「噂、疑念。そんなのはちょっと種を落としてやれば勝手に広がる。 例えばピンクのお姫様の行動が可笑しい。どうやら全てはオーブのユニウス条約違反を世界に知らしめるための行動だったらしい。 例えば平和の国のお姫様の行動が可笑しい。どうやらオーブのためにAAを手土産にプラントに交渉しようと考えているらしい」

ネオが口元を上げて笑う。腕の中にはステラ。視線の先にはアスラン。厳しい表情でネオを見ている。

「欲しかったんだろ?種を蒔く人材」


蒔いた種が発芽する


ムウ・ラ・フラガ。二年前に死んだ男がネオなのだという。
姿形、声だけならばともかく、フィジカルデータまでもが同じなのだというから、それは確実だろう。
けれどネオにはネオ・ロアノークとしての記憶がある。ムウ・ラ・フラガとしての記憶がない。
だからこそ確かな証拠を見せられても納得できなかった。納得したくはなかった。ネオが偽りであったなどと。
だがそうして日々が過ぎていくうちに違和感を感じるようになった。
知るはずのない情報を当たり前のように知る自分がいた。それがネオではないムウの記憶だと気づいた瞬間、恐怖した。ムウがネオを侵食するかのような錯覚を覚えた。ネオが消えていくような気さえした。
ネオが偽りであったと認めたくなかった。ネオを失いたくなかった。今のネオにとってネオの記憶は自分の人生だ。今のネオにとってムウの記憶の方が異物なのだ。
なのにムウ、ムウさん、フラガ少佐。この艦で目が覚めてからずっとそう呼ばれている。ステラが側でネオと呼んでいてくれなければ、ネオ・ロアノークを見失ってしまいそうなほど何度も何度も。まるで洗脳のように!!

だめだ、この艦は危険。危険危険危険!!

「ネオ」

くいっと腕を引かれ、はっとする。視線を落とせばステラ。
アスランと一緒に医務室にいたはずなのに、いつの間にブリッジにきたのだろうか。
いつの間にやらアスランにすっかり懐いてしまったステラは、ネオがいない時はアスランから離れないというのに。
「アスランはどうした?ステラ」
くしゃっと髪を撫でてやると、ステラが嬉しそうに笑った。よし、今日も可愛い。
「ネオ、オーブのお姫様がきた」
「ああ。泣きつきに行ったのかねえ」
だからアスランの側にいるステラにネオのところに行くように言ったのだろう。ステラがいればアスランに泣きつけないから。
そんなネオにステラのなのに、と拗ねた様子に内心複雑だ。
ここまで懐かなくてもと思うのは、娘が彼氏を連れてきた時の父親の心境だからだろう。
もてる男は辛いねえ、とわざと軽口を叩けば、ムウ、とマリューが険しい顔で呼んでくる。
「大丈夫なの?アスランくんは優しい子よ。カガリさんが泣けば…」
「だが心を決めたアスランは強いさ。普段が普段だから気づかないんだろうが、侮れない。 さすが政治家の息子、元クルーゼ隊のエース。そう絶賛したくなるぜ?」

今AAクルーとカガリ、キラ、ラクスとの間に不和が生じている。
これ以上AAの勝手を許すわけにはいかなかった。そのためにザフトから送られてきたアスラン。
自分の恐怖から逃れるためにこの艦の存在を許せないネオ。その二人が手を組んだ。

AAの厄介なところはたくさんの人が乗っているというのに誰もが同じ意志を持っている、異議を唱えるものがいないというところだ。
もっと詳しくいえば、ラクスの意志がキラの意志で。その二人の意志がAAクルーの意志なのだ。
カガリもカガリでその意志に流されている。それはAAの強みだ。けれど同時にそこを突けば脆く崩れるということ。
だからアスランとネオはAAクルーをその絶対ともいえる意志から引き離すことにした。
そのために必要となるのがAAクルーとキラ達を引き離すために、彼らの仲を裂くために必要な不信の種を蒔く誰か。

