「なあ」
「何ですか」
「ステラとあの嬢ちゃんに何があったと思う?」
「さあ」

アスランとネオはステラの寝顔を見下ろしながら、淡々と言葉を紡ぐ。
目に宿る光は心配と憤り。

「おそらく、ですが」
「うん?」
「ステラは彼女が暴かれたくないものを暴いた」
「お前さんのことじゃなくてか?」
「俺のことだけで彼女が人を刺すほどパニックに陥るとは思えません」

アスランには心当たりはない。ミリアリアのアスランへの殺意はあった。けれどそれを誰かがつついたとして、向かう先はアスランのはずだ。なのにステラに向いた。
ステラがミリアリアの触れられたくないものに触れた。知られたくないものを知った。他に洩らされる前に排除しなければ。そう思わせるような、何か。

「女の勘かねえ」
「それとも俺の目にフィルターがかかっていて見えていないものか、ですね」
「とすりゃ、坊主達か」
「長年かかったものは、そう簡単には取れない。そういうことかもしれません」

そのせいでステラを傷つけた。
ステラが意図したことだとしても、それでもその事実は変わらない。
自分が腹立たしかった。


隠された気持ち


眠る顔を見上げる。
ステラを腕の中におさめて、子供のような顔で眠っているアスランの頬に手を伸ばす。

つーっと指を滑らせるのはガーゼの上。それが憎い。
ステラがつけた傷だった。それにあの女が触れた。あの女が隠した。
ぐっと指に力を入れる。白いガーゼに赤が一点。アスランの顔が歪む。そして開かれた目がステラを映し、ぎゅうっとステラを抱く腕に力を込めた。そうなると自然とアスランの首に顔を埋めることになって、指がガーゼから離れた。

「アスラン」
「う、ん」

眠そうな声だ。夢現の状態なのだろう。ステラ、と舌っ足らずに呼ばれた。
目の前には白い首筋。噛み切れば血が出る場所。下手をすれば死んでしまう、大変な場所。そこを舐める。
ここに傷をつけようか、と思う。思うけれど、またあの女が見つけて触れるかと思うと眉間に皴が寄る。
だめだ。あの女が見つけるような場所はだめ。あの女が触れて、隠してしまう。それはだめだ。
アスランに擦り寄る。

アスランはステラのものだ。ステラはアスランのもの。
ああ、思えば。今思えば、あの時からそれは決まっていたのだ。
あの時、アプリリウスであの女の後ろにいたアスランと目があったあの時から。ガイアを強奪して、ザクに乗っていたアスランと戦った時から。
シンと初めて会ったあの日も、シンを迎えにきたアスランと目が合って何かを感じた。アスランも同じだろう。ステラを見て目を瞠った。
その場にいたのがステラとアスランの二人だけだったなら、こんな遠回りはしなかった。AAで再会するまで感じたものを漠然としか捉えられなかった状態など、とうに脱していたのに。

初めて目が合って。けれど通り過ぎた視線。
初めて接近して。けれど互いにMS越しで。
初めて直接目が合って、接近して。けれどすぐに別れて。

その後だって側にあった。直接会うことはなかったけれど、同じ艦にいた。
何度も何度もそうしてすれ違った。何度も何度も何かを感じた。漠然と、ただただ漠然と。確固たるものを見つけられずに。
それをようやく見つけた。ようやく捉えた。

理屈なんて知らない。
そんなものは持ってなどいない。
ステラも、アスランも、ただ感じただけなのだ。確かに感じたから手を伸ばしたのだ。
そうして寄り添っているのに、ここは邪魔が多すぎる。多すぎる。多すぎるのだ。
ステラの中にある激情が、今にも体を打ち破っていきそうで。それは今は得策ではないのに。

思わずがっとアスランの首筋に噛みついて、ああ、そうだったと力を入れる前に離す。
どうしてだろう。ステラのものだという証をつける。ただそれだけのことなのに。なのに上手くいかない。いかない、いかない、いかない!!
強く強く目を瞑る。ぐっとアスランを抱く手に力を込める。そしてぴりっとした痛みに目を開けた。
何だ、と痛んだ手を持ち上げると、闇に慣れた目が捉えたもの。ああ、これは。

