ささやかな願いが、打ち砕いた想い。


救難信号を発していたシャトルを拾った。
AAクルー全員でシャトルの前に立ち、シャトルのドアを開ける。

思い出す。昔もこうしてシャトルを拾った。そしてAAクルーが見守る中シャトルは開き、ピンクのハロとラクスが出てきたのだ。

「ご苦労様です」

そう、そう言って。

「って、…え?」

ふわりと長いスカートが広がる。無重力の中、出てきたのはあの頃を再現したかのよう。
ただ違うのはそのまま漂うことなく、シャトルの入り口に掴まって床に足を落とした姿。


「ラ、クス?」


「はい。ラクス・クラインですわ」

無邪気な笑み。
ハロがラクス、ラクス、とラクスの前を漂うのを、ラクスがえいっとハロを両手で包んで胸元へ。

「お久しぶりですわ、皆様」

お変わりありませんか?とラクスが首を傾げた。それに対して誰も声が出せない、動けない。
キラも同様だ。ラクスと呼んで抱きしめたいのに、聞きたいこともたくさんあるのに。
今、目の前にいるラクスが随分前に見た…そう、先程思い出していた出会った頃のようなふわりとした可愛らしいお姫様のようなラクスだから戸惑っているのだろうか。
キラ達がよく知るラクスは、ただの可愛らしいお姫様ではないから。

違う。キラはそう思う。だからじゃない、と。何故ならラクスから感じるのだ。親しさの拒絶を。
親しそうに微笑んで声をかけながら、ラクスは親しく接することを拒んでいる。どうして。

「ラク、ス」
「はい、キラ」
名前を呼ばれたことに少しホッとする。小さく息を吸って、少しだけ笑ってみせる。
「戻ってきて、くれたんだよね」
何かをするためにAAを離れてプラントに戻って。そうして議長に接触して何かを掴んで戻ってきた。そうなんだよね。
それはキラだけではなく、AAクルー全員の思いだ。だからキラの言葉にAAクルーは強張っていた顔を緩めた。
信じていた、信じていた、信じていてよかった。
けれどラクスはきょとんとした顔をした。

「あら?あらあらあら〜?」
先程とは反対の方向へと大きく首を傾げたラクスは、何のお話ですの?と不思議そうに言った。
「プラントでの会見をご覧いただけましたでしょうか?わたくしとアスラン、デュランダル議長とミーアさんの会見を」
「見たよ!…あれは何なの?」
「ご覧になられた通りですわ。わたくしの勝手の謝罪とミーアさんのこと。そしてプラントの皆様に、ミーアさんと二人で平和のために活動することのお許しをいただくための会見ですわ」

確かにそんな内容の会見だった。
ギルバートが偽者のラクスを出すことに至った経緯、ラクスの帰還の説明、そして謝罪。
そしてミーアの謝罪とラクスの謝罪。アスランは彼女達の後ろに控えているだけで何も語らなかった。
アスランがしたことといえば、ラクスが舞台に上がる時と下りる時にラクスの手を引いたことだけ。
けれどそれだけで十分なのだとバルトフェルドが言った。
今でもラクスの婚約者だとプラントで思われているアスランが会見の舞台の上にいる。それは婚約者も納得済みのことだとプラント中に知らせる行為だからと。

「プラントの皆様のお許しのおかげで、わたくしもミーアさんも歌えることになりましたの。ですが今日は少しお休みをいただいて、皆様とお話しをしようと思ってまいりましたの」
つまり戻ってきたわけではない。ラクスはそう言いたいのだ。
AAクルーの顔に戸惑いが浮かぶ。顔を見合わせた彼らの中、マリューがラクスさん、と不安そうな声を上げた。
「話と言うのはこれからのことかしら?」
「はい!」

ラクスの肯定にまた安堵の息。ラクスはまたプラントに戻るけれど、AAの今後を考えてくれているのだと。
それならば大丈夫だ。不安に思っていたことは全て解決する。
資金の件、得られる情報の件。ラクスがいなければどうにもならない問題が全て。
そんな彼らの前でラクスはハロを包んでいた手を離し、またふよふよ漂い始めたハロに声をかけた。

「ピンクちゃん、あーん」

パカッとハロが上下に開いた。ラクスが手を伸ばしそこから鍵を取り出すと、ハロがまた球体に戻る。
「少しお待ちくださいませ」
何の鍵だろう、と不思議そうに見ているキラ達にそう言って、ラクスがシャトルの中へと戻った。
思わず近くの人間と顔を見合わせているとハロが歌いだす。この曲は何だろう、知らない。

