それは誰もが知っているお伽話。
昔々から語られるお伽話。

人が人を殺しすぎたらば、滅びを導く玄冬が生まれる。

言うことをきかないと玄冬がくるわよ、と親が子供を叱る時に口にする玄冬。ただのお伽話の登場人物。
それが世界の理であったと人々が知る頃には、もう滅びは訪れていた。




笑っていてほしい。そしてその隣で笑いたい。


「アッスラーン!」
群という国の山奥に立つ一軒家に元気な声が響く。
栗色の髪と紫の目を持つ少年は、ノックもなしに開けたドアのノブを手に、あれ?と首を傾げる。
「留守かな」
せっかく会いにきたのにな、と面白くなさそうに呟くと、カタッと物音がした。
アスラン?と少年が顔をそちらに向けると、寝起き姿の少年が家の奥から姿を現わした。

「きら?またきたのか、おまえ」

本当に直前まで寝ていたらしい深い青の髪と新緑の目を持つ少年、アスランは舌っ足らずにそう言った。
ふあ、と欠伸を一つするのに、アスラン可愛い!とキラが拳を握って叫ぶ。
「はあ?…まあいい、今お茶淹れるから座れ」
「あ、僕やるよ?」
「いい。目を覚ますには丁度いい」
ふああ、とまた欠伸。それをうん、と笑って頷いて席についたキラが嬉しそうに眺める。
台所に入っていくアスランは、お茶の準備をするうちに目が覚めてきたらしく、だんだんと動きが早くなる。
お湯が沸くまでの間、戻ってくるのかと思ったアスランは、そのままなにやらトントンと包丁を使い出す。
「お昼?」
「いや、朝食」
へ、とキラが目を丸くする。
今はまだ昼とはいえないが、朝というにはとっくに日が昇った。なのに朝食。
「珍しいね。いつも老人並みに早起きなのにさ」
「…ン。仕方ないだろ?俺以外家事する人間がいないんだから」
本当はもうちょっと寝てたい。でもまあその分は昼寝してるし、と受け答えもしっかりとしてきたアスランに、 けれどキラは顔をしかめた。
アスラン以外家事をする人間がいない。それは一人暮らしだからという意味ではないことを知っていたからだ。そしてアスランの同居人が、キラにとっては現在進行形で好ましくない人物だったからだ。
「そういえばあの人は?静かだよね。いつも嫌味の一つでも言いにくるのに」
いない方が僕としては嬉しいし、大歓迎なんだけどさと嫌そうに言うキラに、なら聞かなきゃいいのにとアスランが笑う。
聞かないでおくのも落ち着かないの、との言葉に、そうかとアスランはコトコトとなるポットの側に寄る。
「あの人なら空の散歩に行くって出て行ったけど?」
「へえ、優雅だね」
はんっと言いたげなキラに、アスランがお茶を淹れた湯のみを持ってきて、そうだなと頷いた。
ありがとう、と両手で湯のみを受け取って、キラは窓の外を見るアスランを見上げる。

さわさわと揺れる木のざわめき、鳥の鳴く声。人の声など一切聞こえない、そんな中でアスランは暮らしている。養い親である男と二人、人付き合いもない山奥で静かに静かに。
それには理由がある。それをキラは知っている。知っているけれど、何も言わない。アスランもキラが知っていることに気づいているけれど、何も言わない。
それでも時々目が語ることがある。お前は知っているだろう?と。そして待っている。キラが口に出すその時を。
キラはアスランから目を離して唇を噛む。
その日はいつかくる。いつか必ずくるのだ。分かっている。分かっているけれど、キラは敢えて目を逸らす。

「あ」
「え?」
アスランの声にキラが顔を戻すと、アスランが僅かに嬉しそうな顔をした。それにキラがげ、と呻く。アスランの洩らした声の理由が分かったからだ。
アスランが窓を開けると、そこにバサバサという羽音。差し伸ばした手には寝起き一番にはめるという手袋。その上に黒い影が舞い降りる。

