だって貴方達はあの人を傷つけたでしょう?


「ハロハロ!ラークース?」

ハロの声に目を開ける。
視線を落とせば、手の中でハロが耳を開閉させた。
「昔のことを、思い出しましたわ」
そう言って顔を上げる。
目の前には暗い海。どこまでも広がる宇宙。
いつの間にこんなところまできたのだろう。あの戦争からもう二年も過ぎた。

キラがラクスにアスランのところに返す、と言った日から三日経った夜。キラはまたやってきた。やってきて、やはりラクスを返すと言った。ラクスだけを。
キラは言った。AAの人達にはよくしてもらったのだと。その人達を見捨てることなどできないと。
だからラクスは言ったのだ。そうですか、と。
もう言うことはなかった。
結局キラはアスランを切り捨てたのだ。本人にそのつもりはなくても。

そのキラに連れられてアスランの元に帰ったのは、これ以上は危険だと思ったからだ。
この三日、艦内を出歩くラクスを見た人間はいない。ラクスが人を見れば避けていたからだ。けれど流れる空気にあまりよくないものを感じた。
今AAにはラクスという強いカードがある。プラント最高評議会議長の娘というカードが。
それを人質として使っている今、ザフトからの攻撃からは逃れられているけれど、付かず離れずの距離にザフト艦がついてきているのだ。ぴりぴりもするだろう。
軍人がそんな調子なのだ。ブリッジにつめているキラの友人は不安に、恐怖に怯えている。そしてその原因がラクスだと気づいている。
さすがにラクスを害そうとするものはいなかったが、恐怖が極限にまで達した時に何をするかなんて誰にも分からないものだ。ラクスは逃げられる時に逃げるべきだと判断した。
だから二度目のキラの誘いを断らなかった。

そうして無事戻ったアスランに、無事でよかったと抱きしめられて。泣いて抱きついてくるミーアを抱きしめて。そうしてプラントに戻ってしばらくして、またキラに会った。
キラは優しい。それは変わることない思いだ。けれどそれ以上に何かを思うことはなかった。キラはアスランを切り捨てた。ラクスの優しい婚約者を傷つけた。

ミーアが言った。
アスランの中のナチュラルへの憎悪が増したと。暗い顔をするのだと。
ナチュラルに殺されかけた父親、ナチュラルに殺された母親、ナチュラルに利用され、ナチュラルを守るために銃を向ける幼馴染。それに加えてナチュラルは婚約者の命を脅かした。

ああ、と思った。
以前に比べて笑う回数が減ったアスラン。難しい顔をすることが増えたアスラン。
少しでも笑ってほしくて、クライン邸を訪れてくれる時は戦争のことを忘れられるようにと心を尽くしていたのに。

守らなければならない友人のために。見捨てられないAAクルーのために。
ああ、キラは知っているのだろうか。そのためにアスランが更に心を憎しみに染めたことを。

キラは中途半端だ。だからアスランがいつまでも傷つく。更なる憎悪を募らせ続ける。
友人を選んだのならば、敵なのだと、向かってくるアスランは敵なのだと、そう言ってしまえばいい。
言わないのは結局キラがアスランに嫌われたくないと思うからだ。敵と呼びたくないと思うからだ。
それはラクスを逃がしたことからも窺える。

ラクスを逃がしたのは、助けたラクスを人質にすることに対する抵抗のためだけではない。大切な友達の婚約者。それがキラの背を押すことになったのだとラクスは思っている。
ザフトの攻撃から逃れるための手段を逃がせば、守らなければいけない友達を再び危険に晒すというのに、キラはそれだけのためにラクスを逃がした。
アスランではなく友達を、AAクルーを選んでおきながらそんなことをするから、アスランがいつまでも迷うのだ。キラに傷つけられ、ナチュラルを憎悪するのだ。

ミーアがナチュラルなんて嫌い、と繰り返すように、ラクスもキラに向けて心で何度も繰り返す。


いっそアスランに憎まれてでも友達を守るのだと言えればいいのに、と。


それでもラクスがキラを助け、匿い、新たなMSを与えたのは、キラのその優しさと強さが必要だったからだ。悪化の一途を辿る戦争を終わらせるために。
そうしてかつてラクスを人質として利用したAAと、AAとGを秘密裏に製造していたオーブと共に戦い、勝利した。
けれど決して彼らを仲間だと思ったわけではなかった。必要であったから手を組んだ。それだけだった。

「…皆さん、とてもいい方ばかりですわ」
「アカンデー」
「ええ、大丈夫ですわ、ピンクちゃん」

皆、皆、悪い人間などいない。けれどラクスは躊躇わない。
悪い人間ではないからどうしたというのだろう。それでもAAクルーはキラを利用した。キラの友人は無意識とはいえそんなキラの状態を見ぬ振りした。そしてキラはそれに答え続けて、その代わりにアスランを切り捨てた。
それが悪いと言っているわけではない。誰もが必死だった。誰もが何かを利用して、何かを切り捨てた。その中にアスランも入っていたというだけのこと。

