幸福なる世界のために




地球の夏は暑い。
プラントではあらかじめ設定されている温度の中で過ごすが、地球は予想がつかない温度の中だ。
髪をまとめて結い上げているため、アスランの剥き出しの白い首筋を汗がつたう。
地球に降りてきて結構な時が流れたが、この蒸し暑さはいまだに慣れない。
まあ、近所の住人の反応を見ると、皆アスランと似たり寄ったりなので、慣れる人間などいないということだろうか。
そんな暑い中、アスランは隣人からもらったスイカでも切ろうかとふらふらっとキッチンへと向かった。
けれどそれはリビングへと入ってきた恋人によって止められた。

「ラウ?今日は一日寝てらっしゃるんじゃなかったんですか?」
「その予定だったんだがね」
少し思い出したことがあったのだと起きてきた理由を口にするクルーゼに、アスランはならスイカ食べますか?と尋ねる。
「いや、その前にアスラン」
「はい?」
ああ、この人が起きてきたならクーラーつけようかな、と視線をリモコンへと移す。

何故か今日はクーラーなしで生活してみようと思って実行していたのだが、クルーゼはそうかと頷くなりクーラーをつけるだろう。
それぐらいならいっそ自分の手でつけてしまえ。確かに意味があって実行しているわけではない。
ただ朝から昼前までそれできたら引っ込みがつかなくなっただけだ。
だから別に構わないのだが、それでも少しはその意志を汲んでくれてもいいんじゃないかと考えるアスランは、暑さで頭がふやけていた。
だが、次の言葉で頭がはっきりとする。


「デュランダルが議長を辞任するそうだ」



「は?」

アスランが、どうして、と目を丸くしたのに、クルーゼがああ、と何でもないように頷いた。
プラントの最高評議会議長を務めるデュランダルが引退する。
まだ公にはなっていないが、それはもうすぐそこまできている話だという。
「ですが、議長の国民人気は盛り上がる一方だって」
ディアッカがそう言ったのを聞いた日はそう遠くない。
「惜しまれているうちに退場するそうだ」
「え?」
「よく言うだろう。人気が絶頂である時にやめることが最良だと」
「・・・そうなんですか?」
首を傾げると、クルーゼが笑う。
「デュランダルが政界に身を置いたのは、ディステニー・プランを実施する機会を得るためだ。
だがその機会はもう逃がした。これより先、計画を世界に提示することは難しいだろう」
だから、とクルーゼが愉しそうに愉しそうに口元を上げた。

「研究に専念することにしたそうだ」

研究、と呟いて、アスランはデュランダルが元々は遺伝子工学を専攻していたことを思い出す。
もしかして、とクルーゼを見る。
「ラウ、の?」
「本人曰く、レイのためだそうだ」

『今まで私を慕い、黙ってついてきてくれたレイに、私は何をしてやれただろう。
あの子の寿命は長くはない。私はあの子が可愛い。大切だよ、クルーゼ。少しでも長く生きてほしい。
今更ではあるが、本格的に研究を始めようと思うのだよ。今までも研究は続けていたが、私自身が関われる時間はなかったに等しい。
私は私の手で、あの子に長い時を与えてやりたい。ああ、そうすると必然的に君にも役立てることになるね。
君の恋人になるという奇特、いやいや偉業を成し遂げてくれたアスランが泣くことにならないよう、がんばるとしよう』

あくまでクルーゼはついでだと言わんばかりの友人は、どうやら三年前のことを根に持っているらしい。
計画を断念させられたことではなく、素直に祝福させてくれなかったことですとレイがこっそりと教えてくれた。

そういうクルーゼに、そうですか、とアスランが微笑む。
デュランダルが議長を辞めることを惜しいと思うのは本当だ。
けれどクルーゼの命が永らえるかもしれないという喜びの方が大きかった。

発作を起こす姿をこの目で見たことが何度もある。
苦しむ姿も、辛いくせに何でもないと言う姿も、身の内を渦巻くだろう心身共の痛みもアスランには分からなくて。
共有することができない、何もできない。それが苦しかった、痛かった。
そして、怖かった。
クルーゼを失う日が近づいていると。そう遠くない明日、自分は何もできないままクルーゼを失うのだろうと。
クルーゼの命が短いことは聞いていた。それでも共にいることを望んだ。それでもやはり怖くて。
だから確かなことではないが、それでもクルーゼが生き永らえられる可能性が高くなることが嬉しかった。

「そういうわけだ、アスラン」
「はい?」
何がそういうわけ?と首を傾げる。
「デュランダルは自分に一区切りつけるためにもいい頃合だろうとな。それに倣って私も一区切りつけようと思うのだが」
「はあ」
何をどうつけるのかは知りませんが、どうぞ。
そう言おうとして、あれ?と気づく。
「お出かけですか?」
「ああ」
へえ、とクルーゼが車のキーを手にしているのを見ながら頷く。
「一区切りに関係が?」
「結婚指輪を買いに行くか、アスラン」
「そうですね・・・・・は?」
何か聞いた。そう思いながら固まったアスランの視界にあるクルーゼの手が動いた。チャリッとキーが音をたてる。
クルーゼの手の中、遊ばれるキーを見ているアスランに、クルーゼが愉しそうにその格好で行くのか?と聞く。
「・・・と、言いますと?」
「君がいなくてどうする。私は君の指のサイズも知らなければ、指輪自体詳しくもないのだが?」
いえ、私も知りませんとアクセサリーに興味がないアスランは心の中で答えるが、体は固まったままだ。
そんなアスランの頬を両手で包み込んだクルーゼは、無理やり顔を上げさせる。

ああ、ものすごく愉しそうだ。

「デュランダルがついでとはいえ生かしてくれるというのでな。
奴にプレッシャーをかけるのも面白いと思わないかね?まさか妻帯者に向かって間に合いませんでしたとは言えまい?」

「あ、あなたという人は・・・」
何て素直じゃないんだ、と思う。
もっと普通に結婚しようだとか、幸せにするだとか。
クルーゼが今言ったことは、捻くれて分かりにくくはあるがそういうことだ。
アスランはため息をついて、けれど微笑む。
今までの関係に不満があったわけではないし、結婚という行為に憧れたこともない。
ずっと一緒にいる。それが何よりの望みだったから、恋人のままでも十分だった。けれど嬉しいことに変わりはない。

「分かりました。協力します」

その言葉にクルーゼが満足そうに笑う。そしてそのまま下りてくる唇を受け止めて、







普通にプロポーズされた方が、何を企んでるのかと疑ったかもしれないと思った。

end

寿命のことは完全に解決したわけではありませんが、前向きに考えましょうという話でした(違う)。




ギルアスでも同じ様にプロポーズしたのに、何この差。

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