新兵の赤が三人乗っているミネルバに、指導官として出向せよとアスランに命令が下ったのは、
オーブが大西洋連邦と同盟を結んですぐのことだ。
すでに隊を率いているアスランへの命令に眉をしかめなかった者はいなかった。
けれどプラントがどういう姿勢をとろうが戦争は免れないだろう。そのためのプロパガンダにミネルバを使うつもりなのだろう。
そのためには彼らに間違っても堕ちてもらっては困る。そのためにアスラン、なのだろう。
アスランはザフト内では大戦の英雄、伝説のエースと呼ばれる存在だ。
ザラであるために危険視もされているのでその存在は隠されているが、開戦が確実となる今、
その存在を明らかにした方が兵士の士気も上がる。そのためのお披露目といえば可笑しいが、
そういうものなのだろうとアスランは部下と共にうんざりとした表情をしたものだ。
そうして今まで目立つ行動は控え、裏で様々な任務についていたザラ隊は、その命令ゆえに本国へ帰り、
隊長であるアスランはミネルバへ、他の隊員はそのまま本国の護衛任務につくことになった。


それが始まりで終わりへの幕開けだったと、この時のアスランは思いもしなかった。




衝撃は深く傷をつけ、想いは深く堕ちていった。




『どうしてザフトなんかに…!』

行方不明になったと思ったら、どうしてまたザフトにいるの。どうしてまたMSに乗ってるの!
ラクスもカガリもずっと探してたんだよ?なのにどうして君はそんなところにいるの!

オーブの国家元首が結婚式の最中に、フリーダムに攫われた。そしてAAと共にオーブを出て行った。
そう世間を騒がしてしばらく、彼らは戦場に現れた。オーブの名の元に、地球連合軍とザフトの戦闘に介入し、叫んだ。戦闘を停止せよ、と。
地球連合軍と共に出兵していたオーブ軍には、オーブの理念にそぐわぬ戦いはやめろと。
ザフトと地球連合軍には戦闘行為を阻止する目的か、MSの腕を落として。MAの翼を落として。
そうしてやめろと叫んだアスランに気づいたキラは、アスランを責めた。
本人は責めたつもりはないのかもしれない。ただ抱いた疑問をぶつけただけに過ぎないのかもしれない。
けれどその声音は責めていた。アスランが連絡一つ寄越さなかったこと。ザフトにいること。MSに乗っていることを。

『カガリもラクスも!みんな頑張ってる!戦って得られる平和なんてないんだ!どうしてそれが分からないの!』

振りかざされたサーベルを受け止めて、今のお前がそれを言うのかと叫んだ。

カガリは連合と同盟を結んで、なのに姿を消した。そうして国外で戦闘介入。叫ぶ理念。
ラクスはフリーダムに守られて、ディオキアの基地に犠牲を出して宇宙へ上がった。

『君だって分かるでしょう?このままじゃ世界は!アスラン、誰かが悪いの!?
違う!ナチュラルもコーディネーターも!みんな同じ命だ!同じ人間なんだ!』

戦う理由なんて本当は何もないんだよ。
話し合って、理解し合って、そうして解決してこそ平和があるんだ。

そう言ってキラは戦場から去っていった。
何故か修復されているフリーダムという名の『MS』に乗って。
何故か修復されているAAという名の『戦艦』へと帰って。
そうして去っていったのだ。語る言葉とその行動の明らかなる矛盾に気づかずに。
アスランにどういう感情を植えつけたのかにさえ気づかずに。

その後に一度、会いに行った。どうしても会って話がしたかったのだ。だから許可をもらって彼らを探した。
連絡先など知らなかったけれど、近くにミリアリアがいることをディアッカの情報で知っていた。
彼女なら知っているだろうと思った。過去AAにも乗っていた彼女はキラの友人だ。
案の定知っていた彼女に頼んでキラとカガリと話をした。

ラクスがプラントの暗殺部隊に襲撃された。そのためにプラントを、デュランダルを信用できない。
幾度もカガリが打診したというのに、アスランの行方を、ザフト復帰を黙っていたプラントを信用できない。

