別れてきた。
カガリがそう言って笑った。
辛そうに、けれどすっきりしたように笑った。


互いを責め合って、
そうしてあなたは何を得たのでしょう。




どうしてだ。話して分からないことなどない。だから第三勢力と呼ばれた陣営には地球連合軍、ザフト、オーブの兵士が揃ったのではないか。敵対していたというのに、手に手を取り終戦へ向けて共に戦ったのではないか。
なのにフレイは否定する。話して分からないこともあるのだと。
そしてカガリがそれを肯定するかのように、アスランと別れた。

「どうして…」
ぐっとキラが拳を握る。そしてフレイの隣に立ってフレイと話しているアスランを睨みつける。
「どういうつもり、アスラン」
尖った声にアスランが振り向く。
キラ、とカガリが止める声が聞こえるが、キラはそちらに顔を向けることはしない。
「君はカガリのことが好きだったんじゃないの」
「キラ!やめろ!」
カガリがキラの腕を引くが、その腕を振り払う。
「カガリは黙ってて。ねえ、どうなの、アスラン」
アスランはキラの目をまっすぐに見ているが、そこには何の感情も見えない。それに苛立ちが募る。

大切な姉。何度救われただろう。深い闇に落ちている時に光を照らしてくれた。あの時はまだ姉弟だなんて知らなかったけれど。
その姉をアスランならば幸せにしてくれるだろうと信じていた。なのにアスランはフレイと浮気をしていて。挙句に別れる、なんて。
ぎりっと歯が鳴る。

今、キラの脳裏に浮かぶものを第三者が見れば、何に憤っているのだろう。そう思っただろう。
言葉はカガリのための憤り。けれど頭の多くを占めるのはフレイだ。
当たり前のようにアスランはフレイの隣に立ち、当たり前のようにフレイに触れる。それに心がどうして、と叫ぶ。
好きだった。フレイが好きだった。けれど関係のあり方を間違えた。そう気づいた時、フレイがキラを好きではないことに気づいた。キラは好きだったけれど、フレイはそうではなかった。それなのにフレイがキラに好きだと告げる理由は…。
思いつく理由など一つしかなかった。キラは守れなかった。フレイの父親を守れなかった。
フレイとの関係がどうして泥の中へと落ちていくような気分しか得られないのか、その理由が分かった。そしてこのままではキラもフレイも苦しいばかりだと気づいた。だから別れた。
けれど嫌いになったわけではなかった。決して、決してなかった。

アスランがカガリを見た。
今更。そう思うキラにフレイが大げさなため息をついた。

「キラ、恋人と別れてきた姉に対する配慮くらいしなさいよ」
「…え?」
「普通こんな時にそんなこと聞かないわよ」
どういう、と眉を寄せれば、キラ、とカガリの声。ようやくそちらに視線を向ければ、泣き出しそうな顔をしている。先程まではそんな顔をしていなかったのに。
「カガ、リ?」
「お前の気持ちは嬉しい。でもアスランとはちゃんと話してきた。そのうえで別れてきた。だからいいんだ」
「でも、でもカガリ!」
「いいんだ」
だからそれ以上はやめてくれ、と言いたげなカガリに、キラはもうそれ以上は言えない。けれど苛立つ心は抑えられなくて、やはりアスランを睨みつける。
アスランはそれを受け止めて、けれど眉を寄せてラクスに視線を流した。
なに、とキラも視線を流せば、ラクスがアスランの前に足を進めていた。
「ラクス?」
いつもならばキラの声に振り向くラクスは、そのままアスラン、と硬い声でアスランを呼んだ。
「お話があります」
場所を移動したいと暗に告げるラクスに、アスランがしばらく黙って、分かりましたと頷いた。そしてフレイ、と呼んだ。それにフレイは肩をすくめると、いいわよ、とアスランの腕を抱く。
キラがフレイ、と声を上げ、ラクスが眉を寄せた。
「私達、もう帰るつもりなの。だから車までの帰り道に話してもらえるかしら」
さ、行きましょ、とアスランの腕を引っ張って歩き出したフレイに、フレイさん!とラクスが声を上げる。
ラクスとしてはアスランと二人で話があった。カガリの前で言うわけにはいかない。そう思ったからなのだが、フレイにもいてもらいたくはない。フレイがアスランとの話に入ってくる可能性が高いからだ。そうすれば結局アスランとちゃんとした話もできないまま別れることになる。
なのにフレイはそんなラクスの考えを知っているかのように、歩いたまま振り向いて笑った。

