囚われの姫君は本当に無害なのか
〜偽りを空へ、真実を地へ〜






アスラン・ザラにどうにか会えないだろうかと聞かされ、男は目を見開いた。
ラクスは真剣な顔で、会わねばならないのですと言った。
何故、と男は思う。
アスラン・ザラは男にとって許しがたい裏切り者だ。
ラクスの元婚約者でありながら、ラクスを裏切り、ギルバート・デュランダルに、評議会についた。
表面的に従っているようにみせているのではない。そうであるのならばキラと対面した場で、
ラクスが殺されそうになったのを当然などとは言わないだろう。もっと他に言い様があったはずだ。
ラクスはいつか必ず分かってくれると言った。そうであると信じていると。
だからこそアスランに会いたいと言うのだろうか。会ってアスランの目を覚まさせると?

ラクスは男の混乱に気づいているのか、毅然とした態度で言った。
「キラが先日アスランに話し合いを拒否されたことはお話した通りです」
男は頷く。その話は聞いた。
話がしたいというキラに、アスランは上層部を通せと言った。
オーブ特使として会った際にアスランが言った言葉は本心かと問うたキラに、アスランはそうだと頷いた。
それのどこにラクスがアスランと話さねばと思わせるものがあったのだろうか?
「アスランは評議会の監視下にあるとおっしゃいました。警戒されているのだと。
それはわたくしやキラだけではなく、アスランもなのだと。ならばアスランが話す全てが本心であるかは分かりません」
「・・・それは、彼が口にした全てが評議会に知られるがために、あえて本心ではないことを口にしている可能性がある、と?」
「アスランは優しい方です。人の命が奪われるそのことに当然だと言い切ることができる方ではありません。
そしてキラを本当に大切にしていらっしゃるのです。そのキラを傷つけるなど、どれだけの苦痛でしょうか」
だが、と男は思う。
人は変わる。今のアスランがラクスの知っているアスランであるとは限らない。
けれどラクスはふわりと微笑んだ。

「わたくし自身の目で、耳で確かめたいのです。アスランがわたくしの知るアスランであるのか」

その言葉に男は感銘を受ける。ラクスは本当にアスランを信じているのだ。これほどに思われているとあの男は知らない。
けれど男はアスランを許せないのだ。偽りを口にさせられているのだとしても、ラクスを傷つけたのだから。
だが、そう不意に思った。アスランの力が加われば、ラクスを守るものができる。
キラはMSを操ることにかけては右にでるものはいないが、白兵戦においては期待できない。
キラをラクスの側においたのはラクスの心の安寧のため。そして宇宙に出た際のこれ以上ない護衛となるため。
ラクスを宇宙へと逃がすまでの間は、こちらから傭兵を雇った。だがアスラン。彼がいれば。

ラクスを自由にする。その計画は着々と進んでいる。
オーブの代表は、ラクスをプラントから自由にするという男に頷いてくれた。
だが評議会の目を掠めるようにして、との計画には難色を示した。
当然だ。オーブという一国を巻き込むことになるのだから。こちらとしても穏便な手を取れるものならば取りたい。
だが評議会はラクスにそれを許さない。危険だからとラクスを軟禁し、そのくせその力を利用する。
どこまで傲慢なのか。ラクスにどれほどのものを与えられたと思っているのか。それを返しもせず享受して、更に要求する。
だから彼らからラクスを逃がす。そしてプラントは国民に知られる形でラクスを追うことはできない。
国民に知られてしまえば、何故ラクスがプラントを出たのかの説明を当然求められる。
その時に何と答えるのだろう。攫われたと?けれどそれはラクスが否定すれば国民は評議会を疑う。
評議会がラクスに何かをしたのではないかと。ラクスがプラントから逃げるほどの何かを。
それが何なのかを評議会は知られたくない。知られれば彼らの政治生命は終わりだ。
ラクスにはプラント国民という味方がいる。それは何よりの強みだ。
オーブ代表はそれに最後は頷いた。ラクスのことはオーブが責任をもって預かる。安心しろと。
そのおかげでラクスを逃がした後の憂いはない。

