿が見たいって思ってたのに、歌が聞きたいって思ってたのに、ラクス様出てきてくれなかったでしょ?」

プラントは求めた。ヤキン・ドゥーエの後、ラクス・クラインの歌を、その姿を。
けれど彼女は現われなかった。ずっと、ずっと、二年の間ずっと。
今、再びプラントで歌を歌っているけれど、いつかまた消えてしまわないだろうか。
子供はそんな不安から、ラクス・クラインの歌をやさしくないと言うのだろうか。

「大丈夫よ。ラクス様は今プラントにいらっしゃるでしょう?私達のために歌ってくださってるでしょう?」
もういなくなったりしない。そう微笑むが、子供はうん、といまだ不安そうだ。
女性はもう一度言葉を紡ごうと、子供が座るベンチの隣に腰かける。
「心配しないで?」
「でもラクス様、睨んでた」
「え?」
何?と瞬きする女性の隣で、子供はうつむいたまま足をぶらぶらさせる。
「お父さんが忘れ物して、仕事場に届けに行ったんだ」
そしたらラクス様がいて、と子供は言葉を途切れさせ、ぎゅっと拳を握った。
「怖い顔でにらんでた。前の議長に、すごい怖い顔でにらんでた」
前の議長は困ったように微笑んで、プラントのためにどうか歌を。そう言っていた。
驚いた子供に父親は気にしなくていいといったけれど、またかと呟いたのを聞いたのだと言う。

「それってどういうことかな。ラクス様、いやなのかな。僕達のために歌うの、いやなのかな」
「そ、んなこと」
ないわ、と女性は言い切ることができない。それほどに驚いた。
否定しようと思わないのは、それを言ったのが子供だからだ。
まだ幼い子供がそんな嘘を言うはずがない。子供は自分が見たままを言っているのだ。

ラクス・クラインが前議長を睨みつけていた。
前議長と言えばギルバート・デュランダルだ。
彼が提示したディステニー・プランは実はよく分からなかった。良いも悪いも判断するには時間も情報も足りなかった。
戦後、彼は政界から消えた。再び政界に姿を現わしたのは、プラントの国民が納得しなかったからだ。
彼に何の落ち度があったのだと。彼の政治の元、心穏やかに暮らしていたのだ。
連合からの一方的な攻撃から守ってくれて、それでも再びプラントを戦禍に塗れさせないように対話を望んで。
プラントを守るために戦ってくれて。なのにどうして彼が消えたのだと。
ザフトも評議会に働きかけたのだと聞いた。だから彼は再び政界に戻ってきたのだ。

そのデュランダルを睨む?
しかもデュランダルがラクス・クラインに言った言葉どういう意味だろう。
プラントのために歌ってほしい?彼女がそれを拒否しているように聞こえる。
何故?

「やっぱり本当なのかな」
「・・・え?何が?」
子供が顔を上げた。




「ラクス様は恋人がいて、オーブで恋人と暮らしたいって言ってるって」




女性が固まった。
何だそれは。
思考すら固まった女性は、次の子供の言葉に完全に混乱した。

「お父さんの仕事場で聞こえたんだ。でもラクス様には婚約者がいるでしょ?だから嘘だって思ってたけど」

ラクス様の護衛の男の人もにらんでたし。その後、ラクス様の肩抱いてたし。その人がそうなのかな。

女性の目が見開かれる。
近くで休んでいた男性も、驚いた顔で子供を見た。

「やっぱり僕達、また捨てられるのかな。ラクス様に」




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本編で議長が死んだことを国民はどう理解しているのだろうと思ったり。
レクイエムを使ったから?自軍も巻き込んだから?レクイエムで地球を狙ったから?
議長を殺したのはレイだけど、殺そうとしたのはキラで。だからその後、どうプラントに言うつもりだったのだろうと思います。

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