「おかえりなさい、ラウ」
「ああ、ただいま、アスラン」

笑うアスランに、ラウと呼ばれた黒い鷹が返す。
しゃべる鷹。そんな存在はこの世に一羽だけだ。キラが面白くなさそうに、ずずっと音をたててお茶を飲む。
それに気づいたのか、いや、始めから気づいていただろう鷹がこちらに目を向けた。

「おや、またきたのかね」
相当暇と見える、と笑う声。それにうるさい、とキラが返すのをいつものことと気にせず、アスランが台所に戻る。その間に鷹がアスランの腕から飛び立ち、人型へと姿を変える。
肩にかかる波打つ金の髪、そして何故か顔上半分を覆う銀の仮面。あの仮面、何で鳥型の時はないんだろうと思うが、その口元に浮かぶ明らかな嘲りの笑みにどうでもよくなる。

「ラウ、朝食どうしますか?」
「その前にアスラン、鶏小屋の例の子がまた逃亡しているが?」
「え」
ぴたっとアスランが動きを止め、ギギッと音をたてて振り向く。
「見てみたまえ」
ラウが指差した先、アスランと一緒にキラも視線を流すと、そこに跳ねるように歩いている鶏を見る。
何だろう、と思っていると、鶏がこちらを向いて一声鳴いた。
「どうして止めてくれなかったんですかああああああああ!!!!!」
同時にバンッと珍しく乱暴な仕草でドアを開けて、アスランはそのまま外へと走り出した。
「君とのスキンシップを取り上げるような真似をすれば、彼女が拗ねるだろう?」
毎朝の食事のためにもそれはいただけない、とラウが笑う。聞こえてはいまいが。
そんなラウの言葉など聞いていないキラは、馬鹿にしたように跳ねて走り去る鶏をアスランが追いかけているのを見ながら何あれ、と呟く。
「週に一度、あの鶏は脱走するのだよ。アスランに構ってほしくてね」
「週に一度もあれやってんの」
大変だね、アスラン。そう溜息をつけば、ラウがくくっと笑った。




「人のことは言えまい?救世主」




ぴしっとキラを取り巻く空気が凍った。そして冷たい視線をラウに向ける。
「その名前で呼ばないでくれますか」
キラという名前で呼んでほしくもないが、自分にとって忌まわしい以外の何者でもない名前でも呼んでほしくない。
それを知ってるだろうに、ラウは事実だろう?と肩をすくめてみせた。

救世主。世界を救う者。つまりお伽話で語られる玄冬を殺す役目を担うもの、だ。
キラはその役目を担わされて生まれた。救世主にしか殺すことのできない玄冬を殺し、世界を滅びから解放するために。
それを光栄だと思ったことはなかった。息苦しい。
世界中がキラを救世主と慕う。そうして世界を救ってくれと、玄冬を殺してくれと期待の目でキラを呼ぶのだ。キラ一人に世界を押し付けてくる。それが当然と疑いもせずに。だから嫌いなのだ。救世主という名は。
そしてもう一つ。

「君がアスランを、玄冬として生まれたあの子を殺すために生まれたことは、何をもってしても揺るがぬ事実ではないかね?」

そう、アスラン。キラにとっての癒しの存在。安らぎをくれる存在。キラの親友。その彼が玄冬。世界を滅ぼす玄冬なのだ。
そのことは初めてアスランに会った時から分かっていた。会った瞬間に分かった。自分が殺すべき相手だと。
彼さえ殺せば自分は解放される。救世主から、世界から。だから会ったらさっさと殺そうと思っていた。
もう嫌だったから。早く解放されたかったから。なのに殺せなかったのだ。剣に手をかけることすらできなかった。
アスランが浮かべた笑みがあまりに温かかったから。アスランが発した声があまりに柔らかかったから。
深い雪が作った穴にはまって身動きできなくなったキラに、アスランが差し伸べた手。
それに思わず泣いてしまうくらい優しい存在だったから。

