愛しいひと、わたしはここに


世界は変わる。
そう思っていた。誰もがそう感じていた。けれど、だ。けれど誰も思いもしなかった方向へと世界は変わった。変わろうとしていた。

閉じられた扉。狭い部屋。着せられた囚人服、そして両手に鎖。
叫んだ。
どういうつもりなのだと。
訴えた。
このような卑劣な真似が許されると思っているのかと。
けれど耳を貸すものはない。誰もがラクスを見ない。見ないようにと努めていた。誰も見たくはなかったから。歌姫と慕ったラクスが戦犯となった瞬間を、誰も。

ラクス・クラインの裏切りの発覚。それはプラントを震撼させた。聞いた誰もがふざけるなと、嘘だと発表した最高評議会を罵倒した。けれど一つ一つ説明される事実に次第に言葉を無くした。

ラクスが所有しているエターナル。新たに現われた二機のMS。その維持費、製造費が何から支払われたと思うのか。その答えは税金の横領。不透明な流れを追えば、辿りついた事実。
いつからだ。いつからそんなことに、と思えば先の戦争の停戦後すぐだ。クライン派によって暫定的にだが占められていた最高評議会が機能してすぐだ。
停戦してすぐだ。プラントに無駄な金などどこにもなかった。むしろ足りなかった。それを何とか遣り繰りして日々を過ごしていた。苦しかった。辛かった。けれど戦争が終わった以上、これからはよくなる。そう信じてがんばっていた。
なのに、だ。なのに苦しい家計の中から納めていた税金をラクスは横領していたのだ。戦争は終わったはずなのに、戦艦を維持するために、新しいMSを製造するために!
そしてそのMSの原動力はよりにもよって核!プラント国民にとって憎んでも憎みきれない、たくさんの無力な同胞を殺した核!二度もこのプラントに撃ち込まれんとした核!

何故だ。どうしてだ。知っているだろう、ユニウスセブンの悲劇を!あの嘆きを、あの憤りをあなたも味わったのではないのですか、ラクス・クライン!!

それでも信じるものはいた。ラクス様がそんな真似をされるはずがない。ラクス様は我らを守ってくださったのだ。そのために戦ってくださったのだ。そう叫ぶのは信頼、というよりは、そうであってほしいという願いだった。そうでなければならない、というラクスを慕った心がさせる脅迫だった。
なのに、だ。評議会は更に示すのだ。

ディオキアの基地の襲撃。
伏せられていた真実は、当時ラクス・クラインを偽っていた少女を偽り、本物のラクス・クラインがシャトルを強奪した結果なのだと。シャトルを強奪されたことに気づいた管制部がシャトルを打ち落とそうとして、それを妨ぐためにフリーダムが管制部を破壊した。
上がった悲鳴は誰のものか。
ディオキアの基地に勤めていた兵士達に近しいもの。戦争で死んだのだと思っていた。敵に殺されたのだと思っていた。信じていた。それが。それがよりにもよってプラントの歌姫、ラクス・クラインに殺されていたなんて!!

嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ!!
声は上がる。悲鳴のような声が方々から上がる。後一歩進めば暴動が起こるだろう。そんな危険を帯びた声が。
けれど次の言葉で国民は言葉を失った。

フリーダムのパイロットは、先の大戦でアスラン・ザラが殺したはずのストライクのパイロット。
彼はラクス・クラインに助けられ、フリーダムのパイロットになった。そうしてラクス・クラインの恋人となった。

嘘だ。
そう言いたかった。
そんな悪質な嘘をよくも、と言いたかった。
けれど言えなかった。プラントからフリーダムは強奪された。エターナルも同様に。元々ラクス・クラインのためのものではなかった。プラントを守るための剣であり盾であった。それを彼女が強奪したのだと。アスラン・ザラはそれを奪還するべく密命を帯びていたのだと。途中知った父であるパトリック・ザラの乱心。それ故に彼女達に協力することになったのだが、そうでなければ彼は国家反逆罪となったラクス・クラインを捕らえ、フリーダムを強奪したストライクのパイロットを捕らえるはずだったのだと。
当のアスラン・ザラ本人の口からも聞かされれば、皆激情すら失くし放心する。

嘘だ。嘘だろう。そう言ってくれ。
誰もが願った。ラクス・クラインの婚約者であるアスラン・ザラが目を伏せた。苦しそうに、辛そうに目を伏せた。
これが真実なのだと。
本当ならば知らせたくなかった真実なのだと。
婚約者であるアスラン・ザラが、婚約者であるラクス・クラインの罪をそう言って告白するから。

誰もが真実なのだと、思い知らされた。




* * *




ラクスがプラントに拘束された。エターナルクルーも、アスランとメイリンもまた、拘束された。何としても皆を助けなければ。彼らは仲間だ。大事な大事な仲間だ。そう誓って動いていた。
AAクルーの皆は快く賛同してくれて。必ず助けられると励まし合って。そうして、どうしてこうなったのだ。

「嘘だ!こんなこと、アスランが言うはずない!!」

目の前のテレビではニュースキャスターが戦犯となったラクスについて話をしている。その後ろにある画面に映るのはアスランだ。アスランが証言台に立って、ラクスが犯した罪を語った時の様子が映されている。
それが信じられなくてキラが叫べば、マリューが苦しそうに眉を寄せた。

