去って行く赤いMSを、キラとカガリと一緒に見上げる。

『理解はできても、納得できないこともある。俺にだって』

その言葉の向かう先はどれなのか。
カガリの結婚に対してなのか、それともキラ達の思いに対してなのか。分からなかったけれど、頷く自分がいた。
ミリアリアはキラ達の思いに対して理解を示すことができる。だが、そう納得はできないのだ。

戦場カメラマンとして多くの戦地を訪れた。それはザフトによって被害を受けた土地であったり、連合によって被害を受けた土地であったりした。
だから戦争を始める連合とザフトのどちらが正しいかなど言えないし、かといってキラ達の行為が正しいとも言えない。むしろオーブに帰れと言ったアスランの言葉に賛同する。
同盟をどうにかしろというアスランとは違って、オーブの国民のために。

『あんたはいいな。泣いても叫んでも守ってくれる奴がいるもんな。俺達はいなかったよ。 泣いても叫んでも、守ってくれる指導者は一人もいなかったよ』

つい先日聞いたオーブ出身者の青年の微かに震えた声が、今にも泣き出しそうな顔が脳裏に蘇る。
それを伝えるべきなのだろう、とミリアリアはキラ達を振り返った。


要を失くした国


「みなさ〜ん、いつも平和のためにありがとう!」
ミリアリアは目の前で行われているラクス・クラインのライブを見ながら眉をしかめる。
以前にも一度、こうしてラクス・クラインのライブを見たことがある。本人ではない、と分かっていたからこそ見に行った。
ミリアリアが知っているラクスと同じ顔、同じ声。けれど違うと知っているからこそ見える違い。

ラクスはあんな表情をしない。

癒しの歌姫、平和の歌姫と呼ばれているというラクス・クライン。
ラクスの微笑み、ラクスの雰囲気はまさにそう呼ばれるに相応しいものだ。優しく癒されていく感じがする。
だが今目の前で歌い、踊るラクス・クラインはそうではない。元気に歌って踊って。そうして元気づけ、励ましている。そんな感じだ。

彼女はザフトの基地に訪問してはこうしてコンサートを開く。
ザフト兵達はそれを喜び、終われば笑顔で仕事に戻っていく。頑張ろう。頑張ろう。これからも頑張ってプラントを守っていこう。そう言い合いながら。

誰も気づいていない。本物のラクス・クラインではないこと。
どうして気づかないのか。それは本物を求める故ではないだろうかとミリアリアは思う。
コーディネーターではなくプラントも知らないミリアリアには分からない。分からないが、どうやら酷く重要な存在であることは分かる。心の支えとでもいうのだろうか。
それ故に彼らはラクス・クラインを求め、応じた彼女をラクス・クラインと呼ぶのかもしれない。
それも本物が出てくればどうなるのかは分からないけれど。

本物がどこにいるのか、ミリアリアは知っている。AAだ。
先日は会うことはなかったが、AAにラクスがいることは確実だし、それまではオーブにいた。オーブで静かに暮らしていた。
それに対して何も思うところはなかったが、ザフト兵達のラクス・クラインへの反応を見ていると複雑な思いに駆られる。
キラの友人としては、キラにラクスは必要だからよかったと安堵する。
けれどキラだけではないのだ、ラクスを必要としているのは。それを目の前の状況が教えてくれる。
ラクス・クラインに元気づけられ、英気を養う彼らをラクスは知っているのだろうか。知っていて彼女はキラを選んだのだろうか。

不意に思い出すのは、カメラマン仲間の助手を務める男だ。
オーブ出身の男は、テレビなどにオーブやカガリの話が上がる度に酷く冷たい目をする。
酒で酔った男が一度言ったことがあった。自分達オーブの民は、アスハにオーブに見捨てられたのだと。

獅子と呼ばれ慕われていたウズミ。その娘のカガリ。
彼らアスハはオーブの民の支えだった。希望だった。なのに一番側にいて欲しい時に、一番不安であった時に彼らはいなかったのだ。
一人は命を絶ち、一人は宇宙へと上がった。不安に怯えるオーブの民を置いて。