クライン派である男は評議会に警戒されているため、オーブに連絡をとってくれたのは協力者だ。
協力者は表立ってのクライン派ではないため、評議会も把握してはいなかった。
けれどその協力者もこれ以上の協力は残念ながらできないと言ってきた。
協力者はできればラクスを逃がす協力もしたいのだが、評議会に目をつけられるわけにはいかないのだと。
彼は会社を経営する社長だった。評議会に目をつけられれば会社の経営に差し障る。
それは自分だけではなく、家族に、そして会社で働く部下達に少なからず影響がでるだろうと。
ここまででも十分だ。男はそう言って、真実感謝をした。
必ずラクスを自由にしてみせると約束をした。よろしく頼む、信じているよということばがどれほど心強かったか。
クライン派を抜ける者達が多い中、彼のようなラクスを真実想ってくれる者はそれだけでも力を与えてくれる。
その協力者のためにも。

男はラクスに頷いた。
何とかいたしましょう、と。


* * *


ギルバートは部屋に持ち帰った書類を処理し、一息入れようと椅子を引く。
そこに控えめなノックが聞こえ、応じればアスラン。お疲れさまですとコーヒーを手渡してくれるのに、
ギルバートはありがとうと微笑む。
そしてコーヒーを一口飲んで、ふうと息をつく。
「ミーアは静かだね」
「ええ。今日は早めに寝るそうです」
何でも昨日夜更かしをしたそうなので、とアスランが笑う。
ギルバートもそうかと笑って、で?と立ったままのアスランを見上げる。
アスランがきょとん、とした顔で首を傾げるのに、座りなさいと前のソファをさす。
素直に従いながら、アスランはで、とは?と不思議そうにする。
「ミーアと何かあったかな?」
「は・・・!?」
真っ赤になってうろたえるアスランに、ギルバートはくすくすと笑う。

最近、アスランの様子が可笑しい。
ミーアがアスランに抱きつくことは日常茶飯事だが、それに対して諦めが入っていたはずのアスランがうろたえるようになった。
そんなアスランに、ミーアは嬉しそうに強く強く抱きついて。それがまたアスランをうろたえさせて。

ミーアがアスランを恋愛感情として好きだということは知っていたが、アスランはどうだろうか。
好意は持っている。けれどそれが恋愛かどうかはギルバートにも分からなかった。
だが最近の様子からこれは、と思うようになった。

「愛の告白でもされたかな?」
「な、なんで・・・!」
「君ははっきりと言われないと分からないだろうからね」
くすくすと笑えば、真っ赤になっていたアスランがますます赤くなって、俺ももう寝ます!と部屋を出て行こうとする。
それを腕を掴んで止める。
「まあ待ちたまえ。ようやく一段落ついたところだからね、相談に乗ってあげるよ?」
うっ、と呻いて、アスランが頬を染めたまま振り向く。
「そうだん、ですか?」
にっこりと微笑んで頷く。

本当は聞いてほしいのに言い出せない。
そんなアスランにこちらから振れば、目を彷徨わせて、そうしてこくんと頷いた姿が幼くて、庇護欲をそそられると思った。




「と、いうわけで、その・・おかしいです、よね?」
年下の女の子に甘えたいと思うのだとアスランは言う。
そしてそれはラクスやカガリに覚えたことのない感情で、母親に覚えた感情なのだと。
だから恋じゃないはずなのに、ミーアに告白されてからやけにミーアを意識して。
抱きつかれればどきどきするし、好きよと言われればパニックになる。そんな経験はない。
「ラクス嬢やカガリ姫に好きだと言われた時と違う、と?」
こくんとアスランが頷く。
「ラクスに言われた時は、嬉しかったですし、気恥ずかしかったけど、しばらくしたら落ち着けました。
カガリに言われた時も嬉しかったし、俺も好きだと返せました」
でもミーアには違う。かあっと顔を熱くなって、頭がごちゃごちゃになって、何をどうしたらいいのか分からなくなって。
そうして後で思い返しても、その辺りの記憶がはっきりと思い出せない。
なるほど、とギルバートは微笑んで頷く。

「アスラン、恋に定義はない。以前がこうだったから次もこうだとは限らないのだよ」
「それは、分かってます・・けど」
「ミーアに甘えたいと思うのはね、アスラン。ミーアが君を甘やかしたいと思っているからだよ」
え?とアスランが不思議そうに首を傾けた。
「アスランに甘えたいと思ってるのと同じ様に、甘えてほしいとミーアが思っているからだよ」
だからミーアに甘えたいと思う。甘えてもミーアは突き放さないから。

