だって貴方達はあの人を傷つけたでしょう?


ふわふわと無重力の中を進む。
隣にはピンクのハロ。ハロハロ、ラクス、ラクス、と呼ぶハロに笑って、はい、ピンクちゃんと返す。
それを呆れたように見る人に気づいて、あらあら、と首を傾けた。

「キラ様」

地球連合軍の軍服を着た少年、キラの数歩前で、手すりに捕まって床に足を下ろす。
こんにちは、と笑えば、ラクスさん、とキラが肩を落とした。

「部屋から出ないでください」
「お散歩もいけませんの?」
「だめです」
「つまりませんわ」

ねえ、ピンクちゃん、と隣で浮くハロに同意を求めれば、ツマラナーイ、と返ってきた。
その様子をキラが複雑そうな顔で見ている。その肩にはペットロボ。トリィと鳴く鳥型ロボットだ。
ハロと同じ製作者を持つトリィがしきりに首を傾けるのに、あら、可愛いですわ、と手を叩くと、キラがますます肩を落とした。

「他の人に見つかる前に戻りましょう」
「仕方ありませんわね」
片頬に手をあてて息を吐けば、キラがほっとしたような顔をした。
「お願いですから大人しくしていてください」


ここはナチュラルの艦なんですから。


その声は酷く硬かった。


* * *


「アスラン、アスラン、アスラン!お姉様は!?お姉様は無事!?」
泣き出しそうな顔でアスランにしがみついた少女は、アスランの婚約者の双子の妹、ミーアだ。
ユニウスセブンへの慰霊のための事前調査に出かけたはずが、民間艦だというのに地球連合軍に攻撃され、シャトルで逃げた先で偶然行き合った地球連合軍の艦に拾われ、そして今は人質として捕らわれている婚約者の。
「落ち着け、ミーア」
「だってアスラン!」
「ラクスは無事だ」
今は、とつくけれど、確かに無事だ。
声を聞いた。ラクスを保護していると告げる足つきから、アスラン、と。
思い出せば、知らず拳を強く握り、歯を食いしばる。

ラクスが乗った艦が地球連合軍に攻撃され、ラクス以外のクルーの死が確認された。ラクスはシャトルで脱出した後だったが、救難信号が拾えないうえ、どこにもその姿が見当たらなかった。そう聞いて血の気が引いた。
一体どこに。
そう思っていれば、まさか。

ぎり、と歯がこすれる音。
気づいたミーアが顔を上げて、そして後悔したように顔を歪めた。
そうだ。心配なのはミーアだけではない。辛いのはミーアだけではない。ラクスを目の前にして助けられなかったアスランの方がきっと辛い。

「お姉様は、無事なのね?」
「ああ。あちらはラクスを保護していると言った。そう言った以上、彼女に危害は加えないだろう」
それは心身共にかどうかは分からない。ナチュラルの艦だ。ザフトを敵としている艦だ。精神に傷がつけられないとは限らない。
けれど二人はもうそれ以上は言わない。ただ祈るだけだ。ラクスが傷つくことがないように、ただ、祈るだけ。


なのに。


「どういうことですか!ラクスに、彼女に一体何を…!」
アスランが声を荒らげるのは、上司であるクルーゼの前だ。
クルーゼは落ち着きたまえ、と仮面越しにアスランを見た。
「これは評議会からの決定だ。我々は足つきに苦戦を強いられている」
「それ、は」
思い出すのはキラだ。アスランの幼馴染。ストライクのパイロット。
苦しそうに眉を寄せたアスランにを気遣うでもなく、クルーゼは続ける。
「その足つきに今、ラクス嬢はいらっしゃる」
「ですが、彼女は民間人です!危険すぎる!」
クルーゼは言った。ラクスにスパイ行為をさせる、と。
言い出したのは誰だろう。分からないけれど、それは議会で承認された。

ありえない。

ラクスは民間人だ。そしてプラントに住むコーディネーターにとって聖域のような存在だ。
その彼女にスパイ行為など。
「アスラン、これは決定だ。ラクス嬢からの了解も得ている」
「な…」
一体どうやって。
そう思いはするが、クルーゼはそれ以上は許さない。
「君は彼女の婚約者だ。納得はできまいが、君がすべきことは然るべき時に速やかに行動を起こすことだ」
いの一番にラクスの元に駆けつけること。
それまでは足つきから付かず離れずの距離で様子を窺うこと。
それだけだ。
「…っ」
アスランが苦しそうに、けれどどうすることもできないことなのだと理解して、了解しました、と頷いた。


* * *


キラが拾った少女が人質として利用された。その事実にショックを受けた。
そんなことをするために助けたわけではなかった。そしてマリュー達がそんなことをする人達だとは思っていなかった。だからショックだった。
フラガはそんなことをさせたのはキラ達だと言った。前線に出ているキラ達が不甲斐ないからそうせざるを得なかったのだと。
必死に戦って。アスランとも戦って。戦いたくないのに戦って。
それでも足りないというのか。キラの力が足りないから、だから戦うこともできない少女が人質にされる。そうしなければAAも堕とされたかもしれないから。

「…っ」

『救助した民間人を人質に取る。そんな卑怯者と戦うのがお前の正義か、キラ!』

アスランの言葉が耳に痛い。
違う。そうじゃない。僕はそんなことしたくない。そんな言葉は無意味だ。実際そうしてザフトを退かせたことに代わりはないのだから。

「アス、ラン…っ」

今まで必死でキラに呼びかけてくれていたアスラン。
そのアスランの声が今回ばかりは怒気を宿していた。軽蔑の色すら見えた。
それが、痛い。

『彼もあなたもいい人ですもの。それは悲しいことですわね』

人質として利用されたラクスの言葉を思い出す。
自分の命を盾として使われたというのに、ラクスは恨み言ひとつ言わなかった。ラクスの婚約者であるアスランと友達でありながら戦っているキラを責める言葉ひとつ言わなかった。そればかりか気遣ってすらくれた。いい人だ、なんて言ってくれた。

「だめだ」

そんな人をこれ以上この艦に乗せていてはいけない。この艦はきっとまたラクスを利用する。そんなことはもうしたくない。
そして必ずラクスを助け出す、と言ったアスランはきっと心配している。その安否を気遣っている。だからだから。

「返さなきゃ」

トリィ、と肩の上でトリィが鳴いた。

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