くすくすくすと少女は笑う。戦艦の中、くすくすと。
艦長席にもたれて笑う少女は、ついさっきまでは正気だった。それとも正気に見せかけていたのだろうか。
この艦のクルー達がザフト兵に捕らえられ、連行されたのを見届けた瞬間、少女は笑い出した。
そうしてずっとずっと笑っているのだ。
床に落ちる涙とくすくすという笑い声。どうしろというのだろうか。残っているザフト兵は困惑に顔を見合わせた。


消失


「あの人が死んだと知った時、どうしてすぐにお前を殺さなかったんだろう」

オーブの軍服を纏うキラ達と陣羽織のような衣装を纏うラクス。その中でアスランは渡された軍服に着替えず、私服の上に白の軍服、ザフトの隊長服の上着を肩に羽織っている。
その姿で現れたアスランを訝しげに見た直後の言葉にキラが目を見開く。キラだけではない。その場にいる誰もがだ。それに笑う。

「あの時殺してれば二年もの間、無駄な時間を過ごさずにすんだのに」

戻れるのならば宇宙で漂っていたあの瞬間に殺したのに。キラへの憎しみを、キラへの殺意を押さえ込まずに。
あんな無気力の状態の人間、大した労なく殺せる。ヘルメットを外せばすぐだ。
そうするとカガリが邪魔だが一緒に殺してしまえばいいことだ。
その後アスランも姿を消す。ジャスティスは自爆させた。その瞬間も乗っていたと思ってくれればいい。
三人揃って戦場で命を散らした。それで終わる。

ああ、本当に無駄な時間を過ごした。

そう言って銃を取り出す。片手は白服の上着で隠れて見えない位置に。
体を揺らして目を見開いたキラとラクスとカガリと同じように大人達も目を見開いた。
一番初めに動いたのはバルトフェルド。けれどラクスの顔ぎりぎりの位置に銃弾を撃ち込んだため、動きを止めた。
つーっとラクスの頬から血が流れる。それを誰もが信じられないと言わんばかりの顔で見た。

「下手な真似はされないことをお勧めします。次は外しませんから」
「ア、スラン…っ、君、何てこと…!!」
「別にお前でもいいんだが、むしろお前がいいんだが、バルトフェルド隊長にはラクスの方が効果的だろう?」
「お前…!!」
「言っておくがカガリ。私はお前を撃つことにも躊躇いはない」
な、と声が返る。
ラクスやカガリだけではない。ここにいる誰にでも撃つことができる。躊躇いなど一欠けらもない。
「何が目的だ」
バルトフェルドがぐっと拳を握って言う。

彼の頭の中にはどんな答えが廻っているのだろうか。彼は元々アスランを警戒していた。ラクス達が信用するならバルトフェルドだけでも疑いをと。それはアスランがザラだからだ。
ザラを継ぐものだからこそ、未だ燻っているザラ派が喉から手が出るほど欲している存在。
だからバルトフェルドの中ではザラ派と繋がっているのでは、との疑いが出てきただろうか。見当違いだが。

「驚きましたよ。まさか孤児院の地下にAAとフリーダムが修復されて隠されていたなんて」
「必要であったからです」
アスランに撃たれたことで呆然としていたラクスが立ち直ったのだろう。鋭い視線でアスランを見た。
「いつの日か必要となった時のための備えです」
「別にそんなことはどうでもいいんです。それを責めようと思っているわけではありませんから」

ラクスが襲撃されて逃げ込んだ地下。それはただの避難用シェルターではありえなかった。
進んで進んで辿りついた先。修復されているAAとフリーダム。その瞬間、覚えた歓喜。
続いて行われたのがオーブの代表を名乗るカガリの誘拐。

ああ、ああ、ああ、素晴らしい。何て素晴らしい。責める?まさか!その愚かさは賞賛に値する。

心底からそう思ったからこそキラ達の行動に対して口を挟まずにいたのだ。
だからその件についてラクスの話をこれ以上聞く気はない。

「なら、どういうことなの!どうしてこんなことするの!!」
「そうだ!何も文句がないと言うなら、どうしてこんな!!」
文句がないとは言っていない。ただアスランにとって問題がないだけで。問題どころか好都合。
だからにっこりと笑ってやる。それに双子が動きを止めた。


「復讐だよ」


* * *


戦争だった。失うものもあれば奪うものもある。分かっている。自分もそうしてきたのだから。
けれど、と思う。けれどけれどけれど!!

