一つの扉を前にして怖いの、とミーアがうつむいたのに、ラクスはミーアの両手にそっと触れて、その指を自分の指に絡めた。そして掌を合わせて目を伏せると、静かに静かに囁いた。

「大丈夫。わたくし達は二人一緒でしょう?楽しいことも怖いことも全部全部一緒に分け合ってきたでしょう?」

ミーアがぎゅっと指に力を込める。

「受け入れて、くれるかしら」
「それは分かりませんわ」
「…でも、決めたものね」

ミーアが顔を上げると、ラクスが微笑む。

「はい。二人で守りましょう?」

二人は微笑みあい声を揃える。

「プラントとアスランを」

名も無き花が愛でるは目を伏せられた夜明けの空

「君達はラクスじゃない。だからその理由はおかしいでしょ」
不快そうにそう言うキラに、ミーアがべーだっと舌を出した。
「おかしくないとか言う方がおかしいわよ」
「ミーア」
嗜めるラクスにだってとミーア。カガリがカッとしてお前っと足を踏み出したが、キラが止める。
何で止めるんだとキラを振り返るカガリに、キラがカガリからラクス達に視線を戻す。
その視線が厳しいのにラクスが小さく微笑む。ミーアの言葉が面白くなかったのはキラも同じらしい。
「そうですわね。ラクス様がプラントにいらっしゃらない今、プラントはわたくしを表に出すことにいたしました。わたくしは元々そのつもりで今日までいたのですから、当然のことですわね。そうである以上、わたくしとアスランが会うことも必然ですわ」
「いつからですか」
ラクスが視線を鋭くしたラクス・クラインに首を傾げた。

「初めからですわ。わたくしが生を受けた理由こそが、あなたの変わり。わたくしはラクス・クラインの代替品として造られたクローンですわ」

ひゅっと息を呑む音が耳に届いた。
彼らはクローンが実在することを知っている。先の大戦で戦ったラウ・ル・クルーゼがクローンであったことを知っている。だからラクスの言葉を嘘だと言えない。逆に納得してしまうのだ。
ラクスはラクス・クラインに似すぎている。プラントでピンクの妖精と親しまれたラクス・クラインにあまりに似すぎている。
ラクスはラクス・クラインの代替品。ラクス・クラインに何かがあった時のための代替品。そのために造られた少女。

「な、ぜ、そのようなことを」
ラクス・クラインが真っ青な顔でふらっと足を退いた。同じように血の気が引いた顔をしていた双子が、慌ててラクス・クラインを支えるために手を伸ばした。
何故?とラクスが不思議そうに目を丸くした。ミーアがそんなことも分からないの?と目を細めた。

「ラクス様はすでにラクス様一人の体じゃないの。プラントの心の支えで、プラントの政策に大きく影響している存在なの。だからそのためにラクス様を失うわけにはいかなかったのよ」

ラクスはラクス・クラインの代替品でしかない。だからラクスという名を与えられた。姓がないのも同様の理由だ。いつかラクス・クラインになるかもしれない存在に、姓など必要ない。
それでもミーアがラクスと呼ぶ。笑ってそう呼ぶからラクスはそれを自分自身の名だと思っている。ミーアがラクスがいてくれて嬉しいわと笑ってくれるから、ラクスは笑って生きていられる。

「ミーアは、ラクス様の部品として造られたのですわ」
「なっ」
キラ達が目を瞠って声を失った姿に、今度はミーアが口を開く。
「ラクス様に何かあった時、失った部分を補うために造られたの。クローンなら適合して当然でしょ?」

ミーアは元々姓も名もなかった。部品となるべく造られたミーアは、ラクス以上に名をつける必要性を感じられていなかった。
ミーアの名はラクスがつけたのだ。ミーア・キャンベル、そう名をつけて愛しそうに呼ぶ。だからその名が大好きだ。大切なわたくしの家族、そう微笑んでくれるから、ミーアは笑って生きていられる。

「そ、んな」
ラクス・クラインが力が抜けたように座り込んだ。キラとカガリもつられて座り込む。その顔色は先程よりも酷い。ラクス・クラインは震える両手で自分の体を抱きしめた。

自分が知らぬところで自分のクローンが造られていた。しかもその理由がまた酷い。
ラクス・クラインが失われた時に、ラクス・クラインの変わりにプラントの歌姫となるべく造られたラクス。
ラクス・クラインが損なわれた時に、その部分を補うべく造られたミーア。
二人共が人としての生を受けたわけではない。二人共がモノとしてこの世に生み出されたのだ。
他ならぬラクス・クラインのために。

「そ、んな。わたくしはそのようなこと、望みません。わたくしはわたくしただ一人です。確かにわたくしの影響力を知らぬわけではありません。ですが、だからと言って命を弄んでいいはずがありません!」

酷い酷い酷い。ラクス・クラインに対しても、ラクスに対しても、ミーアに対しても。
これは冒涜だ。生命への冒涜だ。なんという酷いことを。

「そうよね。あたしもそう思うわ。でもね、ラクス様。あたし達はもうここにいるの。ここに存在してるのよ?」
その言葉はあたし達に対する否定。分かっているのかしらとミーアが笑った。
ラクス・クラインが違うのだと慌てて首を振る。そういうつもりではないのだと。
分かってますわ、とラクスが微笑んだ。
「ですがアスランはこうおっしゃいましたのよ、ラクス様」

『すまないが、俺は君達に何と言えばいいのか分からない。どう捉えればいいのかも分からない。ただ君達がラクスとミーアという名で、とても仲がいいということだけは分かった』