そうキラは言った。カガリも頷いた。
だからアスランの存在はプラントにおいて危険だと、情報が洩れる危険を冒さないために知らせるわけにはいかなかったのだと。
ラクスのことについては分からないけれど、プラントの総意ではないし、評議会の総意でもないだろう。
それに暗殺部隊を動かせるのはデュランダルだけではない。
そう説明したけれど、それは分かるけど、でも可笑しいじゃないと返る。

お父さんがしたことはアスランがしたことじゃない。逆にアスランはそれを止めようとした。
なのにアスランを犯罪者みたいに思ってるのは可笑しい。
ラクスのことも、プラントにいる偽者の彼女を本物にするために狙ったのではないのか。
自分達の都合のいいラクス・クラインで、国民まで騙して利用して。そうして何をしようとしているのだ。
プラントを信用するには情報が足りない。
今ラクスが情報を集めに宇宙に上がっているけれど、今のままではプラントを信用することはできない。
アスランもよく考えて。本当にその道が正しいのか。利用されてないと言えるのか。ちゃんと考えて。

どんな言葉も否定が返った。どんな言葉も疑いが返った。何を伝えても、その目が言っていた。信じないと。

ミネルバに帰って、自分の思考が袋小路に入り込んだことに気づいた。動けない。どこにもいけない。
疲れた。逃げたい。そう、思った。
声が届かない。どれだけ思いを乗せても、どれほど叫んでも届かない。それに疲れた。
分かるけど、でも。そればかりが返される肯定に似せた否定。それから逃げたい。
それを見限るというのだろうか。そんな大層なものではないから、やはり逃げなのだろう。
そんな時だ。


「うちの子、引き取りにきました〜」


ミネルバに降りるなりそう言った夕日色の髪と空色の目の赤を纏う友人の笑顔に会った。
久しぶりに近くで見るその姿にほっとした。落ち込んでいた心が、可笑しなくらい浮上した。

大丈夫。彼がいる。そう思うのは彼に甘えているからだ。
これらかは側にいてくれる。そう思うだけで、暗い思考がすっきりと晴れた。




「アスラン、久しぶり!」
「ラスティ」

タリアへの挨拶を済ませたラスティが抱きついて、くしゃくしゃとアスランの髪を撫でた。
それをやめろって、と言いながらも笑うアスランに、ラスティはほっとしたように息を吐いて、そのままアスランの頭を抱き込んだ。
ラスティ?とその腕から逃れようとしたアスランに、なあアスランと神妙な声が降る。


「お前は頑張ったよ、アスラン。お前にはお前の守りたいものがある。
誰が何て言ってもさ、お前が悩んで決めた道だ。俺は間違ってるなんて思わない」


息を呑む。目を見開く。ぐっとラスティの肩に置いた手に力が入る。
そんなアスランの背中を軽く叩いて、一人で我慢して馬鹿だなと笑う友人は気づいていたのだ。
通信でも大丈夫か、何かあったか、と聞かれてはいた。
何でもない振りでAAのこと、キラのことを話してはいたが、自分の心情までは話してはいなかった。

どうしてザフトなんかに。
プラントを、守りたいものを守るために志願した者達で構成されているのがザフトだ。
それをなんかと言われたこともショックだったが、どうしてと問われたのもショックだった。
守りたいからだ。ザフトは戦争をするために設立されたわけじゃない。守るために設立されたのだ。
なら答えは一つだ。それを否定された気がした。

カガリもラクスもみんな頑張ってる。
頑張っているのはお前達だけなのか。こうして守るために戦う俺達は何なんだ。
戦って得られる平和はない。
ならどうすればいい。話し合いを拒絶されているのに。挙句死ねとばかりに再び核を撃たれたのに。
それでもプラントは話し合いを諦めてはいない。諦めてはいないけれど、攻撃を仕掛けられるのだ。応戦するしかないだろう。
それとも撃たれろというのか。防御に徹して、地球連合軍が退くまで耐え続けろというのか。

誰が悪いの。
知るか。誰が悪いわけでもないのだろう。そして誰もが悪いのだろう。誰かにとっては他の誰かが悪い。
世界は広い。それゆえに同じ意識を共有することなんてできない。必ず対立する意見が出るのが世の中だ。
だから誰が悪いとか、誰が悪くないとか。そんなことを問題にしてるんじゃない。

