だって貴方達はあの人を傷つけたでしょう?


ミーアは窓に手をついて宇宙を眺める。
その顔は酷く追い詰められていて、側に浮いている赤いハロがミーアの名を何度も呼ぶ。
ぐっと窓についた指が折れ、拳を作る。

今、この艦は足つきと呼んでいる地球連合軍の艦を追いかけている。
追いつけそうで追いつけない。そんな距離を保っているのは、足つきにプラントにとって無くせない人物が乗っているからだ。
ミーアの姉のラクス。プラントの象徴である彼女が今人質となってあの艦にいる。攻撃をすれば殺す。そう言ったあの艦に。

「お姉様」

誰もが心配している。誰もが憤っている。
地球連合軍。彼らは民間艦を攻撃したうえ、人道的に保護したと言いながらラクスの命を盾にして逃げている。
前半はともかく、後半においては敵同士である以上仕方のないことなのかもしれない。けれど納得などできない。感情は叫んでいる。卑怯者と。
ラクスの婚約者であるアスランなどは、この件でますますナチュラルに対して憎しみを募らせたようで。

「お姉様、アスラン…が」

ラクスのことが心配だ。無事だろうかと不安で仕方ない。けれど同じくらいアスランのことが心配だ。
アスランはラクスが足つきの人質になってから笑わない。元々あまり表情を大きく変える人ではなかったけれど、いつも眉間に皺を寄せている。ぴりぴりとした空気を纏っている。

父親に対するテロ行為をしたナチュラル、母親を殺したナチュラル。アスランはナチュラルを憎んでいる。
ナチュラル全てを憎んでいるわけではない。なかにも好ましいと思う人がいるようだ。けれどアスランはナチュラルという種族を憎んでいる。それが更に煽られている。負の感情に支配されようとしている。

「ナチュラルなんて、大っ嫌い」

ラクスの命を脅かして。
アスランの心を黒く染めて。

ミーアの大切な二人を、追い詰めて。

「大っ嫌い」


* * *


「黙って一緒にきてください」

眠そうに目をこするラクスにそう言えば、ラクスは不思議そうに首を傾けた。
どこにですか?と舌っ足らずに言われたが、説明している時間が惜しい。
「お願いですから、早く。説明なら後でしますから」
「ですが、先程は外に出てはいけないとおっしゃられましたわ」
ですからこうして大人しく眠っておりましたのに、と困ったように片頬に手を置くラクスの困惑も分からなくはない。けれど今は状況が違うのだ。ラクスをここから連れ出さなければ。
だから手早く理由を話すことにした。そうすればラクスも動いてくれるだろう。

「あなたをアスランのところに返します。だから」
「あなたもご一緒に?」
「え?」
そんなことを聞かれるとは思っていなかった。アスランのところに返すとさえ言えばラクスが動くのだと、そう思っていた。それ以上何かを聞かれるとは思っていなかった。
けれど、ラクスがキラとアスランが友人なのだと知っていることを思い出して、いいえ、と暗い表情で首を横に振った。
キラは行かない。行けない。だからではないが、ラクスだけはアスランの元に返したい。
そんなキラをラクスは不思議そうに見たまま、瞬きをした。
「それでは何故、わたくしを返してくださるのですか?」
「何故って…、このままここにいたら、あなたはまた利用されるんですよ?」
「それはあなたもですわ」
そうでしょう?と言われて、言葉を詰まらせる。けれどすぐに違います、と否定を返す。
「僕は自分の意思でここにいます。皆を守るためにMSに乗ってるんです」
ラクスは違う。ラクスはキラが拾ってきた。そのせいで人質にされた。
キラのせいだ。キラがラクスを拾いさえしなければ、ラクスはこんな目には遭わなかった。もしかしたらザフトがシャトルを見つけて助けたかもしれなかった。
だから、とラクスの腕を取るキラに、ラクスは眉を寄せた。

「あなたはアスランと戦いたくないとおっしゃられましたのに、これからもアスランと戦われるおつもりなのですか?」

目を見開いた。
「アスランのことを大切なお友達だとおっしゃいましたわ。トリィをとても大切にしていらっしゃるくらいに、大切に思っていらっしゃるのでしょう?」
なのにあなたはここに残るとおっしゃるのですか?
そう言ったラクスにキラは胸を刺されたような痛みを感じる。
「だけど…っ、だけど僕には守らなきゃいけない友達がいるんだ!」
トールにミリアリア、カズイにサイにフレイ。そしてキラが拾ったシャトルの人達。
皆、皆、キラが巻き込んだ人達で、キラが守らなければいけない人達だ。その人達を置いて逃げたりなどできない。




