何を言われたのか分からなかった。
今ステラは何と言ったのだろうか。ミリアリアに向かって無邪気な顔で何を。
戦えない恋人を戦場に送り出した人。そう言っただろか。誰が?誰のことを言っているのだ。

何を言ってるのと返した声は震えていたけれど、ステラは気づいていないのだろうか。きょとんとして言葉を続ける。続ける。続ける。続ける。
耳に吹き込まれる聞きたくない言葉。ミリアリアの耳から脳へと上がって、ぐるぐると回って、回って、回って。何度も何度も何度も嫌がるミリアリアに聞かせて。

思わず怯えて後ずさったミリアリアの顔を覗き込むようにして、そっと優しい手つきで何かを渡された。それが何かは分からない。分からないけれど咄嗟に受け取って。ステラが嬉しそうに笑って。


そうして、一言。


「本当はキラ・ヤマトを殺したかった?」


ミリアリアは悲鳴を上げた。


隠された気持ち


ああ、馬鹿な女。
隣で機嫌よさそうに話しているマリューに笑みを浮かべて頷きながら、ネオはそう思う。
死んだはずの恋人が生きていた。ならば嬉しいだろう。浮かれもするだろう。
女はムウ・ラ・フラガより前に彼と同じMA乗りの恋人を失っているらしいので、ムウ・ラ・フラガの喪失は元々あった傷を更に抉られる結果になっただろう。だからこそ彼女は浮かれる。喜ぶ。それは仕方のない、むしろ当然のことだ。けれど、だ。

あいにくと俺はネオ・ロアノークなんだよ。

ムウ・ラ・フラガだと言われてもそんな記憶はないのだ。アスランもネオをムウだという。ましてやフィジカルデータが一致したのだから、それは間違えようがないだろうと。
ネオもそれは認めた。恐らく自分はムウなのだと。けれどムウの記憶を持たない、ネオの記憶を持つネオは、ムウを押しつけられることに不快感しか湧かない。不快感どころか今は嫌悪でいっぱいだ。
だからネオはマリューのことも好意的には見られない。記憶がない以上、あんたの男は俺じゃないんだよ。そう言ってやりたくなる。…言っても見当違いの慰めが返ってくるだけだから言わないけれど。

「そういや、CICの嬢ちゃん」
「ミリアリアさん?」
「ああ。何かアスランに恨みでもあんの?」
「え?」
急にどうしたの?
そんな顔で見上げてくるマリューに、思い出すように視線を宙に飛ばすふりをする。
「あの嬢ちゃん、アスランを今にも殺しそうな顔で睨んでるのを何度か見たんだよ」
「…ミリアリアさんが?」
眉をしかめたマリューに、だから因縁があるのかと思ったんだが、と戸惑った口調。
マリューは考えるように視線を落としたが、すぐに強い目でネオを見ると微笑んだ。
「確かにミリアリアさんとアスランくんの間には因縁があるわ。でもムウ。ミリアリアさんは強い子よ。憎しみを乗り越えて許すことを知った子よ」
「へえ?」
「アスランくんにではなかったけれど、彼女は振りかざしたナイフを鞘に納めたわ。そんな子なの」
「そうは言うがねえ」
「ミリアリアさんは友人思いの子だから、少しアスランくんに思うところがあるんだと思うわ。でも大丈夫よ、ムウ。ミリアリアさんはとてもいい子だもの」
ね?と慈愛の笑みとでもいうのだろうか。それを浮かべたマリューに、お前さんがそういうならそうなんだろうな、と笑って返す。
心の中で、その言葉が最後の最後まで言えるといいな、そう言ったその時だ。悲鳴が聞こえた。

女性の悲鳴。
ステラか、と一瞬思うが、ステラは軍人だ。彼女のブロックワードが解除された今、彼女が悲鳴を上げるようなことはない。この艦の中では尚更に。

「行きましょう」
マリューが走り出すのに応を返して足を動かす。
ステラでないなら誰だ。どうでもいいけれど、そこにステラが関わっていなければいいなあ。そう最近のステラを思い浮かべて思う。
思って、


「ステラ!」


叫んだアスランの声を聞いた。


*


ネオとマリューから離れた場所。そこでも悲鳴を聞きつけた四人がいた。
ラクスとキラ、カガリとアスランは、その悲鳴を聞いて驚いたように顔を上げた。

「今のは…」
カガリの声にキラとラクスが頷いた。
「何かあったのでしょう」
「行こう」
頷きあう三人。
けれどそれより早く走り出したものがいた。アスランだ。
「アスラン!?」
慌てて三人はアスランを追いかけるが、その顔に浮かんだものは戸惑いだ。アスランから物騒な雰囲気が流れてきているような気がする。
「どうしたんだ、あいつ!」
「分かりません」
「心配なんじゃない?ここであんな悲鳴が上がるわけないから」
ここはAAだ。仲間しかいない艦だ。皆、仲が良くて、お互いを思いあっていて。なのに聞こえた悲鳴は切羽詰まったもので。
思いたくはないが敵が入り込んだのだろうか。一気に三人の間に緊張が走る。


「ステラ!!」


角を曲がったアスランが叫んだ。ムウと一緒に拾った少女の名前を。
続けて角を曲がった三人は大丈夫か、と声を上げる前に言葉を失った。
だってありえない。そんなこと、あるわけがない、のに。

「ステラ!大丈夫か、ステラ!」

床に膝をついたアスランの腕に抱かれているのはステラ・ルーシェ。腕から血を流している。傷口を抑えている手は、指の間から血が流れ落ちていて。その向かいにいるのはミリアリア。あ、あ、あ、と声を漏らしながら震えている。足元には血に濡れたナイフ。