「アスランのことだもの。あんたの話を聞くだけで、自分を弁護することなんて言わないに決まってるわ。私がいるくらいでちょうどいいのよ」

アスランがう、と顔を歪めた。

夕日が海へと落ちていく。それを背中に歩くのはキラとカガリだ。前に見えるのはアスランとその腕に抱きついているフレイ。そしてフレイの隣にラクスだ。そうあるようにフレイがしたのを見ていた。
声は聞こえない。ざく、ざく、と自分たちが砂を踏む音と波の音が聞こえるだけだ。キラもカガリも黙っているからそれらの音がやけに大きく耳を打つ。
胸の内はそれぞれ違う。カガリはアスランと話をしたせいだろうか。それとも納得したうえで別れたせいだろうか。まだ悲しくも辛くもあるけれど、隣のキラの様子を窺うくらいの余裕は持っていた。
キラは、といえば、カガリとは逆だ。どうして、そうずっと叫んでいる。

どうして。話せば分かるはずなのだ。ちゃんと話せばこちらの思いは伝わる。
まだアスランがザフトにいた頃、オーブで話をした。その結果、アスランは残ってくれた。キラの思いを、ウズミの思いを分かってくれたからだとキラは思っている。そしてそれに賛同してくれたからだ。
そのことがあったからだろうか。フレイとは話すことを避けていた。だから最後まですれ違ったままだった。それに対して、ちゃんと話せばよかった。話を聞いてあげればよかった。そう何度も後悔した。
それなのに。

ショックを受けているのはどれなのだろう。フレイ、アスラン、カガリ、それとも分かり合えないという言葉か。
ぐっと拳を握って、睨みつけるのはやはり先程同様アスランの背中、なのだ。


睨まれてるなあ、とアスランは思う。背中にびしびしと険のこもった視線を感じながら、人一人分先にいるラクスを見る。
あんたはこっち、とラクスから離れた場所を歩かせたフレイは、ラクスの言葉に反応しない。ラクスが危惧したように口を挟むことはしない。けれどあまりにアスランが黙ったままだと入ってくるだろう。もしくはあまりに我慢できなければ。
ただでさえ機嫌が悪いのだ。フレイの機嫌を更に悪化させないようにしなければ。ラクス達と別れた後、フレイの側にいるのはアスランだけなのだから。

フレイの機嫌が悪くなったのはアスランがカガリとの話を終え、フレイの元に戻ってくる前だ。離れる前は悪くなかったというのに、戻った時、思いっきり睨まれた。挙句に側に戻ったアスランの足を踏みながら、私も大概世間知らずだけど、何あれ、人類皆話せば分かるとかどんな幻想よ。私の言葉ちゃんと聞いてたの?聞いてあれなの?あんた婚約者だったんでしょ、どういう躾してるのよ。と小声で言われた。機嫌悪化の原因はラクスらしい。
フレイの言葉から見るに、カガリとアスランの関係のことなのだろうが、一体ラクスはフレイに何を言ったのだろうか。とりあえずフレイが裸足でよかったと思った。これがヒールだったら…恐ろしい。

げしっと足を蹴られた。
意識を飛ばしていたのがばれたらしい。フレイが下から睨みつけてきた。
話はちゃんと聞いていたのだが、怪訝そうな顔をしたラクスの手前言うのはやめた。人の話の途中で意識を飛ばすのは失礼だ。ちゃんと聞かなければ。
気分を入れ替えて、つまり、とラクスに口を開く。

「カガリとのことを考え直せということですか」
「あなたはカガリさんを好いていらっしゃるでしょう?カガリさんもあなたを好いていらっしゃいます。あなた方の状況が恋人であることを許さないというのなら、それが許される状況を作り出せばいいのです」
それはアスランにプラントに戻れということだろうか。そうして偽名ではない英雄としての名前を取り戻せと。
「確かにパトリック小父様は戦犯と呼ばれていらっしゃいます。あなたは英雄と呼ばれる傍ら、戦犯の息子と呼ばれることもあるのだと承知しております」
ですが、それは今後のあなたの働き次第でいくらでも代わるものです、とラクスがまっすぐにアスランを見た。
戦犯の息子という肩書きを英雄という肩書きが上回れば、カガリとの関係も無理に終わらせる必要はない。そういうことなのだろうが、ひとつ、ラクスは忘れている。
「俺が亡命した一番の理由をあなたもご存知のはずです」
「ザラだから、ですわね」
「ええ。クライン派は政権を取り戻した今が一番危うい時期です。足場固めもまだ中途の状態で、ザラの俺がプラントに戻るということは、火種が飛び込むことと同意です」
それを防ぐためにクライン派はアスランに亡命を求めた。そしてアスランもそれを知っていたから求めに応じた。なのに今、プラントに戻れというのか。それでは本末転倒だ。
プラントを出るというそのことに、一体どれだけの覚悟が必要だったろうか。
カガリのことは好きだ。好きだけれど、その時の覚悟と比べれば、何度考えても後者を取ってしまう。酷い人間だと自分でも思うのだけれど。

