「たいちょー、ボギーワン…じゃない、ガーティ・ルーから連絡きましたあ」
黒髪の少年の声に、深い青の髪の青年が顔を上げる。
「そうか。ならそろそろ行くか」
「どこに行くつもりだ!」
険しい声に、黒髪の少年がムッとした顔をした。それを押さえて青年は呼んだ男に向き直る。
うっすらと笑みを浮かべたその姿に、男を含め身動きままならないこの艦のクルー達の背を寒気がなぞった。


「たった今、大天使はその身柄を押さえられました。ですので、我々は大天使の翼を切り落としに行きます」


『永遠』を『瞬間』にしたように、そう言って背を向けた青年に、我に返った男が叫ぶ。

「あそこにはキラがいるんだぞ!キラもラクスもあそこにいる!」

なのにあいつらを裏切るというのかと。
黒髪の少年がお前っと叫んで、青年に口を塞がれる。むがむがと抵抗する少年を抱くようにして青年は振り向きもせずに部屋を出て行く。
少年の目は青年の後ろに。言葉を発することができないかわりに、その赤い目が鮮明に伝えてくる怒り。
男はそれを受けながらも青年を思いとどまらせようと叫び続ける。
彼らが向かおうとしているのは、男にとって大切な者達がいる場所だ。

「君も知っているだろう!彼らは平和を願っているだけだ!その声に耳を傾けてほしいだけだ!
君に分からないはずがないだろう!届かないはずがないだろう!」

部屋から出た青年と少年を守るように、叫び続ける男との間をシュンッという音をたててドアが遮った。


「アスラン・ザラ!!!」




それが答えだと、彼は笑った。




「お取り込み中のようですね」

微笑んで手を差し出すマリューと、その傍らに立つキラとラクス。
その向かいにはナタルの首に顔をうずめたままのムウと、不機嫌そうな顔のアウルとステラ。宥めるように二人の肩を叩いているスティング。
他のAAクルーはその光景を期待と不安の目で見つめ、連合兵は黙って銃を構えている。
そんな場所に新たな声。はっとした顔を上げたキラ達が目を瞠る。

「ちじょうのもつれ」
スクリーンに映る四人の赤。ザフトの赤を纏う青年と少年少女。
その中の黒髪の少年がぽつりと呟いたのに、少女がぺしっと頭をはたき、金髪の少年がため息をついた。
その前に立っていた青年が、よく知ってたな、そんな言葉と呟いたのに、あんた馬鹿にしてんですか!!と黒髪の少年が叫んで、
今度は両隣の少年少女に頭をはたかれた。
むすっとした黒髪の少年に、しかもあんたひらがなでしゃべったでしょ、と少女。金髪の少年は額を押さえた。

「相変わらずコントだねえ、おたくの部下」
「仲がいい証拠でしょう?」
「場はわきまえんとな」
「今のあなたに説得力はありませんが、まあそうですね。反省会は後でやりますのでその時に」

いつの間にか顔を上げていたムウが、スクリーンの中の青年と会話する。

「ご苦労様です、ロアノーク大佐。議長から約束は守るとの伝言を預かっています」
「それは交渉成立ってことでいいな?」
「はい。あなた方の身柄は我々が預からせていただきます。あなたの子供達のことも引き受けましょう。
こちらで病院や研究所は選ばせていただきましたが、問題があれば私に」
「子供達にはうちの副官をつける。引き離すなよ?」
「わかりました。こちらからも護衛兼監視役をつけさせていただきます」
「わかってる」

話が見えない。
キラ達はムウと会話する青年を知っていた。アスランだ。ザフトに戻ってしまったキラの幼馴染だ。
そのアスランがムウと話す内容は、理解はできないが物騒だ。ラクスがアスランを睨みつけた。

「アスラン。どういうおつもりですか」
アスランの目がラクスに向く。その目に感情は含まれておらず、ラクスが軽く目を瞠る。
けれどすぐに厳しい視線を送ると、一歩前に出る。
「あなたはまだザフトにいらっしゃったのですか」
キラがあれほど言ったというのにまだ分からないのか。どうしてキラがアスランを堕としたと思っているのか。
分かってほしかったからだ。カガリの思いを、キラの思いを。そしてアスランにオーブを撃ってほしくなかったからだ。
なのにアスランはまだザフトの軍服を着て、そうしてまたMSを駆ろうというのか。
アスランの後ろの三人がムッとしたのが分かる。アスランはうっすらと笑う。