「ミ、リィ?」

キラの擦れた声にミリアリアが振り向いて、そこに友人達がいるのを認めると両手で頭を抱えた。




「いやあああああ!!!!!」








「キラ」
ラクスの声にキラとカガリが顔を上げれば、ミリアリアについていたラクスとマリューが医務室に入ってきたところだった。
「ラクス、マリューさん。ミリィは…」
「ひとまずは落ち着かれました。今は眠っていらっしゃいます」
「そう…」
キラが安堵したような。けれど複雑そうな顔をした。それはカガリも同様で。ラクスからステラに視線を移すと、一体何があったんだ、と呟いた。答える声はない。ステラも眠っているのだ。

あの後、アスランはミリアリアには見向きもせずにステラを抱き上げ、医務室に走った。キラ達はミリアリアを落ち着かせようとして、けれどミリアリアは叫ぶばかりで。そこにマリューとフラガがきた。
流石と言うべきか、マリューがミリアリアを落ち着かせて、ラクスと二人でミリアリアを自室へと連れて行った。キラとカガリはラクスに医務室で待つようにと言われ、渋々ながら頷いた。ミリアリアが心配だった。そして何があったのか気になった。けれど無理についていくわけにもいかず、険しい顔をしたムウと一緒に医務室へと向かったのだ。

「ミリィはあんなことする子じゃないんだ」
キラが苦しそうに言う。
ぴくり、とアスランが反応したことに気づいたのはムウだけだ。カガリは気づかず、そんなことは私だって知ってるさと髪を掻きあげた。
「何か理由があったのでしょう。ミリアリアさんを追い詰める理由が」
それは何だ。
沈黙が降りたその時、理由?と低い低い声が響いた。え、と顔を上げた面々の視線は同じ先。眠るステラの手を握っているアスランの元。
アスランはステラの髪を優しく優しく撫でている。うつむいているため目は見えない。
「理由なら一つだ。彼女は、ミリアリア・ハウは俺を憎んでいる」
「アスラン、君、何言って…」
「ずっと視線が付き纏っていた。敵意が殺意に変わる瞬間も知っている。彼女は俺をどうにかして殺したかった。彼女自身はそこまで思っていないつもりだったんだろうが、あれは殺意だ」
「違う!違うよ、アスラン!ミリィはそんなこと…!」
キラが否定するが、マリューがはっとした顔でムウを見上げた。
つい先程ムウは言っていた。ミリアリアはアスランに恨みがあるのかと。今にも殺しそうな顔で睨んでいるのだと。
過去、殺意を抑えて許すことを選んだミリアリアだ。今回も大丈夫だと思っていた。だからそう言った。そう言った矢先にステラがミリアリアに怪我を負わされた。その原因はアスランへの憎しみだとアスランは言う。けれどそれならば何故ステラに?それは今見ている光景から推測される。
マリューが額を抑えて苦しそうに口を開く。

「ミリアリアさんはアスランくんに恋人を殺された。だからアスランくんが大事にしてるステラさんを傷つけて、同じ思いをさせようとした。そう言いたいの?」

な、とカガリとキラが声を上げた。ラクスも声は上げないまでも厳しい顔だ。
「マリューさん!ミリィがそんなことするはずないじゃないですか!」
「そうだ!あいつは…!」
「ならどうしてステラが切りつけられたんだ?」
「…!」
反論する二人にムウが言う。
ムウがステラを大事にしていることは誰もが知っている。父親のように接していることを知っている。そんなステラを傷つけられた。ムウが憤るのも当然だ。
「なあ、マリュー。大丈夫だって言ったよな?俺が嬢ちゃんがアスランを殺しそうな顔で睨んでるって言った時、嬢ちゃんなら大丈夫だって言ったよな?」
「……ええ」
「ならこれは何だ?何でステラがこんな目に遭うんだ?」
「……ごめんなさい」
ムウの鋭い視線にマリューがうつむく。謝る声はか細くて。
それにカガリがフラガ!と睨みつける。
「艦長は関係ないだろう!」
「いいの、カガリさん。私はムウから聞いていたのに、ミリアリアさんなら大丈夫だからって言ったの。心配しないでって。なのにステラさんが怪我をすることになって…」
「マリューさん…」
キラが顔を歪めた。

ミリアリアはこんなことはしない。絶対しない。そう言いたかった。でも実際に切りつけられたステラがいて。錯乱したミリアリアがいて。ムウからミリアリアについて聞かされていたマリューがいて。
理由はアスランを憎んでいるから。アスランはそう言う。
キラとラクスとカガリはミリアリアにとっても大事な友人だ。だからミリアリアにとって関係ないステラを狙った。
マリューはそう言って、アスランも反論しない。そんなことない。そう言いたいのに、他に理由が思いつかなくて。だってミリアリアの恋人のトールはアスランに殺された。そのせいで同じ時期に捕虜になったディアッカを殺そうとして。
でも結局殺さなかったのだ。後にはそのディアッカと恋人に近い仲までいったのだ。そのミリアリアがそんな。

「全てはミリアリアさんとステラさんが目覚められてからですわ」
「…ラクス」
「わたくし達がここで話し合っていても、それは推論に過ぎません。真実はお二人がご存じなのです。ですからアスラン、フラガ少佐。お二人はステラさんから話をお聞きしてください。わたくし達はミリアリアさんからお聞きいたします」
よろしいですね。その言葉にアスラン以外が頷いた。
アスランはステラの顔を見下ろしたまま、何も言わなかった。だから誰も気づかなかった。その口元が歪んだことに。

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