幸福なる世界のために




「ちょっと、え?どういうことなの!?」
「待て!ちょっと待て!!」
混乱する双子の隣で、ラクスがアスランと呼ぶ。
「女性だったのですね?」
「ええ」
双子が固まった。
「ああ、でも戸籍上は男です」
「後継者、ですか」
「ええ。私はザラですから」
「わたくしはそれを隠すための帳であったと?」
「あなたには申し訳ありませんが、そういうことになります」

ラクスがぐっと拳を握った。
女性であることを世間に知られないための婚約。
未来の希望と、対の遺伝子と呼ばれたそれは偽りの理由だったのか。
プラント全土を偽った婚約。その婚約者であるラクスすらも偽って。
偽りだらけの婚約であることに気づかず、ただ幸せと感じていたこともあった。
未来はこの人と歩むのだと、そう思っていたこともあった。
だというのに、なんという侮辱。

「お父様は、ご存知だったのですか」
そうであるならどれほどの絶望だろうか。
そう思って聞いたラクスに、アスランは幸いなことにいいえと首を振った。
ならばザラだけが知ることなのかと幾分安堵するが、やはり怒りは消えない。
婚約者と呼んだ相手に、いずれ義父と義母と呼ぶのだと思っていた相手に騙されていたのだから。

「父上がどういうおつもりだったのかは私にも分かりません。いつまでも隠し通せることではないというのに、
あなたという婚約者を用意し、プラント全土に伝えたその意図はもう分かりません。
ですが私があなたを偽っていたそのことに変わりはない。こればかりはあなたにお詫びいたします」

頭を下げたアスランに、ラクスは苦い顔をする。
アスランのせいではない。分かっている。
女性でありながら男性として生きるように強いられたのはアスランだ。
女性の婚約者を用意され、いつか破綻すると分かっている未来を祝福されたのはアスランだ。
辛かったのは、不安だったのはアスランだ。
けれどもういいのですと言えない。ラクスが騙されていた事実に傷ついたのは確かなのだから。
かつて感じた小さな幸せを否定されたも同然なのだから。

黙り込んだラクスに、キラがようやく冷静になってその肩を抱く。
ラクスと心配そうに名を呼び、ぎゅっと力を込める。そしてアスランを見る。

「死んだふりしてたのは、そのせいなの」
アスランが頭を上げてキラを見る。
「本当は女性だったから、男のアスランは死んだことにしようって、そういうことだったの」
だからキラ達にも会わないようにしていたのか。
男だと信じているキラ達のために。婚約者であったアスランが女性だと知ってラクスが傷つかないために。
カガリがはっとアスランを見る。
どうして一人で背負ってしまうんだ。辛かったのに気づかなくてすまない。
そんなことを言い出しそうな目に、アスランは笑った。

「違う」

え、とまた部屋がざわめいた。

「父上の言う通り、ずっと男として生きてきた。女だということを隠してずっと。
いつまでなんて分からなかった。全ては父上のお心の中にあったから。もしかしたら母上はご存知だったのかもしれないが、
私はただ言われるままザラ家の長子として、ラクス・クラインの婚約者として生きていた」
そして首を傾け、苦笑した。さらっと髪がまた流れた。
「何も考えてなかったんだ。先のことなんて何も。自分のことなんだからちゃんと考えなければいけなかったのに、
全部父上にお任せして。逆らうこともなく、問いかけることもなく、ただ言われるがままに」

でも、とアスランは視線を落とした。その姿が艶めいて見えて、キラ達はどきっとする。
昔からふとした瞬間に色気を感じてはいたが、その頃とは比べようもないほどの色気はどうしたことだろう。
空白の二年が気になったが、次の台詞でそれが明らかになる。




「恋を、した」




「こ、い?」
キラが呟くと、アスランがうっすらと笑った。そしてそのまま顔を上げる。
「そう、恋。好きな相手ができたんだ。女性として異性を好きになった。
あの人を見るたびにどきどきしたし、言葉を交わすたびに平静を装うのが大変だった。
部屋に帰ると気が抜けて動けなくなったことだって何度もあった」