「あらあら、ピンクちゃん。大サービスですわね」
シャトルから顔を出したラクスが笑う。そして丸めた紙を持って出てくる。
「大サービスって?」
「今ピンクちゃんが歌っている曲は、まだ一般公開しておりませんの。わたくしとミーアさんのデュエット曲ですわ」
歌詞まではお教えできませんけれど、二人でつけましたの、と楽しそうに教えてくれる。
大切な人を思った歌なのだと。誰かと曲を作るのも歌詞を作るのも初めてでとても楽しかったのだと。
そう言われれば、ラクスの歌にしては少しばかりテンポが速い気がする。

「…大丈夫なの?」
「何がでしょう?」
「そのミーアって子と歌うの」
眉を寄せればラクスが、はい?と首を傾げた。
どうしてだろう。いつもならばすぐに答えを返してくれるラクスが、再会してからは会話の受け答えに時間がかかる。
それに対して少しイラッとしたキラ以上に、ずっと黙っていたカガリは苛立ったらしい。声を荒らげた。
「そいつは議長側の人間なんだろう!?お前に危害を加えることもあるかもしれないじゃないか!」
こくん、とキラが頷く。それが心配なのだ。
ラクスのことだからそのことも考えているのかもしれないが、ラクスはただの女の子だ。どうしたって心配になる。
なのにラクスが、まあ、と驚きの声を上げた。

「ミーアさんはとてもお優しい方ですわ。そのような心配はミーアさんに失礼ですわ」
「そいつが議長に騙されてお前に何かしようとしたらどうするんだ!」
「そうだよ。ねえ、ラクス。こっちに戻ってこれないの?一人は危ないよ」

そう、危ないということくらいラクスにも分かっているはずなのに、どうして一人で決めて一人で行ってしまったのだろう。
そう思って脳裏を過ぎる別れのシーンと再会直後の感覚。それに頭を振って追い払う。
だってラクスだ。キラを助け、支え、癒し、愛してくれたラクスだ。
そのラクスを疑うなんて。何かが可笑しいと思う何てだめだ。してはいけないことだ。現にラクスはAAの今後を考えて、一時的にでも戻ってきてくれたのだから。

「どうしても戻らなくてはいけないというのなら、バルトフェルド隊長も一緒ではだめかしら?」
変装してもらって付き人としてでも側に。そうマリューが言えば、そうだよとキラが笑う。
それがいい。バルトフェルドなら何かあってもラクスを守ってくれる。消えない不安を消し去るようにそう笑う。
「AAには僕が残るし。一応カガリもいるしね」
「おい、一応って何だ、一応って」
「あはは、ごめん。頼りにしてる」
「当たり前だ。私だって何かあった時には戦えるんだ」
うん、とキラが頷いて、カガリと笑いあう。和む空気に安堵するのは、キラと同じような不安を抱いている誰もがだ。
そうしてキラはバルトフェルドを振り返る。この空気を維持したい。だからその先に笑顔を期待して。

「いいですよね、バルトフェルドさ…ん?」

なのに振り返ったキラとカガリは眉を寄せ、顔を見合わせることになった。
バルトフェルドは笑ってはいなかった。厳しい顔をしてラクスを見ていた。
「どうかしたんですか?」
「まさか嫌だっていうのか?」
双子の言葉にも答えないバルトフェルドの代わりのようにラクスが答えた。

「必要ありませんわ。そうですわよね?バルトフェルド隊長」

え?と再びラクスに視線を向けると、ラクスは微笑んでバルトフェルドを見ていた。
そのすぐ側でハロがアカンデーと声を上げながら浮いていた。

「必要ないって、ラクス」
「ずっとお気づきだったのでしょう?どうしてキラ達に黙っていらっしゃったのですか?」
何を、とまたバルトフェルドに視線を向ければ、苦しそうに眉をしかめていた。
「…事実なんだな?ラクス」
「あの会見が隊長のお考えを肯定するものだと思っておりますわ」
「…っ、ラクス!」
ギリッと握られる手。苦しそうな叫び。そんなバルトフェルドの様子に再び大きな不安がやってくる。
こんなバルトフェルドは珍しい。ラクスに向けて、なんて一度も見たことがない。
「何の話なの、ラクス」
僅かに震えたキラの声にラクスがにっこりと笑って、手に持っていた紙を広げ、こちらに向けた。


「この艦は只今をもって国家テロ犯罪集団としてザフトが捕縛いたしました。ミネルバへの被害をこちらとしては決して見逃せるものではありません。これはプラント最高評議会及び 国防委員会の名の元に実行されるものです」


