緑が溢れる大地。
青い空が広がる大地。
そこに一人ぽつんと立っている。
柔らかい風を受けながら、空を見上げながら一人。

ずいぶん遠くまできた。
ここはどこだろう。
宇宙ではない。地球。

宇宙に、帰りたい?と聞かれた。
分からないと答えた。
宇宙が、怖い?と聞かれた。
ここも怖い、と答えた。

怖い。怖い。怖い。
どこにいても怖い。
情報が流れる場所は怖い。
情報は力。何よりも欠かせないもの。
それを知っているというのに、怖い。それがない場所に行きたい。

馬鹿だ。
愚かだ。
けれどもう逃げた。
もう逃げることを選んで、逃げた。
色々なものから逃げて、逃げて、逃げて。
これからもずっと逃げ続けるのだ。

「アスラン」

唯一の同行者、いや、先導者?その声に振り向く。
少女は不安定だった。
ぐらぐらと揺れて、揺れて、揺れて。
自分とは違うけれど、同じように揺れて。
無垢な子供のような目をして、けれど不意に歴戦の戦士のような目をした。

通っていた病院で会った時、ただ目が合っただけだった。
次に会った時、何故か見つめあった。
会うたびに見つめあう時間が長くなって。
気がついたら隣に座りあって目の前の風景を眺めていた。

言葉なんてなかった。
交わしたことなんて一度もなかった。
突然少女が部屋を訪ねてくるまで、一度も。

「ステラ、は」

どうして俺を訪ねてきたんだ。
一緒に逃げてどれくらいの月日が経ったろう。初めて聞く。
ステラは表情なく、ぼうっとした目でアスランを見ている。

「呼ばれた、から」
「呼ばれた?」
こくん、とステラが頷いた。
「アスランが、呼んだの」

助けてって。

目を見開く。
「ずっと、泣いてた。ずっと、アスランは泣いてた」
怖いって。
やめてくれって。
だから行ったのだとステラが言う。
誰にも言ったことはなかったのに。ずっとずっと口にしたこともなかったのに。
驚いてステラを見ていれば、ステラがあのね、と首を傾けた。

「スティングとアウルは、仕方がないっていうの。ネオにとってはネオはネオじゃなかったんだから仕方がないって」

何の話だ、と瞬き。
ネオ。ネオ・ロアノーク。
戦死したと思われていたムウ・ラ・フラガを大西洋連邦が洗脳して作り上げた人間。
今回の戦争の最中、彼はムウ・ラ・フラガを取り戻したと聞いた。
マリューの元に戻ってきたのだと聞いた。
キラが、ラクスが、カガリが本当に嬉しそうに教えてくれた。

「ネオはムウで。だからステラ達のネオはもういないんだって。でもね、ステラ達に会いにくるの。退院したら一緒に暮らそうって」

どうして?
不思議そうにステラが言った。
ネオじゃないのに、どうしてステラ達と一緒にいようとするの?
ムウなんて知らないのに。知らない人なのに。なのにどうして一緒に暮らさないといけないの?
スティングとアウルは仕方がないって。
ここを出ても行くところはない。暮らしていくだけの金も力もない。自由だってない。なら差し出されたものを受け取るしかない。

「ステラは分からないから、いやって言ったの。ネオのことは大好き。でもムウは知らない人だからいやって」

ムウは困った顔で、ネオはムウだったけど、ネオだったことを忘れてないんだって。
ネオがステラを、スティングを、アウルを大切だったことはちゃんと覚えてるんだって。

「でも違うの。目が違う。表情が違う。性格も…ちょっと違う。ネオじゃないの」

だから頷けなかった。
そう言うステラに、ただ黙って頷く。
どうして突然そんな話が始まったのかは分からないけれど、頷く。

「大好きなネオはもういないの。でもムウはネオはここにいるって。違うのに。ステラのネオはもういないの」

ネオはムウだった。分かってる。
ムウに戻ってもネオの想いは覚えてる。それも分かってる。
けれどムウはムウだ。ステラが大好きだったネオはムウに還った。ならばムウは知らない人だ。知らない人を慕うことはできない。慕うだけの時間を共有してなどいないし、それほどムウを知らないのだから。
だから一緒に暮らすなんてとんでもなかった。警戒するのは、ステラにとって当たり前のことだった。

「ムウは分かってくれない。分かるけどっていうけど、分かってないの。一緒にいる女の人はいつも困った顔をするの。ムウはステラ達が好きなんだって、大切なんだって。だから分かってあげてっていうの」

