愛しいひと、わたしはここに


「アスランさん」

隣で不安そうに目を揺らすメイリンの頭を撫でて大丈夫だと囁くと、メイリンがこくんと頷いて深呼吸する。
そんなメイリンに小さく微笑んで、アスランはソファの背に体を預けて正面を見る。
ここはAAではない。エターナルでもない。だから周りにキラもラクスもいない。二人だけだ。

「どういう、ことなんでしょう?」
「そう、だな」

アスランとメイリンはシン達を迎えにきた艦に乗ってプラントに戻ってきた。アスランからの申し出ではなく、プラントの申し出によってだ。
断る理由はなかった。むしろ願ってもないこと。だから止めるキラ達を振りきって戻ってきた。
二人にかけられた冤罪。アスランのものはともかく、メイリンのものだけでも解かなければいけない。ザフトに敵対した事実は消えないから、無罪というわけではないだろうが。
けれど、だ。二人、評議会の一室に招かれてからもう二時間も経った。外には当然のことながら見張りが立っているが、二人を外に出さないようにという命令を受けているだけで、いつまでこうしているのかは知らされていないようだった。

「アスランさんは何か分かりますか?」
「いや。ただ、少し気になってたことがある」
「気になってたこと、ですか?」
顔を上げたメイリンがアスランをじっと見てくるのに頷く。
「そう。この状況と少なからず繋がってるんじゃないかと思うんだが」
え、とメイリンが目を見開く。そしてうーん、とアスランが気になることが何なのか、自分の記憶を探っていく。
「え、と。私達に迎えがきたこと、ですか?」
「それもある」

何かが可笑しいと引っ掛かりを覚えたのは、ラクスにプラントまで足を運んでほしい、と評議会が頼んできたことだった。戻ってきてほしい、ではなく足を運んでほしい。それに何故、と。
国民の支持を受けていたデュランダルを失った今、プラントは同じだけの支持をもつもの、もしくはそれ以上の支持を受けるものを欲しているはずだ。
ならばラクスに戻ってきてほしいはずだ。とりあえずの応急処置としてでも、はたまたお飾りとしてでもいい。ラクスがほしいはずだ。ラクス以上に国民の支持を得ているものなどいないのだから。
なのにその話が出てこなかった。もしかしたらその話のために呼ばれたのかもしれないけれど。

次に引っ掛かったのは、AAに保護されているシンとルナマリアには迎えがくるというのに、ラクスにはこないということだ。人員不足のためエターナルで戻ってほしいと評議会は言った。
ならば何故シン達には迎えがくるのか。
思いつく理由はラクスとシン達の立場の違いだ。
今回の終戦の立役者は誰かと聞かれれば、ラクスと答えるものが多いだろう。
そしてシン達は今回の戦争の敗者であるデュランダル側の人間で、ラクスとは敵対したのだ。
だから一緒にエターナルで連れて行こうと言うラクスの申し出をプラントが断ったのだと考えるのは間違いではないだろう。
ラクスを迎え入れることとシン達をプラントに戻すこととでは意味が違ってくる。そのため同じ艦、しかもラクスの艦と認識の高いエターナルに乗せるわけにはいかなかった。
一応の説明はつくが、何かが可笑しい。だからもしかしたら、と思ってはいた。もしかしたらラクスは…。

「もしかしたら?」
アスランの言葉を繰り返すメイリンを見ると硬い表情。ぎゅうっと胸の前で握られた両手。アスランの言いたいことに気づいたのだろう。その顔は少し青褪めているように思える。
アスランは手を伸ばしてぽんっと頭を撫でる。小さく微笑めば少し緩められた表情。


もしかしたらラクスは失うのかもしれない。ラクス・クラインたるべき全てを。


* * *


ラクスは厳しい顔で向かい合って座る相手を見る。後ろに立っているバルトフェルドも同様だが、それを受ける相手は知らぬふりだ。

「ご説明いただけますか。わたくしは評議会の要請でプラントに戻ってまいりました。通信では差し障ることもあるということで、直接の対面を望んだのはそちらではありませんか」
なのにこの状況はなんだ、とラクスが向かう男の後ろに並ぶザフト兵を見る。
こちらからは見えないが、ラクスとバルトフェルドの後ろにもいるし、部屋の外にもいる。これはラクス達の意志でこの部屋を出られないということだ。
そんな状況では一体どういうことだ、と思うのは当然だ。けれど男はこれは異なことを、と微笑んだ。
「わたくし共よりもあなたの方がよくご存知でしょうに」
「何のお話でしょう?」
眉を寄せるラクスにもうしばらくお待ちください、と男。何かを待っている様子だ。
バルトフェルドと顔を合わせると通信が鳴る。通信機のすぐ側のザフト兵が男の指示を待って開くと、信じがたい言葉が聞こえてくる。