海を眺めてぼんやりと毎日を過ごすキラの心の傷は深い。
民間人だったキラ。強制的にMSに乗せられて、守ること戦うことを強要されたキラ。
いつしかそれが脅迫のように絶対のものとなって、友達がいるから、だから戦うんだと叫んだキラ。

降りれるはずだったと聞いている。降りれる機会があったのだと。
けれどキラの友人は誰一人として降りず、AAで戦うことを選んだのだと。
結果、シャトルはイザークの誤解によって落とされたのだけれど。
それでも自分の意志で決めた以上、キラの友人達は守るべき存在ではない。共に戦う存在になる。
そしてキラももう巻き込まれた民間人ではない。自分の意志で戦うことを選んだ軍人となる。

足りないものはある。キラは軍人教育を受けていないし、元々戦場に立つ覚悟を持って戦っていたわけではない。
目の前のことにただ必死で、ただただがむしゃらに戦って。だからもう戦わなくていい時代になって目的を見失って、 そうして無理やり無視していた傷が心身を苛むようになった。
停戦直前に失った少女のこともあるのだろう。キラは深い深い傷を癒すために毎日を過ごしている。


二年も。


ギリッと拳を強く握りしめる。
ああ、ああ、ああ。叫んでしまいたい。ふざけるなと。
苦しいだろう、辛いだろう。けれどそれは誰もがそうで。
軍人教育を受けているから大丈夫。覚悟を持って戦場に立っていたのだから大丈夫。
そんなはずないだろう。キラほどではないにしろ、苦しいし辛い。
少しぐらい立ち直ってみせたらどうだ。少しぐらい周りに気を使ってみせたらどうだ。
二年。二年も経った。完全には立ち直れないだろう。けれど降りれたはずの戦艦を降りずに決めたんだろう。戦うと。
ラクスに命を助けられ、そうしてここでもまた決めたんだろう。自分の意志で!戦うと!!
なのに二年も、二年も、二年も!!

ラクスがキラを気遣う。カガリがキラを気遣う。カリダが、マルキオが。
それを真似するのも疲れた。それを見るのも疲れた。苛々する。今ここで一思いに、そう思う心を押し殺すのも疲れた。
もうだめだ。もう、もう、もう!!!




――…耐えられない。




* * *


「ラウ・ル・クルーゼ。覚えているだろう?」

にっこりと笑ったままアスランが告げた名前に目を見開く。
ラウ・ル・クルーゼ。忘れるはずがない。忘れられるはずがない。
彼が世界を戦争へと煽った。彼の憎悪に世界を巻き込んだ。キラを憎み、散っていった男。
何故その名が、と訝しげに、あるものは嫌悪も露にアスランを見る。


「私はあの人の愛人だった」


キラの唇が嘘だと動く。当然だ。幼馴染であり一緒に戦った仲間でもあるアスラン。
そのアスランがキラを傷つけ、憎み、世界に害なそうとしたクルーゼの愛人だったと言うのだから。

「冗談、ではありませんのね」
「ええ、もちろん」
未だ銃を構えたままのアスランに、ラクスは理解できないと言わんばかりに眉を寄せた。
「では復讐というのはあの方のための、ですか?あなたはザフトを抜け、わたくし達と志を共にし戦ったのではありませんか。だというのにあの方の復讐、とはどういう意味なのですか?」
衝撃を受けた他の面々と違って、ラクスはその事実を受け止めたまま話を続ける。
そんなラクスにキラとカガリが縋るように視線を向けた。
アスランはそんな二人に笑い、ラクスがそれに気分を害したように睨んだ。

「私とあの人の間にあったのは甘い恋でも優しい愛でもなかった。ただ一時だけ恋人の真似事をしていただけの関係だった」
体だけの関係だった、とも言い換えることはできる。けれど体を重ねずに一緒に在ったこともある。
同じ部屋でただ静かにそれぞれ本を読んでいるだけだったり、触れ合っているだけだったり。
だから体だけ、というには語弊があるようにも思う。それでも恋人ではない、愛人。
いつか終わることを前提とした持て余した欲望を慰めあうだけの関係。
クルーゼに限っては欲望というよりも、パトリックの娘であったからという理由や、 懐柔しておいた方が今後に有利との理由もあったのだろうけれど。