「君はいつまでアスランとこのぬるま湯につかっているつもりだ?分かっているのだろう?アスランも待っている。君がその腰の剣を抜く時を」
「うるさい!!」
「決断の時はそう遠くはない。あっという間だ」
「……っ!」
キラが考えたくないことを何でもないように言うラウを、キラは激情のままに机を叩いて立ち上がる。
「黒の鳥のくせに!アスランを守るのが役目のくせに!!」
玄冬を守護する黒の鳥、ラウと同じ様に救世主を守護する白の鳥もいる。鷹である黒の鳥と違って、白の鳥は梟だが。
そして慈悲深き白の鳥もキラに言うのだ。

『玄冬を殺し、世界を救う唯一。それがキラ、あなたなのです。冬が長くなってきました。春の訪れが遅れるようになりました。滅びが近づいてきている証ですわ。 時間はもう残されてはおりません。一刻も早く玄冬を討たねばなりません』

お分かりですわね?キラ。そう微笑んだ白の鳥の言葉がラウの言葉と重なる。
彼女は気づいている。キラが彼女を国賓予言師として迎えている国、彩の城を離れてどこへ行っているのか。
それでも何も言わずに微笑んでいた。いつか必ずキラが役目を終えると信じて。
けれどキラが役目を果たそうとする様子がないため、時々救世主の役目と口に出すようになった。時間がないと。
分かっている。滅びが近いと、それを感じ取っている。それはアスランも同じで。
だからこそ、最近はアスランまでもが遠回しに言ってくるのだ。

『何をしにきたんだ?』
『お前にはするべきことがあるんじゃないのか?』
『もう帰るのか?』

そのたびに誤魔化す。アスランに会いにきたんだよ。何言ってるの。僕が帰るの寂しいのアスラン!
そんなことを言って、アスランに抱きついてそれ以上言わせないようにする。
アスランは結局いつも誤魔化されてくれるのだけれど。

「そう、私は黒の鳥だ。あの子を殺そうとする世界からあの子を守る唯一だ」
君と違ってね、という声なき声が聞こえる。それは勘違いでは決してないだろう。
キラはカッとなって感情を爆発させ、いつもは奥底にしまっている本音を叫ぶ。

「世界なんて僕は知らない!アスランを犠牲にして助かろうなんて勝手だよ!自分達が殺しすぎたせいで滅びるのに、全部アスランのせいにしてる世界なんて滅びてしまえばいいんだ!!」

そう思うのだ、心から。
言えばアスランは怒るし悲しむ。アスランは自分のせいで世界が滅びるのに胸に痛め、感じなくてもいい罪悪感を抱く。
だからアスランには言えないけれど、それがキラの紛れもない本心だ。
殺したくない。アスラン本人に殺される理由なんて何もない。生きていてほしい。生きて、笑って。
そこにいるだけで優しい世界をくれるアスランの側に、ずっとずっといたいのだ。

「僕はいやなのに!絶対いやなのに!!」

ボロボロと涙が零れる。
ラウの前で泣きたくなどなかった。けれど言える相手はラウだけなのだ。
ラウはアスランを守るのが役目で、けれどアスランに愛情を抱いていることを知っている。
ラウはずっとずっとアスランを育ててきた男だ。人気のない山奥でアスランと二人、静かに穏やかに暮らしてきた男だ。
優しい仕草でアスランの頭を撫でる。優しい声でアスランを呼ぶ。
だから初めて会った頃からしばらくは、アスランのいないところで殺すか殺されるかの緊迫感の中でいた。
今でも嘲笑混じりの対応をされるが、その頃に比べれば酷く優しい。
だから本当に本当にアスランが大切なのだと、キラは早い段階から気づいていた。
だから世界なんて滅びてしまえばいいと叫べる相手はこの男だけなのだ。
アスランの味方はラウが言う通り、本当にこの男だけなのだから。

