ささやかな願いが、打ち砕いた想い。


キラが今にも泣きそうな顔でラクスを見る。カガリも愕然とした顔で。
同じような気持ちで、けれどマリューは何とか口を開いた。

「それと私達をザフトに引き渡すことと、どう関係するんですか?」
バルトフェルドを見上げる目は揺れている。それを横目で見て、バルトフェルドは苦い顔をした。
ああ、と言って一度口を閉じると、再び口を開く。だがそれが音になる前にどう、ですかとラクスの声が響いた。

「アスランは軍人です。そして今は戦争の只中です。そうである以上、無事に帰ってきてくださることを願っても届かぬこともあります」
ですが、とラクスの目がキラ達を睨みつけた。
びくっと体を震わせたのは、その目が敵意に満ちていたからだ。ラクスがキラ達に向ける初めての感情。

「フリーダムがセイバーのコクピットを海に落としたと聞きました。奇跡的にアスランは軽傷でしたが、それがどれほどアスランを傷つけたと思われますか」

セイバーのコクピットを海に落とした。そのことに覚えがあった。
あれはラクスがプラントで会見を開いてしばらくのことだった。
エターナルがAAに連絡をとってきたのだ。ラクスと連絡が取れない。ラクスが何故プラントにいるのか。どういう真意があるのか。その通信でエターナルでも事態の把握ができていないことが分かった。
そうしてAAとエターナルで話し合っても埒が明かず、ならばとりあえず合流しようということになった。
エターナルは動けない。ラクスの指示がないうえ、エターナルを支えるクライン派も困惑しているからだ。
AAはオーブには帰れない。いつまでもAAだけで海に潜っていられるわけでもない。だから危険を承知で宇宙へ。

その途中でミネルバと連合がまた戦っていることを知った。
ミネルバにはアスランがいる。ならばラクスのことを何か知っているだろう。一緒にいたのだから知らないはずがない。
だから二度目の戦闘介入を行った。そうしてアスランと交戦しながら言葉を交し合って。

「あ、れは、あれはちが…っ」
アスランはカガリに酷いことを言った。カガリが今オーブに帰ることがどれほど危ないか知っていながら。
帰れないなら帰れないなりにできることを、と頑張っているカガリをアスランは理解してもくれなくて。
カガリの邪魔をして、非難した。だから、だから!!

「だから?だから堕としたと?ならば逆に問いましょう。何故アスランがあなた方の邪魔をしたのだと思われますか?何故大切に思う方にオーブへ帰れと、その先にある辛苦を知りながらおっしゃったのだと思われますか?」

そんなのは議長に騙されているからだ。そう言いたいのに言えない。
ラクスの言葉は静かだというのに逆らうことを許さない強さがあった。

「アスランと直接お会いになった時、アスランが何をおっしゃられたのか、教えてくださったのはあなた方です。オーブに戻って同盟を何とかすること。その言葉に間違いがありますか?同盟を結んでいるからこそ、オーブは要請に従って出兵するのです。カガリさんがいらっしゃらないからセイランが要請を受け入れるのです。オーブに戻ればカガリさんが危ないから戻らないとおっしゃいますが、ではいつ戻られるのです。セイランが何らかの理由で失脚すればですか。オーブに暴動が起きた隙にでも戻られますか。どちらにせよ、オーブは傷つきます。オーブは、国民は傷を負うのです。それがお分かりになられないのですか」

アスランの言葉を酷いと、理解がないという理由こそが理解がない。酷い。
己の安全のことしか考えていないとしか思えない。そうでないと言うのなら何故宇宙にいるのだ。
オーブを撃ちたくない、オーブに撃たせたくないと言いながら、オーブから遠く離れた宇宙に!

その言葉に違う、そうじゃない、今まで何も言わなかったじゃないか。そう返すキラとカガリの言葉は最もだ。今言うのならばどうしてあの時言ってくれなかったのだ。そう思っても仕方がない。
けれどラクスは言う。それどころではありませんでしたので、と。
アスランのことばかりで、他のことに構う余裕はなかったのだと。それにまたキラ達は衝撃を受ける。
ラクスはそんなキラ達の前で一度小さく息を吸うと、向ける敵意を幾分おさめた。

「わたくしは平和の歌姫です。ですが同時にアスランの婚約者なのです。これ以上、アスランのような方を、 そして亡くなられたミネルバの方々のような犠牲を出さないためにもわたくしはザフトに協力いたします」

それが平和の歌姫としての建前。本音はアスランを傷つけたから。
そのためにキラ達を完全に切り捨てたのだ。議長が何も言わなければラクスも放っておく気だったのだろうキラ達を。

「お前が進言したのか、僕らの捕縛を」
バルトフェルドの言葉にラクスは反論しない。
先ほどのラクスの言葉は確かにそう取ることができる。そして反論しないということは、それが真実なのだ。
「平和の歌姫は平和を歌うだけじゃない。争いを止めるために自ら戦場に身を置き、停戦に持ち込んだ前例もある」
だから平和の歌姫のこの行動に疑問を持つものは出ないだろう。
しかもラクスは婚約者を殺されるところだったのだから、同情するものが大半だろう。

