互いを責め合って、
そうして生まれるものなどないのだ。



アスランも一緒にくればよかったのに。
そう三人で言ったのはついさっきの事だ。
用があるからと誘いを断ったアスランが、キラ達の前に現われる直前の事。

アスランは一人ではなかった。

淡いピンクのワンピースを風になびかせ、白い帽子をかぶった少女が隣にいるのにキラ達は目を見開いた。
海を眺める少女がアスランを見上げる。帽子のつばで顔は見えない。
その少女にアスランが笑う。気を許した相手に見せる笑みで。

カガリがショックを受けたように一歩、下がった。
ラクスがその体を支えるように手を伸ばし、眉をしかめた。
キラがぐっと拳を握り、口を開いた。


「アスラン」


その声は硬く厳しかった。
当然だ。大切な姉の恋人が他の女性といるのだ。恋人の誘いを断って。
アスランはそんな不実を働く人間ではないと信じていたのに、と三人は裏切られた心境だ。

「キラ、ラクスにカガリも」
振り向いたアスランは、けれど後ろめたさなど欠片もなく、奇遇だなと言わんばかりだ。
それに怒りが込み上げてくるのを感じたキラは、アスラン!と声を上げる。
「どういうこと?その人誰?君の何なの?」
「うん?」
アスランが首を傾げて隣を見る。
女性はそんなアスランに肩をすくめたかと思うと、こちらを振り向くことなくしゃがみ込み、手で水をはねて遊ぶ。その様子にアスランが苦笑して、再びキラの方に顔を向ける。
「彼女のことか?」
「当たり前でしょ」
苦い顔でアスランから女性に目を落とす。
そして再びアスランを見る際に、アスランの片手にサンダルが一足ぶら下がっているのに気づく。
白い女物のサンダル。
もしかして女性は今裸足なのだろうかと考え、そんなことどうでもいいと思い直す。

「カガリさんの誘いを断られたのは、その方とお会いするためなのですか」

後ろからのラクスの声にキラが振り返る。
忙しい執務。ようやくの休暇。そんな状況の中、どうして恋人からの誘いを断るのだと思ってはいた。けれどアスランにも用事があるのだろうと、仕方がないことだとそう思っていた。だがその用事が恋人以外の女性と会うことだなどとおっしゃいませんよね、とラクスはアスランを睨みつける。
だがアスランはさらりと言う。

「先に約束をしていましたから」

悪びれのないアスランに、三人が信じられないと目を見開く。カガリは今にも泣き出しそうだ。
先に約束?恋人より優先することなのか。
たとえ先に約束があったのだとしても、久しぶりに恋人として過ごせる時間を優先させるべきなのではないか。
いいや、それよりも今の問題はアスランのこの状況。浮気、だ。そしてそれを悪いとも思っていないらしいアスランだ。

「どういうこと。説明して」
キラがアスランを責めるように睨み付ける。
「君はカガリっていう恋人がいながら、他の女の人と会ってたの?いつから?それに対して君は悪いとも思ってないの?酷いことだって思わないの?今みたいに他の人とデートして、カガリに何も思わないの!?」
キラ、とカガリがキラの腕に縋りつく。
ラクスがカガリを気遣わしそうに、そっとその肩を抱く。
その状況にすらアスランは申し訳なさそうにするでもなく、顔を歪ませるわけでもなく、心底驚いた顔をした。
「デート?これってデートなのか?」
アスランが女性を見下ろすと、女性もアスランを見上げた。そうして女性が何かを口にする前に、キラが違うって言うの、と刺々しく聞く。
アスランはデート?と訝しげに呟きつつ、キラを見る。
「お嬢様の足代わりだよ。海見に行くから車出せって言われたんだ」

三人の顔が強張る。
それは、と思う。
それは酷く親密なやり取りではないのか。
カガリが顔を背けた。
辛い。悲しい。
体が震え、キラに縋る手に力が込められている。
カガリさん、とラクスが顔を覗き込む。
キラは姉の様子にアスランが目を細めるのに気づく。

