幸福なる世界のために




波打つ金の髪がアスランの顔を隠す。
見えないけれど分かる軽い接触の後、こちらを見た目の色は青。
キラがびくっと肩を震わせる。それに気づいたラクスがキラ?と恋人を見上げると、その顔色は蒼白。
「な、んで」
キラの震える声に、アスランが小さく微笑む。


「受け入れられるか?」







「何であなたが生きてるんだ!ラウ・ル・クルーゼ!!」







アスランとクルーゼ以外の目が見開かれた。
ラクスが言われてみればと納得し、同時にキラの傷が開いたのではと心配になる。

守らなければいけない少女だと言っていた少女をキラの目の前で殺した相手が。
キラがその手で殺した相手が。

アスランを腕に抱いて、キラへと愉悦の笑みを浮かべた。

「どういうことなのです、アスラン!」
今度はラクスがキラを抱きしめ、その肩に顔をうずめたキラの背を優しく撫で、その目でアスランを批難した。
「死を偽装してまでも共にいたかった恋人です」
「彼は世界を滅ぼそうとしたことをご存知でしょう!」
「ええ、事前に全て聞いていましたから」
部屋の中の時が止まった。
その中でクルーゼの片手がアスランの髪を掬う。そしてそのまま口元に寄せて口づける。
「けれど止めると約束しました」
「な、にを・・っ、言っているのか、分かってるのか・・・!お前!!」
カガリがアスランの胸倉を掴もうと手を伸ばすが、その手はクルーゼに掴まれ辿りつけない。
カガリさん!とラクスの声が聞こえる中、カガリは手を解こうとするがびくともしない。
代わりといわんばかりにカガリはクルーゼを睨み、そしてアスランを睨みつけた。
「だったらもっと早く止められただろう!そうすれば犠牲はもっと少なかった!そうできたはずだ!」
失われた命は多かった。奪った命も多かった。
それが回避されたかもしれなかった。その機会を与えられながら黙認したアスランが許せなかった。

「愛する者を手にしながらなお静まらぬ憎悪を抱いていた。愛する者を腕に抱いてなお呪う言葉は変わらなかった。
それほどの深い憎悪を私は解放することにした。その憎悪に身を浸し、呪いを世界に放とうと決めた」

クルーゼがぐいっとカガリの腕を引く。よろめいたカガリの体を支えたのはアスランの両手。
クルーゼを見上げたカガリはそれに気づかず、近い青の目に目を見開く。

「アス、ランを、どうするつもりだったんだ・・・!!」
「だから約束を交わしたのだよ、オーブの姫。もしも私がアスランを忘れ、憎悪のみに目を向けるようになったらば、その手で私を止めると」
「ラウと二人逃げる前にやりたいことがあった。ラウは憎悪を身に飼っていた。長い長い年月を経て大きく成長した憎悪。
それは私一人が愛したところで消えるものではなかった」
静かな声にカガリが視線を落とす。つま先だった自分を支えているアスランはカガリを見ていない。
視線を落として、静かに静かに語る。
「その憎悪がある限り苦しみ続けるだろう。私へと愛を囁きながら、その身に宿る憎悪は世界への呪詛を放ち続けるだろう」
だから、とアスランがカガリを見た。その目は優しく微笑んだ。

「少しでも楽になれるというのなら、世界を差し出しても構わないと思ったんだ」

カガリが目を見開いた。お前がそんなこというなんて信じられないと、唇だけが動いた。
クルーゼがカガリの腕を離し、アスランが優しくとんっとカガリの肩を押した。
ふらっと後ずさったカガリの名を呼んだラクスが、次いでアスランを見た。

「それは恋と呼ぶものなのですか。恋人だというのならば、どうしてそれを癒してさしあげようと思われないのです。
癒えないなどと何故分かるのですか。恋人であるあなたが側で癒し続けて、そうして何故消えない憎悪がありますか」

