「骸、あーん」
「……」

大人しく口を開く。屈辱だ。
復讐者の牢獄から出されてどれくらい経っただろうか。まだ歩けはしないが、上半身を起こすことはできるようになった。…人の手を借りてだが。
手はまだ力が弱く、ものを握ることができない。つまり食事も着替えも人の手が必要だということだ。

「どうしてあなたなんですか」
クロームがいい。僕の可愛いクロームになら抵抗なんてしない。
目元を赤く染めてそっぽ向く骸に、ディーノは嬉しそうに笑う。
「いいじゃねーか。お前の世話は俺がするって決めたんだしさ」
「迷惑です。あなたは仕事をなさい」
ただでさえ部下に心労を与えたのだから、とは言えなかった。ディーノが大切な部下に心労を与えた原因は骸にあったからだ。
骸が頼んだことではなかったけれど、欠片も罪悪感を持たずにいるほど情のない人間ではなかった。
「仕事もちゃんとしてるって。どうしてもそっち優先しなきゃならない時はクロームに頼んでるだろ?」
「僕はずっとクロームがいいです」
「つれねーなあ」
ふんっと鼻で笑って、差し出されたままのスプーンに口をつける。
「美味い?」
「まあ悪くはないですね」
「本当か!?」
おっしゃ、と喜ぶディーノに何ですか、と眉を寄せる。

「俺が作った」

「……」
視線を今飲んだスープに落とす。そしてじーっと凝視。
俺が作った。俺とは誰だ。目の前の馬か。なら何を作った。これか。今飲んだこのスープか!!
「胃薬はどこですか」
「酷え!!」
今美味いって言ったじゃねえかと騒ぐディーノに、言いましたかそんなことと返す。
マフィアのボスが何をしているのだ。看病に加えて料理とは。作られたものを食べるのがボスの役目でしょうが。何でボス自ら料理してるんですか。ああ、そういえばボンゴレも恋人に料理を作るとか言ってがんばったいいが、恋人の方が料理の腕前が上だったという悲惨な…。
「まあいいです。守護者になるまでの食生活はあまりよろしいものではありませんでしたからね。耐性はついています」
ほら、早く掬いなさいと促す。
途端に尻尾を振る犬のように上機嫌になったディーノに呆れながら口を開けた。


* * *

「土下座して詫びなさい」

ぽたぽたと雫が目の前で落ちていくのが見える。
分かっていたはずだ。分かっていたでしょう僕!この男の駄目さ加減などとうに知っていたはずじゃないですか!!
けれど実際に被害を被れば怒りも湧く。
骸が言うまでもなく土下座してごめんなさいと繰り返しているディーノを見下ろす目は冷たい。
三叉槍を召喚する体力があったら今すぐ召喚した。立ち上がる体力があったら今すぐ頭を踏みつけてやった。
何故だ。何故めくれてもいない絨毯に引っかかって転ぶのだ。何故三メートルは離れたところにいた骸のところに持っていた洗面器が飛んでくるのだ。何故狙ったように骸の頭に洗面器に入っていた水が落ちてくるのだ。頭に乗ったままのタオルが重い。水を吸収しているタオルは重い。病人には重すぎる。

「乾いたタオルを寄越しなさい」
「は、はい!今すぐ!!」
慌てて立ち上がって部屋から出て行こうとするディーノが振り向きざま、自分の足に引っかかって転んだ。ゴンッという音が部屋に響いた。顔面強打。あまりの情けなさに怒りが引いた。
ああ、この男、今年で何歳になるのだったか。黙っていれば好物件なのに。引く手あまたなのに。
骸は手を伸ばしてベッドに取り付けられたブザーを押す。すぐに誰かくるだろう。
いてて、と顔を押さえて起き上がるディーノに、まったくとため息ひとつ。