「それで、それでいいのか!?そんな関係…!」
カガリが声を上げる。アスランの話を聞いている内に先程の衝撃を忘れたのか、苦しそうに顔を歪めて。
カガリには考えられないのだろう、そういう関係を。そういうまっすぐな娘だ。
我が身のことのように辛い、そんな様子に、けれど今のアスランは嬉しいとは思えない。
「お前だって愛してもいない男と結婚しようとしただろう?」
「そ、れは…オーブのため、に」
「理由はどうあれ、そういう関係もあるということだ」
でも、と言って、けれどカガリは悔しそうに唇を噛んだ。
そんなカガリに何を感じたのか、キラがアスラン、と硬い声。
「カガリは君を心配してるんだ。なのにどうしてそういうことを言うの」
「事実だ。第一私が納得したうえでの関係なんだから、心配されることじゃない」
「アスラン!!」
キラが叫べば、今までにっこりと笑っていたアスランの表情がうるさいと言わんばかりに歪んだ。
キラを見る目は冷たい。あまりの冷たさにキラは凍ったように動けなくなる。
そのキラを庇うようにラクスが一歩前へ出て、アスランの視線を遮る。
ラクス、とバルトフェルドが呼ぶ。先程撃たれたのだ。あまり前へ出るなと言いたいのだろう。
けれどラクスは大丈夫です、と聞かない。

「そういう関係であったというのなら尚更です。何をもってあの方の復讐を、とおっしゃられるのですか」
恋人であったというのならばまだ分かる。たとえ敵対することを覚悟していても、どうしようもない想いがあったのだと。
けれどアスランはそうではないという。恋人ではなく愛人。愛などないと。
「情ですか」
体を重ねた相手に対する情。それがこちらに銃を向ける理由?幼馴染に、友人に、仲間に?
一時の相手への情に彼らへの情が劣ると、そういうことなのだろうか。
そうであるのならばラクスはアスランと戦わねばならない。キラ達を守るためにアスランを切り捨てねばならない。
これから先、不安定な情勢がどう変わるのか分からないが、彼らの力は必ず必要となるのだから。
視界の隅でノイマンが動いている。ゆっくりゆっくりと。ラクスは彼の意図するところを悟り、 アスランが気づかないようにこちらに意識を引き寄せるために話を続ける。

「ラウ・ル・クルーゼが何をし、何をさせようとしていたのか、あなたもご存知でしょう?アスラン。 その彼を止めようとキラは戦われました。結果、命を落とすこととなりましたが、あの方の命を奪ったのはキラではありません」
ジェネシスだ。あの光がクルーゼの命を直接奪ったのだ。キラではない。
キラを恨む理由などない。それが分からないのだろうか。
「それともわたくし達が動いたからこそ、あの方が死を迎えることになったと思っていらっしゃるのですか」
そうならば何て筋違い。逆恨みではないのか。
なのにアスランはくすっと笑った。理由があるわけではありませんよ、と。

「あの人が死んだと聞いた瞬間、ただ憎しみが湧き上がりました。殺してやりたいと思いました。ただそれだけです」

瞬間、アスランの背後に回ったノイマンが床を蹴る。それを確認したマリューがいつの間に持ったのだろう、 銃を構える。
アスランの持つ銃がマリューが撃った銃弾に弾かれ、ノイマンの腕がアスランを捉え…。


ドダンッ


「残念ですね」

ノイマンは床に叩きつけられ、首にはナイフ。上着に隠れて見えなかった左手だ。
人質をとられて動けなくなったマリューの前で、右手が新たな銃を握る。一体どれだけ武器を隠し持っていたのか。
右手はラクスに。けれど実際は少しずれてラクスの首のすぐ側を通った先にいるキラに。

「気づいて、いたの」
「ええ」
マリューの声にアスランが頷く。
気づいていながら気づいていない振りをして、外から見えない腕で反撃の準備をしていた。
「言いましたよね?下手な真似をされないことをお勧めします、と。 私はこのナイフを引くことに躊躇いはありませんし、この引き金を引くことにも躊躇いはありません」
なんならして見せましょうか、とナイフを持つ手に力を入れるとノイマンの顔が歪み、マリューがやめて!と叫んだ。
「どうして、アスラン…どうして、こんな酷い!!」
「私達は仲間だろう!?どうしてクルーゼの復讐のためにこんな真似するんだ!!」
キラが泣き出しそうな顔でアスランを責める。カガリも泣いているような、怒っているような顔で責める。
ラクスは眉を寄せ、すでにアスランを敵と定めた目で睨みつける。それに返る表情は笑顔。