「申し訳ありませんが、ラクス。俺はプラントに戻るつもりはありません」

だからラクスの話に首を縦に振ることはない。
そんなアスランを信じられない、とラクスが目を見開いた。そして睨みつけてきた。

「何故そのようなことをおっしゃられるのです。カガリさんがお好きではないのですか」
「好きですよ」
「ならばどうしてカガリさんを悲しませるような真似をなさるのです」
「好きなだけではどうしようもないことはあります」
「ですからあなたがプラントに戻り、」
「もうカガリとの間でその話は終わりました。俺とカガリは友人です」
「アスラン!」
ラクスがアスランの前に立てば、自然と止まる足。
フレイがアスランに体重をかけた。
「諦めずにすむ道があるのならば手を伸ばすこともひとつの手段でしょう」
「手を伸ばさないこともひとつの手段です」
何故、とラクスが声を洩らして、そしてフレイに目を移す。ラクスがはっとしたようにアスランを見た。

「フレイさんがいらっしゃるからですか」

そういえば浮気をしていると思われていたのだった。
フレイとはそんな関係ではないのだが、と思ってこれだけべったりくっついていればそう思われても仕方がないかと思い直す。…そういえば普段はこんなにくっついてはこないのだが、一体どうしたのだろう。

「アスラン。あなたがカガリさんとの別れを選ばれたことも、プラントに戻られないこともフレイさんがいらっしゃるからなのですね」

そう言うラクスの目に軽蔑の色が浮かんだ。
そういう方だとは思っておりませんでした、との言葉に、むかっとしたのはアスランではなかった。

「…っ」

腕に爪を立てられ、アスランが呻く。
何だ、と見下ろせば、うつむいたフレイの姿。

「フレイ…?」
「…さっきも言ったけど、あんた、よく自分のこと棚に上げてそんなこと言えるわね」
ゆっくりと顔を上げたフレイは静かにラクスを睨みつけた。
強い憤りを乗せた目に射抜かれたラクスが息を呑む。その様子に、突然止まった三人を戸惑った様子で見ていたカガリとキラが駆け寄ってくる。
「ラクス!」
カガリがラクスの肩に手を置き、キラがフレイを見て、どうしたの、と声を洩らした。
けれどラクスもフレイも答えない。顔も向けない。
「アスランが二股男だっていうなら、あんただってそうじゃない」
「な…っ」
ラクスが目を見開いた。カガリもお前…っ、とフレイに食ってかかろうとするが、フレイの言葉の方が早かった。


「あんた、アスランっていう婚約者がいるのにキラと恋人になったじゃない」


それは二股じゃないの?
その言葉に三人が固まった。

「アスランと婚約解消したのっていつだったかしら?あんたがキラにフリーダムあげた後よね?あんたは婚約者が撃った敵軍のパイロット治療して、匿って、逃がしたじゃない。その時はもうそういう関係だったんじゃないのかしら?」
「ちが…っ」
「じゃあいつよ。アスランとAAに合流した時にはもう恋人だったって話だけど?」
カガリが、あ、と声を洩らした。
ラクスはアスランの婚約者だった。婚約が解消されたのはキラがフリーダムに乗って地球に戻ってきた時。ラクスとキラが再会する日まで二人は会っていない。けれどカガリは見ている。キラとラクスが再会するなり抱き合ったその姿を。
カガリはラクスがアスランの婚約者だと知っていたから驚いて、いいのか?とアスランに聞いたのだ。
思い出せば今まで考えなかった、一体いつ二人は恋人になったのかという疑問が頭に浮かんだ。
ラクスが体を退き、キラが目を揺らす。
「アスランのことばっかり責めるけど、あんたはどうなのよ。自分は婚約者がいるのに浮気して、婚約解消したら浮気相手と恋人になって、アスランの前でもいちゃいちゃしてたんでしょう?なのに何がそういう人だとは思いませんでした、よ」
そしてフレイはキラを見る。
びくっとキラが震えた。
「あんたもよ、キラ。どうしてあんたがアスラン睨めるのよ。ラクス・クラインがアスランの婚約者だって知ってたんでしょう?今は解消してるけど、あんたが恋人になった頃はまだ婚約者だった。違うの?」
「ちが…っ。僕とラクスはその時はまだ…!」
「そうですわ!わたくしとキラはいつ恋人になったというわけではありません!」
「気がついたら恋人になってた?でも再会した時に抱き合ったんでしょう?人前で」
いつ恋人になったとも知れないうちになった、というのなら、その時に既に恋人になっていたと考えても可笑しくはないではないか。
その指摘に二人は口をつぐむ。
AAで再会して、その後も何かと一緒にいた。それが当たり前だと思っていた。
フラガに冷やかされて、否定しなかった。気恥ずかしそうに微笑みあっていた。


「あんた達にアスランを責める資格はないわ」


フレイの憤る視線が、アスランの咎めるでもない視線が、そしてカガリの困惑した視線が痛かった。

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