「任務完了、だってさ」
「ああ、ご苦労様」
地上からの報告に隊の隊長と副官がそう言って笑いあうと、ブリッジもホッとした空気が漂った。
目の前にはピンクの戦艦。こちらも任務完了。

「AAにはまだオーブのお姫様が乗ってたってさ」
「騙りだろう?ユウナ・ロマ・セイランが言ってたし」
「AAに守られて現れたカガリ・ユラ・アスハは偽者だって?」
「だから知らない。まかり間違って本物だったとしても、オーブは表立っては動けないさ」
裏で国同士の取引は行われるだろう。けれどそれはもうこちらの知るところではなかった。

「じゃあそろそろ行こうか」
「俺はお前を向こうに乗せたくないんだけどなあ」
「覚悟は決めてる」
「そりゃそうだけど」
渋る副官にくすっと笑って、ぽんっと肩を叩く。


「お前がいるから大丈夫」


それ殺し文句っしょと笑う副官に、きょとんとした隊長。
そうしてお気をつけてと敬礼したブリッジクルー達に見送られ、二人は敬礼を返して艦を降りた。




衝撃は深く傷をつけ、想いは深く堕ちていった。




地球連合軍とオーブ軍との戦闘に再び介入してきたフリーダムとAAによって、ミネルバが不利な状況に追い込まれた。
それゆえに近くにいたザラ隊にミネルバを助けよと命令が下ったのは、ラスティとアスランがミネルバを降り、
待機中の部下の元へ戻ってしばらくのことだった。
何とかミネルバが堕とされる前にかけつけることはできたが、両軍酷い有様だった。
ミネルバは空から主砲を撃たれているし、ザクは腕を失い、武器を失いミネルバを守ることもままならない。
護衛についていた艦も撃沈されているようで、インパルスとアスランの代わりに指導官として出向してきた
ハイネ操るグフで何とか持たせている状態だ。二機とも片腕を失っていたり、武器を失っていたりするため、
決して無事とはいえない状態だったが。
その状態を作り出したのはオーブ軍に撤退を呼びかけているストライクルージュと守るように背後に控えているAA、
ムラサメ、戦場を駆け回るフリーダム。
そう判断したアスランはフリーダムへ向かい、ラスティは部下を率いて今にも堕ちそうなミネルバへと向かった。

アスランがフリーダムを止めようと攻撃を仕掛けながら、何をしているのかと怒鳴りつけた。
怒っている。ラスティはセイバーに繋いでいた通信から聞こえる声に思う。
怒って泣いている。それが分かる。それが分かるだけの時間を一緒に過ごしたのだ。それはフリーダムのパイロットも同じだろう。
なのに。

「でも、カガリは今泣いてるんだ!こんなことになるのが嫌で、今泣いてるんだぞ!何故君はそれが分からない!」

戦闘中でなければはあ!?と叫んだろう台詞に、ラスティは向かってくるMAを堕としながらセイバーを確認する。
セイバーの動きが鈍い。

「アスラ…」
「なのにこの戦闘もこの犠牲も仕方がないことだって!全てオーブとカガリのせいだって、そう言って君は撃つのか!
今カガリが守ろうとしているものを!」
「ちょっ、待てって!!」
嫌な展開になってきた。
思わず叫んだラスティの声に被る心からの叫び。

「なら僕は君を撃つ!!」







目の前でバラバラになって落ちていくセイバーを目に、アスランの名を叫んだラスティの声がミネルバにも届いて。
ザラ隊からミネルバを守りながらも確かな怒りと憎しみがフリーダムに向けられて。
そんな中を去っていくフリーダムとAAは予想しただろうか。