「こちらにいらっしゃい、跳ね馬」
「へ?」
「いいからいらっしゃい」
手招きすれば不思議そうな顔で近寄ってくる。タオルは?と言いたそうな顔は赤くなっている。
ふかふかの絨毯が引いてあるというのに、ここまで赤くなるほど強く打ったのか。どんな勢いで突っ込んだのだ。
頭の上に乗ったままだったタオルを取って顔を拭いてやる。絞っていないからぼたぼたと水が落ちていく。綺麗な顔にも水が残る。
「へ…?骸さん?」
「黙ってなさい。水が口に入りますよ」
さっそく入ったらしい。変な声が聞こえた。
「もういい年なんですから、少しはしっかりなさい」
どうして僕が年上のあなたの面倒を見なければならないんですか。
そういうところが可愛いなど言ってやらないけれど。そういうところが目が離せないとも言ってやらないけれど。
「骸、痛い」
「はいはい」
子供のように顔を拭かれているディーノに小さく笑う。

復讐者の牢獄への襲撃。千種と犬とクロームとディーノをボンゴレが止めてくれなければ、こんな時間もなかった。こんなにのんびりとした時間は到底持てやしなかった。
ディーノが側にいて、けれどきっと骸は罪の意識を抱いた。何もかもを捨てさせたという罪悪感。これから彼には安寧な日々はこないという罪悪感。
ディーノを自分の内側に入れた自覚はある。そうでなければ何も思わない。牢から出してくれてありがたい。それだけだ。なかなか有能な玩具だった。それだけだ。
けれどディーノにはそれができなかっただろう。ディーノは笑っているだろうけれど、きっと骸は苦しくて苦しくてたまらなくなった。だから止めてくれてよかった。

コンコン、とノックの音。声をかければ開く扉。現れた黒服が骸とディーノを見て、ああと納得したような顔をした。そのまま苦笑してタオルと着替えを持ってくると言って出て行った。
部下にまたか、と言われもせず納得されるボスとは何だ。言ってやれば、ディーノがしゅんとした。

止めてくれてよかった。

ディーノが見ていないのをいいことにふわりと微笑んで、全く仕方のない人ですねと呆れた口調を作ってやった。

end

リクエスト「ディーノが復讐者から水牢に閉じ込められている骸を助け出す&助け出された後衰弱した骸を看病する話」でした。
本当は一話で終わりだったんですが、ディーノさんがほとんど出てない、看病してない。なので全二話になりました。しかもダークな感じだった。これはいかん、と後編は明るくしてみました。
…明るいですか?ちょっとシリアス。
ツナの恋人の名前は書いてませんがきっとばれてる。でも一応好きな相手を想像してください(あんまり意味ないことを…)。

リクエスト、ありがとうございました!

ディーノver.

怒られた。馬鹿でしょう馬鹿なんでしょう大馬鹿ですね、と罵られた。
骸の体ではなく、クロームの体を借りてのことだったけれど。

無茶をした自覚はある。だから誰がしてくれと頼んだんですか。誰が水牢から出してくれと頼んだ。そう骸が怒るのは当然のことだ。骸だけじゃない、ロマーリオ達にだって怒られて当然だ。見捨てられたって仕方がないことをした。…いや、しようとした。
マフィアを裁く番人、復讐者。骸はその彼らによって裁かれ、能力を封じられ水牢に繋がれていた。そこから骸を連れ出そうとした。
それはあまりに無謀な賭け。リスクが高すぎる行為。成功したとしても終らない、永遠の逃亡劇。それをしようとした。
自分がこんなに愚かだったなんて知らなかった。それでも、後悔はしていないのだ。
骸がいる。ここにいる。側にいる。嬉しい。
そんなこと、骸には言えないけれど。言ったらきっともっと怒る。泣きそうな顔が本当に泣き顔になる。そして罪悪感を抱かせる。本当は優しい奴だから。

「ごめんな、骸」

それはどうとでも取れる謝罪。無謀なことしようとしてごめん。そう取れる余地を残した謝罪。
何がですか、とか、何に対してですか、とか聞かれたら終わり。

傷つけてごめん。でも俺は後悔してないんだ。

幸いなことに骸は聞かなかった。聞きたくなかったのかもしれないけれど。

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