夢を見る。トールがMAの訓練を始めた頃の夢。
他の皆はゲームセンターでシュミレーションゲームをしている気分だった。だから誰も気づかなかった。トールは戦場に出ていくための訓練をしていたのだということに。

「キラ!」

トールがキラを助けに行くとブリッジを飛び出していったあの時、何て馬鹿なことをと思った。戦えるはずがない。トールはナチュラルで、軍人でもなくて。だから行かないでと。帰ってきてと。
キラ一人に戦わせられない。その言葉の意味が分からなかった。だって皆皆ブリッジで戦っていた。なのにどうしてキラ一人、なんて言葉が出てくるのか。それでどうしてMAに乗って戦場に出ていくことになるのか。

「トール!!」

爆散したMA。
呼んでも返らない声。
もう、帰ってこない恋人。

あの時確かにザフトを憎んだ。トールを殺した赤いMSを憎んだ。それだけだった、はずだ。


隠された気持ち


向かいのベッドでじゃれあう二人をネオはただ見る。
ザフトの軍人であるアスランと地球連合軍の軍人であるステラ。本来ならば敵同士の二人。実際に戦ったこともある二人。それがザフトとも連合とも関係がない、中立を謳う国に所属している艦の中で敵意を見せるでもなく、殺しあうでもなく共にいる。

不思議なものだな、と思ったのは初めだけだ。
アスランは膝の上でパソコンを操作していて、ステラはアスランの腕に抱きつきながらその画面を見ていた。一体何を見ているのだろうか。時々二人で顔を見合わせて何やら話している。
仲がいいなあ。相性よかったんだなあ。今はそう思うだけだ。

そこに医務室のドアが開いた。入ってきたのは四人だ。キラとラクスとカガリとマリュー。この艦にとっての重要人物が四人も。
何て無防備なことだ、とネオが笑う。それをどう勘違いしたものか、マリューが微笑みを返した。

「怪我のほうはどう?」
「ああ、もう大丈夫だ」
「そう。よかったわ」

もうそろそろ起き上がってもいいかもしれないわね、と安堵の息を洩らすマリューに、ステラとアスランがちらり、とネオを見た。
その視線に視線は返さずネオは笑う。何てしらじらしい。ネオの怪我はキラによるものだ。キラがネオを堕とした。そんなことは表に出さずに笑う。
ああ、違う。違うか。キラはネオがムウではないかと疑った。だからいつもならば堕とした後は放っておくパイロットを助けるようにマリューに頼んだのだ。そしてマリューが助けに降りた相手は確かにムウで。すぐにAAに運んで治療を行った。
つまり彼らの中ではムウを助けたという認識にすり替わっているということ。

「アスラン。お前はまだ起き上がるなよ?」
向かいではアスランの側に座るカガリがそう言って、アスランは困ったように笑っていた。
「もう大丈夫だよ、カガリ」
「馬鹿を言え。どれだけ酷い怪我だったと思ってるんだ」
一時は生死すら危ぶまれたのだ。カガリの言葉は正しい。
睨みつけるようにアスランを見る目は揺れている。頼むから大人しくしていてくれと懇願しているかのように。
それにアスランが、心配をかけてすまない、と謝る。そう思うなら大人しく寝ててよね、とキラが。ラクスは微笑んで頷いた。
「そう、だな。早く怪我を治すためにも大人しくしてるよ」
「絶対だからな?ちゃんと様子を見にくるからな?」
「信用ないな」
「お前がすぐに無茶するからだろう!って、何だこの傷!」
「え?…ああ、爪で引っ掻いた」
「お前な…」
気をつけろよ、とカガリがアスランの頬についている傷を手当するために立ち上がる。
そんな様子をキラ達は微笑ましそうに見ている。
長い間離れていた恋人達が再会し、こうして一緒にいられるそのことを喜んでいるのだろう。もう二人は敵対しなくていい。一緒にいられるのだ。
だから気づかない。アスランの腕に抱きついているステラがカガリを睨みつけていることに。

苛烈な光を目に宿したステラに気づいているのかいないのか。アスランがステラの頭を撫でた。
すううっとステラの目が元のほやんとしたものに戻る。猫のようにアスランに頭を擦りつけて、まるでごろごろと喉を鳴らしそうだ。
それを、まあ、とラクスが微笑んで、キラが本当仲良くなったよねと笑った。戻ってきたカガリも笑って、だがとベッドに乗り上げる。

「アスランの怪我の治療をするから、すまないが少しだけフラガのところに行っていてくれないか?」
ステラが動きを止めた。アスランの腕に顔を埋めていたため表情は見えなかったが、次に顔を上げた時のステラはきょとんとした顔でカガリを見て、アスランを見た。そしてうん、と頷いてネオ!とネオを呼んでアスランから離れた。
「ほらこい、ステラ」
「ネオ!」
広げた腕に躊躇いなくおさまってくるステラに笑って抱きしめてやると、ふふっと笑うマリューの声の後ろ、ぞくっとするほどの殺気を向けられて、いやいやいや、ちょっと待てって、これぐらいいいだろ。俺一応父親代わりなんだから。恐る恐る視線の主を見る、がこちらを見ていない。こちらに向けた殺意など微塵もない好青年が友人達と笑い合っていただけだ。


