ラクス・クラインが微笑み歌う。戦争で傷ついた人達のために癒しの歌を歌う。
ラクス・クラインが笑って踊る。戦場に赴く人達のために元気な歌を歌う。
嵐のようなスケジュール。けれどラクス・クラインはいつでも微笑み歌うのだ。


名も無き花が愛でるは目を伏せられた夜明けの空

「初めまして、ラクス様」
ラクスにそっくりの少女が微笑むのに、ラクスも強張ってはいたが微笑みを返す。
「初めまして。あなたがプラントでラクス・クラインを名乗っていらっしゃる方ですね」
はい、と少女が小さく首を傾けたが、その姿にラクスを騙った罪悪感など微塵も見えない。
カガリがそれにムッとしたのに気づいたが、キラは少女の様子に不信を覚えた。少女はあまりに自然すぎるのだ。あまりに自然にラクスを装いすぎている。
目の前の少女はまるで初めてAAで会った時のラクスそのものだ。ふわりと微笑む姿もどこか浮世離れしたような雰囲気も、その頃のラクスを思わせる。
演じようとして演じている、そんな感じを受けない少女は過去のラクスがそのまま目の前に現れたような錯覚を起こさせる。
だから可笑しい。少女がラクスで有り得ないことはキラがよく知っている。少女の自然なラクス・クラインは逆に不自然だ。

「お名前をお聞かせいただけませんか?わたくしはラクス・クラインですわ」
「存じ上げておりますわ。お会いできて光栄ですわ、ラクス様」
少女が優雅に一礼する。そして顔を上げるとやはりふわりと微笑んだ。
「わたくしはラクスと申します。姓はありませんの」
名乗り終わった少女に眉を寄せたキラとラクスと違って、カガリが声を荒らげた。
「ふざけるな!」
その声に少女がびくっと肩を震わせてカガリに視線を移した。そしてその顔が怒気に染まっているのを見て、きょとんとしたように瞬きをした。カガリはその様子に苛々したように少女を睨みつけた。
「お前は自分が何をやってるのか分かっているのか!プラントの民を騙してるんだぞ!?ラクスの姿でラクスの声でラクスを騙って、プラントの民を騙してるんだ!それに対して何も思わないのか、お前は!」
「カガリさん!」
ラクスがカガリを抑えようとするが、だが!とカガリは少女から視線を外さない。
「ラクスだって傷ついた!ラクスの名前を姿を勝手に使われて!それでもラクスはお前と話したいって言ったんだ!お前は騙されてるだけかもしれないって!だからちゃんと話したいとお前を庇ったんだ!なのにその不誠実な態度はなんだ!!」

カガリ、と呼ぶキラはカガリの気持ちがよく分かる。自分の名前と姿を使われて、そうしてその相手をプラントの民はラクスと呼ぶ。偽者だと気づかずに。
それはどれほどラクスを傷つけたろう。ラクスはキラ達には何も言わないが傷ついて当然だ。
けれど少女は困ったように片頬に手をあてて首を傾げた。

「そうおっしゃられましても、わたくしは確かにラクスと名づけられておりますし、この姿と声も生来のものですわ」

嘘を言うなとカガリがまた声を荒らげるが、少女がますます困ったように眉を寄せるのにキラは嘘じゃないと思う。
少女は嘘はついていない。ラクスも戸惑ったように少女を見ているかから、嘘なのか本当なのか決めかねているのだろう。

「…ラクスの姉妹、とか?」
少女の言葉に偽りがないとすれば可能性はそれかとキラが洩らすと、ラクスがいいえ、と首を横に振った。
「わたくしに姉妹はおりません」
それは確かなことですと断言するが、どこか声が揺れている。少女も頷く。
「はい。わたくしはラクス様の姉妹ではありませんわ」
ではただの偶然だとでもいうのか。誰かとそっくり同じようにコーディネートなどできない。
髪の色、目の色、確かに顔の造作もコーディネートすることはできる。けれど基となるのはやはり両親だ。両親の遺伝子情報から成るのだから、ラクスにそっくりにコーディネートなどできない。
「ならどういうことなの」
君は何、そうキラが問うた時、カツカツカツと高い音が響いた。そして。

「ラクス!」

よく知る声にキラ達はえ、と耳を疑った。今の声はここに二つある声と同じものだ。つまりラクスの声。
カガリがキラの腕を掴んだ。嘘だろ、そう声が聞こえた。その視線の先には一人の少女。ラクスと少女より濃い桃色の髪の少女がこちらに走ってきているのだ。その容貌はラクス。
ラクスが息を呑んだ。一人のみならず二人もラクスと同じ姿と声を持った人間がいる。

そういえば、プラントでラクスを名乗る少女は、静かに優しく歌う時と元気に踊って歌う時があった。
もしかしてプラントはラクスの偽者を二人も用意しているのだろうか。その時々によって使い分けているのだろうか。

「ミーア」
「ラクス!」

少女にミーアと呼ばれた少女が酷いじゃない!と叫んで、同じ顔の少女に抱きついた。
首に腕を回してぎゅうっと抱きしめるミーアに、少女がぽんぽんと背を叩いた。

「ミーア」
「ミーアも行くって言ったわ!」
「時間が迫っておりましたもの」
「そうだけど!後ちょっと待っててくれたらミーアだって間に合ったもの!」
「その間にラクス様が行ってしまわれるでしょう?」
「うう〜」

首に回した腕はそのままに、ミーアが少女から体を離して顔を上げる。
不貞腐れたように少女を見るミーアに、少女がくすりと笑うと、その髪を優しく撫でた。

「あらあら、可愛らしいお顔が台無しですわよ?」
「それ、アスランにも言われたわ」
「あらあら」

くすくすと笑う少女と、もういいわよ、とまたぎゅうっと少女に抱きついた。
見ていて可愛らしい様子に、けれどキラ達は固まっていた。
今ミーアは何を言っただろうか。アスラン、と言わなかっただろうか。
アスランといえばキラ達はアスラン・ザラが頭に浮かぶ。けれどそのアスランと少女達の組み合わせは可笑しい。
少女達はラクスにそっくりで、片方などラクスと名乗っているのだ。その少女達がラクスの元婚約者であるアスランと知り合っている。
そんなはずはない。アスランは今、行方が知れないけれど、少女達のことを知っていて黙っているはずがない。ラクスを名乗らせたままでなんているはずがない。プラントで活動しているラクス・クラインが偽者だと分かるはずなのだから。
けれど、少女達の言葉はアスランがプラントにいることを示すもので。少女達を黙認していることを示す言葉で。
信じたくない。そう思う心がキラの口を開かせる。

「どうしてアスランを知ってるの」

少女達がキラ達を見た。
一人は不機嫌そうに、一人はふわりと微笑んで。

「わたくし達はラクス・クラインですもの」

知っていて当然ですわ、と二人が声を揃えて言った。

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