幸福なる世界のために




カツカツカツ、と二つの足音が廊下に響く中、アスランがため息を吐いた。
ちらっと隣を歩く男の腕にかかるコートを見る。
部屋を出る時に拾おうとしたアスランに先んじて拾ったまま、クルーゼはそれを返してくれない。
普段はそんな格好はしないのだから、たまにはいいだろうとのことだが、アスランは落ち着かない。
早く女性としての自分に慣れるためにとスカートを穿くようになったが、全てロングだ。
だから確かに今の自分の姿が珍しいのは分かる。分かる、が。

「諦めが悪いな」
「悪いですよ。だから返してくださ」
「この先一生ないかもしれん機会だ。我慢したまえ」
「うう・・・」

取り付く島もない恋人に、アスランはいい笑顔で軍服を手渡してくれたデュランダルを思い出す。
クルーゼにどう言われて計画を断念したのかは知らないが、それに対する八つ当たりが入っているのではと思うような笑顔だった。

『君が女性であると彼らに知らせるのだろう?そのために髪を下ろし、体の線がはっきりするものをまとうと聞いたよ?
ならばこれが一番ではないかな。それにここに民間人の女性がいることはおかしいだろう?
普通なら民間人に軍服など渡しはしないのだが、君は元々軍人であるし、ザフトに協力してくれたというしね。
特例だ。安心しなさい』

できるか、とまさか最高評議会議長に言えるはずもなく。
恋人が酷く愉しそうにその様子を見ていたのを、恨めしそうに睨むことしかできなかった。

「さすが、あなたのご友人ですね」
類は友を呼ぶ。ああでないとこの人と友人関係など築けないだろうな、と心底から思う。
それにクルーゼが笑う。
「同じことをデュランダルに言ってみたまえ。面白い反応が返ってくるだろう」
「言えるはずないでしょう」
相手を誰だと思ってるんですかと睨めば、私は言えるがとしらっと返してくる。
それにもういいです、と顔を背けて窓から空を見上げる。
作り物の空。地球の空に似せて作られた空。けれど美しい空。
それに目を細め、地球の空からユニウス・セブンが落ちてきたことを思い出す。
その時の気持ちは今も覚えているが、キラ達の行動を知った時の衝撃もまた鮮明に覚えている。

復興途中の地球で、オーブ代表が結婚式の最中にフリーダムに攫われたと報道が流れた。
オーブは否定しているというが、それからカガリが公に現われることはなかった。
傷つき、不安の中にいるオーブの国民に明るい話題を、という意図の結婚だっだのだろう。
国民が慕う代表の結婚式だ。その意図通り、さぞかしオーブ国内は歓喜に満ち溢れていただろう。
それを攫っていったフリーダムは、国内に混乱と衝撃を残して去っていった。
次にカガリが姿を現わしたのは、ザフトと連合の戦闘の最中のこと。
己をオーブの代表と名乗り、連合と合流していたオーブに戦闘停止を命じた。
連合からの脱走艦を従え、禁じられた核を搭載したフリーダムに守られて。それも一度ではなく何度も。

彼女達が何故そんなことをしたのか。アスランには分かった。
戦闘を止めたい。ただそれだけだ。
それが間違いだなどとは思わない。ただやり方を間違っていると思った。
オーブを戦いから退けたいのならば、カガリはオーブにいるべきだった。オーブでがんばるべきだった。
国にいない行方不明の代表。攫われたはずの代表。それが攫ったMSと共に現われ、命じる。不信が生まれて当然の行動。
現にオーブの国民から、他の国から不信の声が上がった。
攫われたのではなく、攫ってもらったのではないか。結婚から、オーブから。
自分ではどうにもならない現状から、彼女は仲間の手を借りて逃げ出したのではないか。
それを知ることなく、彼女はフリーダムと行動を共にした。
連合に、ザフトに被害を出して、戦闘停止を呼びかけ、オーブには傷つけることなく国へ帰れと命じた。
その行動こそが自分の代表としての命を、オーブの命を縮めることになるというのに。

そんな中、元の生活とまでは行かなくとも、何とか生活できるようになったアスランは、
キラ達が出す被害をどうにか止められないだろうかと思うようになり、クルーゼまでも巻き込んで宇宙に上がることになった。
二人共が死んだ人間だ。それ故、目立たないように影で行動することになったが、その際の助けになってくれたのがイザークとディアッカだ。
彼らを巻き込もうと言ったのはクルーゼで、やりとりのほとんどもクルーゼが行なったのだが。

彼らに雇われる形でキラ達の出すつもりも出した覚えもない被害の後始末や、阻止を行なっていくうちに終わった戦争。
アスランとしてはその後もキラ達に会うつもりはなかったのだが、クルーゼが面白いだろうと提案した。
こちらが苦労させられた分の代価くらいはもらっても罰は当たるまいと。
アスランの生存。アスランの真実。クルーゼの生存。そしてアスランとクルーゼの関係。
どれをとってもキラ達への衝撃は大きいだろうに、全てを彼らに明かす。それはどれほどのものを彼らに与えるだろう。
アスランがキラ達の行動に憤った以上に、クルーゼは自分達の平穏を壊した全てに憤り、その代償をキラ達に求めるつもりらしかった。

キラ達に会うということは、自分にどういう影響を与えるのだろうと思っていたが、実際に会ってみても何も揺れることがなかった。
キラは幼馴染なのに。ラクスは婚約者であったのに。
どうやら彼らへのこだわりは失せ、彼らへの思いもまた強いものではなくなっていたらしかった。
それが時の流れか、それとも彼らとの価値観の差を知ったからか。
そんなことを思いながら歩いていると、クルーゼがアスラン、と呼んだ。

