金の髪、青い目だけなら、きっとこんなにも気になることはなかった。どことなく似た容貌も、似てるかもで終わった。
けれどあの少年は声まで同じだったのだ。まだ若さが勝ってはいたけれど、その声は確かにあの人の声。

それがどれほど自分を強く縛りつけただろうか。


わがままな、人。


「君は情が強いな」
「は?」

離れた唇がそう言ったのに、アスランは瞬きする。急に何だ、という顔だ。
それにクルーゼが笑う。

「難しく考える必要はない。そのままの意味で捉えたまえ」

はあ、とアスランが一応頷くのに今一度笑って、さらっと髪を撫でれば細められる目。
もう一度唇を塞げば、抗うことなく委ねられる体。

情が強い。

普段、何にも執着しないように見えるから気づかないが、アスランは懐に入れたものへの情は強い。
裏切られても憎まない、もしかすれば許してしまうほどには。
だから思う。


おそらくは、クルーゼも許されるのだと。


「んっ…隊、長?」

口づけを解いて、笑う。

「私が死に、君が生き残る。そうなったなら、君は誰もがそうであるようにいつか私を思い出にし、新たな道を歩くだろう」

クルーゼの腕に添えていた手に力が入るのを感じる。
だがアスランは否定を口にしない。揺れる目が聞きたくないと訴えるが口にしない。
分かっているからだ。クルーゼにもアスランにも死は身近であること。そういう職業についているのだから。

アスランの唇を親指でなぞる。
軽く開いた唇から口中へと滑らせた人差し指と中指で舌を愛撫すれば、んっと声が洩れ聞こえた。

クルーゼが死ねば、アスランはいつか他の誰かを愛する。
けれど。

口中の指はそのままに、耳元に唇を寄せる。




「君は私を一瞬にはできない。過去にはできない」




見上げてくる潤んだ目に笑みを返す。

大切に育ててきた子供がいる。同じ身の上の子供。同類の子供。けれど笑って成長する姿は愛しく。
その子供とアスランはいつか出会うだろう。クルーゼと同じ色彩を纏い、よく似た容貌をしたあの子供と。
そうすれば思い出すだろう。亡くした恋人を。

「アスラン」

呼んで、胸中から引き抜いた指の代わりに深く深く口づける。

あの子供がアスランを呼ぶたびに、

この声と同じ声が同じ言葉を口にするたびに、

アスランが思い出すように、何度も何度も呼ぶ。




「アスラン」




はっと顔を上げればレイ。
目を見開いたまま瞬きもせずにレイを見ていると、レイが眉を寄せた。

「どうかなさいましたか?」
「…あ、いや。何でもない」
すまないと小さく笑う。
レイはいまだ眉を寄せたままだが、そうですかと追求せずに引いた。
「今回の訓練のことなのですが」
「ああ」
そうして入る仕事の話。それに安堵する。
レイがアスランと呼ばなければ平常でいられる。

レイは似ている。今は亡き恋人に。けれど似ているだけで、レイはレイ。あの人ではない。
そう思っているのにレイがあの人と同じ声でアスランを呼ぶ。そればかりはあの人と重なるのだ。
性格が違う。言葉の選び方が違う。けれどアスランへの呼びかけだけは同じなのだ。だから重なるのだろう。

過去、何度も呼ばれた。恋人として在る時間は、呪文のように自分の名を耳に注ぎ込まれた。
耳に触れ、首筋に触れ、唇に触れ。そうして繰り返し呼ばれた。…そのせいだ。

「アスラン?」

「…っ、あ、あ。何だ?」
レイが訝しそうにアスランを見て、呼び方を改めましょうかと言った。
「名前を呼ぶたびに警戒されているようですから」
「ちがっ…」
警戒ではない。過剰に反応することは確かだけれど、違うんだと否定する。
ですがと返すレイに、君のせいじゃない。俺の問題だと苦笑して、

「…すまないが、名前を呼んでもらえるか?」

そうだと思いつく。
レイはあの人ではない。ないのだから、名前を呼ぶ響きも違うはずだ。それを覚えればいい。
そうすれば一瞬とはいえ、あの人かと期待せずにすむ。レイに不快な思いをさせずにすむ。
レイは眉を寄せたまま、けれど頷いた。




「アスラン」




消えゆく一瞬、浮かんだ名前。
もう二度と呼べはしないけれど、アスランの中では永遠に残るだろう。

アスランは許すだろう。憎むことなく許すだろう。そして自分を責めるのだろう。
クルーゼのこともパトリックのことも、愛しているがゆえに。
気づかなかった、止められなかった自分を責めるだろう。

許しなどほしくはない。
その内、思い出になるのだ。戒めになるのだ。そうではなく。


これから先、誰もその心を奪えぬように。




「アスラン?」




「…すまない。ありがとう」
「いえ」

響きが違う。それに絶望した。
けれど同じ声。それが嬉しかった。

あの人のよすがなんて、レイに求めてはいけないのに。
レイがアスランの名前を呼べば呼ぶだけ、あの人はくっきりと脳裏に現れる。
違いを見つければ思い出し、相似を見つければ思い出し。そうしてあの人のことばかりになる。


「…隊長」


死して更に存在感を増す人に、愛していると告げたところで帰らぬくせに、と目を伏せた。

end

リクエスト「運命設定でクルアス。レイを見て、クルーゼを思い出すアスラン」でした。
裏切ることは確定していて、死ぬことも確定している。そのくせ、死んだ後もアスランを手放す気のない隊長。
レイとアスランが出会うのが隊長の中で確定しているのは…勘で(おい)。ほら、勘で戦争する男ですから!!

リクエスト、ありがとうございました!

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