苛立つ。
触れようと伸びかけた手を戻すたびに。
愛してるよと紡ごうとした口を閉ざすたびに。
苛立つ。

何をしているのだろうか。
ルルーシュは妹だ。妹なのだ。兄が妹に触れることにどうして躊躇う。兄が妹に愛を紡ぐことにどうして躊躇う。
異性に触れるわけではないのだ。異性に向けて愛を囁くわけではないのだ。
兄として。兄として妹に。それがどうしてこれほどに躊躇いを生むのか。どうして恐怖するのか。
ルルーシュが記憶を失う前からしていることを、紡いでいる言葉を、どうして。

分からないままに時が過ぎて。
触れられないままに時が過ぎて。
紡げないままに時が過ぎた。

そうして苛立つばかりの己を理解できないまま、ルルーシュが目を合わさなくなった。




「兄上!」

クロヴィスが追いかけてくる。
誰とも話したくない。それでも今一度呼ばれ、次いでナナリーにも呼ばれれば止まるしかない。
振り向けばクロヴィスが兄上、ともう一度呼んだ。ナナリーはシュナイゼルの腕を掴んで、兄様と呼んだ。
二人はまるで泣き出しそうな顔をしている。それが酷く不思議なことのように思えた。

「どうしたんだい?二人とも」
小さく首を傾げてみせる。
何でもないように。何も気にしていないように。何もなかったかのように。いつも通りの自分で。
なのにどうしてだろう。兄妹といえど、偽ることは容易いというのに二人は表情を変えない。
「またきてくださいますか?兄様」
「もちろんだよ、ナナリー。ただ先程も言った通り、少し忙しくなりそうでね。しばらくこれないかもしれないけれど」
そう言えばナナリーが首を横に振った。
「嘘です!兄様はもうきてくださらないおつもりなのでしょう!?」
「ナナリー」
そんなことはない、そう言う前にクロヴィスがどうしてですか、と身を乗り出してきた。
「以前の兄上ならどうしたのかと聞いたでしょう?ルルーシュが記憶を失う前の兄上なら!」
少し体が震えた。
腕を掴んでいるナナリーは気づいただろうか。
「何を言ってるんだい?クロヴィス。私は用事があるから退席しただけだよ?」
「私達だって兄様が可笑しいことくらい分かるんです!」
ユフィ姉様だって気づいてました、と今はルルーシュと二人、部屋にいるだろう妹の名を出して、ナナリーがぎゅうっと腕に抱きついてきた。

可笑しい?ああ、確かに可笑しいだろう。
いつも通りにしているつもりで、先程起こした自分の行動はいつも通りではなかった。
弟妹達が気づいてしまうほどに。

ルルーシュがシュナイゼルと目を合わせない。ルルーシュの紫の目がシュナイゼルを見ない。
その状態に耐えられなくなって、適当に用事を作り上げて席を外した。
クロヴィスの言う通り、以前の自分ならどうしたのかと問うたはずだ。けれどできなかった。聞きたくなかった。知りたくなかった。怖かった。

…また怖い、だ。
何が怖いのだ。どうして怖いのだ。分からない。

「ずっと、気にはなってたんです。兄上の様子が可笑しい、と」
「クロヴィス」
ナナリーが抱いていない方の腕をクロヴィスが掴む。弱々しい力だ。うつむいて紡ぐ言葉は震えている。
「私もユフィ姉様もどうしようってお話していて。コーネリア姉様も兄様を心配してらしたとユフィ姉様から聞きました」
「ナナリー」
今より前に気づかれているとは思っていなかった。
コーネリアなど今は遠いエリアにいるのだ。ろくに会ってもいない。なのにいつ気づかれたのだろうか。
…それほどに、可笑しいのだろうか。

「心配をかけてすまないね、二人とも。けれど私は大丈夫だよ?あの子が記憶を失って戸惑っているだけなのだから」

もう何ヶ月も経つのにか、と問う声が聞こえる。
だから苛立つのか、と問う声が聞こえる。

それ以外に何の理由があるというのだろうか。




「お姉様を諦めないでください、兄様」




突然のナナリーの言葉。
顔を上げたナナリーは潤んだ目でしっかりとシュナイゼルを見た。
驚いたのはその目だろうか。その言葉だろうか。何を、と唇が動く。

「前にも言いました。お姉様はいつだって兄様のことばかりなんです。いつだって兄様のことばかり見てらっしゃるんです。兄様が気づいていらっしゃらないだけで、お姉様は記憶を失ってもずっとずっと兄様だけなんです!」

どういう意味だ。

今度は唇は動かなかった。
代わりに、とでも言うように脳裏に声が響いた。




いつまで逃げているつもりなのだ、と。



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