だから会いたくなかった。
訪ねてきてほしくなかった。
こないで。いや。怖い。
そう思っていた。

「アスランは、ステラとちがう。でもおなじ。目が怖いっていってた。いやだっていってた。いつもいつも怯えてた」

だから側にいるとほっとした。
ステラだけじゃない。そう思った。
怖いのも、いやなのも、ステラだけじゃない。

スティングとアウルと一緒にいるのも嫌いじゃなかった。
でも二人はネオのことを諦めてた。受け入れなきゃって思ってた。
初めの頃はちょっと苛々してたけど、しばらくしたらしなくなった。
二人はネオを諦めた。自分達のこれからのために、ムウを受け入れた。
それをステラはできずにいたから。だからちょっと、辛かった。

アスランはいつも何も言わなかった。隣に座るステラを不思議そうに見ただけで、何も言わずに風景を眺めていた。
ステラを迎えにスティングが、アウルがくるまで。
アスランを迎えに銀色の人が、黒い人がくるまで。
いつもいつもステラに何も言わずにそこにいた。

「だから、俺を連れて逃げようと、思ったのか?」
「…たぶん?」

よく、分からない。
アスランに会いに行かなきゃ。そう思って。
アスランに会った後は、ただ体の動くまま。心の動くまま。頭は何も動かなかった。

ふ、とアスランは空を見上げる。
ステラが同じように空を見上げた。
青い青い空。流れる雲が少し早い。上の方は風が強いようだ。

「……父が、いたんだ」
「おとう、さん?」
「ああ。プラントを守るために、戦ってた人だった」

でも、母を失ってからナチュラルを憎んで。憎んで憎んで憎みすぎて自分を見失ってしまった。
ナチュラルを滅ぼすためならば何でもしようと。そのためにプラントを守るザフトすらも犠牲にしようとして。

「責められても仕方のないことだと分かってるんだ。それだけのことを父はした」

だが、と淡々としていた声に力が入った。
ステラが視線をアスランに戻すと、アスランは空を見上げたまま強く強く拳を握っていた。あまりに強く握りすぎているせいで拳が震えている。

「俺と父を比較するんだ。俺は英雄、父は戦犯。俺は平和のために動き、平和へと導いた英雄だが、父は戦禍を広げ、犠牲を増やした狂った指導者だったと」

親子だというのにこうも違うのかと。
よくもあの父親からこんな立派な息子が生まれたものだと。
父の声に賛同していた頃も忘れて。
父の行動全てが平和への願いではなく、滅亡への願いを込めたものなのだったのだと。


「そう言われるたび、堪らなかった…っ」


違うのだと。
父はプラントを愛していた。
コーディネーターの救いを求めてた。
起こした行動の末から戦犯と呼ばれることは仕方のないことだと分かっている。
けれどけれど、父の願いを全て否定してしまわないでほしい。

そう思うのに、何も言えなかった。言うことなど許されなかった。
英雄と呼ばれる自分が、戦犯と呼ばれる父を庇うような発言などしてはいけない。
息子が父を思って庇うのだと美談にされかねないし、アスランはザラだ。下手な発言は以前ほどではないだろうが、未だ水面下で燻っているザラを刺激することにもなりかねない。
だから言えなかった。言ってはいけなかった。ようやく取り戻した平和のためを思うならば黙っているしかなかった。


「アスランは、お父さんが大好き。ね?」


先程より近くに聞こえる声に視線を下ろせば、すぐ前に。
ステラがふわりと微笑んで、アスランの拳を両手で拾った。
目を見開いて、ステラを見る。
拳に落ちるのは雨だろうか。こんなに晴れているのに。
そう思った瞬間、込み上げる嗚咽に耐え切れなくなって、背中を曲げてステラの肩に頭を置いた。

好きだった。父が大好きだった。
忙しい父とはあまり一緒にはいられなかったけれど。
無口な父とはあまり話したことはなかったけれど。
大好きだった。

「愛しているんだ…っ」

英雄などと呼ばれるから、その分父が貶められるのだ。
英雄などと呼ばれるから、その分父の想いが消されるのだ。

憎い、と思う。
あんなにも守りたかったプラントが憎い。
父がプラントを愛していたことを忘れたプラントが憎い。
指導者に従うだけ従って、その指導者が倒れれば支持したことも忘れ、冷たい視線を向けるプラントが憎い。
憎い。憎い。憎い。


一番憎いのは、こうして泣いているだけの自分だけれど。

悲劇の英雄の『悲劇』


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