そう言ってその時できる精一杯の笑みを浮かべてくれた。
その言葉にラクスとミーアはきょとんと二人そっくりの顔をした後、笑って涙した。

「とても嬉しかったのです。アスランは代替品と部品としてではなく、ラクス様のクローンとしてではなく、わたくし達を一人一人の人間だと肯定してくださいましたわ」

それは何より二人が他者へと求め、欲していた言葉だったのだと、きっとアスランは気づいていない。ただ本当に思ったままを言っただけなのだろう。二人を傷つけないように、言葉を選んで。

怖いの、とアスランに会う前にミーアは言った。存在を否定されたらどうしよう、と。
大丈夫、とラクスは言った。怯えるミーアに自分の怯えも一緒になくすために、二人一緒なら怖くないと。

他の誰よりアスランに拒まれるのが怖いと思ったのは、きっとずっと見てきたからだ。自分達のオリジナルと寄り添い微笑みあうアスランを。あの笑顔を、ずっと。

ラクスはもしかしたらラクス・クラインになるかもしれない存在で。だからラクスとアスランがどこへ行った、どういう話をしていた。そういう細かなことまで教え込まれていて。
だからラクスもラクスにその事を聞かされていたミーアもアスランを身近に感じられるようになっていった。
そうしていつかラクス・クラインを羨ましいと思うようになって。それでもアスランが微笑んでいるならそれでいいかなと思うようになって。
あなたが幸せでいてくれるならいい。側にいけなくても、言葉を交わせなくても。それでもいい。そう思うようになって。
つまり恋していた。アスランの婚約者のクローンである二人は彼に恋していた。だから怖かったのだ。

アスランの言葉に泣き出したラクスとミーアにおろおろとしていたアスランは、あー、うーと唸ったかと思うと、そっと二人の頭を撫でた。
驚いて顔を上げた二人にアスランは微笑んで、大丈夫。そう優しく告げた。それがまた二人を泣かせた。
アスランはきっと何が大丈夫なのか分かっていなかったに違いない、とラクスとミーアは後で笑って言い合ったものだ。

「アスランはわたくし達に笑ってくださいました。ラクスと、ミーアと呼んでくださいました。これほどに愛おしい方が他にいらっしゃるでしょうか」
ねえ?とミーアとラクスが顔を見合わせて笑う。
その笑顔は幸せそうで、アスランのことが本当に本当に好きなのだと思わせるに十分で。だから次に二人から向けられた視線の厳しさに、キラ達は体を震わせた。


「だからこそ、わたくし達はあなた方を許せませんの」


ミーアのみならず、初めてラクスの目に穏やかならざる光が宿った。

二人の婚約は破棄されているのだとアスランは言った。
ラクス・クラインがキラを匿いフリーダムを与えた。その件が婚約破棄に至った理由だという。
それは納得できる。当然の結果だといえる。どこの親が自国を危険に晒すような真似をした相手を息子の婚約者と呼ぶだろうか。
だからラクスとミーアは驚きはしたが、すぐに受け入れることができた。
けれどラクス・クラインはオーブへと降りた。アスラン・ザラはオーブへ亡命させた。そう聞かされていたから、ラクス・クラインの傘下でアスランが戦ったことを聞いていた二人は思った。
実質はプラントを追放されたアスランを、ラクス・クラインが追いかけていったのだろうと。だから今頃二人はオーブで幸せに暮らしているのだろうと、そう信じていた。
なのにアスランから聞かされた言葉は、ラクス・クラインはキラと恋人という関係を築いているのだという事実。
聞けば先の戦争の最中、すでに二人は想いを結んでいたという。それをアスランは仕方がないと言った。俺が馬鹿だったから、そう言った。
俺がラクスをちゃんと見てなかったから。ラクスという人がどういう人なのか、それを見ようとしなかったから。だから彼女がキラを選ぶのは仕方がないと。

二年も一緒にオーブにいたというのに。ちゃんと話す時間が二年もあったというのに、アスランは別れた原因が自分だけにあると思っている。それは二人は婚約破棄について二人で話し合ったことがない。そういうことだ。

そんな、とラクスとミーアは思った。
アスランとラクス・クラインの微笑みあう姿は決して嘘ではなかった。そう思う。
だから互いに想いあっていたように見えたことは思い違いではない。そう思う。

キラと一緒に暮らしていたというラクス・クライン。キラの面倒をただひたすら見ていたというラクス・クライン。
彼女は一体いつからキラに惹かれていたのだろうか。匿っていた時はすでに、というのだろうか。

連合に属していたキラをプラントで匿っていたこと自体、プラントに対する裏切りだ。ザフトに属する婚約者に対する裏切りだ。なのにその上心までも裏切っていたというんだろうか。

人の心は思うようにはならないものだ。分かっている。けれど、と思う。思ってしまう。
あなたはアスランを傷つけた。優しい優しいあの人は、その傷さえ己のせいと目を伏せる。
優しい優しいあの人は、あなたが幸せであるのならと目を伏せる。
けれど仕方がないといいながら、目に諦めと傷ついた光が宿っていたのをラクスとミーアは見た時、


二人は今まで憎いと思ったことがなかった自分達のオリジナルを、初めて憎いと思ったのだ。

end

リクエスト、
「ラクスのクローンのラクスとミーア設定で、アスランとプラントを裏切ったオリジナルを許さない二人」でした。
ラクスの生死はどちらでもいいということで、こうなりました。
もっと長くなりそうだったので、何とか短くおさめてみました(十分長いから)。

リクエスト、ありがとうございました!

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