終焉のとき




嫌な予感がした。

メサイアの崩壊が始まった時、ギルバートは一人残ると言った。
自分は負けたのだ。だからここを最期の地と決めた。そう言う彼をレイと二人がかりで説得して。
さあ逃げよう。その時だった。フリーダムがメサイアに降り立ったと報告がきたのは。
何をしにきた、と顔をしかめたアスランとギルバートと対照的に、レイは何かを考えた風で。
そして言ったのだ、残ると。

レイは必ず戻るからと、絶対に退かない目をして言った。
ギルバートもアスランも納得できなかったが、ギルバートを避難させなければいけなかった。
確かに彼はキラ達に負けたけれど、それでもプラントは続いていくのだ。
キラ達がプラントをどうしようとしているのかは分からない。彼らの目的は終戦。平和。だから悪いようにはしないだろう。
けれどプラントは混乱する。それを少しでも抑えるために、そしてその後の交渉の場において少しでも不利を減らすためにも、
国のトップがいるいないでは大きく違う。だから必ずギルバートを連れて帰らなければいけなかった。
だから仕方なく退いた。ギルバートを避難させたら戻るつもりで。

辿りついた入り口は瓦礫で塞がれている。何とか人一人は通れそうな隙間はある。そこに手をかける。
メサイアが崩れていく音がする。時間がない。

レイと初めて会ったのは、ミネルバでカガリの護衛として乗り合わせた時だ。
次に会ったのもミネルバ。アスランがザフトに復帰した時だ。けれど上司部下の関係でありながら、さほどの交流はなかった。
部下三名の小部隊。そして成り立ての隊長。交流は必要だったろうに。
シンとルナマリアとは話をすることは多かった。
シンとは口を開けば険悪な雰囲気になりがちで、それをルナマリアが取り成すような形だったが。
レイとは必要なことだけ。今思えば互いが避けていたのだろう。
レイにとってアスランとは、クルーゼを裏切った男で。
アスランにとってのレイは、何故か既視感を覚えるけれど思い出せば辛くなるような。そんな相手だった。
結局親しくつき合うようになったのは、アスランがフリーダムに堕とされた後だ。
その一件からアスランがフリーダムに、AAにためらうことをやめた後だ。

『よろしいのですか?あなたの大切な人達なのでしょう?』

猜疑溢れる目でそう言ったレイに、

『だからこそ許せないものもあるんだよ、レイ』

そう笑った後だ。
レイは驚いたように目を瞠って、何故か顔を歪ませた。
そしてアスランの頭を抱くようにして、言った。

『泣きたいくらい悲しいんでしょう?泣きたいくらい辛いんでしょう?なのにどうして笑うのですか』

何のこと、と思った自分が涙を流していたことに気づかなかった。
そんなアスランに、それからレイは側にいることが多くなった。
どうしてなのかアスランは知らない。けれどそれがアスランの救いになっていたことは確かだった。

「レイ・・・!」

レイがアスランと呼ぶ声が柔らかくなって。レイがアスランを見る目が優しくなって。それに癒されて。
けれどレイの出生を知って。レイの寿命を知って。それを怯えた目で告白したレイに、側にいるよと言った心は同情ではなかった。
救われたからではない。癒されたからではない。可哀想にと思ったわけでもない。
ただ側にいたいと思った。レイに残された時が短いのなら、その間ずっと側にいたいと思った。
笑っていてほしいし、幸せになってほしい。それを自分ができると自惚れたわけではないけれど、側にいて、それを与えたいと思った。

足を地につけて、ようやく辿りついた部屋の中。見えた光景に頭が真っ白になった。
銃を構えているレイとキラ。そしてキラが叫ぶ。

「僕は生きる!生きて帰る!ラクスのところに、カガリのところに。仲間のところに!!絶対に!!」

ガンッという音を耳に捉えた瞬間、

「やめろ!キラ!!」






倒れるレイを、みた。









「アス、ラン?」
キラは呆然と声を洩らした。
銃口から煙を出している銃はもう下りていて。ふらっと体が数歩下る。
倒れた少年に駆け寄り、抱き起こす幼馴染の姿に理解が及ばない。

どうしてここにいるのだろう。
どうしてキラに見向きもしないでレイ、レイと泣き出しそうな声で呼んでいるのだろう。

キラは手元に視線を落とす。
銃。
ああ、人を撃った。意識してのことではなかったけれど、確かに撃ったのだ。その衝撃がキラを襲った。

「・・・っ!」

銃を放り出すように投げる。そして怯えたようにまた数歩下がって、助けを求めるようにアスランを見る。
けれどアスランはキラを見ていない。倒れている少年を強く強く抱きしめ、肩を震わせている。