「なっ…」
「何を言ってるのか分かってるのか、ラクス!」
「もちろん分かっておりますわ、カガリさん」
「お前は私達をテロリストだと言ったんだぞ!?私達を犯罪者として捕らえると!」
「ええ。ほら、こちらに議長のサインがありますわ。ああ、議長は国防委員長も兼任していらっしゃいますの。ですから役職名は二つ記入してありますでしょう?」
「そうじゃない!お前、どうしたんだよ!?」

カガリは信じられないものを見るような目でラクスを見る。
セイランの言いなりになっていたカガリの目を覚まさせたのはキラだが、ラクスもキラと同意見だったはずだ。そうしてカガリを正してくれたラクスがどうしてこんなことを…。

「これも、何かの作戦なの?議長に対する何かの…、そうなんでしょう?!ラクス!!」

キラが悲痛な叫びを上げる。当然だ。ラクスが言ったことはそれほどの衝撃を運んできたのだから。
それにAAクルーにとっては仲間、カガリにとってはそれに加えて友人。キラにとっては恋人だ。
多くの傷を抱えるキラの支えで理解者。そのラクスがキラ達を裏切ったなど、どうして信じられるだろうか。

「この艦はアンノウンですが、クルーの皆さんはオーブ国籍を持っていらっしゃいます。オーブとも交渉をしなければいけませんので、すぐに裁判に入るわけではありません。ご安心ください」
「ラクス!!」

どうして、どうしてと叫ぶ。分からない。どうしてラクスがこんなことをするのか。
なのにバルトフェルドが声を押し殺して言った。

「それほどにアスラン・ザラが大事か」

アス、ラン?
誰もが目を瞠った。
アスラン?どうしてここにアスランの名前が出てくるのだ。


「それほどにアスラン・ザラを愛しているのか。お前を愛し、信じている者達を裏切るほどに!!」


愛して?誰を。アスランを?だから裏切った?誰を。キラ達を?
「何、言って…」
「そうだ!ラクスはキラの恋人で、アスランは…っ」
「この艦を出て行く時にラクスが言ったことを覚えているだろう?あの言葉にアスラン・ザラを当て嵌めれば納得がいく」
キラは固まった表情の下で、ラクスがAAを出て行った時のことを思い出す。ラクスは言った。

――わたくしが持っていた繋がりは、他人がこの手に渡して下さったもの。
ラクスとアスランの婚約は、親同士が決めたものだった。遺伝子が決めたものだった。
――めったに執着を示さない彼が執着を示す繋がりの糸を持つ方。
アスランは月で過ごした幼少期をまるで聖域のように大切にしている。だからキラに対して常にない執着を見せる。
――ならばこの方といればわたくしの持つ糸が断ち切られたとしても、まだ別の糸がこの手に残るのではないか、と。
ではこの方というのはキラのことか。キラといればアスランと縁が切れずにすむということか。
ならば、ならばならば!!

「う、そだ」
「ラクスがそんな酷いことするはずがないだろう!」
「事実だとラクスが認めただろう?」
「だって、だってそれが本当なら、ラクスはアスランを失わないためにキラを利用したってことじゃないか!」

間違えた。何を。何を間違えた?
蘇るのは過去、フレイに言った言葉だ。キラがフレイに言った、間違えたと。
間違えた、間違えた、間違えた。その、関係を。

「嘘、嘘だよね、ラクス。だって、だって!!」
ラクスがいてくれたから泣けた。がんばれた。こうして立っていられる。
なのに好きだと言ってくれた言葉も、抱きしめてくれた腕も、全てキラのためのものではなかったなんて。
今更そんなことを知らされて、どうしろというのだ。愛する恋人に否定されて、どうしろと。
キラは今でもラクスに支えられ、癒されて立っているというのに。ラクスに依存して生きているというのに!!

そんなキラ達にラクスが笑う。今度は無邪気とはいえない笑みで。
そういえばいつの間にか口調もキラ達がよく知るラクスに戻っている。そんなどうでもいいことを考えるのは現実逃避か。




「わたくしはアスランがいてくださればよかったのです。アスランの側にいられさえすればよかったのです」




泣きたい。泣き叫びたい。ラクスはキラを愛していなかった。愛してなど、いなかったのだ。

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ラクスはキラ達の言いたいことを分かっていながら分かっていない振りをしています(え)。
そして前半部分のラクスを書くのがもの凄く楽しかったです。

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