幸福なる世界のために
常に怯えている。
そうクルーゼは思う。
アスラン・ザラはクルーゼの部下であり、優秀な軍人だ。アカデミーを主席で卒業し、赤服を纏うことを許されるほどの。
そのアスランが性別を偽っているのだと気づいたのは、その体を腕におさめる機会があった時だ。
男の体にしては可笑しい、と思った。何がどうというのではなく直感的なものであったが、そこから疑いは生まれた。
プラント国防委員長パトリック・ザラの一人息子。婚約者はプラントの歌姫ラクス・クライン。
その背景からは疑いを差し挟む余地はどこにもない。それでもクルーゼはそういった確実とされるものより、己の直感を信じる男だった。
そしてそれは正しかったのだ。
肩に軍服を羽織った己の体を抱きしめ、うつむいて座り込むアスランの体は男のものでは有り得なかった。
アスランから向けられる好意は確か。けれど、こちらからの好意には拒絶を表すその理由。
それがアスランの怯えであるのだと、微かに震えるその姿にようやく納得がいった。
「隊長、どうかなさいましたか?」
プラントからの呼び出しに応じた後、ホテルへ向かう車の中でアスランが尋ねるのに、記憶の中から戻ってきたクルーゼはいや、と返す。
後部席から外を眺め、思い出していただけだと笑う。はあ、とアスランがハンドルを握りながら小首を傾げた。
男であろうが女であろうが、その優秀さに変わりはない。偽っていたからなんだと言う。
そもそもアスラン、君の戸籍は男なのだ。その体さえ見られなければ問題はない。
あの日、上司として部下にそう告げた
君という存在に心惹かれたのだ。男の君、女の君との区別などない。君は君だ。
その上での告白なのだが、君がそれでも拒む理由は何だね?ラクス・クラインか、それともお父上か。
私が知りたいのは他でもなく君の言葉だ。君一人の想いだ。君を愛している。そう告げる男に君は何と返す?アスラン。
ラウ・ル・クルーゼとしてアスラン・ザラにそう告げた。
そうして手元に残った優秀な部下と、ようやく手に入れた最愛の恋人。
全て承知の上で手を伸ばした。それを承知の上でアスランは手を取った。
それでも怯える。次は何に。
それを聞き出すのにヴェサリウスから離れた今は最適だ。
口元が愉しそうに歪む。
それにアスランの背筋を寒気が撫でていったが、彼女に逃れる術はない。
* * *
どうしてこんな人が好きなんだろう。
アスランは力いっぱいそう思った。
ぐったりとシーツに身を沈め、自分をバスルームからベッドへと運び、再びバスルームへと戻った恋人に悪態をつく。
「そりゃ言わなかったのは俺だけど・・・。だからってあんな方法で聞き出すなんて思わないじゃないか。
腰痛いし体だるいしのど痛いし。ヴェサリウスに戻るまでに直らなかったら、どう責任とってくれるんだ。
っていうか、俺護衛じゃないか!あの人の護衛なのに動けなかったら何の意味もないじゃないか!!」
ぶつぶつぶつぶつと、とんでもない方法で黙っていたことを白状させられたアスランは、文句しきりだ。
何にそんなに怯えている。
そう問われて答えられなかったのは、クルーゼの手を取った以上、覚悟するのが当たり前のことだったからだ。
いつか必ずくる別れが怖い。
お互いが軍人だ。けれどそれ故の別れではなく、男と女としての別れだ。
跡継ぎ欲しさに女として生まれたアスランを、母の反対を押し切って男として届けた父。
その父にクルーゼとの関係を知られ、引き裂かれる日が怖かった。
けれどそれを聞き出したクルーゼは、鼻で笑った。
この手を取った以上、離れる術はないと知れ。
引き裂けるものなら引き裂けばいい。私は全霊を持って抗おう。覚悟を決めろ、アスラン。君は生涯私のものだ。
思い出した声にアスランは口を閉じ、枕を抱きしめ顔を隠す。耳が赤く染まっている。
嬉しかった。
だからもう死ぬ、もう無理と言っていたのに自分から口づけて・・・。
とんでもない相手を好きになった。
けれど、
後悔はない。
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別に隊長が服剥いで性別確かめたわけじゃありません。・・・多分。
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