暗い暗い闇の中でのことだ。

――ギル、ギル!

子供の泣き声に振り向く。見えない。けれど確かに聞こえる泣いている子供の声。
ああ、また泣いているのか。そう思って足を進める。

――ギル!ごめ、なさ。ギル…!!

姿は見えない。それでも見つけた。

「レイ」

はっと腕の中で覚醒する気配。
戸惑った気配にぎゅっと抱きしめると、おずおずと手が動いてぎゅっと背を握ってくる。

「アス、ラン」

ぽんぽんと背を叩くと、背を握る手に力が入る。

「夢、を」
「うん」
「夢を、見ました」
「うん」

どんな夢だろう、思い出せないと呟く声に、そうかと返す。
レイは夢を見る。時間に関係なく、ぼーっとしたその隙をついたように夢を見る。
慕った人の死、それも自分の手で奪った命。その事実がレイの精神を疲弊させている。
当たり前だ。なおかつ生きると決めたレイと、後を追って生きたいレイがせめぎあっていて。
そのせいで夢のレイはギルバートを求めて泣いて、現実のレイはその夢を忘れてしまう。
ギルバートを呼んで追いかけて泣いて。そんな自分を覚えていたなら、きっと現実でも追いかけるから。
だからレイは夢を覚えていない。見たということだけ覚えている。

目を閉じてアスランに寄りかかっていたレイが、あ、と顔を上げた。
何だ?と顔を見下ろせば、レイの視線がアスランの後ろ。振り向けばラクスとキラ。
何を話しているのか、フリーダムの前でプログラムの点検をしているキラは、隣のラクスと時々笑い合っている。
レイがそれをぼーっと見て、はっとしたようにアスランを見る。
「アスランも点検中ですよね」
すみません、と体を離すレイに笑う。
「いや、休憩しようと思ってたんだ」
座って点検が終わるのを待っていたレイを振り返ったら寝てたから、と言えばまたすみませんと謝ってうつむく。
そんなレイの髪をくしゃっと撫でる。

本当は泣き声が聞こえた気がしたのだ。そして画面に集中していた意識を現実に戻してレイを見れば泣いていた。目を閉じて、静かに静かに泣いていた。
ああ、またと思った。レイは一日に何度も今と同じような状態になるから。
それでも三日経った今は、初めの一日に比べれば随分いい。

一日目。ギルバートを何度も呼んで泣いていたレイが、アスランの腕の中で意識を失った後。
アスランはレイを自室に寝かせて、シンとルナマリアを迎えに行った。
二人を機体に乗せた時、慌てたメイリンからレイが暴れていると通信を受けた。
キラ達が宥めようとしているけれど火に油。泣いて喚いて誰も近づけないと。
驚くシンとルナマリアを連れて急いで帰って、ギルギルギル、俺が、ギル。そう泣き叫ぶレイを見た。

誰かが近づけば暴れだすから、と止めるキラ達を無視して近づいて。レイと名前を呼んで抱きしめて。
抱きしめた相手がアスランだと認識したレイは縋りついて声を上げて泣き出した。
結局そのまままた意識を失ったレイにシンとルナマリアは、しばらくレイは預かるという言葉に頷いて帰っていった。レイをお願いしますと、聞きたいことはたくさんあったろうに、それだけ言って。

それからレイは目を開けるたびにアスランを探す。姿を確認して安堵して。
懐かれたねとキラ達は言うけれど、これは酷く危うい状態だと分かった。この状態が長く続くことはよくないということも。
けれどそれは杞憂で終わったと思う。レイは二日目には一日目より自分を保っていたからだ。二日目より三日目はもっと。
今でもアスランから離れないけれど。一日に何度も見る夢に涙を流すけれど。それでもきっと大丈夫だろうと思えた。

「部屋に戻ろうか、レイ」
「はい」

歩き出すアスランに遅れずについていくレイ。
それはたった三日だというのに、見慣れた光景だった。

「おはよ、レイ」
「…メイリン」
目を覚ますなり声をかけてきたメイリンにどうしてここにと思う。
そんなレイにアスランの机の前でパソコンをいじっていたメイリンが笑う。
「アスランさん、ちょっと用事ができちゃったの。だから私で我慢してね」
きょとんとする。どういう意味、と思って気づく。
目が覚めた時アスランがいないと途端に情緒が不安定になる。
初日などは記憶にはないが暴れたらしいし、それ以降は目を覚ますたびにアスランを探すらしい。
だからアスランは眠っているレイの側を離れるのが心配だったのだろう。
アスランがいない理由を説明できる誰か。レイが警戒しなくてすむ誰か。それを考えての人選がメイリン。
それは分かる、が。
「いい、のか?」
「なにが?」
今度はメイリンがきょとんとした顔を向けた。


「俺はお前を殺そうとした。お前の存在など無意味だと言った。そんな俺を許せるのか」


アスランを処分する。そう決めた直後だ。逃げ出したアスラン。ここまでは計算の内。計算外はメイリンだった。
メイリンはアスランを逃がすために手を貸した。どうするべきか、迷ったのは一瞬。
結局レイは迷いを振りきって、メイリンも一緒に処分することに決めた。だから銃を撃った。存在を否定した。
心は痛まなかった。そういえば嘘になるけれど、ギルバートの前には些細なことだった。
レイの中で何よりも優先すべきはギルバート。ギルバートの計画を阻む者は許さない。いらない。
だからメイリンをアスランと一緒に処分することに躊躇いはなかった。

メイリンはレイに困ったように視線を向けると、ん〜と首を傾げる。
「そりゃね、ショックだったし思い出すと辛いけど、許すとか許さないとかはないよ」
眉を寄せるレイに、メイリンが笑う。


「私はやっぱりレイが好きだから。友達だと思ってるから」


レイがどう思ってても、それは変わらないと分かったからと続く言葉に、レイは目を見開く。

「だから私はここにいるの。アスランさん、レイの側にいてほしいって言うのすごく迷ってたみたいだったから、私がレイの側にいますから行ってきてくださいって言ったの」

それはどれほどの強さだろう。友達だと思っていた相手からの裏切り。
辛いと言うのに、ショックだったと言うのに、なのにメイリンは友達だと言う。好きだと言う。以前と変わらず笑う。
こんなに強い少女だっただろうか。いつもルナマリアの後をついて回って、レイ達の後ろに隠れて。
そんな少女だったのに、今のメイリンはレイよりも強い。しっかりと前を向いて歩いている。

「レイ?」
どうしたの、と突然うつむいて片手で顔を覆うレイを心配そうに覗き込むメイリンに、ぎゅっともう片手でシーツを握る。
「俺、は」
「うん」
「謝らない」
「そうだね」
「だが」
うん、とメイリンがベットの下に膝をついてレイを見上げるのに、手を下ろして見下ろす。

「友達だと、思っているのだと、言ってもかまわないか」

メイリンが瞬きして、嬉しそうに笑った。

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実はメイリンを忘れて進んでいた話に、急いで作った話だったりします(汗)。

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