「あたしね、ラクス様になってた時嬉しかった。楽しかった。大好きな歌を歌えて、皆に聞いてもらえて、応援してもらえて。全部あたしがラクス様だったからってことは分かってた。でも歌ってるのはあたし。そう思ってた」
怖いなんて思わなかった。思ったこともなかった。せっかく手に入れた舞台を失うことの方が怖かった。
ミーアが膝を抱えて言えば、窓から外を見ていたメイリンが振り向いた。
「アスランのこと、すっごく放送されてたじゃない?雑誌だって特集組まれて。初めはアスラン凄いとか、辛かったんだろうなとか、アスランのこと知らない人達と同じようなこと思ってた」
それがだんだんと眉をしかめるようになった。
アスランの過去を娯楽のように扱ってる。そう思うようになった。
凄い、可哀想、偉い。そんな言葉がテレビを雑誌を飛び交う。道行く人達からも聞こえてくるその言葉に、ミーアは何これと叫びそうになった。
「可哀想とか、悲劇とかいうなら、それを晒すことってどうなのよって思ったの。お母さんのこともお父さんのことも友達のことも、乗り越えたかもしれないしまだかもしれない。どっちにしたって晒されたアスランはどんな気持ちだと思うのよって」
でもそう思うのはアスランを知っているからだと気づいた。他の人達はアスランを知らないのだ。誌面越しに、画面越しにしか知らないのだ。同じ人間なのにまるでそうじゃないみたいに遠い人なのだ。だから気づかない。だから騒ぐ。悲劇の英雄アスラン・ザラと。
「これがメディアなんだなって、今は凄く怖い」
「…うん、怖いね」
ぎゅうっと膝を抱く腕に力を込めると、メイリンが隣に座った。
「それにアスランさんの過去知ってもアスランさんに戦えって言うんだもん。何かあってもアスランさんがいるから大丈夫って。酷いよね」
たくさん戦って。たくさん裏切られて。たくさん傷ついた。
ミーアやメイリンだったらもう戦いたくないと言いたくなるほど、たくさん。
それでもメディアは、市民はアスランに期待する。可哀想という口で期待するのだ。
守って、と。
私達を守って、と。
「だからアスラン、いなくなっちゃったのかしら」
「…うん」
ミーアの声に頷きながら、メイリンは思い出す。誰にも言うなとイザークに口止めされた話を。

『今のあいつは精神が不安定だ。元々あの馬鹿は腰抜けだからな。精神攻撃に弱い。そんな奴があれだけ大々的に過去をほじくり返された挙句、悲劇の英雄なぞと囃されたんだ。ただでさえ安定を欠いて精神が更に安定を欠くのは当然のことだ。だが幸いと言うべきかどうか…ステラ・ルーシェがあれを連れて逃げた。ステラ・ルーシェがあれに何を見出したのかは知らん。だが今はそれに賭けるしかない』

聞かされた時のショックは忘れられない。
ミーアは、メイリンは何もできなかった。アスランにとって酷い状況だと気づいても何もできなかった。どうすればいいのか分からなかった。
なのにステラはアスランを連れて逃げたのだ。逃げることを選べたのだ。ミーアもメイリンも思いつきもしなかった逃げるという手段を。

「そうよね。プラントはアスランを悲劇の英雄だって言ってる。アスランが傷ついてるのもお構いなしなんだもの。連れて逃げるのが一番よね」

それに気づかなかった。
今のプラントはアスランを傷つけるだけだ。アスランが守ったプラントはアスランを傷つける。なのにミーアにもメイリンにも生まれ育ったプラントから逃げる、という考え自体がなかった。
ステラはプラントの人間ではない。地球生まれの地球育ちだ。だから思いつけたのだろうか。
…悔しい。
アスランの側にいたのに。アスランは不安に怯えた自分の側にいてくれたのに。なのに自分は気づかなかった。
精神科に通っていたこと。連れて逃げると言うステラについて行くくらい傷ついていたこと。
何も何も気づかなかった。

「悔しいね」
ぎゅっとメイリンがシーツを強く握る。
「悔しい」
天井を睨みつけるように見上げて。込み上げそうな涙を堪えて。
そうしてメイリンが呟けば、ミーアがこくんと頷いた。

悔しい。悔しい。悔しい。
気づけなかった自分が。気づいて行動したステラに。
もうずっとずっとそんな思いが胸を渦巻いている。

悲劇の英雄の『悲劇』


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