目に見えるものがぐにゃっと曲がって渦を描く。くらっとする頭を押さえて思わず膝をついた。
耳鳴りがする。頭痛がする。そして頭の痛みと比例して音が大きくなる。
「…っ」
体調がまだ万全ではなかったのだろうか。けれどどうして突然こんな…。
あまりの痛みと耳鳴りに耐え切れず、そのまま意識を失った。


『そこは本当に君が求める未来だろうか』


どこか遠くで聞こえた声は、もう上司ではない人のものだった気がした。


導かれた先に見たものは


アスランが漂いながら宇宙を眺めるのをただ見ていた。
シンとレイとルナマリア。戸惑ったり苛立ったりしながら、けれどアスランから目を離さないようにじっと。

アスランはシン達が知るアスランではない。二歳も若いし、ザフトを脱走したこともないし、英雄でもない。
ある日突然光に包まれて現れたのだ。どこにも傷がない真新しい赤いMSと一緒に。
ZGMF-X09Aジャスティス。 今は禁止された核を搭載したMSは二年前に失われたものだ。
アスランが言うことはとても信じられないもので、けれど彼が現れるところを目撃してしまった以上信じないわけにはいかず。

アスランの記憶はストライクを撃ち、その功績を讃えられネピュラ勲章を受章、特務隊に配属、ジャスティスの受領。 そこまでだと言う。これから国家反逆者である元婚約者ラクス・クラインの足取りを追うはずだったと。
だから彼は知らないのだ。その後ザフトを離反することも、第三勢力の主力として戦うことも、父親が死ぬことも。そして今、復帰したザフトを裏切りロゴスに与して追われたことも。何故かテロリスト認定されているAAと共にいることも。
彼にはまだ関係ないことだとしても、シン達にしてみれば苛立つ。何度も突っかかりそうにもなった。
それを今しないのは、シンが医務室で目覚めた彼に掴みかかって返り討ちにあったからだ。

その時の殺気を冷たい目を三人は今も覚えている。今でもぞっとする。
シン達が知るアスランにはあんな冷たい目を向けられたことはなかった。あんな殺気を向けられたことはなかった。あんなに恐ろしい人だと思ったことはなかった。だから彼はシン達が知るアスランではないのだと思い知った。
そのため離れたところで見ているだけだ。監視、ともいえるか。

そうなったのには返り討ちにあったこと以外にも理由があった。
アスランに対して力で敵わないなら、と嫌味を言えば嫌味が倍返ってきた。あの口下手振りはどこに言ったんだ、と言いたくなるほどすべらかに。しかも嘲笑つきで。
何だこのむかつく男、そう思うが、タリアやアーサーには実に礼儀正しい。それがまた苛立ちを煽る。

そんなシンとルナマリアの憤りを聞いたタリアは言う。悪意に悪意で返しているだけでしょうと。
シン達が知るアスランは受け取るけれど、目の前にいるアスランは鏡のように返すのだと。
それが年の差なのか、経験の差なのか。それとも置かれている状況の違いなのか。
それは分からないが、シン達が知るアスランが許してくれたことを彼は許さないのだということは確かだ。

けれどこれから一緒に戦うことを上から指示されている以上、これ以上の関係の悪化はよろしくない。
レイやアスランは仲が悪かろうと仕事はこなす。問題はシンとルナマリア。
タリアが頭を抱えていたことまでは知らない二人は、レイに諭され関わらない方針にしたらしい。
けれど気になる。またあの人みたいに裏切るんじゃないか。そのための監視。
それに気づいているだろうに、アスランはまるで無関心。関わってこなければそれでいいと言わんばかり。

「本当に同一人物なのかよ」

ドッグ・タグには『Athrun Zala』。フィジカルデータも完全に一致。
アスランの情報――名前、生年月日、家族構成、経歴もすらすらと語られ、ザフトが把握しているものと何ら変わらない。
評議会は旧最高評議会議員であり、パトリック・ザラの片腕であったエザリア・ジュールなどといったザラと親しい者達から情報を提供させ、それをもって確認とさせたが、アスランが違う回答をすることはなかった。
だからアスランは彼が現れた不可思議な現象もあわせて、アスラン・ザラで間違いがないとされたのだ。
そうと分かっていても呟かずにはいられないシンの言葉を否定するものはいなかった。