「悪いとは思ってるんだね」
だがカガリの様子に心を痛めるぐらいなら、初めから浮気などするなと思う。
そもそも浮気自体許せないことだ。
「カガリを大切に思うなら、浮気なんて今すぐやめて、アスラン。カガリを泣かせないで」
「じゃあそっちも罪悪感の一つでも持ちなさいよ」
初めて口を開いた女性は海の水で濡れた手をかざし、水が滴るのを眺めている。そしてぶんっと手を一振りすると、すっと立ち上がった。
一瞬身構えた三人だが、キラだけはその中で心臓が音を立てたのを聞いた。

あの声を知っている気がする。
記憶のどこかが揺れた。

そこに風が吹いた。
女性のかぶっていた帽子がふわっと浮き、風に乗ろうとする。
バサッと広がった髪。
とっさに帽子を掴んだアスランが女性にそれを手渡すと、女性がアスランを見上げ、ありがと、と言った。
見えた横顔。
キラのみならず、ラクスとカガリも息を呑んだ。

燃える様な赤い髪。
それを押さえながら振り向き、こちらを映した灰の目。
それは過去となった人のものと一致する。
「フ、レイ…?」
「久しぶりね、キラ」

女性、フレイがそう言った。
表情なく、何の感情も浮かばせることなく。
ただ、少し手が震えていたのにアスランだけが気づいた。

「フレイ。本当にフレイ、君なの?」

信じられない。けれど心が喜びで満たされようとしている。
生きていた、生きていた、生きていた。
キラの目の前で殺された少女。助けられなかった少女。守れなかった少女。それに絶望したけれど。

アスランの浮気相手だ、といい感情を持っていなかったことも、カガリのために憤っていたことも忘れ、フレイに駆け寄ろうと一歩前に出たキラは、次のフレイの言葉に凍りつく。

「ええ、私よ、キラ。そしてあなた達が言うアスランの浮気相手よ」

「え…フレイ?」
目を見開いたキラに、フレイが微笑む。そしてアスランの腕に抱きついた姿に、キラは思い出す。

そうだ。自分はアスランの浮気を責めていた。カガリがいながら他の女性となんて、と。
その女性がフレイだった。ということは、アスランの浮気相手はフレイだということだ。

キラが傷ついた目でアスランを見る。
アスランが静かにキラを見返す。しかし説明はない。
何も言おうとしないアスランに、キラが何で何も言わないの、と責める。

「ずっと知ってたの!?フレイが生きてたこと!フレイがオーブにいること!ずっとずっと知ってたの!?」
「ああ。知ってたよ」
キラが目を見開く。
「知ってたよ、ずっと。オーブに亡命してきて、身辺が落ち着いた頃だったかな。フレイに会った」
キラが守れなかったと泣いた少女がフレイだと知っていた。知っていて黙っていたと、アスランが告白する。
「酷い。酷いよ、アスラン」
どうしてそんな、と泣き出しそうなキラに、カガリとラクスがキラ、と呼ぶ。
二人も知っている。キラがどれほど自分を責めたのか。どれほど絶望したのか。それをアスランも知っていたというのに。


カガリを裏切り、他の女性と会っていたアスランは、キラをも裏切っていたのだ。


傷つく双子を守るようにラクスが前に出る。
アスランはキラを見たままで、フレイだけがラクスに目を向ける。
それに気づかず、ラクスはアスランと強い口調で呼ぶ。

「キラにもカガリさんにも知られなければ傷つけずに済むとお思いですか。知らずにいたからこそ、より一層傷つくとはお思いになられませんか」

大切に思うのならば、何故隠したりなどするのか。
それほどにフレイに惹かれたというのなら、けじめはつけるべきなのだ。キラにもカガリにも隠さず話して。
そうならばラクスとてアスランを責めたりなどしない。
隠すことは卑怯だ。隠して全てが上手くいくなどという考えは、ただの自己防衛でしか有り得ない。自分が傷つくのが嫌だから。自分が嫌な思いをするのが嫌だから、だから隠すのだ。
それはキラのためでもカガリのためでもない。自分のためだ。