「さあ、そろそろ戻りましょう?」
ね?とハロに微笑みかける。
ハロ!とハロが答えて。
「アスラン!ミーア!」
そう呼んだ。
「ええ。アスランとミーアが待ってますわ」
嬉しそうに、本当に嬉しそうにラクスが笑った。
さあ、帰ろう。

戦争が終わって、オーブはAAを自国に持ち帰った。壊れたフリーダムも乗せて、だ。
だからラクスはプラントに戻らず、オーブに下りた。そしてAAを修復したところも、フリーダムを修復したところも、全部全部見ていた。ユニウス条約で核が禁止されたにも関わらず、オーブがそのままフリーダムをAAと一緒に隠し持ったそのことも全部見て、そして全部プラントに報告した。

全部、だ。

それはオーブに下りると決めた時から決めていたことだった。
AAとフリーダムを持ち帰ってどうするのか。もしも修復しようというのなら、隠し持とうというのなら、ラクスは彼らを欺こうと決めていた。

平和の国。中立の国。そんなものはないと知っていた。
オーブはナチュラルの味方だった。ラクスはこの戦いの中でそう思った。
大西洋連邦の依頼でAAとG四機を造り上げたオーブ。そのオーブの姫であるカガリはナチュラルを守るために、コーディネーター相手に戦った。ウズミはザフトからAAを匿った。そして宇宙に上げた。

平和のために。ナチュラルもコーディネーターもない。そんな言葉は綺麗事ではないのか。そう思った。
カガリに関して言えば、世話役であるキサカの故郷がザフトによって侵略されたからこそ、コーディネーターを相手に戦ったのだろう。もしもキサカの故郷が地球連合軍によって侵略されていたならば、彼女は彼ら相手に戦ったのではないだろうか。
けれど、ナチュラルのために、コーディネーターと戦うために、中立を謳うオーブは金を使った。
カガリが武器を買うための金、それはオーブが出した。それがカガリのポケットマネーだと言うには、あまりに額が大きすぎる。レジスタンスが武装できるだけの金、なんてたとえ一国の姫といえど、早々に出せるわけがないのだ。
ということは、だ。カガリが使った金はオーブが出したということ。
そうでないとしても、だ。オーブの姫がレジスタンスに武器を提供したということに代わりはない。

ラクスはその場にはいなかったから、直接目にしたわけではない。けれど話を聞くだけでも分かること。
だというのに、どうしてその場にいたキラ達には分からないのか。どうして世界の平和のためを、オーブは、ウズミは思っていたのだ、なんて。
だってオーブはコーディネーターには何をしてくれた?自国の国民以外に何をしてくれた?ナチュラルには色々と手を貸しているというのに。
大西洋連邦やブルーコスモスが顕著なだけで目立ちはしないが、ナチュラルの大半はコーディネーターを恐れ、大なり小なりコーディネーターの滅亡を願っているにも関わらず、だ。

正直なところ、ラクスはオーブが好きではない。
ウズミの言う言葉は正しいのだとは思う。けれど実際にウズミがしたことは、カガリに許したことは果たして本当に世界のためになるのだろうか。そうして彼は最後には娘に全て押しつけて逃げたのではない?そんなことを思ってしまうくらいには。

ああ、警報が鳴っている。
ラクスは天井を仰ぐ。
ミリアリアの声が艦内に響く。

「アスラン」

彼がきたのだ。
ふわりとラクスは微笑む。

「もうすぐ、会えますわ」

大好きな大切な婚約者と、大好きな大切な双子の妹に。

無重力の中、ラクスはすっとその場を後にする。アスランの顔を見たら一番にその胸に飛び込もう。そうしてミーアに会ったらたくさんたくさん抱きしめよう。
その間にラクスが流した情報を使って、評議会がオーブを追求するだろう。
平和の国、中立の国。素晴らしい理念のある国は、ああ、きっとその力を削がれることだろう。もう二度と中立を謳えはしないだろう。


「ラクス」


アスランが笑った。


「アスラン」


ラクスも笑って、不安そうに集まっていたキラ達を見ることもせずにその胸に飛び込んだ。

end

リクエスト「ラクミア双子設定でアンチAA、オーブ。ラクスはスパイでアスラク」でした。
ミーアが全然生かせてなくてすみません(汗)。

初めは種でしたことの償いのためにスパイをしろと言われたラクスの人質に、養子に行ったミーアが使われるという設定でした。
シーゲルは自分の身の危険も分かったうえでラクスがしようとしていることを了承したけど、ミーアはもう養子先で幸せに暮らしていて、クラインとの繋がりも血筋だけなので巻き込まないだろうと思ってたら巻き込んだ。そんな感じでした。
全く話が動かなかったのでなしになりました(汗)。

リクエスト、ありがとうございました!

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送