こうして捕らわれる日がくることを。




「アスラン」
ラクスがアスランを見て目を見開き、そして睨みつける。キラは呆然として、うそと呟いた。
「あなたの仕業ですか」
「お久しぶりですね、ラクス」
微笑むアスランに、どういうおつもりですかと問う前に、ラクスがアスランの後ろに立つラスティに気づく。
そして驚いたようにまた目を見開く。
「ラスティ様」
生きておいでだったのですね、との言葉に、ええ、とラスティが頷く。
「一時は生死の境を彷徨いましたが、こうして無事仕事にも復帰できました」
ラクスが苦い顔をする。恨んでおいでなのですかとの言葉に、え?とキラが返す。
「ラスティ様はヘリオポリスのG強奪任務の際、重傷を負われたのです」
「それって…」
こくん、とラクスが頷く。キラがストライクに乗る原因のG強奪任務。
これがあったからキラはAAに乗り、ストライクに乗ってザフトと戦うことになった。
キラが顔を歪めた。その時のことを思い出したのか、それともその一件で生死を彷徨ったというラスティのことを思ってか。
ラクスはラスティに首を振る。

「戦争だったのです。あなたが彼らを恨む気持ちは分かります。ですが彼らもまた、守りたいもののために戦ったのです」

恨むなとは言わない。けれど責めるな、とは言っているラクスにラスティが苦笑した。
今回のAA、エターナル捕縛は、ラスティにとって復讐だった。そう思われているらしい。
上から下った任務だから遂行した。けれど復讐の気持ちが欠片ほどもないとは言わない。
戦争だった。分かっている。こちらが撃つ以上撃たれることもある。当然のことだ。
けれど戦争だったから撃たれたことは水に流しましょう。そうできるほど割り切ってはいない。割り切れる人間などいない。
そう反論することはせず、ラスティは中央に集められたエターナルクルーを見渡す。
先の大戦で共に戦った者達だと聞いた。地上で捕らえたAAも同様だ。

エターナルクルーは現軍人が多いが、AAクルーは元軍人ばかりだという。
彼らはこの二年で手に入れた暮らしを捨て、再び戦場に出てきた。すでに軍人ではないというのに戦艦に乗って。
つまり一般市民が戦艦に乗ってMSを操って戦場に出ているということ。元軍人であろうとそれに変わりはない。
だというのにそれを甘受する気持ちに理解が及ばない。
まあそのことでこいつらがどうなろうと俺には関係ないし?と、ラスティはラクスへと視線を戻す。
ラクスはラスティとアスランを厳しい目で見つめ、厳しい声で問うた。

「わたくし達をどうなさるおつもりですか」
「プラントに連行させていただきます」
「議長が何をしようとしているのか、あなた方は分かっていらっしゃるのですか」
「ディスティニープランですね」
「それをよくよくお考えになられたのですか。あのプランはわたくし達から自由と尊厳を奪うものです」
じっとラクスを見るアスランの後ろでラスティが首を傾げると、ラクスは力を込めてアスラン、ラスティ様と呼んだ。

「一見、議長のおっしゃられることは正しいように思えます。遺伝子によって己の最も適した役割を定められ、それに従って生きていく。
確かにそれを管理する社会ならば、わたくし達は未来に不安を抱くこともありません。もっととこれ以上を望むこともありません。
それならば争いはなくなるやもしれません。ですがお分かりですか?それは人の意思を無視したものです。人の可能性を奪うものです。
生まれてから死ぬまでずっと、わたくし達は定められた道を歩み続け、自由を失うということになるのです」

ラクスが一歩、前へ出た。キラは止めることなく、ラクスの後ろでアスランを見上げた。
新緑の目と空色の目がじっとラクスを見つめるのに、ラクスは手を胸に首を振る。

「そのようなことが受け入れられますか?あなた方がザフトに志願されたのは何故です?プラントを守るためなのでしょう?
そうしてあなた方がご自分の意志をもって軍属となられたことも、ディスティニープランでは許されないことなのです」

それをあなた方は許せますか。それでもあなた方は議長を支持なさいますか。
そう問うラクスに、アスランもラスティもしばらく沈黙を保った。そしてラクスと睨みあうように時間が過ぎ、くっとアスランが笑う。