「プラントに戻りたいかね?」

え、と驚いて振り返る。ラウ?と首を傾げれば、クルーゼが空を見上げた。
「デュランダル、レイ、イザークにディアッカ。他にも我々が生きていることを知る者がいる今、
今までのように地球で暮らす必要もないだろう。望めばプラントに居を構えることができる」
足を止め、アスランを見下ろすクルーゼに、アスランも足を止めてその顔を見上げる。
「君はプラント生まれのプラント育ちだ。プラントこそが君の故郷だ。誰よりも君を愛したご両親が生きた地だ」
「・・・ラウ?」
突然何を言い出すのか、と眉を寄せる。

確かにプラントはアスランの故郷だ。地球で暮らしていても、時折懐かしくなることもあった。
けれどどうしてそこに両親が出てくるのだろう。
アスランにとって両親とは愛すべき人だ。けれど逆は分からない。
母は確かに愛してくれていたと思う。けれど父はどうなのだろうか。
女として生まれたアスランを、ザラの跡継ぎほしさで男と偽り、それを強いた父。
いつも厳しく、優しい言葉一つかけてはくれなかった父。
父が男として、ザラの後継としての自分を望むのならとがんばった。父の望みに応えたかった。父によくできた子と思ってほしかった。
けれど結局、父は一度もアスランを見ることなく逝ってしまった。

「君がAAへ行き、私も最後の出撃となる前にお会いしたのだよ」
「え?」
目を丸くするアスランに、クルーゼが手を伸ばし、髪を梳き、笑みを浮かべた。


「君のお父上は、君と私のことをご存知だったよ、アスラン」


「え」

「退室する直前だった。君を頼むとおっしゃられた」
聞き間違いかと振り返ったが、パトリックはクルーゼに背を向けていた。
聞き返すこともないかと思ったが、再び声が飛んできた。

『一時の気の迷いなど、あれにしてみれば迷惑でしかないが。
あれが成長する姿をみ、シーゲルの娘が娘らしくなるにつれ、後悔ばかりが押し寄せた。
あれはどういう気持ちでシーゲルの娘を見ているのだろうと。恨まれて当然だ。嫌われて当然だ。
だというのにあれは私をまっすぐに見るのだ。私の期待に応えようと、最高の成績を修めてくる。
それが誇らしく、だが何より今更ながらに罪の意識に押し潰されそうになった。愚かな父を持ったがためにあれは、
プラント全土を偽るという罪にその身を置いた』

アスランが目を見開いたまま固まる。
パトリックがそんなことを思っているなど知らなかった。思いもしなかったのだ。
何をお考えなのだろうと思いはしても、後悔をしているなど、罪の意識を覚えているなど思いもしなかった。
しかもアスランに対して。
クルーゼが私も驚いた、と話を続ける。

『あれが誰かに想いを寄せていると気づいた時。相手もあれを想っているのだと気づいた時。
勝手だが連れて逃げてはくれないだろうかと思った。偽りはいつか知れる。確実に。
ならばその前に、あれが責められ傷つけられる前に、あれを連れて逃げてはくれないだろうかと』

パトリックは己を嘲るように笑った。
そのまま黙ったパトリックに、クルーゼは一言だけ問うた。

『よろしいので?』

こんな男で構わないのか。娘を連れ去っていって構わないのか。
否と言われたところで構いはしなかったが。
パトリックは振り向くことなく、頷いた。

『構わん』

「父、上が・・・?」
クルーゼが頷いて、手を動かした。
何、と思うアスランは、離れたクルーゼの指が濡れていることに気づいて自分が涙を流していることに気づく。
「あ・・・」
そうと気づけば涙ばかりでなく嗚咽も洩れる。止めようと思っても止まらない。
そんなアスランを抱き寄せて、クルーゼはどうする?と聞く。
「プラントに戻るかね?」
ふるふると首を横に振る。
ちきゅうに。いえに、かえりますと途切れ途切れに答えて。

プラントは好きだ。けれど全てを捨てた自分達と縁が深い場所だからこそ避けて地球へ降りた。
今は自分達の生存を一部とはいえ知る者達がいる。それを頼ればプラントに戻ることもできるだろう。
けれどアスランにとっては、二年の間暮らした地球もまた帰る場所だった。クルーゼと二人、作り上げてきた居場所だった。
両親との思い出は胸にあり、プラントの地もまたいつか踏むことができるだろう。
だから、地球へ。

クルーゼはそうかと頷くと、もう言葉を紡げずにただ縋りついてくる恋人に、では帰ろうかと囁いた。
君がプラントに帰りたいと言えば、デュランダルを脅しても構わんと思ったのだがなと笑う声に、
やめてくださいと言う代わりに、その体を強く強く抱きしめた。

end

ようやくの完結です。予定より倍長くなりました(え)。
リクエスト内容ですが、

・クルアス♀恋人設定。後取り息子欲しさのため、レノアの反対を押し切り男として育てられる。
・ラクスとの婚約も性別の虚偽がバレないようにするためで、ラクスもアスランの性別を知らない。
・いずれ二人の関係がバレ、引き離されると考え戦争を激化させ
クルーゼはキラに、アスランはジェネシスでジャスティス自爆によって死んだと見せかける。
・地球で暮らしていたが、突然の開戦に怒り、イザークたちと連携して、ギルバートの計画(ミーア込み)を阻止。
オーブと連合を黙らせ、同盟を結ばせた後で盛大に全てを暴露。
・クルアス♀で最強カップル。

ということでしたが、どれだけ応えられたのか・・・。肝心なところはスルーした気もします。あ、ミーア忘れた(汗)。
パトリックのことは私の好みです。実は一番書きたかった(え)。

リクエストありがとうございました。

・・・three years after


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