『エターナルクルーの捕縛、完了いたしました。これよりエターナルのデータ解析を始めます。
…ああ、お待ち下さい。只今アスラン・ザラ、メイリン・ホーク両名が説得に応じたとの報告がありました』

男が頷き、通信を受けたザフト兵が通信先のザフト兵に応じている間、ラクスとバルトフェルドは驚きで目を見開いていた。何の話だ。
ラクスとバルトフェルドがザフト兵に囲まれ銃を向けられている以上、エターナルクルーにも何かあるのではないかとは思っていた。けれど捕縛。何だそれは。彼らが何をしたというのだ。
そしてアスランとメイリン。ラクスより先にプラントへ戻った二人。その二人の名前がどうして出てくるのだ。説得に応じた?何の?
不審を顔に出して男を見る二人に男はようやく話す気になったのか、口を開いた。

「あなたはわたくし共がどのような用件であなたをお招きしたとお思いですか?」
「わたくしの責任を果たすためではないのですか」
「その通りです。ではその責任とはどのようなものでしょう?」
ラクスが不快そうに男を見る。
「それがわたくしの問いに関係があるのですか?」
「ええ」
ラクスがちらっとバルトフェルドを見ると、バルトフェルドもラクスと同じような顔でラクスを見ていた。
どういう関係がある問いなのかは分からないが、答えない限り男は答える気がないらしい。仕方がないとラクスは小さく息をつく。

「わたくしはラクス・クラインです。その名が持つ影響力を考えれば戦後のプラントに身を置くことは好ましくありませんでした。ですから前回の大戦の後、わたくしはオーブへ降りました。
ですが、そのためにギルバート・デュランダルにわたくしの名を姿を声を利用する隙を与えることになりました。そうして夢を利用された少女の人生を狂わせ、プラント国民を偽る結果ともなりました。
それは隙を与えたわたくしの責任でもあるのでしょう。だからこそわたくしは今度こそプラントのため、いいえ、プラントだけではありません。世界の平和のためにこの身を役立てたいと思うのです」

ラクスの言葉は揺るぎなく、向ける視線もまた揺るぐことない強いものだった。思わずその存在に引き込まれそうになるほどに。
男はふむ、と目を伏せる。一瞬とはいえ引き込まれそうになったことに恐怖を覚える。

「つまりあなたは、あなたの果たすべき責任とは世界を平和へと導くこと、とお考えなのですね?」
「そのためのラクス・クラインであると思っております」
なるほど、と男は目を上げる。


「ではその責任は果たせぬものとお思いいただきたい」


「どういうことです」
「わたくし共がいう責任とは、あなたの負うべき罪のことを指すのです」
「わたくしの罪?」
身に覚えはありませんか、と男が自嘲したような笑みを零す。
「あなたは平和の歌姫です。我々はそう信じてきましたし、あなた自身もそのように振舞っておられた」
ラクス・クラインとは平和のために歌うもの。プラント国民だけの幻想ではない。ラクスも同意したうえでの平和の歌姫。それに違うかと問われ、その通りだとラクスが頷いた。
「ですが我々はここに至ってようやく気づいたのです。我々とあなたの間では平和の歌姫の解釈が違うのだと」
「どういうことです?平和を歌うもの、それが平和の歌姫であるとわたくしは理解しておりますが、あなた方は違うのだとおっしゃるのですか?」
「いいえ、そうではありません。その平和が問題なのです」
ラクスが眉を寄せた。そしてバルトフェルドを見ると、バルトフェルドもまた眉を寄せていた。
そんな二人に男は笑いかける。

「我々は兵器を開発し、意にかなわぬものを攻撃する。そうして平和を歌うものを平和の歌姫とは呼ばないのですよ」

ラクスとバルトフェルドが目を見開く。
違う。そうではない、とラクスが首を横に振った。

「ストライクフリーダムとインフィニットジャスティスのことをおっしゃっているのですね。
あの頃は停戦条約が結ばれはしましたが、いつ破られるかしれない状況でした。危うい均衡のうえにあったのです。ですからわたくしは万が一、世界が再び争いあうことになった時、以前のような状況になる前に止めるための力が必要と考えました。そのために造らせたMSがあの二機なのです」