「ちゃんと甘えさせてくれることをね、君は無意識に知っているんだ」

ラクスに覚えなかったのは、アスランとラクスの間には政略結婚という現実があったからだ。
互いに好意を抱いても、二人の関係は政治に大きく関わっていたし、コーディネーターの希望という現実も二人に大きくのしかかっていた。
まずはそれらを二人は意識せざるを得なかった。互いのことはその次だ。
親が決めた婚約者。コーディネーターのための婚約。特にアスランはそれに捕らわれた。
だから守りたいとは思っても、甘えたいとは思わなかった。思えなかった。
ラクスが甘えてほしいと思っていたのだとしても、コーディネーター全ての希望が乗っているのだから、しっかりしなければ。
そんなアスランを無理やりにでも甘えさせるだけの関係が成り立っていなかった。

カガリに覚えなかったのは、本人云々よりもまず環境が許さなかった。
カガリはオーブという一国を背負って立つ身で、国民に知られている婚約者までいた。
日々国のために、民のためにと奔走する彼女。ままならない現実、空回りする理想。それらに傷つき苦しむ彼女を支える日々。
彼女の婚約者の手前、そして亡命者という立場の手前、公の場ではただ護衛として黙って立っていることしか許されず。
二人になってようやく許される触れあいは、彼女の嘆きを聞くこと。悲しみを受け止めること。
アスランが甘えたいと思えるだけの環境ではなかった。逆にカガリを甘やかしてやりたい、守りたい。 その思いが強くなる。

ミーアに覚えるのは、ラクスやカガリのような束縛された立場ではないということもあるだろう。
けれど一番は、ミーアがアスランに積極的に訴えかけてるくるからだ。
押して押して押して。感情を、自分の意志をアスランに知らせて。
そうして微笑んで腕を広げるのだ。だから安心して飛び込んできてね、と。

母親に甘えたいと思うのは、無条件で甘えさせてくれると分かっているからだ。拒絶されるとは思っていない。
アスランは母親の立場を考慮して遠慮していただけで、それを疑ってもいなかった。
愛されているから。抱きしめてくれるから。それを知っていたから。

「それと同じ気持ちを覚えるということは、アスラン。何て深い信頼だろうね」

自分を生んだ母親。自分を育てた母親。生まれる前から一緒にいた母親。
その存在への気持ちと同じ気持ちを、アスランはミーアに持っているのだ。
それはミーアがアスランへ向ける想いは疑うべくもないと、そう思っているということ。

ギルバートは戸惑ったように目を揺らし、そしてうつむいて考え出したアスランに微笑む。

「大丈夫。ミーアは待っていてくれるよ。君が答えを出すのをちゃんと待っていてくれる。だから焦らずに考えなさい」

アスラン大好き、と笑って抱きつくミーアに返す笑顔を思い出して。
頭より先に心が自覚しているのだけれどね、とギルバートはこっそりと笑った。
けれど笑ってばかりはいられない現状。それを思い出し、しばし意識を飛ばす。

今こうして恋愛問題で悩んでいるアスランに、ゆっくりと考えなさいと言った口で伝えなければいけないことがある。
伝えるには酷な話ではあるが覚悟が必要な話だ。早いほうがいいのは確かだ。時間が迫っている。
評議会には直前まで伝えるなと言われてはいるが。

必死に考えているアスランに視線を戻すと、ギルと呼ばれた。

「あなたがおっしゃったことを踏まえて、ちゃんと考えます」
「ああ」
そうだねと返せば、アスランがそれでと顔を上げる。

「もう、聞いても構いませんか?あなたが隠していらっしゃることを」

先程までの戸惑った目ではない真剣な目。それがギルバートを見ていた。
それに驚いて軽く目を瞠ると、アスランが小さく笑った。




「評議会は、ミーアに何をさせるつもりなんですか?」




ああ、そこまで辿りついたなら、後はもう簡単なんだよ、とギルバートも小さく笑った。

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答えは教えないけど、とりあえず聞いてあげるお父さんの図。
ようやくアスミアっぽくなってきたでしょうか・・・?

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