* * *


「ストライク、フリーダム…キラ、ヤマト」

殺したはずだ。確かに殺したはずなのだ。
ミゲルを殺したキラ。ニコルを殺したキラ。もっと早く割り切っていればニコルは死なずにすんだのに。
そう自分への怒りとキラへの憎しみに支配され、キラを殺した。そのキラが生きている。

「イージスで捕りついて、自爆コードを押して、脱出した」

炎を上げるイージス。巻き込まれたストライク。それを見た。
なのに生きている。生きて、いる?
それを聞いた時の感情は何だろう。嬉しかったのだろうか。悔しかったのだろうか。憎かったのだろうか。分からなかったけれど。

「フリーダム、アマルフィ議員が平和のために、ニコルを失った悲しみを、これ以上の犠牲を失くすために、願いが込められた」

それをキラが。キラが、ラクスが。プラントを守るための剣、を。
そしてこれから先の自分が、同じ祈りを願いを乗せた機体を持ってプラントに剣を向けて。

「殺されたから殺して、殺したから殺されて。それで最後は本当に平和になるのか…か」

アスランを助けた少女の言葉。自分がザフトを離反するなど信じられないけれど。父を裏切るなど信じられないけれど。
平和のために。このままではいけないから。憎しみが憎しみを呼んで。終わらない連鎖。
そう思えばああ、と納得できる話ではあるのだ。考え難いけれど、それでもキラを殺したと嘆き苦しんだ今の自分であれば。
キラとラクスも、アスランが知る彼らならと納得できる気もする。
平和の歌姫とプラント中から慕われ、平和を歌っていた少女と優しくてお人よしで泣き虫で、けれど守りたいと叫んだ幼馴染。
フリーダムの強奪という乱暴な手は、どうしてもアスランの知るラクスとは重ならないけれど。

「だが、本当に俺の知る彼らなのか?」

父の暴走。死。その先に訪れた平和。アスランはオーブへ亡命。消えたラクスとフリーダム。
再び戦端が切られ、現れたフリーダム。オーブ代表を結婚式場から攫って、連合とザフト双方に被害を去って行った。
旗艦はAA。アスラン達が足つきと呼んでいた戦艦。乗っているのはオーブ代表、アスランを助けた少女とキラ。後にザフトのシャトルを強奪したラクスがフリーダムに守られていたことから、ラクスも乗艦していたと思われる。

それだけでも信じられなった。彼らが、幼馴染が、元婚約者が、アスランを助けた少女が。
なのに。

「新しいMSの開発…条約違反の、核。これも、願いが?平和への、願いが?」

ユーリと同じ願いを乗せて作られたのだろうか。けれどどうしてもユーリほどの悲痛なほどの強い願いを感じない。
二年の間、姿を消していたラクスが開発した核搭載のMSが二機。
コーディネーターの願いを名前とした機体、フリーダムとジャスティスの名を冠する機体。
ストライク・フリーダムとインフィニット・ジャスティス。攻撃する自由と無限の正義。

「平和への、願い?」

眉を寄せる。分からない。その行動からもそのMSの名前からも読み取れない平和への願い。
この二年の情報が自分の記憶にはない。まだ経験していない時間だからだ。
だから他人から聞いたこと、調べたことだけが全てだ。

記憶と重ならない幼馴染。記憶と重ならない元婚約者。記憶と重ならない少女。

感じるのは困惑と…嫌悪。




『そこは本当に君が求める未来だろうか』




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アスランは元々他人に無関心だと思ってます。身分が身分ですし、近寄ってくる相手も無条件で受け入れられないし。
なので関わってこなければ放っておきます。赤服三人に冷たいのは敵意で接してくるからです。
語ると長くなるので補足はこのくらいで。

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