「アスランが、つけた、傷」

手首に、命の水が流れる管の上に噛み痕。それを舌でなぞる。
これならば、ああ、これならば見えないかもしれない。袖に隠れて見えない。常に前を向くあの女は、うつむくことをしないあの女は気づかない。
うっすらと笑って、今はステラを抱きしめるために使われているため我慢して。けれど満たされた思いで目を閉じた。






すうっと意識が浮かぶ。
瞼を上げれば心配そうにこちらを見ているアスランと目が合った。今まで見ていた夢の中では眠っていたのに。
小さく笑う。笑って手を伸ばしてもう治ってしまった傷があった頬を指でなぞる。
アスランの手がその手をそっと握って、小さく笑った。

「無茶をする」
「ん」

返せばアスランがステラの手首の傷に口づけた。
治るたびにつけられる傷。アスランの手首にも同じものがある。見えたそれに満足する。

「あの人、は?」
「部屋から出てこないそうだ」
「馬鹿な、人」
「何を言ったんだ?」
目を覚ましてから、ミリアリアはキラにもラクスにもカガリにも会わない。違う違う違うの、そう繰り返すだけ。キラが声をかければ、違うの、そんなこと思ってない!違うのキラ、と叫ぶ。
「あの人、アスランを憎んでる」
「ああ。俺が彼女の恋人を殺したから」


「キラ・ヤマトも憎い」


「キラも?」
「本当はそう思い込ませようと思った。でも、あの人、本当に憎かったの」
どういうことだ、と言わんばかりに眉を寄せるアスランに、ステラはあのね、と手を下す。
「あの人の恋人を殺したのはアスラン。殺されることになった理由は戦場に出たから。戦場に出たのはどうして?」
「…キラを助けるためだ」
こくん、と頷く。
キラ・ヤマトを助けるためにミリアリアの恋人は戦場に出てきた。
「キラ・ヤマトが戦ってたのはアスラン。アスランはキラ・ヤマトの幼馴染。それをあの人達は知ってた」
「そうだな。知ってたと聞いた。確かラクスをザフトに返す際に、知ってることを聞かされたと」
「キラ・ヤマトは幼馴染と戦ってた。だから本気が出せなかった。もし本気が出せてたらアスランはとっくに死んでたかもしれない。そうしたらあの人の恋人は殺されなかったかもしれない」
「イザーク達が殺してたかもしれない」
うん、と頷く。
でもそんなことはミリアリアには関係がない。思いつかない。実際に殺したのはアスランだから。それに捕らわれて他の誰かに、という考えが浮かばない。
「キラ・ヤマトが戦うことになったのは?」
「AAに保護されたからだろう?」
「どうして保護されたの?」
「助けるために…いや、違う」
違う。そうだ、と思い出す。
アスランがキラと再会したのはどこか。その時キラはどうなったのか。その後何をしたのか。
「キラ、は、ラミアス艦長の手でストライクに乗せられた。その後、動きが急に変わって。そうだ。あいつが代わりにストライクを動かしたんだ」
「軍事機密。それを盾にAAに乗せられた?」
「その可能性は高い。何らかの原因でそれにキラの友人達も巻き込まれた?」
全ての原因がそこにある、とミリアリアが考えていたら?

キラがマリューと出会った。キラがストライクを動かした。キラがコーディネーターだった。キラが戦場に出た。キラがアスランを殺せなかった。だから恋人が死んだ。
キラがマリューと出会わなければ。キラがストライクを動かさなければ。キラがコーディネーターでなければ。キラが戦場に出なければ。キラがアスランを殺せれば。


恋人は今も生きて笑っていたかもしれないのに。


「そこを突いたのか」
こくん、とステラが頷いた。
「アスランじゃなくて、本当はキラ・ヤマトを殺したかった?」
「そう言ったのか」
なるほど、とアスランが息をついた。
アスランでは分からないはずだ。アスランはそんなことを考えたことがなかった。ミリアリアにとってキラは大事な友達。その前提の裏に他の感情があるなど思ってもみなかった。

「これから大変だな、この艦は」
「邪魔、だから」
「だからって自分の身を犠牲にしなくてもいいだろう?」
「これがあの人達に一番ダメージを与えられるから」
「ステラ」
「それに、アスラン。もういらないでしょう?」
目を見開く。
ステラには分かる。もうアスランはいらない。ステラを傷つけた人。その人をきっと庇い続けるだろう友人達。原因となった幼馴染。

「いらない?」

笑えば、アスランが笑った。







「いらない」

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