プラントは常にラクス・クラインを求めている。
プラントのために平和を歌い、プラントのために平和を祈る歌姫を。
それが本物であれ偽者であれ、民衆にはそれがラクス・クラインでさえあればいいのだ。プラントの平和の歌姫でさえあれば。
だから二年の沈黙を経て現われたラクス・クラインに、誰もが差異を感じながらも受け入れたのだ。
ラクス・クラインとはすでに一個の人間ではなく、一つの象徴、民衆の偶像であったから。
本物か偽者か、そんなことは突きつけられない限り、些細なことであった。
それは裏を返せば、本物が名乗りを出れば、本物だと証明されれば簡単に掌を返すということではあったけれど。
だからこそラクスはラクス・クラインへと返り咲くことができたのだ。
先の大戦で歌姫が乗ったエターナルと、共に行動したAA、フリーダム。そして戦友たるオーブがその証明となったから。
しかしラクスはラクス・クラインがどういう存在なのか理解してはいたが、その重要性を理解しきれていなかった。
そして世界とは複雑で、誰をしても把握できるものではない、と。
無数の意志により成り立ち、それと同じく正義も存在する、と。
ラクスの信じるものが世界の理ではない、ということを理解していなかった。
だから彼女は今、プラントにいる。
何より大切な恋人の側ではなく、彼女をラクス・クラインとして必要とするプラントに。
どれほどラクスが恋人を選ぼうと、一度消えたプラントの歌姫を再び失うことを許すほど、
評議会も民衆も甘くもなく、またラクス・クラインから自立してもいなかったのだ。
「オーブから特使がいらっしゃいましてね。残念なことに私は他に用事がありましたので、別の者に相手をさせたのですが」
前プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルを前に、ラクスはいつものように厳しい視線を送る。
プラントからの帰還要請を断ったはずだった。
戦後は再びキラとオーブに戻り、ささやかな幸せへと戻るはずだった。
なのに追い落としたはずのこの男に、卑怯にプラントに連れ戻された。
どれほど願おうと、誰一人としてプラントから出ることを許してはくれなかった。
自分の役目は終わったのだ。後は一人一人が道を作り上げるだけ。自分が平和の道を示す必要はもうない。
いくらそう言っても誰もが首を横に振るのだ。
あなたがいなければ。そうでなければ我らはまた道を間違うでしょう。どうか我らに道を示し続けてください。
そう言って。
思い出した驚愕と苦味にラクスは、ぐっと拳を握る。
そんなラクスのことなど一向に気にせず、ギルバートは変わらず穏やかに笑っている。
「その特使はあなたもよくご存知の方ですよ」
「わたくしが?」
「ええ」
眉をひそめるラクスに、ギルバートが頷く。
「名を、キラ・ヤマトというのですよ」
ラクスの目が見開かれる。
「キラ、が?」
胸に驚きと喜びが湧き起こる。ああ、きてくれたのだ、と。
民衆がラクスを求めていることは知っている。
しかし自分にできることは道を間違え、世界を混沌へと導こうとするその時を正すだけだ。
本当にそれでいいのかと問い、民衆自身が考える機会を与えるだけだ。
だから平和な世界に自分は必要ではないと思っている。
自分の影響力を知るからこそ、プラントにはいられない。そう考えている。
現に今、プラントはラクスがいなければ進めないのだと、全てをラクスに任せようとしている。
自分達で考えることを放棄してしまっている。
それではいけない。だから自分は一刻も早くプラントから出なければ。そう思っている。
だから心のままに喜ぶ。
キラがラクスを取り戻しにきてくれたのだ、と。
目を閉じ、胸元で手を握る。
浮かぶ姿は今、自分を取り戻そうと動いてくれている人々。
プラントに来てくれたキラ。
キラを特使として送り出してくれたカガリ。
他にもオーブに、プラントにいる仲間達。
ああ、と喜びを噛みしめる。
ギルバートはそんなラクスを笑顔で、けれど冷たい目で見下ろしている。
ラクス達によって失脚したギルバートは、評議会に請われ一議員となった。ジュール隊を筆頭とするザフトからの嘆願があったのだ。
そしてそれ以上にギルバートの手腕は、民衆からの人気は人材不足のプラントにとって切り捨てるには惜しいものだったのだ。
彼はそういった事情から政治の世界へと舞い戻った。
その初仕事がラクス・クラインの強制送還だった。
プラントのためにも自分は政治に関わるわけにはいかない。
今もそう言い続けているラクスは知らない。
ラクスをプラントに呼び戻した理由が他にもあることを。むしろそちらの方が重要なのだということを。
そしてギルバートがラクス・クラインについて一任されているその理由すらも。
ギルバートはラクスへと呼びかける。
ここへ来たのはラクスを喜ばせるためではない。
真実を一つ、明かすため。
真実を一つ、突きつけるため。
『彼』の痛みを。
『彼』の絶望を。
「特使といえば、ご存知ですか?元々オーブの特使としてプラントへと上がってこられた方が以前いらっしゃいましてね」
それが何、と言わんばかりに怪訝そうにラクスがギルバートを見上げる。
「ちょうどオーブと地球連合が同盟を結んだ時期と重なりまして、コーディネーターであるその方は戻るに戻れず」
その目が軽く見開かれる。誰のことを話しているのかに気づいたのだろう。けれどその意図を測りかねているらしい。
「しかも彼のIDは何故か消されていたようで、どこにも行けない状態に陥ってしまったのです」
自分の身分証明となるものが消されれば、シャトルに乗ることはおろか、下手をすれば不法入国と取られかねない。
おそらくオーブ代表を結婚式場から攫う際に、ラクス達が消したのだろう。
オーブ代表の身近である彼をセイランから守るためか。
それとも、彼女達のいないオーブで偽りをまとう必要はないと。本来の姿に戻ってもいいというつもりだったのか。
プラントから亡命したからこその偽りの名だというのに。
「ならばと、多少の縁もありましたので、私の護衛として雇うことにしたのです」
戦後、彼はプラントへと戻ってきた。今度こそ裁かれるために。
なのに平和の歌姫の元で再び世界を、プラントを救ったのだと民衆は讃えた。
そしてギルバートが言ったのだ。
『もしも我々が道を違えたのなら、どうか正して欲しいと。そう彼にFAITHの証を渡したのです』
と。
ならば彼がザフトを抜け出したのは、その言葉に従ってのことだったのだとプラントは判断した。
それをラクスは知らない。
彼女の子飼いからはその情報は入ってこないだろう。そのように彼女を隔離しているのだから。
つつがなくプラントのために計画を実行するために。
彼女を、逃がさないために。
「その者に私の代わりとして失礼かと思いましたが、オーブの特使の方と会ってもらったのです」
ラクスが戸惑ったように目を揺らした。今頭の中で情報が整理されているのだろう。
「どうやら知己であったようですので、任せたのです。あなたの引渡し要求の拒否を」
ラクスがそんな、と両手を頬に添え、信じられないと言わんばかりに軽く首を振った。
「彼の名をアレックス・ディノといいます」
「アスラン!!」
どうして、とラクスは叫んだ。
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「偽りを空へ、真実を地へ」続編と、同じく続編で「プラントに受け入れられたアスミアのラブラブ」のリクを
まとめさせていただきたいと思います。すみません。
今回、ミーア生存話の続きですので、議長も生存しててもいいよねと引っ張り出してきました。
・・・長くなりそうな予感ですが、そうならないようにしたいです。
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