彼女が悲しめば誰もが悲しむ。彼女が憤れば誰もが憤る。彼女の一言は何より重く、何より正しい。
味方にすればこれ以上頼もしい存在はいない。敵に回せばこれほど恐ろしい存在はいない。
それがプラント中に慕われる平和の歌姫ラクス・クライン。

「だが、僕らがお前のしたことをプラントに告げれば、そうして笑っていられないだろう?ラクス」
「バルトフェルドさん!?」
それほどプラントに盲目的に慕われてはいても、付け入る隙はある。
平和の歌姫の名にふさわしくない行いを聞かせればいいのだ。信じなくとも疑いの種は植えられる。それが芽吹けばラクスも他人事のように笑ってはいられない。

「取引だ、ラクス。AAとフリーダムの修復に手を貸していたこと。エターナルを隠し持ち、新たなMS、ユニウス条約違反の核搭載のMSを開発していること。それをプラントに告げない代わりに、僕らがオーブに戻れるよう手を貸してくれ」

AAクルーが目を見開く。キラとカガリが何をと叫ぶ。けれどこのままだと捕らえられてしまう。
ギルバートがもしも何かよくないことを企んでいるのなら、キラとカガリ、そしてAAは必要だ。失くせない。
何もなければそれでいい。セイラン達さえどうにかすれば、カガリが中立としてふさわしい国を取り戻す。
中立の理念を抱くオーブは失くせないのだ。そういう国は今の世界には必要なのだ。だからこその取引。
もうラクスは自発的に協力してはくれない。ならば協力させるまで、だ。

「残念ですが、その取引は成立いたしません」

「なに…?」
ラクスは笑う。

「エターナルはすでにプラントに返還されております。新型MSのことはわたくしではなく、 オーブに関係していると聞いておりますし、AA、フリーダムについては、わたくしは一切手を出しておりません」

「どういうことだ…オーブ?」
カガリが震えた声でラクスを呼ぶ。
AAとフリーダムはオーブで修復した。ラクスは確かに事実を知っていただけで、ドッグの鍵を預かっていただけで。
その鍵ももうラクスの手元にはない。ラクスが知らないと言えばどうにもできない。物的証拠は何もないのだ。
けれど新型MS?それはラクスが作っていると聞いている。なのにオーブ?嫌な予感がした。

「新型MSを開発しているファクトリーが発見され、そこで判明した事実の中にその名がありました。発注先はオーブであると」
「なあ!?ふざけるな!!」
「ふざけてはおりません。これが『真実』です」
「お…っ前…!!」
頭に血が上ったカガリがラクスに掴みかかろうと走り手を伸ばす。
とっさにキラが名を呼ぶが止まらず、カガリの手がラクスに届く。その時だ。ハロ!と声が聞こえ、同時にたくさんの足音が。

「ラクス様!」

ご無事ですかとの声。向けられるたくさんの銃口。
突然のことに驚いて動きを止めたカガリからラクスは一歩足を引き、ザフト兵の間を抜けてきたハロを抱き止めた。
そういえばいつの間にラクスの側から離れたのだろう。そしてどうしてザフト兵の後ろからやってきたのだろう。

「ピンクちゃん、ご苦労さまですわ」
そう笑うラクスに思い出す。あのハロにはいくつもの機能がつけられているのだということを。
ではあのハロがザフト兵をAAへと招き入れたのか。AAにとりついたザフトの艦からやってきたザフト兵をハッチを開けて?
そんなことができるのか。そう言いたいが言えない。アスランが趣味で作ったハロは、恐ろしいほどに高性能だと知っているからだ。
「皆様も、ご心配をおかけいたしましたわ」
呆然としているAAクルーの目がラクスに。縋るような目、憤りを込めた目。様々な目が向けられる中、先程の敵意はどこへやら、 ラクスは悲痛な顔で目を伏せた。そしてハロを胸に抱いてザフト兵に誘導されてAAクルーへと背を向けた。
そうしてザフト兵が作った道を歩いて出て行こうとするラクスに、キラがはっとしたように走りだす。

「ラクス!待って!待ってラクス!!」

手を伸ばすが、ザフト兵に阻まれ近づけない。それでもキラはラクスの名を呼ぶ。ラクス、ラクスとまるで悲鳴のような声で。
ラクスに裏切られたのだと。初めから騙されていたのだと。利用されていたのだと。
そうと知らされても、ラクスからもらったぬくもりが、優しさが嘘だったなんて信じきれなくて。
振り向いてくれたら。その目に先程のような敵意ではない光が少しでも見られたら。
なのにラクスは少しも振り向くことはなかった。

end

リクエスト「「それはささやかな願い〜」で、アスランを傷つけたキラをラクス滅多切り。ついでに自分の罪もなすりつける」でした。
キラを滅多切り…になってないような気が。キラはラクスが裏切っただけで大打撃だと思うのでこれで…ダメですか?(汗)
エターナルですが、本当に返還済みです。ラクスがもしもの時のために準備していたものなので、 ラクスが大丈夫だと判断したのだということなら従います。クライン派も同様に。
AAを宇宙にあげたのは捕縛作戦の一つで、キラ達を放っておく気云々はキラ達側の考えです。
その途中でアスランがあんなことになったので、ラクスは自分で引導渡しに行くことにしました。
本文中に書こうと思って書けませんでした(汗)。入れなきゃ分からない話ですね…。

リクエスト、ありがとうございました!

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