馬鹿じゃないのかと思った。彼がそうする義理などどこにもない。
好いた惚れたなんて一過性のものだ。いつか冷めるものなのだ。ましてや同性。生産性の欠片もない。生き物の本能に逆らうものだ。気の迷いに他ならない感情。
だから馬鹿じゃないのかと思った。前々から馬鹿馬鹿だと思ってはいたけれど、これほどに愚かとは思わなかった。 守るものがあるくせに。大切にしているものがあるくせに。

愛、狂気、愛。

「同じボスの立場からすれば、確かに馬鹿なことだと思うよ。だってお前は復讐者の牢獄に入れられるような犯罪者なんだから」

骸はきっと今まで行ってきた行為に後悔はないだろう。
抱く絶望を、痛みを、怨みをマフィアはもっと味わうべきだ。味あわせてやる。そうして滅びればいい。
そう思っていることを知っている。あの人も自分がその怨みの矛先の一人だと知っている。

「あの人にとっては他ファミリーのボスの守護者なのに。同盟ファミリーとはいえ、あの人がここまでする必要はどこにだってないのに」

くすり、と笑う青年は、不本意だろうが骸が守るべき人間、沢田綱吉だ。
その綱吉に長い間水牢に入れられていたために衰えた筋肉のせいで動けず、長い間使わなかった声帯のせいで思うように話せない骸は、目だけで何だと睨みつける。ああ、口が思うように動かせたなら、彼が落ち込むほどの毒舌を吐いてやるのに。そう思っていることだろう。

「あの人、いつも笑ってるだろ?泣いたり怒ったり表情が豊かでさ」

人のことはいえないのだけれど。
マフィアのボスになってもころころ表情が変わる綱吉は、さすがあの人と兄弟弟子なだけある、と呆れ顔で言われたことがある。

「でもあの日…お前を復讐者の牢獄から出したいって言った日はさ。あの人、凄い無表情でさ…びっくりした」

いくら自分の守護者でも、骸がしてきたことを忘れてはいけなかった。
骸はマフィアの被害者で、けれど加害者でもあるのだ。同情することは容易い。それだけの過去を背負っている。… それでも。

「お前がしてきたことは、お前がされたことと同じように許せないことだよ。お前は許すも許さないもどうだっていいかもだけどさ」

だから復讐者の牢獄から出そうとは思わなかった。胸は痛んだけれど、それだけで出していいとは思わなかった。
そしてそれは正しいのだろうと思う。骸が脱獄を目論むこととは訳が違う。どんな理由があろうと、法が裁けないと判断するほどの犯罪者だ。他者が同情心から助けたい、などと思ってはいけない。

「あの人もきっと分かってるんだよ。俺よりずっと長くファミリー率いてるんだしさ。でも…抑えられなかったんだ」

出会って十年。芽生えた許してはいけない想いがとうとう溢れ出して。
自分のファミリーに謝って謝って謝って。そうして大切な彼らを捨てていく覚悟までして。

「ロマーリオさんからあの人が復讐者の牢獄に向かってるって聞いて。追いかけたらクローム達もいてさ。皆、もう覚悟決めた顔してて。俺じゃ止められないって分かった」

だから、考えた。
首尾よく骸を助け出せても復讐者は追ってくるだろう。どこまでも、どこまでも。彼らは逃げ続ける。いつまで?いつまでも。

大切な仲間。大切な兄弟子。彼らが終わらない逃亡の中、生き続けるのかと思ったら堪らなかった。
それにキャバッローネファミリーはボスを失えないと泣いた。何をしようとボスは自分達の大切な人なのだと泣いた。

「復讐者と取引をした。このままだと霧の守護者を失うからね。ボンゴレにとっては一大事だから」

代償は多額の保釈金と骸の身柄の管理。次に骸が復讐者の標的となれば、ドン・ボンゴレも同罪。
他の守護者には怒られた。泣かれた。でも…許してくれた。
保釈金はドン・キャバッローネの借金だ。いくらかはこちらで払ったけれど、大方は彼個人の。

骸の目が細められた。あなたも愚かだ。そう言われている気がして、うん、と目を伏せた。

「なあ、骸。それでもあの人を一人の人間としての俺は、そこまでして誰かを愛するあの人を凄いと思ったんだ」

バタン、と扉を閉めると、壁にもたれて座り込むディーノと目が合った。
ディーノは立ち上がって顔を歪めた。

「回復するまで、あなたに預けます」
「ああ」
すまない、と言いかけて口を閉じるディーノに小さく笑う。
ディーノの部下が骸をどう思っているのかは分からない。もしかしたら悪感情を抱いているのかもしれない。大切なボスを失うところだったのだから当然だろうが。その中に置いていくのは不安だ。けれどロマーリオが言うのだ。ボスのために預からせてほしいと。全てを捨てる覚悟までしたボスを、どうか骸の側に置いてほしいと。それがファミリー一同の願いだと。

「信じています」

あなたを、ロマーリオ達を。
信じて骸を預ける。そう決めた。
強い光を目に宿して頷くディーノに、また様子を見にきますね、と笑ってその場を後にした。

凄いと思った、と骸に言った。
大切なもの全てを捨てて、残りの人生全て逃げ続ける道を選んで。そこまでするほど骸を愛するディーノを凄いと思ったと。けれど同時に思ったのだ。

「…怖いな」

狂気にも似た想い。
そこまで深い深い想い。

「俺はそれが怖いよ、骸」

お前はどうだろうか。
受け止められるのだろうか。

外は晴天。爽やかな青い空と白い白い雲の下、恋人に会いたいなと目を伏せた。



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