囚われの姫君は本当に無害なのか
〜偽りを空へ、真実を地へ〜






歌を歌う。
閉じ込められた世界で、唯一自由になる歌を。
そんなラクスの様子を眺めながらキラは絶対にここから出してみせると、幾度目かの誓いを立てる。

だってラクスは青空の下がよく似合う。
透き通った空の下で波の音を聞きながら白い砂浜を歩くのだ。子供達の手を引きながら歌を歌って、笑って。
ラクスにはそれがよく似合うのだ。
だから必ず、と。









* * *


「感謝しております。あなたのおかげで、ラクス様に心の安寧を差し上げることができました」
男が嬉しそうに笑う。それに相手は首を振る。
「いや、私は助言しただけにすぎないよ。後は君の彼女への思いの強さ故だろう」
そして二人は互いに世間話を始め、しばしの間その部屋は笑いに包まれる。

男はラクス・クラインの心棒者だった。一人、また一人とラクス・クラインから離れていった他の心棒者達と違って、
男はいまだラクス・クラインに強い思いを抱いていた。

クライン派を抜けるものが出たのは二度目の大戦の後だ。ラクス・クラインがプラントに戻らず去ろうとしたからだ。
次に抜けるものが目立ったのは、ギルバート・デュランダルによって連れ戻されたラクス・クラインが、
自分の役目は終わったのだと、オーブへ戻せと繰り返すことが当たり前になってきた頃だ。
そうして残ったのは男のような狂信的なラクス・クラインの心棒者だけだった。政治家の中では男を含めてもあと数人。
その中の何人かは今にも退きそうな態度を最近になって見せ始めている。

情けない、と男は思う。
自分達はラクス様のためにあるのだというのに。ラクス様がどれほどのものを我々に与えてくださったと思っているのか。
それも忘れて、プラントのために働かぬのならいらぬと。己の利益になりそうもない、むしろ不利益だと蔑む。
何と情けないことか。同じコーディネーターとして、何と恥ずかしいことか。
ラクス様は我々のために歌ってくださった。我々のために戦ってくださった。
道を間違える我々に、こちらだと。そちらの道は危ないのだと示してくださった。それも二度も。
それはどれほどの恩か。それを考えもせずに、自分達のことばかり。

ああ、情けない。

「ところで、先程から流れている映像ですが」
男が大きなスクリーンに目をやると、相手もああ、と振り向いた。
男が誰よりも敬愛するラクス・クラインがそこにはいた。
自然の中で風に吹かれて気持ち良さそうに歌を歌っている。その手の中にはピンクの球体。
それを視界に収めて、男は目を眇めた。

「ラクス様は、今でもあの球体を持っていらっしゃいます」
その声が尖ったものであることに気づいた相手が、スクリーンから男へと顔を戻す。
「大切なものなのだと、今でも大切に持っていらっしゃるのです。なのに・・・!」
「アスラン・ザラかね」
「そうです!あの男!!」
男は相手を振り向く。その目には憎悪。

「ラクス様の現状を当然のことだと言ったのです!ラクス様が命を狙われたのを仕方がないと言ったのです!
あれほどラクス様に大切に思われていながら、あの男はラクス様を害なしたデュランダルについているのです!!」

許せるはずがない。
ラクスはいつかきっと分かってくださいますと微笑んだけれど、どれほど傷ついていることだろうか。
今は評議会によって監視されているから手が出せないけれど、いつか必ずその報いは受けてもらう。
そう男は思っている。

「アスラン・ザラか。パトリック・ザラの一人息子で、ラウ・ル・クルーゼの気に入りだったか。
あまり侮らぬほうが賢明だろう」
「侮ってはいません。ですがあの男は罪人です。戦犯たるパトリック・ザラの息子です。
英雄ともてはやされてはいますが、プラントにとってあの男が罪人であることに変わりはありません」
そして、と笑った男は気づかなかった。静かに男を見つめながら聞いている男の口元が、微かに笑っていたことに。
嘲るように、小さく息を洩らしたことに気づかなかった。




「我らがラクス・クラインを傷つけたそのことを、プラントの民が許すはずがない」




* * *


「しずかな〜このよるに〜あなたを〜まってるの〜」

子供が歌う。
青い空の下で、もう会えない人を思って歌う。その顔には笑みが浮かんでいる。
優しい人だった。子供の大切な大切な人だった。子供はその人との思い出を辿って歌う。