必要となる時がこなければあのまま眠り続けるはずだった。そう言うラクスに、けれど男は頷かない。
「そうなる前にできることがあなたならばあったのではありませんか?」
戦争になってからの対策ではなく、戦争にならないための対策。それを考えなかったのか。
言われてラクスは先程も申しましたとおり、と眉を寄せた。
「ラクス・クラインの名が持つ影響力を考えれば、わたくしは表舞台に立つわけにはまいりませんでした。
わたくしが語る言葉にプラントは左右されます。そうではないのです。プラントに住む一人一人が考え、動かねば本当の平和は得られません」
だから静観していたのだ。
パトリック・ザラの独裁政治の末を知った国民ならばそうしてくれるのではないか。そう信じていた。
けれどそうはならなかった。ギルバート・デュランダルが出てきたからだ。国民はギルバート・デュランダルに独裁を許してしまった。
「それが間違いであったとおっしゃるのならばそうなのかもしれません。ですが、今もわたくしはその考えに変わりはありません。そのためにそちらの要請に答えたのです」
だが二年前と同じことはしない。ラクスが姿を消すだけでは何も変わらないのだと分かったから。
それに、だ。二度目の独裁者もまた戦犯となるのだ。国民も今度こそ目を覚ますだろうが、独裁政治に慣れた国民に漬け込むものがでないとは言い切れない。
だから今度は隙を与えないために、ラクスが信頼しているものに政権を託そう、そう思うのだ。それを提案するために要請に答えた。
そう言えば男が微かに眉をひそめた。

ラクスの言うことは間違っているわけではない。正しいとも言える。
確かにプラントは誰かに依存することに慣れている。パトリック・ザラ然り、ギルバート・デュランダル然り、ラクス・クライン然り。
国民は彼らに全てを任せた。任せ、流され、そうして悪い結果になった時、それを正してくれたものに身を委ねる。今まで委ねていたものを悪と罵って。
そんな状態のままではいけないということも男には分かっている。情けないがようやく分かってきたところだ。だから二年も前にそれに気づいていたラクスには感服する。
だがやり方というものがある。ラクスの取った方法はやり方、と呼ぶものではない。放置、だ。
今度はそうではないというが、今度はラクスの言葉をラクス自身が語るのではない。他者に委ねようというものだ。それで伝えたつもりなのだろうか。指摘するつもりはないが。

「ではその方のお名前だけお聞かせいただきましょう。こちらで審議させていただきますので」
ただし、と微笑む。
「その方に犯罪歴がなければ、の話ですが」
「なっ」
ラクスが目を見開いて、そして男を睨みつけた。
何ということを言うのだ、と怒りを抑えた声を放つラクスに重要なことなのですよ、と笑みを引っ込める。
「新型MSをお造りになられた理由はよく分かりました。あなたがこの二年、平和の声を届けられなかった理由もまた理解いたしました。ですがそれが何になりましょう。あなたが平和の歌姫としてできることを放棄され、武力に走られたことは確かです」
「違います!」
がたっとラクスが思わずといったように席を立った。
後ろで険しい顔で立っていたバルトフェルドがラクス、とラクスを落ち着かせるように腕を引いて座らせる。だが目は険しいまま男に。
「あなたは何がおっしゃりたいのですかな」
「何が?砂漠の虎ともあろう者が分からないと?」
嘲笑を向ける男にバルトフェルドも似たような笑みで答える。
「ラクスを非難しているように思えますが?」
「多少違うな。非難ではない、罪を問うているのだ」
「罪、だと?」
男がバルトフェルドから視線をラクスに戻して、お分かりになりませんかと問う。
「勝てば官軍と申しますが、今回ばかりはそうはいきません。我々評議会はあなた方を罪人として裁かせていただく」
ラクスとバルトフェルドの目が大きく見開かれた。
二人を囲むザフト兵達が男の合図で二人に近づいてくるのを横目に、バルトフェルドがラクスを守るように抱き寄せる。
「馬鹿なことを…!ラクスは戦争を止めるために動いたんだ。それは誰もが知ってることだ」
「そうだな」
「国民がこんな真似を許すと思っているのか!」
男が立ち上がってくっと笑う。
許すも許さないもない。




「ラクス・クライン。あなたの言う通り、あなたという幻想から国民の目を覚まさせねばなりません」




今がその時なのだ。

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