同室のラスティはその度にそんなアスランを心配していた。
アスランの父親とラスティの父親から頼まれていたのとは別に、ラスティ自身の気持ちでアスランを心配してくれた。
あまりに何度も続くので、痺れを切らしたラスティに聞き出された恋心。
ラスティもそれはまたと驚いて、けれどおめでとうと笑って。
好きな相手ができてよかった。一つぐらい女としてのお前がいてもいいじゃんと頭を撫でてくれて。
だからがんばれたのだと思う。好きな相手の前で内心はどうあれアスラン・ザラでいられたのだと思う。
否定せずに肯定してくれたから気持ちも楽になって、部屋に帰っても動けなくなることはなくなった。

「想うだけならいいだろうと思った。想いを悟らせなければいい。そう思った。なのに、あの人は近づいてきた。
あの人の声が柔らかくなる瞬間ができた。あの人の手が優しくなる瞬間ができた。それが嬉しくてそれが辛くて、そして戸惑った」

何を考えているのだろうと思った。
相手はアスランが女だと気づいていないはずだし、ラスティも女だと知ってても男だなって思うと微妙な発言をしてくれた。
ラスティ曰く賞賛の言葉だったらしいが、アスランは複雑な心境に陥った。
そうこうしているうちに、その声にその手に熱がこもってくるのが分かった。

もしかして、と思った。
自意識過剰なのではと思いながらも、相手の熱の意味が自分が相手に抱いているものと同じなのではと。
そう思えば今度は怖くなった。
相手は自分が男だと思っている。そのうえで好意を抱いてくれている。
けれど自分は女だ。その偽りが知れた時、相手はどう思うのだろうか。
プラントを偽り、婚約者を偽り、そうして相手までも偽っている自分を。

「片思いならよかった。想っているだけならよかった。想いを返されるなんて思いもしなかったから、怖くて怖くて。
なのにあの人は偽りを知ってなお告げてくれた。男だろうと女だろうと関係ないと。そして手を差し伸べてくれた」

あの時の気持ちをどう言えばいいだろう。
ただ泣きたかった。泣きたくて泣きたくてそれ以外何もなくて。
差し出された手に自分の手を重ねて、そうして抱きしめられるままに縋りついた。

幸せそうにそう語るアスランに、ラクスがキラの腕の中からでは、と震える声で言った。
「その恋人のために、死を偽装されたのですか。恋人と共に歩むために?」
「あのままでしたら、いずれ引き離されたかもしれませんから」
「そんな!」
キラが叫ぶ。
「何で、そんな、だからって僕らから離れる必要ないじゃない!
確かにアスランは男だって思ってたよ。でもそれを聞いて僕らが君を嫌うって思うの!
そりゃびっくりしたし、今だってどうしたらいいのか分かってないけど、でもアスランはアスランだし。
結局何も変わってないじゃない」
それにカガリも頷く。
「気づかなかったのはすまないと思ってる。だがキラの言う通り私達の前から姿を消さなくてもよかったじゃないか。
言ってくれれば協力した!お前とお前の恋人が離れずに一緒にいられる場所を用意した!!」

始めは戸惑っただろうが、いつかは受け入れられただろう。
アスランのことも、その恋人のことも。なのにアスランはその機会すらくれず、姿を消した。
死んだと思っていた二年。どれだけ辛かったと思っているのか。ここにアスランがいればと、何度思ったと思っているのか。
けれどアスランは言った。

「元からお前達に打ち明けるつもりはなかった。あの人と二人で離れずに過ごせればそれでよかった」

「アスラン!」
なんで、と叫ぶキラ達に、アスランがそれにと続けた時、アスランの後ろのドアが開いた。
何、と視線を移したラクスとカガリは訝しげに目を細め、キラは驚きに目を見開いた。
それに口元を上げて笑った人物はアスランの腰に手を回し、抱き寄せた。




「お前達は絶対に受け入れられない」




抱き寄せる人物の胸に頬をすり寄せ笑ったアスランに、さらっと金の髪が下りた。

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ラクスはショックだと思います。実はあなたの婚約者は女だったんです。
そしてあなたはそれを隠すためのカモフラージュだったんです。とか言われたら凄いショックだと思います。
が、書きながら、でもラクスそれ知る前に他に男作ったしなあと思ってしまった・・・(汗)。
あれ、アスラン絶対内心ショックだったと思うんですが。抱き合うキララク見た時の台詞に泣く!
そして本当はここでendと打つ気で書いてました(え)。

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