物心つく前から一緒に寝ていたのに、もう一人で寝れると言ったら悲しそうな顔をして、
せめてあと三年と言って、父親に呆れられていた。
色々なところに連れて行ってくれて、その度に写真を撮って、ビデオを撮って。
子供が将来結婚する時は、コピーしてやるからと言って笑った。
結婚式で泣くなよ、うっとうしいからと親友に言われて言葉に詰まっていたのに子供は笑った。
ラクス・クラインのファンで、新曲は必ず予約していた。出演するテレビも録画して、自室に大切に保存していた。
子供には知られないようにしていたらしいが、子供はとっくに知っていたし、彼の親友から面白おかしく伝えられてもいた。
そのことを知ったら、きっと親友に食ってかかって返り討ちにあっていただろう。

彼は軍人だった。
ヤキン・ドゥーエの戦いの後、軍を退いた彼は父親の手伝いをしながら、毎日元気に笑っていた。
なのにある日から急にその元気がなくなった。
毎日硬い表情をしていた。ずっと何かに迷っていたようだった。時折、ラクス様、と辛そうに呟いていた。
本当に?でも。いいや。ああ、それでも。そう呟いていた。
子供には分からなかったけれど、彼は悩んでいた。悩んで悩んで、そうして彼は決めた。


再び軍服をまとい、玄関に立った彼を今でも覚えている。


「いまとおくても〜、またあえる〜よね〜」

父親が本当に行くのかと言った。どうして軍を辞めたお前がと引きとめようとしていた。
けれど彼は静かに首を振って、いってくるよと笑った。
守りたいから。だいじょうぶ、ちゃんと帰って来る。ここに。
そう言って父親と抱擁を交わして、子供を強く強く抱きしめて。
涙を流して泣く子供と、泣き出しそうな、怒り出しそうな顔をした父親に向かって彼は敬礼した。
ザフトのために、ではなく。プラントのために、でもなく。そしてラクス様のために、でもなかった。




大切な二人のために。




そうして彼は、エターナルへと向かったのだ。

「しずかなよ〜るに〜」

歌い終わった子供は空を仰ぐ。
また会えると信じていた。絶対に帰ってきてくれると信じていた。

ラクス・クラインの今でも一番人気のある歌。「静かな夜に」。
皆が不安で、皆が帰りを待っていた。その相手の無事を祈りながら歌う人が多かった。
だから子供も歌った。無事に帰ってきてくれると信じて、祈りを捧げた。
コーディネーターに神はいないから、誰に祈ったわけではないけれど、ただ歌に祈りを乗せた。

もしかしたらラクス・クラインにだったのかもしれないと、今は思う。
この歌を歌っていたラクス・クラインに、祈っていたのかもしれない。
祈って、祈って、祈って。彼女がその祈りを彼女の声に乗せて運んでくれるのだと。
そうして運ばれた祈りが大切な人達を守り、包んでくれるのだと。
そう、思っていたのかもしれない。

「だって、プラントの歌姫は平和の象徴だから。平和を司る女神だから」

子供は空を仰いだままその場で寝転がる。
今日は晴天だ。

「あいたいな」

ただいま、と言って笑って欲しい。
おかえり、と言って笑いたい。
どうしてそれが叶えられなかったのかと、子供は微笑むラクス・クラインを頭に思い浮かばせ、目を閉じた。


* * *









歌を歌う。
閉じ込められた世界で、唯一自由になる歌を。
そんなラクスの様子を眺めていたキラは、微笑む恋人に微笑みを返す。

ラクスは幸せそうに笑う。
けれどここは狭い狭い閉ざされた空間だ。どこまでも続く空も海もここにはない。子供達の笑顔もない。
ラクスにはそれがよく似合うのに。
だらか必ず、と。




一緒にオーブへ帰るんだ、と。

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だんだんと不穏な空気になってきました。主役は誰だ(おい)。
子供が歌を歌うのは削ろうかなと思ってました。他の話でラクスが歌ってるので、どうしようかと。
でも歌わせたかったので歌ってもらいました。

さて、もうそろそろ終わりに向かって走り出します。やっとだ・・・!!

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