「そうしてアスランを切り捨てるのですか」




「な、にを」
「そういうことなのでしょう?キラ様。戦いたくないとおっしゃりながら、キラ様はお友達を選ばれるのでしょう?」
何を言っているのだ。何を。
アスランを切り捨てる?そんな馬鹿な。だってアスランは大切な友達だ。戦いたくない。なのにどうして切り捨てるとか選ぶとか言うのだ。
胸を湧き上がる思いは悲しみと憤り。
ラクスは分かってくれるのだと思っていた。誰も気づいてくれないキラの苦しい気持ちに気づいてくれて、優しい言葉をくれたから。なのに。

「あなたには、分からない…!!」

キラのように戦えと言われないラクスには。守らなければいけない友達と、戦いたくない友達に挟まれているキラとは違うラクスには。
八つ当たりだ。けれど言わずにはいられなかった。言って後悔したけれど。
ラクスは傷ついた顔もせずに、あなたは、と膝に飛び乗ってきたハロを抱えて言った。

「アスランの手を取れば、お友達も助けられるのだとは思われないのですか?」

思ったこともなかった言葉に、頭が真っ白になった。


* * *


キラが去った後の部屋で、ラクスはハロを見下ろす。
ハロはじっとそこにいる。目は点滅を繰り返している。次第に早くなる点滅は、最後に一度長く光を放って消えた。
「ご苦労様、ビンクちゃん」
ハロを撫でれば、ハロがハロハロ!と答えた。
それに笑って、ごろっとベッドに横になる。抱きしめたままのハロは、ラクス、オヤスミ?と腕から離れると、枕元で静かになった。
そうして再び静かになる部屋で、ラクスはキラのことを考える。

『あなたには、分からない…!!』

辛そうに叫んだキラ。
友人との間で板挟みになったキラの気持ちは、確かにラクスには分からない。想像することしかできない。けれど可哀想に、とは思えない。

キラは軍人ではない。ただ巻き込まれただけの民間人。キラの友人もそうだ。ならばアスランに助けを求めても悪いことにはならない。
確かにキラはストライクに乗ってザフト兵を殺してきた。けれどそれは強要されたことだと誰だって想像できる。

AAが姿を現わしたのはヘリオポリス。ザフトが奪取に失敗したストライクはヘリオポリスで作られた。そしてAAを守って戦うその動きはとてもナチュラルとは思えない。
AAに乗るのは地球連合軍に所属している軍人と民間人。ストライクに乗っているのは民間人の少年。ヘリオポリスの学生だというその少年はコーディネーター。そして少年の友人は皆ナチュラルで、同じ艦に乗っている。

それだけの情報を与えられれば分かる。キラはコーディネーターであるために、ストライクに乗ることを強要されているのだと。キラが乗らなければAAは堕ちる。AAが堕ちれば、キラの友人も死ぬ。そう言われれば乗るしかないだろう、と。

そんな相手を裁けるだろうか。
確かに恨む人間はいるだろう。けれど同情する人間の方が多いだろう。コーディネーターは同朋意識が強い。
だからキラがアスランの手を取っても友人は守れるのだ。キラが助けてくれと言えばいい。友人を助けてと。
…そうキラに言ったのに。

枕元のハロを見上げる。
ハロは沈黙している。
また明日にはドアを開けてもらうことになるだろう。どんなことでもいい。少しでも情報を拾って、ハロで送る。
ラクスは民間人だけれど、今の状況を少しでも利用しようとスパイの真似事を頼まれた。
危険なことだ。だから無理に情報を得ようとしなくてもいい。そうも言われた。
ラクスも自分にスパイができるとは思わない。そんな教育は受けていないし、自分の身を守れる力もない。危険なことはしない。ただハロを連れて艦内を歩くだけだ。
アスランが知れば、それも危険だと怒るだろうけれど。それでも。

「あなたを苦しめるこの艦からあなたを解放できるのなら」

ゆっくりと目を閉じて。
ああ、あなたの腕に帰れる時を逃してしまった、と少しだけ後悔した。

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