その言葉がどうしてだろう、ラクスに対しても言える気がするのだ。
停戦を向かえ、プラントはラクス・クラインを、その歌を求めたのではないだろうか。
癒しの歌姫、プラントの平和の象徴といった名を冠するほどに慕われていたラクス。
その彼女が二年もの間姿はおろか声さえも届けなかったそのことに、彼らはどう思ったのだろう。
オーブの民と同じように傷ついたのかもしれない。見捨てられたと思ったのかもしれない。
正直、偽者を用意したプラントにいい感情は持てない。けれどザフト兵達の反応にそんな思いが生まれてくるのだ。

どんなものにでも支えは必要だ。それが目に見えるものでも見えないものでも、だ。
プラントに住むコーディネーターにとってはそれがラクス・クラインで、オーブの民にとってはアスハだった。
それは彼ら国民の勝手だとは言えない。そうあるように彼女達が培ってきたものがあるのだからそうなったのだ。

ラクスのこともカガリのことも好きだ。その人柄に惹かれさえもする。
だから彼女達は最善と思うことをしているだけで、国民を裏切っているわけではないのだと分かっている。
けれど彼女達の側から見ればの話で、国民にとってはそうではないこともミリアリアはもう知っている。

「もう、頭こんがらがってきたわ」
はあっとため息をつく。
なまじ両方を知っているから、どうにも思考が身動き取れなくなる。
頭を振って、今は考えるのはおしまいと何気なくカメラを構える。
もうステージには誰もいないし、観客席にも誰もいない。フェンス越しにいるものも、ミリアリアを含めれば極少数だ。だから何を撮ろうと思ったわけではない。ただ本当に何気なく。

「あれ?」

レンズ越しに見えた人影に、ミリアリアは眉をしかめる。
何か見たことある影が、と思って、あと声を上げる。

カメラを向けた先の建物から男が一人出てきた。ミリアリアも知っている人物、アスランだ。
ここにいたのかと思うミリアリアの前で、アスランはふと立ち止まって振り返った。そしてぎょっとした顔をした。
何だろう、と思えばアスランに跳びかかる少女。先程までステージで歌っていた少女だ。
少女はアスランの腕の中で顔を近づけ、何やら興奮した様子で話している。アスランはそれを疲れたような顔で頷いている。
ぐいっと顔がもっと近づき、アスランは後ずさって何やら怒鳴った。
それに少女が舌を出してアスランから離れ、今度は腕を組んで歩き出す。アスランは抵抗しない。頭を抱え、けれどふわっと少女に笑いかけた。

ミリアリアはカメラを下ろす。
なに今の顔。
柔らかい表情。大切な人を見るような。
アスランがキラ達を大切に思っているのは知っている。それと同等の位置に少女もいるのか。

「それって、自分追いつめてるわよ、アスラン・ザラ」

その少女はラクス・クラインを名乗っている。
ラクス・クラインが必要なら、ラクスにプラントに戻って欲しいと要請すればよかった。なのにラクスは命を狙われたという。キラ達の推測が正しければ、プラント最高評議会に。
それを信じるとすれば、その少女はプラントの支え以上に何らかの思惑がある。そう思うのだ。
なのにその少女をそんな目で見ていたら、後々苦しむことになりはしないか。

ああ、あっちもこっちも何だってこう色々と、とミリアリアは苦い顔をして、もうこれ以上、頭がこんがらがることは起こらないで欲しいと願った。




けれど。




連合とザフトに介入するAA。
その構図が当たり前となってきた頃、ミリアリアはイライラとした自分を落ち着かせるためにため息をついた。

AAはオーブのみならず、連合とザフトにも戦闘停止を呼びかける。そしてAAは連合とザフトのMSをいくつも堕としていく。
それをテレビで見る人々はうんざりした顔をして見ている。初めは賛同していた人々ですら、だから何。それで?と言う顔になっていった。
仕方がない。AAは同じことばかりを繰り返す。何も進展しない。
だがミリアリアがイライラするのはそれだけが理由ではない。

