「お前は私が裏切ったのだと言うのだろうな。だが私にしてみれば裏切ったのはお前だ、シーゲル」

私に対する裏切り。
そして何よりプラントに対する裏切り。

「お前は我らコーディネーターを滅び行く種だと言う。ならばこそナチュラルとの融和が必要だと」

ならば聞こう、シーゲル。如何様に?
コーディネーターの滅亡を願うナチュラルとの融和。ナチュラルに従い、逆らわずに生きよと言うか。奴隷の如く扱われよと言うか。

「まずは独立ありきではないか。奴らが我らを認めずして融和などありえん!」

だからこそお前は徹底抗戦を宣言したのではないのか。勝利することでようやく始まると考えたからこそ、Nジャマーを地球へと放ったのではないのか。

「シーゲル。私はお前を許すまい。お前とお前の娘の裏切りを、私は決して許さん」


友と呼んだからこそ。


遠い意識の外で聞いた恨み言は、怒りか悲しみか。震えていた。


手から離れた先で


死したはずの我が身が密かに生かされていた。友と呼んだ、けれど敵となった男の手で。
何を考えてのことかは知らない。もう知ることもできない。彼はもうこの世の人ではなかったから。
戦死したのだと聞いた。そして戦犯として裁かれたのだと聞いた。狂った指導者と呼ばれ、その名を禁忌とされたのだと。

知っていた。あの男はあの男なりにコーディネーターのためを考えていたのだと。決して意見が交わることはなかったし、あの男のやり方を乱暴だと思ってはいた。それでも知っていた。だから今のプラントにおけるあの男の扱いに酷くショックを受けた。

エザリアは言う。それを悔しく思うと。
振り返れば確かに暴走していたのかもしれない。焦っていたのかもしれない。怒りに、憎しみに支配されていたのかもしれない。けれどプラントを想う心に偽りなどなかった。それを否定される今は酷く悔しいと。
そう言われる原因を知るからこそ、それを誰かに訴えたりはしないけれど。
エザリアは苦く笑う。己の罪を認め、それでも苦く。


* * *


愕然、というのだろうか。
エザリアは何も言わなかった。パトリックのことは聞いた。その息子のアスランのことも聞いた。ラクスのことも聞いた。けれどこれは聞いていない。

プラントがラクス・クラインを新たに作り上げたことは知っていた。娘ではないラクスがメディアに現われ、憤りではなく苦々しさを覚えたことは今でもしっかりと覚えている。
けれど黙っていた。必要だと知っていたからだ。ラクスの名前がプラントにおいて必要だと知っていた。そうさせたのはシーゲルだ。

歌が好きな娘だった。争いに心痛める心優しい娘だった。コーディネーターもナチュラルもなく、人として見る娘だった。
その娘を思いっきり歌わせてやりたかった。その娘の心をプラントにも知ってほしかった。だからその舞台を用意した。初めはただそれだけだったのだ。

いつからだったろうか。ラクスの歌が多くの国民に受け入れられるようになった頃だったか。ナチュラルとの終わりの見えぬ争いに不安を覚え始めた人々がラクスの歌に、声に癒しを求め、依存を始めた。プラントの癒しの歌姫と呼ぶようになった。
それを見て、ラクスならばとプラントの平和の歌姫という肩書きを与えた。そうして人々の不安を癒す目に見える象徴へと押し上げた。
今、国が荒れるわけにはいかなかった。不安を爆発させた国民によって内乱が起これば、ナチュラルに付け入る隙を与える。そのために必要なことだった。
…ラクスは歌が好きだった。そして心優しい娘だった。それを利用した。

そんなシーゲルが今のプラントを非難できるわけがない。
だからシーゲルは黙って見ていた。愛する娘の名前が、姿が利用されるのを黙って見ていた。
ロゴスを許さないと騙るすでにラクス・クラインから離れてしまったラクスを眉を寄せながら見ていた。
けれどその瞬間、まさか、まさかこんなこと、とシーゲルは顔を歪めた。

確かに己の娘であるラクスがオーブ代表であるカガリ・ユラ・アスハの傍らで世界中に語りかける声に震えた。

オーブに降りているのだと聞いていた。先の大戦で共に戦ったもの達と共にオーブで静かに暮らしているのだと聞いていた。なのに、ラクスはAAと行動を共にしていると言った。ギルバート・デュランダルの言うままに任せていいのかと言った。

どういうことだろう。AA?何故AAが出てくるのだ。何故廃棄されたはずの戦艦と行動を共にできるのだ。
そして娘の言動は一般人が知らないことを知っていると示すもので。

ラクス。ラクス。お前は今まで何をしていたんだ?何を知ってるのだ?そして何をしようとしているのだ?