「ああ、アスランが帰ってくるな。心配をかけたくなければ泣き止むのだな、キラ・ヤマト」
涙を拭って、顔洗う、と呟いた声が涙声。ああ、もうむかつくと八つ当たりに睨みつければ、相変わらずの嘲笑。
けれど柔らかい空気。いつもそうだ。この男は人に現実をみせつけてくるくせに、ふと酷く優しくなる瞬間がある。
それがアスランより世界を選んだ発言をした後であることに気づいている。それも理性も残らない感情だけの言葉の後だ。
確認したいのだろうか。キラがアスランを殺さないというそれを。
信じたいのだろうか。キラがアスランを選ぶのだというそれを。
本心など見せない男だから分からないけれど、そうだとしたら酷い親馬鹿だと思う。

顔を洗っていると、ただいまかえりました、とアスランの疲れたような声が聞こえた。
早かったなと笑うラウに、あれ、キラは?という声。
キラは知らず微笑んで、おかえりアスラン!と走ってアスランに抱きついた。


* * *


「キラ」
群から彩へと帰ってきたキラを迎えたのは、桃色の髪をした少女。
けれど見た目通りの年齢ではないことをキラは知っている。少なくともキラより年上だ。キラは彼女に育てられたのだから。
「…ラクス」
「遅いお帰りでしたわね。もう日が暮れましたわ、キラ」
「ごめん」
ラクスは微笑んで、お怪我はありませんかと首を傾ける。それにうん、と頷けば、その白い手がキラの頬を撫でる。
その優しい仕草はキラをとても愛しんでいると分かるけれど、キラにとってそれは重荷だ。
何故なら彼女はキラに救世主であれと、そう望む人達の筆頭なのだから。

「さ、ゆっくりとお休みくださいませ。お疲れでしょう?」
「う、ん。おやすみ」
「はい、おやすみなさい。よい夢を」
キラはラクスに小さく微笑んで自分の部屋へ戻るために、長い長い廊下を歩いていく。
ほっと息を吐いたのは、今日はラクスに言われなかったからだ。
玄冬を殺せるのは救世主だけだと。世界を救えるのはあなただけなのです、と。









「あなたの役目を果たしましょう?キラ。そうすればあなたが玄冬に煩わされる必要はありませんわ」

そうして二人、静かに暮らしましょう?
主が残されたこの箱庭で。主が望まれた人が人を殺さない世界で。そのためにはまず玄冬を滅ぼさねば。
玄冬が生まれたせいで雪が降る。降り止まない雪に世界は埋めつくされ、そうして世界は滅びる。
人々は今、お伽話の玄冬が実在すると知って恐怖に震えている。
世界の滅びを前にして、彼らは己の所業を悔いているだろうか。
ならば救われた世界で彼らは悔い改めるだろう。救世主に感謝を捧げ、人を殺さない世界を目指すだろう。
ああ、そうしたならばこの箱庭は主が望まれた通り、人が人を殺さない世界となる。
キラが苦しむこともない。キラが悲しむこともない。ああ、素晴らしい世界。

「ですからキラ。救世主としての役目を果たしてください。わたくしは白の鳥。あなたを守護する役目を与えられた鳥。それ以上の想いをもってあなたをお手伝いいたしますわ」

微笑んだままラクスは空を見上げた。
雪が降っている。ゆっくりゆっくりと地上に舞い降りて来ている雪。
そろそろだろう。そろそろこの雪は止まなくなる。その時こそは。

「あなたにとて勝って見せましょう、黒の鳥」

自分より遥かに強い力を持つラクスの対の鳥、敵対者。それに向けて、強い言葉を放った。

end

リクエスト「花帰葬パロで、ギルorクル(黒鷹)×アス(玄冬)←キラ(花白)←ラクス(白梟)」でした。
花帰葬を知らない人にも分かるようにと思ったんですが、どうでしょう?

黒鷹は隊長にしてもらいました。とんでもなく楽しかったです。
そしてアスランの寝坊ですが、実は昨夜寝かせてもらえなかったという裏話があったりします(え)。
本当はキラにバレて大騒ぎという話があったんですが、これ以上書くと大変長い話になってしまうので却下しました。
その一件までキラはただの父子愛だと思ってました。まさかそれに+αあるなんて知りませんでした。可哀想なキラ(泣)。

リクエスト、ありがとうございました!

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