「わたくしは、アスラン。あなたをその様な方だとは思いたくはありません。婚約者であったあなたはいつでも誠実でいらっしゃいました。とても紳士でいらっしゃいました。だからこそわたくしはあなたとの婚約を厭ったことなどありませんでした」

軽蔑させるな、そう言ってもラクスと目を合わせたアスランに変化はない。
それに眉を寄せる。

どうして、どうしてこれだけ言っても分からないのだろう。どうして己の不実がキラとカガリを傷つけることなのだと分からないのだろう。以前のアスランはそんな人ではなかったのに。
どうして、と思うラクスの耳に、くすくすと笑い声が聞こえた。
なに、と目を向ければフレイ。

「そこまで自分達を棚上げにできるなんて、ある意味才能よね」
そう言うなり、フレイはアスランの腕から体を離す。手は変わらずアスランの腕を掴んではいたが。
アスランがフレイ、と顔をしかめて声をかけるが、フレイははいはいと適当にあしらう。
「アスランが私のことをキラに言わなかったのは、私が会わないと言ったからよ。私が別の存在を選んだからよ。それにアスランが理解を示してくれたからよ。アスランは何も悪くないわ」
フレイが会わないと言ったことにキラが苦しそうに顔を歪めた。
それに気づいたラクスは、そっとキラの手を包み込む。
「では、何故そうとおっしゃられないのですか。何故黙っていらっしゃるのですか、アスラン」
「隠していたことに何の代わりもありません」
それは確かだと思う。だが、ラクスに反論するのはアスランであるべきだ。フレイではない。
アスランはそれが分かったのか、苦笑する。
「俺が責められるのは仕方がないことです。事実なのですから」
だから甘んじて受けるつもりだったし、キラ達の反感の矛先が自分に向くような態度もとった。フレイが黙ったままでいれば、だが。
少し恨めしそうにアスランはフレイを見るが、フレイは何よ、と相手にしない。それがまた、二人の仲の良さを教え、ラクスに眉をしかめさせる。
「隠していらっしゃった理由は何なのです」
「言う必要はないわ」
ラクスの問いに、アスランより先にフレイが言う。
「キラはずっとフレイさん、あなたを守れなかったことを後悔していらっしゃいました」
「だから何よ。そんなのキラの勝手じゃない。私は後悔してくれなんて頼んでないわ」
「フレイさん!」
フレイのあまりの言葉にキラが息を呑み、ラクスが諫める。ずっと黙っていたカガリもその言葉に目を吊り上げた。
「何だその言い草は!キラはお前と別れた後も、ずっとずっとお前のことを心配してたんだぞ!?」
アスランとのことも合わせて、カガリ自身が思った以上に荒らげられた声に、けれどフレイは怯まない。逆にそっけないどころか、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「私を突き放したのはキラよ。間違ったって言ったのはキラよ。一人で納得して、一人で結論出して、一人で決めたのはキラよ」

違う?とキラを見るフレイに、それはとキラはうつむく。
「でも、フレイ。あの時、僕らは間違った。だからあのまま君と関係を続けるのはお互いのためによくなかった。そう思ったから僕は」
「私から逃げたんでしょう?」
「違…っ」
冷たい声に顔を上げれば、フレイの冷たい目。
燃えるような目で見られたことはあった。それが憎しみであったこともあった。
けれどこんなにも冷たい目は初めてだ。

「何が違うのよ。あんたは逃げたのよ、キラ。私が怖くなった?サイを裏切った事実が遅まきながら罪の意識でも覚えたの?それともそこのオーブお姫様のおかげで、余裕ができたから?」

