囚われの姫君は本当に無害なのか
〜偽りを空へ、真実を地へ〜






あれからどれほどの月日がたったろうか。
オーブに亡命するはずがオーブに追放されたラクスは、キラと二人、子供達と暮らしていた。
ずっと願っていた生活。けれど以前のように笑ってばかりではいられない。
オーブはプラントに借りを作らされた。そのことがラクスを苦しめたし、プラントから切り捨てられたことが思った以上にラクスの心を苛んだ。
ラクスはもう二度とプラントに帰ることはできない。帰らないことと帰れないことは違う。
それがどれほど精神に打撃を加えられるのかを、ラクスは知らなかった。
以前、亡命させられたアスランはこんな思いをしていたのだろうか。
何も言わなかったけれど、何も見せなかったけれど、ずっとこの痛みに耐えていたのだろうか。今更になってそう思う。

そして、何もできない、させてもらえない状況が本当に辛い。カガリが頑張っているのに、もうラクスには何もできないのだ。
以前のように戦争になった時のための準備もできない。心に傷を負った人達のために癒しの歌を歌うこともできない。
平和を謳うこともできない。謳っても、もう誰も耳を貸してはくれない。

もしもやり直せるとしたら、どこからやり直せばいいのだろうか。

ラクスは一人、浜辺を歩く。歌を口ずさみながら、一人歩く。
先日、プラントで結婚式があった。ラクスの元婚約者であるアスランと、ラクスの代わりに歌姫として活動しているミーアの。
二人は幸せそうに笑っていた。見守るデュランダルもまた、嬉しそうに祝福を送っていた。
彼らは知っているのに。自分達が評議会の駒であるのだと。その結婚式も評議会の政策の一つなのだと。
けれど浮かべていた笑顔は本物だった。

それを画面越しに見ながら、複雑な心境になったのはラクスだけではない。キラもだ。
キラもまたラクスと同じような顔で幼馴染の結婚式を見ていた。
けれど何も言わなかった。ラクスも何も言わなかった。ただ見ていただけだった。

ラクスは足を止め、家から歩いてくるキラを見る。キラはラクスと呼んだ。
間違っていたとは思わない。ラクスに依存するプラントにはいられない。それは今でも確かに言えることだ。
なのに幸せだと。これが望みだったのだと。二人は笑って言うことができないのだ。

「そろそろ帰ろう?ラクス」
「はい、キラ」

小さく笑って手を差し伸べてくるキラに、そっと手を乗せてラクスも微笑む。
そして二人で浜辺を歩く。歩いて子供達が待つ家へと向かって。

やり直すとしたら、一体どこから。

今でも分からない。


* * *


「きゃーっ!!アスラン、聞いて聞いてーーー!!!」
「うわあ!?」
後ろから突然抱きつかれたアスランがバランスを崩す。どうにか転ばずに踏みとどまったアスランは、
きらきらした目で見上げてくる新妻に大きなため息をつく。
「ミーア、危ないだろう」
「大丈夫よ。あたし、アスランのこと信じてるもの」
「あのな」
「そんなことより、アスラン!」
あのね、とミーアが体を離して、今度は正面からアスランに抱きつく。
「テレビに出るの!」
「いつも出てるだろ?」
「そうじゃなくて、あたしとアスランが!」
「は?」
何で俺。怪訝そうな顔で首を傾げたアスランに、ミーアがまたアスランから離れて、両手を胸元で組んだ。
上機嫌だ。最近で一番の機嫌のよさだ。けれどアスランは嫌な予感がした。
ミーアが嬉しそうなのはいい。こちらまで嬉しくなる。けれど今回は違う。嬉しくなるどころか逃げたくなる。
顔をしかめるアスランを気にせず、ミーアはアスランの嫌な予感を的中させることを口にする。

「今評判の新婚夫婦のプライベートを垣間見ましょうっていう企画…ってアスラン、どこいくの?」

くるっとミーアに背を向けて歩き出そうとしたアスランの腕を掴み、ミーアが上目遣いで睨みつける。
アスランはミーアを振り返り、嫌だときっぱりはっきりと告げる。
「俺は絶対に嫌だ。断固として拒否する」
「どうして〜?いいじゃない、絶対楽しいわ!」
「いーやーだ!」
「だめよ、アスラン!ミーアの旦那様はこんなに素敵なのって皆に言いたいもの!」
「言ってるじゃないか!」
テレビに出るたびに惚気るミーアに、アスランはいつも顔を真っ赤にしてソファに沈み込むはめになっているのだ。
なのに二人揃ってその手の番組に出るなど耐えられない。絶対に嫌だ。
「じゃあ一つだけ!ね?一つだけならいいでしょ?」
他にも似たような話きてるんだけど、後は断るから。そう言われてぎょっとする。
他にも?他にもそんな企画が立てられているというのか。人の夫婦生活など放っておいてほしい。どうして知りたがるのだ。

