ルルーシュが記憶を失ってから三ヶ月が経つが、原因は今でもわからない。
以前と比べればやはり違ったただ柔らかいばかりの印象を受けたが、それでも大切な妹だ。この先記憶が戻ろうと戻るまいとそれが変わるはずもない。
それは他の兄妹達も同じで。辛かったし悲しかった。けれどそれぞれ乗り越えて今にいる。

「…だが」

今、コーネリアはエリア平定のために本国を離れているため、久しぶりに会ったシュナイゼルの様子が気にかかった。
ルルーシュの様子を尋ねれば、コーネリアが会えない間の話を聞かせてくれた。ユーフェミアから聞く話とはまた違う話。
何も変わらぬ優しい兄。以前と何も変わらぬ兄。けれど違和感。目に常の穏やかさとは違う光が走る時があった。
焦れている。苛立っている。何に?話の内容からすればルルーシュに。
ルルーシュもルルーシュで、本国を離れる前に会った時と比べれば顔色もよくなっていたし、元気にもなっていた。それに安堵を覚えたが、話をしていくうちに気になることができた。
ルルーシュの口からシュナイゼルの名前が出てきた時、コーネリアは先に会ったシュナイゼルの様子の可笑しさを思い出して、思わず兄上か、と呟いてしまった。それにルルーシュが反応した。シュナイゼルに何かあるのかと心配そうに、不安そうに。
その様子にコーネリアは以前のお前も今のお前もシュナイゼル兄上が好きだな、と微笑んだのだが、その時ルルーシュは自嘲するような笑みを浮かべて言った。大切な兄上ですから、と。

「兄上、とはまた久しぶりに聞いた呼び名だな」

ルルーシュは気づいていないだろう。シュナイゼルを兄上と呼んだことに。
今は兄様と呼んでいるが、記憶を失う前は兄上と呼んでいた。それが今、口から出てきたのはどうしてだろう。あの自嘲の笑みは何だろう。

「お姉様?」

考え込んでいると聞こえた最愛の妹の声に、コーネリアははっと顔を上げる。すぐに見えたのはきょとんとした顔の妹。ユーフェミアがコーネリアの顔を覗き込んでいた。
「どうした?ユフィ」
「それはこちらの台詞です」
微笑むコーネリアに怒ったように腰に両手を置いたユフィは、心配そうに首を傾けた。
「お父様が何か?」
わざわざエリア平定中のコーネリアを呼び出した父親に、ユーフェミアは不安を感じていたらしい。
何か言われたのだろうか、そんな不安そうな顔にくすりと笑って、妹の髪を梳いてそのまま滑って頬を撫でる。
「父上のことは心配いらない」
「本当に?」
「ああ」
「じゃあ何がお姉様の顔を曇らせていらっしゃるの?」
ルルーシュとシュナイゼルだ。けれど愛しい妹に言えるはずもない。
ユーフェミアはルルーシュに何より懐いているし、シュナイゼルのことも兄と慕っている。その二人の常ならぬ様子を伝えても心配をかけるだけだ。なのにユーフェミアはお姉様、と強く呼んだ。


「ルルーシュのこと?」


ぎょっとした。思わずユーフェミアから手を離して何故、そう口にすればやっぱりと微笑んだ。

「でも仕方ないわ、お姉様。ルルーシュはルルーシュなんですもの。記憶を失っても想いまで失うわけじゃないでしょう?」
「想い?」

何の話だ、と首を傾げれば、あら?とユーフェミアが首を傾げた。
コーネリアは様子の可笑しい兄妹が気になっていた。またすぐに本国を離れなければいけないため、二人の側にはいられない。
その間に何か二人に変化があっても気づけないし、何もできない。いい方向に変わるのならばいいが、二人の様子からそれは望めない気もした。大切な兄、大切な妹。悪い方向に変わるというのなら、何とか止められないものか。
そんなコーネリアにユーフェミアから新たな情報が与えられた。

「どういうことだ?ユフィ?」
「あ〜…もしかしてお姉様、別のお話でした?」
どうしましょう、と頬に手を当てて首を傾げたユーフェミアは、姉の様子を窺うように上目遣い。そしてぱんっと手を叩くと、お茶にしましょう!とくるりと背を向けた。
「ユフィ!」
呼べば振り向く妹が、微笑んだ。
「お茶を飲みながらお話します」