「エターナルは堕ちました」

ざわっとブリッジが騒ぐ。キラがどういうことと震える声でラクスの隣に並ぶ。
「どういうこと、アスラン。エターナルが堕ちたって、なに?」
「そのままの意味だ。お前達が地上にかまけている間に、空の上では戦いが一つ終わった」
ラクスがあなたという人は、と拳を震わせた。
それを不機嫌な顔から面白いものを見つけた顔でアウルがへえ?と笑った。
「怒るんだ。自分達はさんざんやっといてさ」
聖女が聞いて呆れるよなあとわざとらしい大声。ラクスがアウルを睨みつけると、怖いねえと笑う。
「僕らは戦闘をやめさせたいだけだ。無駄に戦ったりしないし、殺したりもしない」
それはアスランもムウさんも知っているでしょう、と二人をキラが見る。
アスランとムウが顔を見合わせる。お前が言えよとムウが目で語り、あなたに譲りますよとアスランが目で語る。
お前が言えって、あなたがどうぞ。そんな無言のやりとりの後ろで、黒髪の少年がはんっと笑った。

「俺達はプラントを守りたい。そいつらは地球を守りたい。そのために戦ってるんだ。
あんらが好き勝手してんのが、俺達にとっちゃ迷惑で無駄にしか見えないって分かってんのかよ」

憎しみさえ込めた怒りの目に、ラクスとキラが一瞬肩を震わせた。けれどすぐに首を振る。
「違うよ。僕らだって守りたいんだ。オーブも地球もプラントも。そのためには戦争なんてしちゃだめだ。
それを分かってほしくて、僕らは戦ってるんだ」
「は!よっく言うよな。戦闘止めたいとか言ってさ、オーブの奴らは守ってたじゃん。俺らはバンバン撃ってさ」
アウルが両手を首の後ろに回して笑う。それはとラクスがアウルを見る。
「オーブの方々は知っていらっしゃるからです。どれほどあの戦闘が無意味であるのかを。
カガリさんの声に従いたいと思っていらっしゃいました。ですができなかった。
ユウナ・ロマ・セイランの命令に従わなくてはいけなかったからです」
「そんな状況にしたのは誰だよ」
あんた達が国家元首攫ったせいだろ、と黒髪の少年が言って、すっげ棚上げとアウルがけけけっと笑った。
その様子にナタルが額を押さえた。おーおー、結構気ぃ合うんじゃないの、あいつらとムウが言った。

「スティング。アウルの口を押さえておけ」
「レイ。シンを黙らせておいてくれ」

ため息を吐いたナタルとアスランの言葉に、スティングが笑ってアウルの口を手で覆い、レイが了解しましたとシンの口を塞いだ。
むがむが言い出したシンは、レイのシン、という一声で静かになり、暴れていたアウルは、あうる、だめという
ステラの上目遣いの睨みにふいっと顔を逸らして大人しくなった。

「オーブは以前と変わらず中立を保つと声明を出しましたが」
「お、無理やり話進めたな」
「大佐」
アスランの言葉に茶々を入れるムウを、ナタルが睨み上げるとすいませんでしたとムウが口を閉じる。
「被害を受けたこちらとしては、それで納得できるはずもない」
突然の話題変換に戸惑うキラ達の中で、マリューがどういうこと、とムウとナタルを気にしながら口を開く。
そんなマリューをナタルが目を細めて見た。

ナタルが上官と仰いだこの人は、こんな人だったろうか。
確かに軍人にするには優しすぎる人だった。けれどそれに流されて上官としての判断を間違う人ではなかった。
悩み迷い苦しんで。ナタルと意見の食い違いで言い争って。けれどナタルの意見もちゃんと考えて答えを出す人だった。
なのに、とナタルは目を伏せる。

弱くなった。

楽な方に流される人になった。甘い言葉に身を委ね、強い力の下に己が信じたそれを他者に押しつける人になった。
それが悔しいのか悲しいのか。こんな風に変わってしまったマリューを、ナタルは見たくなどなかった。

ぎゅっと腰に回った腕に力が入ったのに目を上げる。目が合った今の上官に、ナタルは笑う。
そう、この人も同じ思いなのだろう。かつて恋人であっただけに、ナタルよりも深く思っているのかもしれない。