「あなたがおっしゃられることも、一見正しいように聞こえますね」

「な…」
アスランが浮かべた表情は冷笑と呼ばれるもので、その言葉も酷く冷たい。
「それに皆、騙される。議長とあなたに一体何の違いがあるのでしょう」
「何てこと言うの、アスラン!」
酷いよとキラが固まったラクスを庇うように抱きしめると、アスランを睨みつけた。
「ラクスは議長とは違う!アスランに分からないはずないでしょ!?」
「同じだよ。いや、代替案があるのか?あるからオーブであんな演説したのか」
悪かった、あるんならいいんだ別に。ただ気に入らないから非難して、言葉だけで丸め込もうとしているのかと勘違いした。
そう笑うアスランに、後ろでラスティが呆れたようにアスランを見た。ないことぐらい知っているくせと。

AA捕縛任務についていた部下から、彼らにディスティニープランを反対するための材料はノート一冊と報告を受けている。
デュランダルが研究者であった頃のノートに書かれてあった事が、ラクス達がデュランダルを放っておけないとする材料。
後は世界情勢に対するラクスの解釈、予測。それが全てだと。

暴走するデュランダル。それに反論はない。確かにデュランダルは急ぎすぎている。
デュランダルの示すプランには、まだ長い道のりが必要だ。それをあえて短縮してしまったデュランダルが何に焦っているのかは知らない。
けれどだからといってキラ達個人が戦艦とMSを持ち出して異を唱える必要はない。
キラ達がそれをしなくともどこかの国が異を唱えるのだ。それに追従する国も出てくるだろう。
中には賛同する国もあるだろうが、結局受け入れられるか拒絶されるかは、その後の話し合いにかかってくるのだ。
一個人で反対するのなら、他にも方法があるはずだ。戦艦を持って、MSを持って武力で反対する以外のことが。
そうできるはずだ。戦いで得られる平和などないと叫ぶのなら、それこそをして見せなくてはいけない。
それに賛同した者達の輪が広がって、やがては国を動かすこともあるのだから。
それが待てないというのか。武力こそ近道。そういうことか。

「アスラン!何で分からないの!気に入らないとか、そういうんじゃない。
僕らは誰かに決められた未来じゃない、自分達で決める未来がある!そうあるべきなんだ!
だから僕らはたくさんの可能性を持てるんだ!自由に自分の道を選べる世界なら!」

「なるほど。代替案はないか。世界を混乱に陥れるのが目的か?キラ」
「何言って…!」
「そのようなお話をしているのではありません」
信じられないとばかりに目を見開いたキラと、ぴしゃりと言ってのけたラクスに、ラスティがしてたじゃんと呟く。
思いっきりしていた。話を脱線させたのはそちらだ。アスランを見ると、アスランが眉をしかめていた。
「わたくし達はデュランダル議長のディスティニープランを支持しません。
先程も申しました通り、人間の自由と尊厳を奪うものだからです。ですからわたくし達はここで捕まるわけにはまいりません」
「そうですか。私達もあなた方を逃がすつもりはありません。後は法廷でどうぞ」
アスランがラスティを振り向く。それにラスティが頷いて、部下にラクス達を自分達の艦の捕虜房に入れるよう指示する。
それにラクス様に何をするとエターナルクルーが騒ぎ出し、キラがラクスを守るように抱きしめる腕に力を込める。
目はアスランに。まるで縋るようなその目は言っている。助けてと。

アスランは彼らを大切に思っていた。守りたいと言っていた。だからずっと苦しんでいた。悩んでいた。
もう駄目だと、そう判断できるぎりぎりまでアスランは彼らを守ってきた。
意見の相違が出れば責められて、突き放されて、切り捨てられて。
なのに離れようとすれば繋ぎとめようと信じてると微笑まれる。また一緒に行こうと手を差し伸べられる。
都合のいい時ばかりアスランが必要だと言って。アスランが拒めないのを無意識に知っているのだから性質が悪い。
それにアスランは泣いて泣いて傷ついて。それでも尚、庇おうとして。
そんなアスランをまだ期待しているのか。それともアスランなら助けてくれるとこの期に及んで思い込んでいるのか。

アスランにこの道を決めさせたのはキラ達だというのに。

「アスラン!どうしてですか!あなたは何を考えていらっしゃるのですか!」
自分に伸びてくる腕に抵抗を示しながら、ラクスは叫ぶ。
さも信じていた者に裏切られたと言わんばかりに悲痛な声で、表情で訴える。
「あなたはわたくし達と共に戦ってくださったではありませんか!お父様を止めるために、世界を守るために!
ならばお分かりになるはずです!わたくし達は守りたいのです!この世界を、ナチュラルもコーディネーターも関係なく、
ただ愛おしいこの世界を守りたいのです!」
「アスラン!お願いだから信じて!僕らは本当に世界を守りたいだけなんだ!」