聞かされたことはコーネリアが考えたこともなかった事実だった。
思わず頭を押さえたコーネリアの前で、ユーフェミアが大丈夫ですか?お姉様、と声をかけてくれる。

「まさかルルーシュが兄上をそういう意味で好いているとはな」

兄として慕っているのだと思っていた。そして尊敬しているのだと思っていた。
ルルーシュが持つ能力は高い。高いがゆえにルルーシュは認める人間にはそれ相応の敬意を払うが、認められない人間には表面上は当たり障りなく、けれど実際には見下す傾向にあった。
そんなルルーシュが手放しで認める相手がシュナイゼルだ。
シュナイゼルには敵わないと思っている一方、いつか追いついてやると思っていたことも知っている。
それは以前のルルーシュであって、今のルルーシュはまた違うのだろうが、今日会ったルルーシュがいつもなら何でもないと言えば追求してこないというのに退かなかった。シュナイゼルのことだったからだろう。だから今のルルーシュも、以前と同じくシュナイゼルを慕っているのだと思った。
まさかそれが恋愛感情として、女として好きなのだと思いもせずに。

「今も、か?」
「はい。直接聞いたことはありませんけど」
そうか、と息を吐く。冷めた紅茶に手を伸ばし口に含むと苦味が喉を通った。
新しい紅茶をお淹れしますね、と席を立とうとするユーフェミアを止めてよく気づいたなと小さく笑う。
コーネリアは気づかなかった。ユーフェミアは気づいた。ルルーシュと一緒にいる時間の差だろうか。
「それはお姉様、気持ちの問題じゃないかしら」
「気持ち?」
「お姉様にとってお兄様はお兄様でしょう?ルルーシュは妹。私にとってお兄様はお兄様だけれど、ルルーシュはお姉様であると同時に大切な友人なんです」
姉妹とはいえ暮らしている宮も違えば育ち方も違う。会うためにはどちらかの宮に足を運ぶか、夜会などで会うかしかない。姉妹として近いはずなのに心理的にも物理的にも距離があるのだ。
シュナイゼルのように年が離れていればまた違ったが、ルルーシュとは年もそう変わらない。同年代の友達。そう言うこともできるくらいにしか離れていないのだ。
だから友達が兄に恋をしている、そう捉えることができたのではないか。そう言うユーフェミアになるほどと笑う。
それでいくとコーネリアもシュナイゼルを兄としてだけではなく、友人として捉えることができるということになる。 何せ年の差は一日だ。だが人それぞれ。コーネリアにとってシュナイゼルは兄でしかない。敬愛する兄。

「…なあ、ユフィ。兄上は気づいていらっしゃると思うか?」
思い出す兄の目に宿る不穏な光。あの光はなんだろうか。
ルルーシュの想いに気づいているからこその光か、それとも別の何かか。そう思案するように視線を落とす。
「お兄様は気づいていらっしゃらないと思います。ルルーシュも今は気づいてないんじゃないかしら」
だからシュナイゼルが苛立っているのだろう。そう言うユーフェミアに、コーネリアは視線を上げる。
苛立つ。それはコーネリアも思っていたことだ。けれどユーフェミアにはその理由が推測できるらしい。
どういう意味だ?と眉を寄せたコーネリアに、ユーフェミアは何でもないように微笑んだ。


「ずっとお兄様だけ見ていたルルーシュが、他に視線を向けるのが嫌なんだと思うんです。今のルルーシュは知らないことばかりだから。前のようにお兄様だけを見てないから」


これも思ってみなかった答えだ。思わず目を丸くする。
それではまるで、と思う。それではまるで…。

「兄上もルルーシュを?」

そう聞こえる。
確かにシュナイゼルはルルーシュをよく構っている。誰にでも穏やかで優しい兄はルルーシュにも変わりなく。けれど数多い兄弟姉妹の中でも特に気に入っている妹なのだろうことは分かっていた。そうでなければ忙しい人だ。何度もルルーシュの元に足を運んだりはしない。
それが恋愛感情によって為されていた?

額を押さえて椅子の背にもたれる。兄が妹を?妹が兄を?
目の前のユーフェミアは本当は両想いなのに、どうしたらいいのでしょう?とため息をついていた。
その柔軟性は同じ姉妹とは思えない、とコーネリアも息をついた。



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