ラクスは嘆きを声に乗せて、アスランと呼んだ。


「あなたがなさったことは世界を危機にさらしただけではありません。
ラウ・ル・クルーゼが罪人と呼ばれる手助けをしたのです。恋人から光ある世界を奪ったのです」


その行為が果たして恋人のためになったのですか。恋人の傷を癒すことになったのですか。
ラクスの断罪するような声に、哀れむような目に反応を返したのはアスランではなくクルーゼ。
くっくっくっく、と押し殺した笑い。
「何を言うかと思えば、面白いことをおっしゃる」
ラクスが面白いこと?とクルーゼへと眉を寄せる。
「私の憎悪は世界へと向かっていた。人類へと向かっていた。全身全霊をかけて呪っていたのですよ、ラクス・クライン。
友もあった。弟と呼んだ者もあった。それでもなお呪い続けたこの憎悪を、あなたは癒えるとおっしゃるか」
「癒えぬとも言えないでしょう」
「確かに」
くくっとクルーゼが笑う。それに一層強くラクスが睨みつける。
「だがラクス・クライン。あなたは重要なことを忘れておられる」
何を、とラクスが返し、そしてクルーゼの視線が自分の腕の中へと向けられたのにはっとする。
そして腕の中のキラを守るように強く強く抱きしめる。

「そう、キラ・ヤマト。最高のコーディネーター」

キラが再びびくっと震えた。

「私はアル・ダ・フラガの要望により作られたクローンだ。けれどそれは研究の一環だった。研究への資料だった。
キラ・ヤマトを造り出すための実験材料だった。彼のためにアル・ダ・フラガの要望は受け入れられ、私は生まれた。
私だけではない。いく人ものクローンがキラ・ヤマトという成功体を造り出すために生まれ、犠牲になった」

アスランが口元に笑みを乗せたまま語るクルーゼの腕の中から、そっとその頬に手を差し出す。
それにクルーゼが視線を落とし、その手を取ると指に口づける。

「キラの、せいではありません。キラもまた欲望の犠牲者なのです」
「それは失敗作と呼ばれた身に巣食う憎悪への何の歯止めにもなりませんよ」

世界など滅べと叫んだ。人類など滅べと叫んだ。
けれど愛した友がいた。愛した弟がいた。そして愛する恋人が腕の中にいた。
微笑み、愛していると囁く恋人が世界を愛していることを知っていた。
クルーゼという存在を知っても、人の醜悪さを知っても、それでも人を愛していることを知っていた。
そしてクルーゼもまた、世界が人類が滅ぶということは恋人も失うことになるからと憎悪を抑えることはできた。
それこそラクスが言う通り、アスランと共に癒していくことがもしかしたらできたかもしれなかった。
たが、キラ・ヤマトだけは別だった。

「成功体と呼ばれたものが生きている。私の憎悪を知らず、私達の犠牲を知らず生きている。
どれほどの犠牲の果てに生み出されたのだろう、彼が。それはどれほど私の中の絶望を憎悪を掻き立てたろう」

それだけは治まらなかった。それだけはどうしても癒していくことができるなどとは思えなかった。
自分の全霊をかけて対峙したかった。憎悪すべてをぶつけたかった。

ぎゅっとアスランの手を握る。

「この身に巣食う絶望を憎悪を全て解放しないことには、私はこの苦しみから逃れられない。
いつかはそれもアスランへと伝染するだろうほどに、私は強く強く呪っていた」

それは望まないことだ。
アスランのその目が光を失う。まっすぐに自分を見る目が歪む。それは望まない。
けれど手放す気など欠片ほどもなかった。
それに気づいたアスランは、だからクルーゼの計画に乗ったのだ。
引き離されないために、ずっと共にいるための計画。それが一歩間違えれば世界を滅ぼすものだと分かっていても。

『では私は世界を守りましょう。あなたと共にいられる世界を。
ですから、ラウ。私があなたを愛していることだけは忘れないでください。忘れられたならこの手であなたを止めてみせます。
私をあなたの腕の内にとどめて置きたいと願われるのでしたら、どうか忘れないで下さい』

だから自分はここにいる。
キラへの感情全てを吐き出して、ぶつけて。そうしてアスランを忘れずにいたからアスランはまだこの腕の中にいる。

「アスランが私から光を奪ったと?面白い、ラクス・クライン。アスランこそが私を闇から掬い上げたのですよ」


あなたの思う方法全てが、誰しもに有効だとは思われるな。


アスランがクルーゼの腕の中で振り向き、その首に抱きついた。

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クルーゼの恨み言話でした。そしてさりげなくいちゃつくクルアス。
ここはいちゃつく所じゃないはずなんですが、何してるんでしょうか、この人達。
ところで、クルーゼってラクスに敬語でしたよね?そんな記憶があるんですが・・・。
そしてアスランの『私』呼びに密かにこだわってますが、実はこだわり捨てようかと思うくらい違和感があったり(汗)。

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