「それにね、アスラン。全部断ったら逆にずーっと言われるのよ?
旦那様とはいつもどんな話をしてますか?とか。どんな生活を送ってますか?とか。たあくさん。なら一度見せちゃったほうがいいわよ?」

好奇心を全く満たされないより、少しでも満たされた方が今後のためにもいい。
それは正論だ。けれど少し満たされたが故に次もとなったらたまらない。
そう思うけれど、ミーアがだめ?だめ?アスラン、と目を潤ませて見上げてくるのに、アスランはうっと声をつまらせる。
そしてがっくりと肩を落とし、首をうなだれると、分かったと了承する。
「本当!?ありがとう、アスラン!」
大好きよ、と再び抱きついてきたミーアを受け止めながら、いいか?これ一回きりだからな?と念を押す。
大丈夫よ、任せてとアスランの頬に口づけるミーアと、はあっとため息を吐いてミーアを抱きしめるアスランの姿はどこから見ても幸せな夫婦だった。


* * *


ラクス・クラインが不在の間、ラクス・クラインを名乗った少女、ミーア・キャンベル。
彼女は断罪されるべきでしょうか。断罪されるべきは彼女にそれを望んだ我々ではないでしょうか。
プラントは求めた。ラクス・クラインを。そして必要だった。彼女はプラントの民です。それをよくよく知っていた。
故に彼女は我々の求めに応じたのです。ラクス・クラインが戻るまで、我々の支えとなるために。

思い出してください。二度目の核を撃たれた時、彼女は共に恐怖を味わいながらも我々を混乱から正気に戻してくれました。
彼女も怖かったでしょう。彼女も憤ったでしょう。けれど彼女は我々のために歌を歌ってくれました。
思い出してください。戦時中、彼女は我々を元気づけてくれました。一緒に頑張ろうと。ザフトには守ってくれてありがとうと。
彼女はプラントを愛しています。そのために彼女は戦場にすら訪れた。
彼女は普通の少女でした。それでも歌を歌ってくれたのです。プラントのために。

アスラン・ザラはそれを知っていました。それ故に彼は知らぬ振りをしてくれました。
ラクス・クラインがプラントにいないことを知っていても、それをプラントのために黙っていてくれました。
我々から支えを奪わぬよう、彼は黙ってミーア・キャンベルを受け入れてくれました。

どうか許してくださいとは言いません。ただ、信じてください。
ミーア・キャンベルの想いを。プラントに対する想いを、どうか。


受け入れられたのは、ラクス・クラインの名が堕ちたからだ。
そうでなければ、プラントの国民は盲目的にラクス・クラインを信じるが故にミーアを許さなかったろう。

ギルバートは思う。それ故にミーアは許され、そして評議会の使い勝手のいい駒になった。
けれどそれを悲観するには与えられた幸せは大きかった。
ラクスのいなくなったプラントは変わり、けれど根本は変わらない。それでもいい。
ミーアが笑う。アスランが笑う。二人共が評議会の思いのまま動くことを余儀なくされながら、それでも笑う。
プラントのためにできることがあるの、とミーアが笑って。
プラントを守ることができるんです、とアスランが笑って。
そして二人手を取り合って、笑いあうのだから、ギルバートも笑ってそうだねと頷くのだ。

三人一緒に一つの家に同居させられた時は、まだ三人共がバラバラだった。
けれど共に過ごすうちに情が湧いて、互いに対する信頼が生まれ、そうして互いを大切に思うようになった。
だからこそ、三人の内の誰かが困れば残った者が手を差し伸べる。助けようと動く。
そしてだからこそ評議会に反抗することもできないのだ。残った者が人質となっているから。
それこそが評議会が三人を同居させた狙い。評議会が欲しがった駒。
歯がゆくはある。けれど諦められるのは笑っているからだ。幸せだと笑うからだ。

「それだけで、まあいいかと思うのもまた思惑の内なのかな」

そう思って苦笑した。


* * *


歌が流れる。ラクス・クラインの歌。誰もが愛したピンクの妖精、癒しの歌姫。
それを聞きながら、親子と男は語り合う。本当ならここにいたはずの息子を父親を親友を思いながら。
あなたの愛した歌姫は守れたなんて、言えはしないけれど。結局は自分達の自己満足でしかないのだけれど。
それでも彼らは後悔はしていない。何度あの時に戻ったとしても、彼らは同じことをした。
だから彼らは笑うのだ。笑って思い出を語って、そうして思い出したように過去誰もが愛した歌姫の歌を聞く。

これからも、ずっと。

end

リクエスト「「偽りを空へ、真実を地へ」の続編」と「戦後、プラントに受け入れられたアスミアのラブラブ」でした。
長々と続いた連載でしたが、ようやく終わりました。お待たせしてすみませんでした!
アスミアのラブラブが足りない気がしてなりませんが、無事終わってホッとしました。

リクエスト、ありがとうございました!

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送