「アス、ラン?」
もう一度呼ぶ。
「・・・っ、ああ」
応じた声は震えていた。
泣いている?どうして。彼は君の何。
震える腕を抱きしめて、もう一度。
「アスラン」
「ああ、キラ」
アスランは振り向かない。
怖い。何が?人を撃ったこと?アスランが見てくれないこと?
分からないけれど恐怖が襲ってくる。それを自分を抱きしめることで抑えようとしている。

人を殺したことはある。数え切れないほど。
MSを駆って、何人も何人も。それこそ何十人も。けれど、そう。生身で人を傷つけたことはなかった。

どうして僕は銃を持っていたんだろう。そして議長に会ってどうするつもりだったんだろう。
話し合い?そう話し合い。けれど僕は人を撃った。話をしていた人を撃った。
銃は撃つものだ。撃って攻撃する。撃って守る。そういう武器だ。そうと知っていて銃を持っていた。
それは議長との話し合いが決裂すれば撃つつもりだったということ?そう、必要ならばそうするつもりだった。
こんなに震えているくせに?

「アス・・・!」
「メサイアはもうすぐ落ちる」
「アスラン?」
アスランが顔を抱きしめた少年の肩に埋めたまま言った。
「お前は生きるんだろう?さっきそう聞こえた」
だから、とアスランが腕を一本上げて、人差し指を伸ばした。
その先を辿ると通ることができなくなった入り口。それに震えが酷くなった。

帰れない。

けれどアスランはそこに、と続ける。
「まだ通れる隙間がある。行け」
「え・・・」
視線をアスランに戻すけれど、やはりアスランは振り向かない。
「行けって・・・アスランは?」
「俺は残る」
「な、んで!」
一緒に、と言う前に、アスランが腕を下ろした。


「レイがいる。俺は側にいると約束したんだ」


「え?」
「辛かった、苦しかった、悲しかった。そんな時にいつも側にいてくれたのはレイだ。それがどれだけ嬉しかったか。
黙って側にいてくれるそれが、どれほど安心をもたらしてくれたか」
「アスラン?」
アスランはぎゅっと少年の体を抱き込んだ。
「寿命が近いんだと言っていた。もうすぐ死ぬんだと言っていた。その時に約束した。
ずっと側にいると。レイが俺にくれた温かさを優しさを安心を、俺がレイにあげると」
だから俺はここにいる。
そう言ったアスランに、キラはようやくアスランがこのまま死ぬつもりなのだと理解した。
その瞬間カッとなった。
「そんなことしてその子が喜ぶと思うの!」
「思わないさ」
「なら!君は生きるべきだ!生き残るべきだ!彼の分まで!」
お前が撃ったくせに。
そう嘲笑う声を身の内に聞く。それを首を振ってかき消す。両手は強く強く握られている。恐怖に耐えるように。

「一緒に帰ろう?アスラン。ラクスもカガリも待ってる。ねえ、一緒にオーブに帰ろう!」

その声は泣いているように頼りなかったけれど、アスランはキラと小さく呼んだ。




「早く行け」




「アスラン!!!」

泣いた。









ズウウンと大きな音が響く。どこかが崩れた音だ。
アスランは腕に抱いたレイと二人、今は狭くなった瓦礫にもたれて終焉の時を待っている。
レイは動かない。呼吸の音も聞こえない。アスランの息はもう小さい。
けれどアスランは静かにレイを見下ろし、その金の髪を撫でた。

『アス、ラン』

抱き起こした時はまだ息があって。
目が合ったレイは微笑んで、置いていってごめん、間に合わなくてごめんと口を開こうとしたアスランを止めた。
そうして最後に呼んでくれた自分の名。
それを思い出しながらぎゅっとその体を抱きしめる。

レイがどうしてアスランの側にいてくれたのか、それを聞いたことはない。
クルーゼを裏切った男と敵意さえ抱いていたはずのレイが、どうして微笑んでくれるようになったのかも知らない。
けれど知らなくても構わない。レイは確かにアスランに微笑んでくれたのだから。名前を呼んでくれたのだから。

そう思いながら小さく微笑み、アスランはゆっくりと目を閉じた。
その後はもう何も覚えてはいない。落ちた意識が浮上することもなかったのだから、その認識すらないが。




その十数分後、メサイアは崩壊の音を止めた。

end

リクエスト「キラに撃たれたレイを護れなかったことを悔やみレイをつれて自爆するアスラン」でした。
自爆してないうえ、悔やんでるのかどうか怪しくてすみません(汗)。

リクエストありがとうございました!

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送