この役目はネオの方が適任だった。アスランは根本的なところ信用されていないからだ。
キラ達はアスランが自分達のところにいるのは当然だと思っているが、自分達とは違うものと捉えているところもある。
それはアスランがキラ達に賛同するまでに時間がかかるからだろう。
賛同するまでに彼は眉を寄せる。時には背を向ける。最後にはキラ達に賛同するものの、そういう経緯を辿らない限り賛同しない。
だからアスランが不信の種を蒔くことはできない。蒔いても種は土の中で眠るだけだからだ。
けれどネオは違う。ネオはムウだ。彼らの賛同者。敵対したのはネオであってムウではない。 そしてネオは洗脳によって生まれた存在で、今ここにいるのはムウ。その事実がキラ達にネオを警戒させない。
だからこそマリュー達は信じたのだ。ネオの言葉を。でも、とラクス達を庇いながらも結局は。
真剣な顔で、信じたくないと言わんばかりに眉を寄せて重々しく口を開いた。それだけで彼らはラクス達に疑念を抱いた。

AAが本当ならば廃棄されていなければいけないことはマリュー達も知っている。
それをオーブが、カガリが修復したのだ。地球連合軍の所有の艦であるというのに返還することもせずに。
そして一緒に修復されたフリーダムは元々はザフト所有のMSだ。しかも今となってはユニウス条約で禁止されている核搭載のMS。

後ろ暗いところばかりのこの艦を、ラクスが外に出すためにラクス暗殺を仕組んだのだと。
そんなはずはない。ラクスはそんなことをしない。キラを癒すためにオーブへ降りたのだから。
それは正しい。けれどカガリがAAとフリーダムを修復すると言い出したせいで、ラクスの目的が加わったのだ。

カガリもカガリで、今オーブと自分が危うい立場にいることは分かっているはずだ。
カガリが不在の間の出来事とはいえ、オーブが世界が敵としたジブリールを匿い逃がした事実は消えない。
そもそもこの大事に代表が不在であったなど、外聞が悪いにもほどがある。ならばどうするか。
そこで出た結論がAAの引渡し。ザフトに地球連合に本来ならば出なかったかもしれな犠牲を出したAA。
それを引き渡すことによって、オーブに対する糾弾を弱めてもらおうと。
カガリはそんなことはしない。それにそんなことをすれば逆に嘲笑の対象になるだろう。
それは正しい。けれどこのままではオーブはどうなる?世界の国を敵に回したままだ。

マリュー達が突っ込む要素はあるはずだ。ラクスやカガリをよく知っているのだから。けれどマリュー達は黙った。ネオの苦しそうな顔、辛そうな声。そして時折荒らげられる言葉に呑みこまれたのだ。
何よりネオ、マリュー達がよく知るムウが言ったのだ。マリュー達はラクス達への疑念を消せなくなった。

ステラがぎゅうっとネオに抱きついた。側にマリューが寄ってきたからだ。
ステラはマリューをあまり好いてはいない。マリューだけではない。ネオとアスラン以外が側に寄ればいつもどちらかに抱きつく。
マリュー達を信用していないからか、それとも二人を取られると思っているからか。
安心させるようにぽんぽんと背を叩いてやって、ぎゅうっと片腕で抱きしめてやればもっと強く抱きつかれた。

「でもムウ。アスランくんにとってラクスさんは元婚約者、カガリさんは恋人なのよ? そう簡単に割り切れたりするかしら」

簡単に、とマリューは言うが、そうと決断するまでにどれだけの苦悩と葛藤に悩まされただろうか。
マリューの疑念はもっともなことではあるが、ネオとしてはアスランに対する気遣いがない艦だと再認識させるだけのこと。
気遣っているようで気遣っていない。それにマリューは気づいていない。
今のアスランの立場がキラだったなら、どれほど辛いでしょうね、とうつむいたろうに。
やはりこれはアスランとキラの元々の立ち位置のせいだろうか。そんなことを思いながら、ネオは苦い表情を作って笑った。