ギリッとアスランが拳を握ったのに気づいて、ラスティが隣に足を進め肩に手を置く。
ラクス達を連行する部下達の目にも鋭い光が見え隠れする。ただでさえキラはアスランを堕としたのだ。
それだけで悪感情を煽るには十分だったというのに、今この時それが更に煽られるのは仕方がない。
けれど必死に自制している部下達のために、ラスティは口を開く。

「勘違いしていらっしゃるようですが、あなた方は絶対の正義ではない。世界の代弁者でもない。
少なくともザラ隊にとってあなた方は、大切な大切な隊長を傷つけた敵でしかない」

今でも忘れられない。目の前で手足を切り捨てられ海に落ちていくセイバーの姿を。
アスラン、アスランと叫んで、けれど返らない声に覚えた絶望を。
それは部下達だけでなく、アスランも同じだ。時々うなされていることがある。
堕とされたことではない。大切な幼馴染に邪魔をするのなら撃つと宣言されたことに。
大切な親友とも呼んだ幼馴染に細切れにされ、脱出すら不可能な海の底へと堕とされたことに。
大切な幼馴染にとってアスランは死んだとしても構わない、と言われたに等しいそのことに。
そのアスランの幼馴染が叫ぶ。違うと。

「ちが…あれは、あれはアスランが分かってくれなかったから!
カガリが泣いてるのに、アスランはカガリにオーブに帰れって!それができなくて泣いてたのに!
オーブ軍の人達を助けることもできなくて、ただ見てることしかできなくて!カガリは悔しくて辛くてそして泣いてたのに、アスランが!」

キラ、とラクスがキラを慰めるように呼び、そしてラスティ様、とラスティを責めてくる。
キラは悪くない。どうして責めるのか。アスランはカガリがどうしてオーブに帰れないのか知っていたはずだ。
カガリはオーブのことを思い、必死に頑張ってきた。自分の無力に泣き、けれど敵ばかりの中を必死に戦ってきた。
その姿を見ていなくとも、アスランには分かっていたはずだ。一緒に戦ったのだ。カガリがそうして頑張る姿を想像するのは容易いはずだ。
なのにオーブに帰って条約をどうにかしろと、今できるカガリの精一杯の呼びかけを否定した。
しかも自分は黙ってザフトに復帰していた。ザフトに復帰してまたMSに乗って戦って、オーブ軍にまで銃を向けた。
どうして分かろうとしてくれないのか。どうして分かってくれないのか。
そのキラの悲しみを、どうして責めるのか。そんなラクスに、ラスティはむっとした顔をした。

「今あなた方がおっしゃったことと、私が言ったこと。どう違うのでしょうか?」
何を、とラクスが眉を寄せた。
殺気だってきた部下達を視線で宥め、強く強く拳を握ったままのアスランの手を取る。
そして血が伝い落ちてきているそれをぽんぽんと叩いて、一本一本指を開かせる。
「あなた方の仲間の想いを、行動を隊長が理解を示さなかったことに憤り悲しんでいらっしゃるのでしょう?
我々も隊長のあなた方への想いに、行動に理解を示してくださらないことに憤りと悲しみを覚えています。
あげくにあんな悲惨な状態で海に堕としてくださいましたから、余計に」
「ですからキラはアスランに分かってほしいと…!」
「ではあなた方も分かってくださいますよね?分かってほしくてうちの隊長を堕としたってなら、
こっちも分かってほしくてあなた方を捕らえたんだって」
そうではありませんと叫ぶラクスに、ラスティはにっこりと微笑んだ。




「ご理解いただける日がいつかくることを願っております、ラクス様」




その目はいつもの空色ではなく、冷たい氷色をしていた。

next

ラスティが敬語しゃべるとラスティじゃない気がするので、最後はちょっと崩してみたんですが意味がなかった…。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送