本当におっかねえ奴。


ネオは苦笑する。
そしてネオの背中にに爪を喰い込ませているステラの背中をぽんぽんと叩く。

いつからだっただろうか。初めはお互いに警戒していたのに。敵だったのだ。同じ戦場で敵対していたのだ。それは当然のことだったのに。なのにいつの間にか二人は接近していた。
ステラはネオのベッドを降りてアスランのベッドに乗るようになったし。アスランはただ見ていただけのステラを膝に乗せるようになった。
特に会話はなかったように思う。ほとんど見つめあっていただけだったように思う。なのに気づけば二人は当たり前のように一生にいるようになって、微笑みあうようになった。
二人の間に何があったのだろうか。同じ部屋にいたネオにも分からない。同じ部屋にいながら分からなかった。二人は言葉もなく、お互いに何を見出したのか。ネオには分からなかったけれど、ひとつだけ、分かった。


決して、決して傷つけるな。手を出すな。その時がお前達の最期だから。


視線を向けられたマリューと、その後ろにいる少年少女は、そんなネオを知らずに笑っていた。


*


「キラ」
「ミリィ」

アスランとムウの様子を見に行った帰り、フリーダムの整備をするためにラクス達を別れた。そこでミリアリアに会ったキラは、ミリアリアが医務室に行ってきたの?と聞くのに頷く。
「うん。元気そうだったよ、皆」
「そう。よかった」
ミリアリアが笑う。
「でもアスランの方はまだ無理は禁物かな。すぐ無理するから全然治らないんだ。今日も何してたのか知らないけど、怪我してて」
「キラの目を盗んで?」
「そう」
本当しょうがないんだから、そうため息を吐く。
ミリアリアは笑っていた。笑って、キラの目を盗んで、何してたのかしらね、と。それに本当だよ、と返したキラは気づかなかった。ミリアリアの目は笑っていなかった。









許せなかった。
アスラン・ザラという男が許せなかった。
だって彼はミリアリアの大事な人を殺した。殺したのに殺したという認識すらしていなかった。
キラと話しているところを偶然聞いてしまった時は目を疑った。君もトールを殺した。そうキラが言った時、アスランは不思議そうな、覚えがないとでも言いたそうな顔をしたのだ。

トールを殺したくせに。
なのに彼は殺した相手を覚えていない。決死の覚悟でキラを助けに戦場を駆けたトールのことをまるで虫を殺すように殺したくせに。…ああ、だからか。アスランにとってトールは虫と何も変わらなかった。周りをうろつく虫と何も変わらなかった。だからあっさりと殺してみせて、そうして記憶にも留めなかった。

ギリッと歯を食い縛る。
キラの友達だから。幼馴染だから。そしてラクスの元婚約者で、カガリの恋人だから。だから耐えたけれど。許せないなんて言わずにいたけれど。けれど本当は許せなかった。今回のことだってそうだ。ミリアリアは許せない。

アスランはキラ達の真意を知っていたのに敵対した。キラ達じゃないものを選んだ。キラの苦しみを知っていて責めた。カガリの辛さを知っていて責めた。不愉快だった。
結局キラ達が正しかった。アスランが信じたギルバート・デュランダルは信じるに値しない人物だったと知って、アスランはAAに戻ってきた。
それをキラ達は喜んだ。よかったと笑った。けれどミリアリアは許せなかった。キラ達を傷つけた結果がこれ。いつもいつもキラ達を傷つけて、いつもいつも間違いを思い知らされて帰ってくる。キラ達に敵対しても信じ続けてもらえるほどに大切に思われてることを知っていての甘えなのだと思った。

都合がよすぎる。
アスランは都合がよすぎるのだ。キラ達に受け入れられることを知っているからこそ、キラ達に甘えて自分の都合を振りかざす。
だからミリアリアはキラ達のようにアスランを許せない。彼はまた同じことをする。必ずする。そう思うから。
そしてそれを何とも思わないのだ。キラ達と敵対して傷つけたように。オーブ軍を傷つけたように。トールを殺したように。したことを何とも思わずに、記憶から消してしまうのだ。

「キラ」

キラは優しいから。だから許してしまったけれど。
アスランが戻ってきてくれたと笑っていたけれど。

もうこれ以上、大切な友達を傷つけたくないから。

どうすれば二度とアスランが裏切らないようにできるだろうか。どうすればキラ達に縛りつけておけるだろうか。

ずっとずっと考えている。

next

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送