「ラクスは婚約者が軍人だと知っていた。知ったうえで反逆した。婚約者の立場がどうなるか、考えたのかねえ?そして再会した時は幼馴染と恋仲。カガリは恋人と言いながらも、実は婚約者がいた。これはアスランにとって二人目の裏切りだ。 婚約者と恋人に裏切られ、それでも二人を責めもせずにただ微笑んで」

そんなアスランなら、その二人の過ちをもう見逃せないと思っても仕方がないと思わないかと問う。
裏切られてもなお見守り続けたアスランなら、この艦を裏切ろうとしている二人の元恋人達を止めようとしても可笑しくはないだろう。そう言えばマリューが目を伏せた。

女は恋愛が絡んだ話に弱い。ネオはそう思う。
だから恋愛に絡めて綺麗な理由をつけて示してやれば、マリューはそうねと頷く。優しい子だものね、と。
そうだなと頷きながら、ネオはその優しい子がこの艦を裏切ろうと思うほど追いつめたのはお前達だろうにと嘲笑った。


* * *


カガリが泣く。どうしてどうしてとアスランの腕の中、その体に縋りついて泣く。
背を抱く恋人の目が酷く冷えていることに気づかずに、どうしてと叫ぶ。

「分からないん、だっ、いきなり、いきなり…!」

マリューがカガリ達の意見に眉をひそめるようになった。賛同してくれなくなった。
それをすればどうなるのか考えたかしら?と。それはもう少し検討した方がよくないかしら?と。それをするのならばこちらの方がよくはない?と。今まで微笑んで頷いてくれていたマリューが何故か急に。

戸惑った。カガリだけでなくラクスもキラも。
どうしてと聞いても、私はこう思うからよと返る。艦長としてクルーの命を守る責任があるの。だから不安を覚える作戦に賛同はできないわと。
マリューだけではない。他のAAクルー達も困ったようにカガリ達を見るようになったのだ。

どうして。

「何でなんだ!私達は何も間違ったことをしようと言っているわけじゃないんだ! このままじゃ世界はデュランダル議長に支配される!このままじゃ人から意志を奪う政策が世界を支配してしまう!」

だから止めようと言っているだけなのに!!
そう言って泣く。アスランが一言も声を発していないことに気づかずに、アスランが悲痛な表情をしていると信じて。

そんなカガリを見下ろして、ああ、とアスランは思う。キラも同じことを言っていた。
皆、話を聞いてくれなくなったんだ。それにラクスやカガリによそよそしくて…。僕には時々、ちゃんと考えて、キラくんって。
そして泣き出しそうな顔で言ったのだ。

君は分かってくれるよね?僕らは間違ってないって。

頷くのだと信じた問いかけに、ああ、キラ、と微笑んだアスランの腕の中、ステラがぎゅうっと抱きつく腕に力を入れたのを思い出す。
胸に痛みが走った直後のことだったから、それを悟られたのかと思ったものだ。
今、ステラはいない。カガリが外に出してしまったし、アスランも行っておいでと言ってしまったから。
なのに今ここにあのぬくもりが欲しいと思う。今腕の中で傷ついて泣くカガリのぬくもりではなく、何も言わないけれど優しいぬくもりが。
だって時間が経てば経つほど胸が苦しい、痛い。喚いてしまいたくなる。

俺だって泣きたいんだ。

信じてくれなかったくせに。ザフトに戻ったことを責めたくせに。AAのことを黙っていたくせに。
なのに自分達に都合のいい時ばかりアスランを信じているのだ。否定されないと思っているのだ。

「大丈夫だ、カガリ。もうすぐ終わるから」

その苦しみはきっともすぐ終わるから。
そう囁いて、天を仰ぐ。




だって、ほら。大天使は翼を失ったのだから。

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