エザリアは何も言わなかった。ラクスがオーブに降りたくだりまでしかシーゲルは聞いていない。その続きをエザリアは何も言わなかった。
得られる情報がテレビしかないシーゲルは、エザリアから聞かない限りそれ以外の情報を手にすることはできない。だから何も知らなかった。

エザリア。エザリア。エザリア。何を隠している。何を隠していた。ラクスは、娘は一体何を。

ラクスの歌がプラント中に染み渡っていくことに喜びを覚えていた。政策のひとつとして利用してもいたけれど、父親としてこれ以上なく嬉しかった。だからプラントがラクス・クラインという存在を盲目的に信じ、依存した結果に対して厭わしさも恐ろしさも感じなかった。

今思えば、それはどれほどの恐ろしさだろうと思う。
ラクスはいつでも笑っていたけれど、平和のためにと尽力していたけれど。その下ではその名の重さに泣いていたのではないだろうか。
全てが終わった後だからこそ思ったのだろうか。ラクスが歌姫の名が届かぬ場所で笑っているとそう信じていたからこそ思うのだろうか。
もう、プラントから解放されてもいい。幸せになりなさいと、


そう願っていたというのに。


* * *


プラントが歓喜に包まれている。部屋の中にいるシーゲルまで届くくらい大きな。
けれどシーゲルの表情は晴れない。

ラクスが率いた戦艦二隻は前の大戦で名を馳せた戦艦だ。AAとエターナル。
AAは戦後廃棄されたはずの戦艦で、今は失われたとはいえ核搭載のMSフリーダムを乗せていたという。挙句に中立国であるオーブから飛び立ったのだと。
エターナルは行方が知れなくなった戦艦だ。元はプラントを守るために作られた戦艦をラクスが強奪したもの。その二隻がラクスと共にあった。
それだけではない。ラクスはストライク・フリーダム、インフィニット・ジャスティスという新型MSを製造していた。そのデータはユニウス条約に違反するとして製造を中止されたものを盗用したものだという。
そしてセカンドステージシリーズとして製造されたガイア。連合に奪取されたこの機体は、ザフトが取り戻したものを更に何者かに奪取され、ラクスの陣営で再び姿を見せた。つまりザフトから奪取したのはラクス。

エザリアに問い詰め、聞いた瞬間頭が真っ白になった。ラクス。お前は一体何をしているのだと。
更にエザリアは言った。ラクスが宇宙に上がるためにフリーダムを護衛にディオキアの基地を破壊したのだと。
ラクス・クラインを騙っていた少女を更に騙って乗り込んだシャトルを攻撃してきたため、ラクスを無事に宇宙に上げるための仕方のない行為。
頷けはしなかった。

けれどラクスを責めることはできなかった。シーゲルはラクスを止めなかったのだ。賛同したのだ。
パトリックに追われる前、多くの同胞を屠ったストライクのパイロットを匿った時も、そのパイロットにプラントの剣となるために造られたフリーダムを与えると言った時も止めなかった。逃亡中にプラント国民に向けての放送も、例え種の滅亡を知らせるものでも、真実を知らせるのは悪いことではないだろうと聞くだけにとどめた。
止めなかった。止めなかった。むしろ背中を押しさえしたのだ!
平和の歌姫の肩書きを与え、ラクスに依存する国民を好都合と煽り、娘を利用した父が。
そのためにラクスが平和な世界のためにと動く行為を全面的に賛成した父が。
ああ、そんな自分がどうしてラクスを責められるだろうか。

あの時止めていれば、今回の新型MSのデータの盗用などしなかったのではないか、なんて。
あの時頷きさえしなければ、ガイアの奪取など行わなかったのではないだろうか、なんて。
あの時促したせいで、ラクスはそれは為しても良いことだと思ったのではないだろうか、なんて。
どれもこれも今更に過ぎない後悔だ。

テレビは終戦へと導いたラクスの議長就任を伝えている。
平和の歌姫たるラクスがプラントを真実の平和へと導いてくれるのだと、喜色さえ帯びて伝えてくるアナウンサー。
けれど分かっているのだろうか。ラクスはプラントに不利益をもたらしたのだと。損害を与えたのだと。

勝てば官軍。それが戦争だ。
けれど傷跡は残るのだ。勝っても負けても傷は残る。ラクスがつけた傷もまた残るのだ。プラントに弓引き、プラントの武器を盾を横領した事実は決して消えはしないのだ。いつかそれらに足元を掬われる日がくる。

ラクス。

今は英雄と称えられる愛娘。
今は故郷に歓迎されている愛娘。

どうかと願う。
どうかラクス。お前がつけた傷跡を最後まで隠し通す覚悟をしていることを。
そうでなければお前はいずれ議長の椅子からだけでなく、歌姫の椅子からも引き摺り下ろされるだろう。
だからラクス。


どうかどうか、お前の犯した罪を必要なことであったのだと、綺麗な言い訳で誤魔化していないように。


「パトリック」

死した友の名を呼ぶ。
お前はこうなることを予測していたのだろうか。
私を生かしたのは私とラクスの裏切りの果てを見せるためだったのだろうか。

『シーゲル。私はお前を許すまい』

エザリアが聞けば眉をひそめるようなことを思うシーゲルの耳に、パトリックの恨み言が木霊した。

end

リクエスト「キララクアンチで植物状態だったシーゲルの意識が戻り、娘の行動に呆然とする」
・重傷を負ったがパトリックがシーゲルの身元を隠して病院に入れていた。
でした。

呆然と…してなさげですね(汗)。
ラクスが種で取った行動を黙認していたので、運命で取った行動に対しては呆然とまではいかないのかも、とか思ったせいです。すいません。
なので今後のラクスを心配する父になりました。

実は私、地球にNジャマー撃ったのも徹底抗戦を宣言したのもシーゲルさんだと知らない頃から、シーゲルさんのことを好きではありませんでした。
その辺りを突っ込みつつ書いていこうと思ったんですが、上手くいきませんでした(汗)。

リクエスト、ありがとうございました!

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