「おかえり」
『わたくしがラクス・クラインではないと、断ずる証拠はおありですか?』
フリーダムを操りながら、キラの脳裏には先程まで話していた少女の声が蘇っていた。
ラクスを騙る少女。自分がプラントのラクス・クラインなのだと言い張る少女。
その少女が微笑み、キラに言った言葉。
ある、と言いたかった。けれどその全ては少女に叩き落され、形を成してはいなかった。
ラクスではないとキラは確かに知っているのに、偽者だと証明できない。
少女との会話は、それを突きつけられただけの時間で終わった。
『アスランがわたくしをラクス・クラインではない、とおっしゃってましたら今のわたくしはおりませんのよ?』
「・・・っ!」
少女の言うことは正しい。
ラクス・クラインの婚約者であるアスランが一言違うと、この少女はラクスではないと言っていれば少女はラクスを名乗れない。
なのに少女は今でもラクスだと名乗る。
それはアスランが肯定しているからだ。少女がラクスなのだと、もし言わないのだとしても否定していないのだから同じことだ。
何で何で何で。分からない。
アスランはラクスを大切にしていたのを知っている。
ラクスがAAの捕虜になった時、アスランは怒った。
ラクスを返した時、ホッとしようにラクスの手を取った。
ああ、すごく大切にしているのだなとキラは思ったのだ。それはオーブで暮らしていた時も変わらない。
もうラクスとアスランは婚約者ではないけれど、それでも友人として大切にしているのだと分かった。
なのにどうして許しているのだ。あの少女の行いを!!
「・・・んでっ、何でえ!?」
迫りくるMSの腕を落としその体を蹴ると、それを利用して後ろに回ったMSを避ける。
そうしてまたその両腕を切り落とす。
アスランがキラ達を裏切るはずはない。だから混乱する。
裏切るはずがないのに、少女はラクスなのだ。
アスランの許しを得ているということの証を少女は持っているのだ。
「何でっ、何を考えてるの!アスラン・・・!!」
昔はお互いのことで分からないことなどなかったのに。
なのに、今はこんなにも分からない。
何で、どうして、とキラは泣き出しそうな顔でフリーダムを操る。
アスランさえ側にいてくれれば、こんなに混乱しないのに。
アスランさえ否定してくれれば、こんなに混乱しないのに。
アスランさえ。
アスランさえ。
今このどうにもならない状況の解決への鍵は、全てアスランが握っているのに。
そう心で叫んだ時、キラは目を見開いた。
目の前を赤いMAが飛んでくる。
それはとっさに撃ったビームをくるくると避け、フリーダムより上空でMSへと変形し、勢いのままにサーベルを落とした。
それを防いだキラは、震える唇でそのパイロットの名を呼ぶ。
「アス、ラン・・・?」
赤い機体。MAからMSへと変形する機体、セイバー。
アスランの機体。
その後ろに見えるのはこの戦場にはいなかったはずのミネルバ。
どうして。
『キラ!AAが!』
ミリアリアの叫びにハッと我に返る。
AAにインパルスが近づこうとしている。バルトフェルドが向かおうとするが、周りのMSが邪魔をする。
「アスラン!やめて!やめさせて!!」
返答はない。
キラは交わっていたサーベルをはじき、セイバーから距離をとろうとするがセイバーは許さない。
『きゃあ!』
「ラクス!!」
AAにMSは二機しかない。キラとバルトフェルドが乗っているそれだけだ。
それで十分だと思っていた。戦争をするわけではないから、大丈夫だと。もちろんキラの腕あってこその話だが。
だからこんな不利が訪れるとは思いもしなかったのだ。
AAは中立だ。地球軍にもザフトにも敵対しない。
ただ戦争の愚かさを、平和の尊さを分かって欲しい。思い出して欲しい。
そんな思いからの行動が、まさかこんな事態を引き起こそうとは。
どうしてだ、とキラは思う。
どうしてどうしてどうして。
AAの行動の理由を分かっているはずのアスランが、どうしてここにいるのだ!!
「アスラン!どうして・・!AAにはラクスがっ、カガリが乗ってるんだ!」
けれどセイバーは怯まない。
変わらずフリーダムに攻撃を仕掛けてくる。
どうして!?