話し合いもろくにしないでさっさと結論を出して、その後はずっとフレイから逃げ続けて。
なのにどうして生きていることを教えなかったのかと責められねばならないのか。
キラが違う、と繰り返しながら、それでも他の言葉を紡げないでいると、カガリとラクスがフレイを睨みつける。
それさえ跳ね除けて、フレイは二人を睨み返す。

「そんなキラにアスランを責める資格はないわ」
「お前が言うのか!!」
キラとフレイの可笑しな関係を知っているカガリが、お前こそ資格がないじゃないかと怒鳴りつける。
「そうよ。私にだって資格はないわ。そしてあんたもよ」
なに、とカガリが訝しげな顔をする。
完全に傍観者となってしまったアスランが苦い顔で息をついた。
入っていけないのはアスランのせいか。それともフレイのせいか。ただそっとフレイの背に手を添えた。

「あんただっているじゃない、婚約者。ユウナ・ロマ・セイラン、だったわよね?なのにアスランって恋人作ってるじゃない。立派な浮気よね?」
「それは!私の意志じゃない!お父様が…!」
「それが何の免罪符になるの?」
ばっかじゃないの、と笑うフレイに、ラクスが反論する。
「カガリさんはアスランを好いていらっしゃいますわ。ユウナ・ロマに関しては、カガリさんの責任ではありません。まだ時期ではありませんが、いずれ解消するとおっしゃってます」
「あんた達ってどこまでもおめでたいのね」
心底呆れた、と言わんばかりのフレイは、いい?と腰に手を当てる。

「今更どうやって解消する気よ。好きな人がいるから解消してくれ?それ、国民の前でも言えるの?公式の婚約者と婚約解消するのは、それ相応の理由が必要なのよ?恋人じゃないの。婚約者なのよ。しかもあんたはオーブの代表で、相手はその補佐役。生半可な理由じゃ国民を納得させられないわよ」

下手をすれば国民の信頼を損なうことだってあり得るのだ。それは代表としての立場を揺るがすきっかけになるかもしれない。
カガリがあ、と声を洩らす。
ユウナにちゃんと話して納得してもらって、そうしたら婚約を解消できると思っていた。
国民に?そうだ。確かにカガリとユウナの婚約は公式に発表されたもので、国民に祝福されたものだ。ならば破棄したと国民に発表しなければならない。そうなったならば、何故と聞かれるだろう。
何故?恋人ができた、と?その恋人と一緒になりたい、と?それを国民に?

カガリが手で口を覆う。
無理だ。そうでなくともアスランはプラントでは戦犯の息子で。けれど英雄としての功績のために裁かれずにオーブに亡命してきていて。
今のアスランはアレックス・ディノという一国民だ。一国の代表の相手としての身分がない。そんな相手とのことを誰が認めるというのだろうか。
ラクスもそれに気づいたのか、顔をしかめた。しかし、カガリのためにも黙ったままでいるわけにはいかない。

「ですが、それはアスランも承知の上でのことです。その上でカガリさんと一緒にいらしたのでしょう?そうである以上、今更他の女性と逢瀬を重ねる理由にはなりませんわ」
「そうね。否定はしないわ。でも私はアスランと一緒にいるのが楽なの。譲るつもりはないわ」
「な…」
フレイはにっこりと笑う。


「ねえ、カガリ様。あなたはそれでもアスランを手放す気、ないかしら?」


end

えと、長々とすいません。「キララクカガにばれたアスフレ」です。
終わらないかと思った…。いえ、十分中途半端だろうと言われるかもですが(汗)。
しかもフレイ、色々誤魔化した。初めの焦点すら逸らした。アスランが守られてる…。
キラに色々言ってたのはあれです。視点がキララクカガなんで書けませんでしたが、本心じゃありません。

リクエストありがとうございました!

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