ネオ・ロアノーク。彼はムウ・ラ・フラガだ。マリュー達に言われるまでもなく知っていた。
そしてネオもまた知っていたのだ。AAで思い出してと言われる前から、ネオではない頃の記憶を思い出していたのだから。
それでもネオを選んだ。ムウではないネオとしての自分を選んだのだ。

ナタルは知っている。ネオが悩んでいたことを。迷っていたことを。一人で苦しんでいたことを。
そこに介入するにはナタルはムウともネオとも関わりを持ちすぎていた。
ムウでいてください、ネオでいてください。そう言うには、どちらにも好意を持ちすぎていた。
だからナタルは気づかない振りをした。ネオがネオとして接してくるのだ。ネオの部下である己でいよう。
そう思って、ネオが答えを出すその時まで、いつものように接した。
ネオが可笑しいと心配そうな子供達に、大丈夫だと笑って。何を迷っていても子供達を大切に思う心に変わりはないだろう。
だからいつものように抱きついて、いつものように構ってあげなさい。そう言って。
ネオであろうとムウであろうと、彼は人が好きで。結構なところ寂しがり屋だ。
だからぐるぐる考え込む彼に安らぎの時を。ネオを一心に慕う子供達の無邪気な笑みはやりとりは、きっとネオにそれを与えるから。
ナタルにできたのはそれだけだ。けれどそれでよかったのだとネオは言う。

ネオは笑うナタルに笑い返して、また腕に力を込める。
ネオにとってムウとしての記憶もネオとしての記憶も大切で。どちらかを選ぶのは酷く辛い。
けれど自分はどちらかを選ばねばならないと、そう思って。
なのにナタルはどちらであれと言わなかった。どちらも知っているというのに、自分で決めろと言わんばかりに。
その一方で子供達を寄越してくれた。ネオしか知らない子供達。ムウなど知らない子供達。
ムウ・ラ・フラガは有名で。連合でもザフトでも知らない人間の方が少ないくらいで。
けれど子供達はずっと研究所で育って、生きるか死ぬかの訓練にばかり明け暮れて。そのせいか、本当にムウを知らなかった。
だから聞けた。自分がもしもネオではなく、ムウという他の男だったらどうすると。
子供達は言った。きょとんとした顔で。

『だから何?』

と。
ムウとはこういう男だと言っても、ふうん、とどうでもよさそうな返事。
ネオがムウならネオはいなくなるのとステラが聞いて。
どちらの記憶もあると言えば、じゃあ何が問題なんだよとアウルが不思議そうに言って。
あんたが好きなほう取ればいいんじゃないのか、とスティングが首を傾げた。
自分達はネオの側にいるだけだし、ネオが自分達を忘れていないのなら問題はない。
その瞬間、ネオは笑った。

「オーブまで戦禍に巻き込むおつもりですか!」

ラクスの怒声にナタルとネオは互いから視線を外す。

「廃棄されたと思われていたAAは修復され、オーブから出航しました。けれどAAはアンノウンであり、
オーブからの回答もオーブとは関係ないとのこと。だというのに攫われたオーブ代表がAAと共に現われ、
そしてオーブに命じる。国へ帰れと」

可笑しいですね、とアスランが笑った。
末恐ろしい十代だよなとネオが呟いて、そうですねとナタルが頷く。

「その後も代表はAAと共にあり、国へ戻ったその時ですらAAを伴っていたという。
挙句、いつの間にでしょうね?AAはオーブ所属艦となっていた」

ならばAAによって受けた被害はオーブからのもの。それはオーブとの交渉への強力なカードとなる。
連合と同盟を結び、敵対国のミネルバを攻撃してきたオーブ軍。
それと違って、知らぬ存ぜぬを通してきた艦で、オーブがプラントに攻撃を仕掛けてきたという証拠。
しかも乗っていたのはオーブ代表の双子の弟と、プラントから失踪した歌姫。

「オーブとクライン派を潰すおつもりですか!」

そうして己に邪魔なものを排除して、己の思いのままに世界を動かすつもりなのか。
それがデュランダルのやり方なのか。そう憤るラクスに、アスランが表情を消す。


「いい加減に現実をご覧になるといい」


冷たい冷たい視線と声が、それ以上の会話を拒んだ。

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