キラは顔を歪める。
どうすればいい?
インパルスの攻撃。ミネルバの攻撃。それらに応戦するAA。
バルトフェルドがようやくAAに向かったが、ミネルバの上に立つザク二機から攻撃を受け、思うように進めない。
その間にも、ラクスの悲鳴。
『キラ!キラ!』
ミリアリアの焦る声が届く。
分かってる。分かってるけど。
キラは唇を噛む。
「アスラン!」
どうして応えてくれないのか。
どうしてラクスの偽者を許しているのか。
どうしてザフトにいるのか。
どうしてまた敵対するのか。
思考がごちゃごちゃと渦を巻く。
分からない分からない分からない。
分からないことがたくさんで、頭がおかしくなりそうだ。
そこに聞こえるミリアリアのキラを呼ぶ声が拍車をかける。
そうして混乱するばかりのキラの頭に、ラクスとよく似た少女が浮かんだ。
「このままじゃ、ラクスの振りしてるあの子も死ぬんだよ!?」
無意識の言葉。
脅迫にも似た言葉なのだとキラは気づかない。
『あの娘を人質にとって、おどして! そうやって逃げるのが地球軍って軍隊なんですか!』
以前自分がそう言った言葉を、今度は自分が言われるそんな言葉だと。
それも一つの戦略なのだと。自軍を守るためには必要な時もあるのだと。
そうと割り切ったわけではなく、気づかないままにキラは発した。
そうして期待した。アスランが退いてくれる、もしくは怯んでくれることを。
「婚約者なんでしょ!?」
お願いだから。
ラクス達を。
お願いだから。
「アスラン!!!」
* * *
ミーアはベッドにしがみついて衝撃に耐える。
怖い。
そう、怖い。
けれど頑張るのだ。アスランも皆も怖いはずだ。ミーアよりもずっとずっと怖いはずだ。
それにここで泣いたりしたらアスランが後悔する。ミーアを巻き込んだ、と言って後悔する。
「そんなこと、させないわ」
コロコロとハロが転がっていく音を後ろに、ミーアは虚空を睨みつける。
「大丈夫。大丈夫よ、ミーア」
ミーアには、迎えにきたアスランの胸に飛び込むという使命があるのだ、と頷く。
それに。
「大丈夫よ、アスラン」
傷ついているだろう、今この時も。
けれどそれを隠してしまうだろうアスランを抱きしめるという使命すらあるのだ。
「大丈夫なんだから」
大きく揺れたAAに、きゃっと再びベッドにしがみつく―――と。
ゴンッ
「・・・・・ごん?」
あたし、どこも打ってないわよ?と呟くミーアの耳に聞こえた声。
「He、llo・・・」
「・・・・・・」
それが何なのかに思い至ったミーアから、サアーーッと一気に血の気が引いた。
「ハッ、ハローーーーーーーーーーーー!!!!!」
バッと振り向いて、耳を開いて両手を広げているハロがチカチカと目を点滅させているのを見て、ミーアは悲鳴を上げた。
「きゃーーー!!!ハロ!ハロ!ちょっと点滅の仕方、おかしくない!?」
急いで駆け寄り、抱き上げる。
ハロ、ハロ?と声をかければ、返るのはいつもの元気な声ではなく。
「He・・Hello、He、llo・・・llo」
「いっ、いやあああああ!!!ハロが!あたしのハロがああ!!」
助けてアスラーーン!!
本日一番の叫びだった。
next
・・・・・ギャグ?
前半のシリアスが台無しになりましたが、本当はもっとミーアとハロを書きたかったです(おい)。
でまた続く(殴)。
ところで種時代にAAが攻撃されたら、ミリアリアがすぐにキラを呼ぶのが気に入らなかったりします。
今キラが何してると思ってるんだよ、前線で戦ってるんだから呼ぶなよ!
呼びたい気持ちもわかるけど、でもね?一人でどれだけ相手にしてると思ってんの?と。
そこらへんをもうちょっと書きたかったんですが、そういう話じゃないだろうと思いとどまりました。
話変わるしね。
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