「愛していないなんて一言も言っていない」




* * *


「アスラン」

ブリッジに入るなり聞こえる笑い声。艦長席にもたれて笑うのはザフトの隊長服を肩から羽織った少女。深い青の髪が見える。
迷わず名前を呼べば顔を上げ振り向いた新緑の目。ボロボロと涙が零れ落ちている。
それは誰に対する涙だ、と聞かないのは知っているからではない。聞けないからだ。

「ああ、お前の隊だったのか、イザーク」
くすくすと笑う声はやまない。泣いているくせに笑う。そもそも泣いていることに気づいているのだろうか。
アスランが体ごと向き直り、艦長席に背を預ける。揺れる黒のスカートと白の袖にイザークが眉を寄せる。
「その軍服は誰のものだ」
「これか?」
笑いながら右袖を手で掬って持ち上げると、誰だと思う?と首を傾ける。
「聞いているのは俺だ」
「隊長」
「何?」

「クルーゼ隊長からいただいた」

目を瞠る。
酷いよな、とアスランはあははっと笑って体を曲げる。
「特務隊に配属が決まったと伝えたのはあの人なのにさ。知らない間に荷物に入ってたんだ、これ」
おかげで吹っ切れないし忘れられない。
その言葉からイザークは二人の関係を悟る。気づかなかった。

「でも早かったな。もっとラクスを庇うかと思ったんだが」
「スカンジナビアか?自国とラクス・クラインを天秤にかけて後者が勝るはずがなかろう」
プラントにアスラン・ザラの名で送られてきたデータは無視できない大変なものだった。
初めはただの日常が映された画像。そこにはラクス・クラインと共に住むもの達との交流が映されていた。
中にはカガリ・ユラ・アスハもいて。それが突然様変わりする。
降りていく階段。シェルターにしては長い廊下。現れた大きな扉。
ラクス・クラインが持つ球体が開かれ、青年、キラが手を伸ばす。取り出された鍵。開く扉。
その先あるものは戦艦。燃える大地に降り立つMS。それがAAとフリーダムだと知るのは早かった。
挙句に戦艦のブリッジに立つ花嫁姿のカガリ・ユラ・アスハと向かい合うラクス・クラインとキラ。
満足そうに笑うバルトフェルドやAAクルーの画像もあった。オーブの軍服を身に纏って。
そして現在地、スカンジナビア王国と記載されていた。そして地図上で点滅する部分が海底。
証拠としてそれだけあげられるものがあれば、自国を思えば庇わずに切り捨てるのが賢い。

「で、何のつもりでこんなことをした?」
「殺しそびれたから、なら苦しんでもらおうかと思ったんだ」
考えてみれば殺したらそれまでだしな、と何でもないように笑う。目には未だ涙。
手はぎゅっと隊長服を握って、まるで自分の体を抱きしめているような格好に。
「隊長の敵討ちか?」
「ああ。…いや、どうかな。ただ殺したかっただけだから」
「はっきり言え」
「だって」
アスランが体を起こして羽織っていた上着を脱ぐと、頭上に掲げる。
イザークからアスランの顔が隠れるが、一瞬見えたのは笑顔ではなく泣き顔。


「あの人はもういないんだから、答えが何だって構わないじゃないか」


バサッと上着を投げて、落ちてきた上着を抱きしめたアスランが笑う。
涙を流してただ笑う。

「これからどうしようか」




やることがなくなった。

end

リクエスト「種クルアス♀前提アンチキララク&AA。クルーゼを殺したキラ達に復讐するヤンデレアスラン」でした。
え、と、わけ分からない話ですいません(汗)。特に最後。しかも種設定指定なのに運命入っててすいません! ヤンデレにしようしようと思って失敗しました。多分ヤンデレの意味を間違えてる。
そして入れられなかった設定。アスランの服装は黒で統一されていて、二年間ずっと来てました。喪服です。
二丁目の銃は隊長服の内ポケットに、ナイフはずっと上着に隠して持ってました。

リクエスト、ありがとうございました!

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