どうしてアスラン・ザラを堕としたの、キラ。

アスランに頼まれてキラ達と会わせた日からそう経っていなかった。自分が聞いたオーブの国民の声をキラ達に届けてからそう経っていなかった。
だがAAは連合とザフトの戦闘に介入して、そうして多くのMSを堕とした。
アスランの声もミリアリアの声も、キラ達にどう受け止められたのかは分からない。それらを聞いたうえでの行動なのだろう、と苦い思いをしはしたがそれ以上は口を出さないことにした。
だが赤いMSをフリーダムが堕とした時、血の気が引いた。
キラは知っているはずだ。あのMSに誰が乗っているのか。キラ達を攻撃するために近づいてきたわけではないことを。なのにキラは赤いMSをバラバラにして海に落とした。


切り捨てた。


「どうして、キラ」

先の大戦の最中、キラは苦しんでいた。アスランと戦うことを。
ミリアリア達はそれに気づきながらも、キラがアスランを選ばずAAで戦うことを喜んでいた。
そんなミリアリアにキラを責める資格はないだろう。だが問わずにはいられないのだ。仲良く笑いあうキラとアスランを知ってしまったから。

もう一度、AAと連絡をとろうか。

ふとそう思った。
以前会った時、AAに帰るけれどミリアリアはどうする?とキラに問われ断った。
だがあの時、ついて行けばよかったのかもしれない。そうしたらこんなにもイライラせずにすんだのかもしれない。キラ達が何を考えているのか、それを知ることができたかもしれない。
けれど自分は戦場カメラマンになることを選んだのだ。戦争によって傷つく土地を、人々を世界に伝える役目を選んだのだ。たとえキラ達にそのつもりがなくとも、軍艦に乗るわけにはいかなかった。

はあっとミリアリアは再びため息をつき、椅子にもたれて天井を仰ぐ。
頭に浮かぶのは戦争を知らず、無邪気に笑っていた頃の自分達。あの頃はこんなに頭を悩ますことなどなかったのに。

「トール」

もういない恋人の名を呼ぶ。
AAの中、トールは最後までキラを気にかけていた。
キラから離れ、バラバラになっていく友人の中、トールだけはずっとキラを気にかけていた。そうしてMAに乗って戦場へと出て行って、帰らぬ人となった。
あの頃は分からなかった。AAの外での戦いがどれほど危険な場所なのか。どうしてトールがMAに乗ることに決めたのか。
トールが殺されて、キラもMIAになって。それでもどうしてトールが、どうしてキラがと嘆いて、憎んで。そればかりで。
けれど今ならば分かる気がするのだ。

「私は私なりに平和のために戦ってるのよ、トール。トールが守りたいって思ってくれたように。 キラを一人で戦わせたくないって思ったように。軍人だけが戦ってるわけじゃないって、よく分かったから。 だからそういう人達と一緒に戦うの」

そう、だから。
ミリアリアはよしっと声を上げて立ち上がった。
自分は自分なりの戦いをする。そう決める。
キラ達のことは気になるし、何を考えて何をしようとしているのか問いたい。アスランのことだってある。
けれど伝えたいと思ったことはもう伝えたのだ。それを聞いた上での行動なのだから、もう連絡を取るのはやめよう。そう思う。
それよりも自分は仲間達と戦場を駆け、記録し、そしてそれを世界へと届けるのだ。
それはもちろんAAのことも例外ではない。ありのままを伝える。それを見た人がキラ達を批難することになったのだとしても、だ。

「大好きよ、キラ。友達だって思ってる。でも、私は私の戦いをするの」

もしかしたらキラに裏切られたと思われるかもしれなくても。
それでもそれがミリアリアが選んだ道なのだ。

「ミリィ、そろそろ出ようってさ」
「わかったわ」

仲間の声に答えて荷物を肩に背負う。そうして今もまだテレビに流れている連合とザフトの戦闘に介入したAAを一度振り返る。
そしてそれに背を向けて、ミリアリアは自分を待つ仲間達の元へと足を進めた。


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ミリアリアにはAAに乗らない他の道があったと思います。

アスランの言葉に始終「何こいつ」みたいな顔してるのを見て、戦場カメラマンになったというミリアリアに期待していた自分が馬鹿みたいだと思ったのを思い出します。
おまけにAAに乗った瞬間に、もう笑顔でさよなら、と言いたい気分になりました。
なので、リクエストいただいた時、そうだ、自分で書く手があったかと思いました(笑)。

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