「…アスランくんは、ザフトだわ」

「マリューさん!?」
「ムウが言ったでしょう?ラクスさんはプラントに対する影響力が強いって。それを今の政府が危惧したというのなら、アスランくんもそうだったのかもしれないわ」
「そんなこと!アスランはそんなこと思いません!」
彼は優しい。とても優しい人だ。そんな人がラクスをキラをカガリを陥れるはずがない。
なのにマリューは辛そうに目を伏せて、自身の左腕を強く抱いた。
「そうね。彼はとても優しいわ。でも、彼は私達に一度、背を向けているのよ」
はっとキラが息を呑んだ。
「ラクスさんがプラントに命を狙われたと知っても、彼はザフトに戻ったわ。カガリさんが戦争を止めようと叫んでも、彼は戦うことをやめようとしなかったわ。その彼がどうして私達のところにきたのか、キラくんも知っているでしょう?」
「そんな、の、デュランダル議長が間違ってるって分かったから…」
「違うだろ?キラ」
フラガがマリューの肩を抱いて、険しい顔でキラを見る。
「アスランはギルバート・デュランダルに切り捨てられた。だから彼はザフトから逃げ出した」
「だからそれは!」
「確かに彼は疑心を抱いたんだろう。だから切り捨てられたんだろう。けどな、それでも彼はこっちにこなかった。追われるまでザフトから抜けようとしなかった」
「…っ」
言葉を失ったキラは、それでも違う、と言おうとした。した、けれどどうして違うのか。それが思いつかない。
アスランはそんなことをするような人間ではない。そんなことは幼馴染であるキラが一番よく知っている。けれど、けれど。

アスランはキラの言うことを聞いてくれなかった。

オーブに剣を向けて。キラにも剣を向けて。カガリが泣いていたのに、アスランは退いてはくれなくて。
それからもアスランはこちらにはきてくれなかった。そう、フラガとマリューが言うように、冤罪をかけられるまでアスランはザフトから離れようとしなかった。

「お前達は!お前達は疑うのか。アスランを!一緒に戦ってきた仲間を疑うのか!!」

はっと顔を上げる。
いつの間にだろう。忙しく動き回っていたカガリがそこにいた。憤った顔でこちらを見ていた。

「確かにアスランはザフトにいた!私達がどんなに言ってもきてはくれなかった!でも最後には一緒に戦ってくれたじゃないか!あんなに信じていたデュランダル議長を止めるために、ディステニープランを阻止するために戦ってくれたじゃないか!」
なのに疑うのか。脅迫されているのではないか、と言った口で、ラクスを裏切ったのだと言うのか。
それにキラが安堵する。カガリはアスランを信じている。なら大丈夫だ。キラも信じていていいのだ。けれどマリューとフラガは険しい顔のままだ。
「私達も疑いたいわけじゃないの。アスランくんのことだもの。メイリンさんを人質に取られてる可能性だってあるわ」
メイリンを助けるために証言をした、とも考えられる。けれど、だ。アスランが語ったことはあまりに多い。ラクスを潰せるだけの材料をアスランは語った。幼馴染であるキラがプラントに憎悪されていたストライクのパイロットだと知らせた。
アスランがザフトだから。それ以外の理由があるのだとすれば、メイリンを助けるためにラクスをキラを見捨てた。そういうことではないのか。
「アスランは…っ、あいつ、はそんな…!」
そんな奴じゃない、と叫ぶ。
私達なら何とかすると信じて、そう叫ぶ。
それが真実心からのものではないとマリューもフラガも分かっている。そう信じたいのだ。カガリも二人と同じようにアスランに裏切られた。そう思っているのだ。それを否定するために叫んでいる。
「あいつは…!」


『それでは修復されていたフリーダムは、以前のまま、核を搭載していたと?』


硬い声でニュースキャスターが告げるのに、その部屋にいた四人が咄嗟にテレビに顔を向ける。
画面に映っているのは最高評議会だろうか。その前に立つアナウンサーが映っている。

『はい。ですがフリーダムを修復したのはラクス様でもプラントではなく、オーブであるとの情報が得られました』
『それはどういうことですか?』
『はい。ヤキン・ドゥーエの戦いの後、ラクス様が率いるエターナル、フリーダム、そしてAAが姿を消しました。エターナルはラクス様が、フリーダムとAAはオーブが修復し、隠し持っていたようです』
『ではオーブはフリーダムを自国に持ち帰り、修復し、動力を別のエネルギーに造りかえることもなく、核を搭載させたまま再び戦場に出したということですか?』
『はい』

画面の中のニュースキャスター達の顔が険しい。
平和の国。中立の国。そう謳っている国が先の戦争で大西洋連邦の要請で兵器を開発し、ザフトを苦しめたことは誰もが知っている。その国が再び、それもプラントから強奪した機体を隠し持ち、戦場に出した。ユニウス条約で禁止された核を搭載させて。これは逃れようのない条約違反だ。

カガリの顔が真っ青になる。
フラガとマリューが息を呑み、キラが目を見開いた。

「う、そ。だって、誰も知らない。フリーダムに核が載ってるなんて、誰も知らな…!」
はっとする。
修復されたフリーダムが、再び核を載せているということ。それを知っている人物。それを知って、苦い顔をしていた人物。それを知っている。




「アス、ラン?」

next

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送