ナチュラルもコーディネーターも同じ命、同じ人間。
それを認めて欲しいんじゃないか。俺達コーディネーターも人間だって。生きてるんだって。
そうずっとずっと訴えてるんじゃないか。

戦争をしたくてしてるわけじゃない。話し合いで解決できるならそうしたい。誰だってそうだ。
確かに俺達は今、戦っているけれど、評議会では話し合いをと今でも大西洋連邦に訴えている。
分かってる。みんな、みんな分かってるんだ。お前達だけが分かってるんじゃない。

それにキラ。AAはどうして修復されてるんだ。フリーダムはどうして修復されてるんだ。
『力』があるから争いが起こる。カガリがそう言ったって聞いた。なのにどうしてそこに『力』がある。
大きな大きな『力』。本当ならないはずの『力』が、どうしてオーブに隠されていたんだ。
話し合いをと叫ぶお前達がどうして『力』を振りかざしているんだ。

カガリ。君が大西洋連邦との同盟を結んだんじゃないのか。なのにどうして理念にそぐわないと泣くんだ。
どうして怒るんだ。どうして君はオーブににいないんだ。


どうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!


そんな思いはずっと。キラと言葉を交わしてからずっと胸の内に。
なのに気づいていたらしいラスティに、涙が込み上げそうになる。素直に泣けってと言われて、せっかくこらえたものが溢れ出す。

「おま、えな」
「ほ〜ら、こうしててやるからさ」
「…っ」

全部吐き出しちまえって。

そうして優しく促されれば、もうこらえることはできなくて。
泣いて泣いて泣いて。そうしてようやく自分の心情を全部吐き出した。




「やっぱついてけばよかったなあ」
「俺が許すはずないだろう」

だけどさ、とう〜と唸るラスティに笑う。
久しぶりに泣いたせいで喉が痛い。擦れた声と、おそらく真っ赤になった目を隠すためにラスティの胸に顔を埋めたまま話す。
それを突っ込まれないのはありがたい。

「うちの奴らもさ、AAが出てきたこと知ってお前のことばっか話してんだぜ?いや、元々隊長どうしてるかなあ、とか毎日言ってたけどさ」
「何で毎日俺のこと話すんだ。他に話すことあるだろ」
「だってお前いないし。毎日姿を見てたお前がいないと、もう落ち着かない落ち着かない」
笑って、そしてぎゅうっとラスティがアスランを抱きしめた。それに落ち着く。そう思って息を吐く。
この友人は本当に得難いと思う。気持ちを自分の中に押し込みがちなアスランを分かってくれて、時には叱ってくれる。
甘え方を知らないアスランを甘やかして、イザークに甘やかし過ぎだと怒鳴られて。それでも笑って言うのだ。

『アスラン甘やかすのは俺の役目っしょ?』

それに誰も反論を唱えず、笑っていたりため息をついたりしていたのを見て、ああ、甘やかされてるんだ。
そう思った時の心境は、酷くくすぐったかった。

「何を、言っても」
「うん」
「分かってるって言われた」
「ああ」
「でもすぐにそれでもって返るんだ」
「辛かったな、アスラン」
「どうしたらいいのか、分からないんだ」
「考えよう。俺も一緒に考える。うちの奴らもさ、一緒に考えるからさ」

アスランの副官たる彼は、ミネルバに出向したアスランから隊を預かっていた。
そのラスティがミネルバにきた。その意味をアスランも知っている。
評議会からAAをフリーダムを討てと命令が下った。だからラスティはアスランを迎えにきたのだ。

「どっちみちAAをどうにかしなきゃだめだろ?捕縛できるようならしろってことだしさ。
まあ、クライン派とかオーブとかどうにかするのに使うんだろうけどさ」

それでも彼らをそんな風に使われたくないというのなら、考えよう。
道は一つではない。きっと見えないだけでいくつもある。それをみんなで考えよう。




「お前は一人じゃないんだからさ」




その言葉に、また泣かされた。

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黒くなる前です。まだなってません。ちょっとなりかけてますが、
ラスティが一緒にがんばろーと言ってくれてるので、持ち直しそうです。

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